果実の月の下、野良猫はたい焼きの夢を見る
Lemon the cat
Holographic Moon and Girl
ワタシは、鉄くずの丘に座っていました。
廃棄されたロボットさんや、錆びついた家電などが、積もっています。
潮の匂いを含んだ風に吹かれながら、お利口さんなワタシは――。
とても躾の良い犬のように、マスターの帰りを待っています。
あの日以来、ここがリルの特等席なのです。
「……食べたいなぁ」
空を見上げて呟きました。
ホログラムプロジェクタが、まっさらな青と、昼に浮かぶ月を映し出しています。
日替わりで、今日は紅玉林檎の月です。
この月を、皆は好きだと言うけれど。
ワタシは、現実的な乙女です。食べられないモノには、あまり興味がありません。
「マスター……。早く帰ってこないかなぁ――」
錆びた部品の山の上で、足をぶらぶらと動かしました。
温度センサーは三十二度。人間的には、ちょうどいい夏なのでしょうね。
機械のお墓の下で、「たい焼き泥棒」がニャーと鳴きました。
ワタシと同じく、お腹を空かせてるようです。
ぐぅぅぅぅ……。
空腹警告が鳴り、怒りが内部回路の奥まで伝わりました。
マスターは一体、何をしているのでしょう? だんだん、腹が立ってきました。
用事があるとか言って、どうでもいいことをしているに違いありません。
いつもいつも、こうなんです。
"リルの面倒を見なさい!"
ワタシは、心の中でそう叫びました。
……そして、少しだけ、黙りました。
…………
……
「たい焼き――」
ワタシはぽつりと、愛を告白しました。
ハカセが教えてくれた、愛の味。
たい焼きは栄養素ではなく、癒しの魔法です。
芳ばしい小麦粉と甘いあんこ。機械の身体にも届く、シュガードリーム。
修理屋であるマスターの特技も、たい焼きを焼くことです。
気が利かなくて、普段はボケっとしてますが、たい焼き作りにおいては神様の域です。
寝癖だらけの銀髪に、だらしない服装。
でも顔は……ギリギリ、合格ラインです。リルは"容姿端麗"なアンドロイド――
理想も高いので、これはとても名誉なことなのです。
「たい焼き……食べたい」
ワタシはまた、ぽつりと呟きました。泥棒――猫さんは、不思議そうに首をかしげていました。
瓦礫の向こう、遠くに人工の海が広がっています。
―—海辺に、レモンの木が見えます。
その時でした。
「悪いな、リル! 遅くなった!」
独身オトコが、帰ってきました。
「……たい焼き!!」
ワタシは、少しだけ語尾に怒りを込めて、丘のてっぺんから
ちょこんと降りました。
「は?」
「マスター。早く帰って、たい焼きを食べましょう!」
ワタシはぷいっと横を向きながらも、視界の端にマスターを捉えていました。
「朝食ったばかりだろぉ?また、作らないといけないのか?」
マスターは、片手に工具袋をぶら下げたまま、困ったフリをしていました。
たい焼き作りのプロフェッショナルが、それを苦にするはずがありません。
食べさせろ、たい焼き!
(落ち着け、リル。ワタシは……もう、レディだろ――)
ハカセの言葉を思い出します。
ジジジッ……。
["博士の誉め言葉"抜粋] memoly.log No.45–47
アクセス権限:リル
□■□■□■□■
「リル。食べたいものは好きなだけ食べなさい。でも、レディらしさは
忘れちゃいけんよ。」
「リルが世界一可愛い?ははっ。そうかもしれんな」
「たい焼きばっかりじゃ、また冷却管に砂糖が詰まるぞい」
※削除済
■□■□■□■□
プツンッ。
気持ちを、落ち着けます。
深呼吸して――
ワタシは堂々と、自身の"権利を宣言"します。
「大丈夫です。リルは、お腹が空いてますから」
「そういう問題じゃないだろっ?!」
マスターは、わざとらしくずっこけてみせました。
ワタシは、猫さんにペコリと頭を下げました。
ごめんね。ワタシには、主がいるんだ。
―—今度、美味しいたい焼きを持ってきてあげます。
廃材の坂を、すたすたと降りながら、ワタシは前を見つめました。
そして……ふと、あの日々が蘇りました。
数年前。
ワタシは、ジャンクの中に埋もれていました。
波の匂いと油の腐った匂い。大粒の雨が、容赦なくボディを打ち付けました。
「……」
首を横に向けると、あちこちが壊れたロボットさんが、埋もれていました。
(……リルも、一緒だ)
いえ、それ以下です。なにせワタシは、"当時は"街でも有名なポンコツでしたから。
たらい回しにされて、誰にも拾われない、"野良猫"さんでした。
ワタシは指の欠けたロボットさんと、そっと手を繋ぎ…………
瓦礫の隙間から、浮かぶ月を見つめました。
さよなら、世界。役に立てなくて、ごめんなさい。
さよなら、ハカセ……
……
さよなら―― たい焼き……
ハカセがいなくなって初めて、
AIがひとりで生きていくことの難しさを、知りました……
ワタシは、物好きなハカセの愛に、守られていたのです。
毎晩泣いて、それでも戻らないものは戻らない――人間の命は儚い。ワタシは、そんなことも知らなかったのです。
途中で、様々な困難がありました。
ハカセが、最後に命を賭して……ワタシを守ってくれたこと。
ワタシは決して、忘れません。
あの丘で拾ってくれた、物好きなマスターに必死にしがみ付いて――
スクラップにされずに、今日まで生きてます。
おかげで、あんなに出来の悪かったワタシも、
今では一人前の"レディ"です。
人は、別れを経験して強くなる。
AIも同じです。
そして、
ワタシは……
今日も元気に生きて、前を向くのです――
空には、白い羽根の海鳥が、羽ばたいてました。
ここは、ジャンクとレモンの町。
フォステタウン。
ここは、すべてが始まり、すべてが続く場所。
まだ名前のない未来へ、ワタシは歩いていくのです。
いつか――、世界が始まりますように。
願いを込めて。
レモンの木の陰で、葉が揺れていた。
ふと、誰かが笑ったような気がした。
記録には残らないはずの、かすかな気配が――
そこには、あった気がした。
夏の幻影。
果実の月の下、野良猫はたい焼きの夢を見る Lemon the cat @lemonpie55
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