第4話

目の前に広がるのは、紫色の山脈だ。

数え切れないほどの魔石。

そして、ウルフの毛皮や、スライムのゼリー質といったドロップ素材の数々。


普通のアタッカー(攻撃職)なら、この光景を見て歓喜の声を上げるだろう。

「やったあ! 大金持ちだ!」と。


だが、俺の反応は違った。


「……これ、拾うの?」


俺は深く、重い溜息をついた。


想像してみてほしい。

パチンコで大当たりを出して、ドル箱が山積みになった状態を。

昔なら店員が運んでくれたが、ここでは全部自分で運ばなきゃいけない。


しかも、俺には今、入れ物がない。

四次元ポケットのような便利な「アイテムボックス(魔法の鞄)」は、元リーダーのグレンに奪われてしまったからだ。


「手作業でポケットに詰める? Tシャツを袋代わりにする?」


ないわー。

絶対にない。

そんなアナログで非効率な作業、俺のプライドが許さない。


俺は腕を組み、SE(システムエンジニア)としての思考を巡らせた。


そもそも、「物理的な袋」に物を入れるという概念が古臭いのだ。

袋には容量(キャパシティ)がある。

重量(ウェイト)もある。

劣化して破れることもある。


前世のデータ管理で言えば、USBメモリや外付けHDDを持ち歩いているようなものだ。

そんなローカルストレージに頼っているから、紛失や盗難(グレンのような)のリスクに怯えることになる。


今の時代、データはどこに保存すべきか?


「クラウド、だよな」


俺は空を見上げた。

もちろん、この世界にインターネット上のサーバーなんてない。

だが、似たような概念はある。


「空間魔法」だ。


この世界には、ごく稀に「亜空間」に物を収納できる大魔導師がいると聞いたことがある。

原理は簡単だ。

現実空間とは異なる座標に、プライベートな領域(パーティション)を作成し、そこへ物質を転送する。


要するに、異次元に自分専用の「フォルダ」を作ればいいわけだ。


「やってみるか」


俺は「魔導構築」スキルを起動し、空間の座標データにアクセスした。


通常の魔法使いなら、空間魔法の習得には数十年の修行が必要らしい。

空間の歪みを感覚で捉えるのが難しいからだ。

だが、俺には座標が数値(グリッド)として見えている。


『Create Directory: /Storage/Item』


俺は現実空間の裏側に、仮想の収納領域を定義した。

容量制限(クォータ)は……とりあえず「無制限(Unlimited)」でいいか。

MPが続く限り、いくらでも拡張できるように設定する。


これで「クラウドストレージ」の完成だ。

俺の魔力認証がなければ誰もアクセスできない、最強のセキュリティ付き金庫。


次は、目の前の山をどうやってそこへ移動させるか、だ。


「一個ずつ手で触れて転送、なんてのも面倒くさい」


目の前のフォルダに、ファイルが千個あるとしよう。

それを一個ずつドラッグ&ドロップする奴がいたら、そいつは無能だ。


やるべき操作は一つ。

「全選択(Ctrl + A)」からの「移動(Ctrl + X -> Ctrl + V)」だ。


俺は風魔法のコードを呼び出した。

通常、風魔法は「吹き飛ばす」か「切り裂く」ために使われる。

だが、俺はベクトルを逆転させる。


「吸引」だ。

イメージするのは、業務用の超強力な掃除機。

あるいは、データベースから条件に合うデータを一括で吸い上げるクエリ。


『SELECT * FROM Ground WHERE Type = "Item"』


地面に落ちているオブジェクトのうち、「魔石」や「素材」と判定されるものだけをターゲットにする。

土や枯れ葉は吸い込まないように、フィルタリングも忘れない。


そして、


『MOVE TO "My_Storage"』


「――実行(Enter)」


俺が指を鳴らした瞬間。


ヒュオオオオオオオッ!


俺の目の前に、局地的な竜巻が発生した。

ただし、それは破壊をもたらす風ではない。

秩序だった、美しい螺旋を描く光の帯だ。


積み上がっていた魔石の山が、ふわりと浮き上がる。

まるで意思を持った魚の群れのように、光の帯に乗って空中の「穴」へと吸い込まれていく。


シュシュシュシュシュッ!


ものすごい勢いで、アイテムが亜空間へ転送されていく。

スライムのゼリーも、ウルフの毛皮も、泥汚れ一つ残さず、綺麗に分別されて収納されていく。


時間にして、わずか十秒。


「……ふぅ」


風が止む。

そこには、塵一つ落ちていない、綺麗な地面だけが残されていた。


「完了(Complete)」


俺は虚空にウィンドウを開き、ストレージの中身を確認した。


[魔石(小):852個]

[魔石(中):43個]

[ウルフの毛皮:12枚]

[スライム液:24リットル]

……


完璧だ。

リスト化され、種類ごとにソートされている。

重量感はゼロ。

手ぶらで、国家予算規模の財産を持ち歩けるようになったわけだ。


「これだよ、これ」


俺は満足げに頷いた。

腰を痛めることもなく、手を汚すこともなく、面倒な作業が一瞬で終わる。

この「効率化」の快感こそが、SEの生きがいだ。


「さて……」


資源回収は終わった。

次は、これを現金化しなければならない。


いくら資産価値があっても、魔石のままではパン一つ買えないからな。

近くの街へ行って換金する必要がある。


だが、俺はふと足を止めた。


「俺が直接行く必要、あるか?」


せっかくここまで自動化したのだ。

俺自身がわざわざ街まで歩いて、カウンターに並んで、商人と交渉する?

そんな「労働」をするなんて、俺の美学に反する。


俺はチラリと、足元の土を見た。


「土魔法でゴーレムを作って、使い走りにさせればいいんじゃないか?」


AI(人工知能)を搭載した、自律型ゴーレム。

そいつに荷物を持たせて街へ行かせれば、俺はここで寝ているだけで金が入ってくる。


「……フフッ、楽しくなってきた」


俺は再び「魔導構築」のスキルを起動した。

今度は、俺の代わりに働いてくれる「最高の部下」を作るために。

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異世界で「全自動・放置レベル上げ」システムを構築しました。~寝ている間にステータスがカンストし、不労所得が国家予算を超えたので、今さら勇者になれと言われても断ります~ kuni @trainweek005050

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