第7話 共有

週のはじめ、九条は「私用のため」とだけ記して有休を申請した。


通勤の朝と変わらぬ時刻、変わらぬ路線に乗り込む。

山手線の車窓を流れる景色はいつも通り、何一つ変わっていない。


──夢は再び、始まっていた。


いつもと同じ場所に立つ女。

火が灯り、布がほどかれ、骨が揃えられていく。

それらの一つ一つが、今や九条には意味を持って見えた。


だが今、その“理解”すら、どうでもよく思える。

分かったところで何も変わらない。ただ、それがここにある。それだけでよいのだ。


新幹線の窓から、薄く雪を残す山の稜線が見えた。


彼らもまた、同じように集まってきているだろう。

連絡を取り合うことはない。

それでも夢が始まると、皆がわかるのだ。


平坦な街の上に、時間が積層していく。


──そういえば。


彼はふと、昭和天皇の「もがり」を思い出していた。

崩御ののち、五十日間、殯宮に侍り続けた人々がいたという。

何かをするわけでもなく、ただ静かに、その場に居ること。

夜を徹して交代しながら、棺の傍らに立ち、黙して時を過ごす。


誰も「何のため」とは言わなかった。

ただ、そこにいること自体が、何かの役割だったのだろう。


──きっと、自分たちも同じだ。


火を囲み、声を抜き、名を呼ばずに送る。

そのすべては、太古から続くひとつの流れの中にある。

かつては名もなかった記憶。

言葉にされず、ただ継がれてきた意識。


九条は静かに目を閉じた。

夢の中で見た火の匂いが、ほんのわずか、鼻腔をかすめた気がした。


列車が、次の駅に到着した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

太古の個 ―細胞から死者の声を分離した研究員の記録― 鏡聖 @kmt_epmj8t-5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画