勇者にハメられ実験事故を起こした科学者、処刑前にざまぁする

紫煌 みこと

科学者の逆転劇


 私はセヴェル。勇者パーティーに所属している科学者です。

 得意なことは薬を作ること。特に、魔法関連の薬品作りが得意なのです。

 そうそう! 実は私、国王様から直々に、実験の様子を見せてほしいと言われたんです。目立つのは好きじゃありませんが、私の才能を見極めてくれた王様には感謝しています。仲間たちにはもう伝えました。ということで、さっそく王城へ向かいましょう♪




 私は実際に使用する薬を準備するため、仲間たちで使っている小屋に設置した、自分の実験室に入りました。

 するとなぜか、勇者であるラルクがいます。何か慌てた様子で、薬をいじっているように見えましたが――


「……ラルクさん? 勝手に私の実験室で何してるんですか?」

「えっ、セヴェル? いや、あれだ、なんでもない」


 ラルクは強引に押し切ると、部屋を出て行ってしまいました。

 私は念のため、彼が触れていた薬品を確認しました。たぶん……特に問題はなさそうです。

 ラルクは何がしたかったのでしょうか。あぁ、もしかして、王に直接呼ばれた私に嫉妬して、薬を睨んでいたんですね? クフフッ、自慢する趣味はありませんが、少し優越感を覚えてしまいますね。彼の使う炎魔法も素晴らしいものですが、まだちょっと実力が足りませんから。


 さて、荷物は持ちましたし、王城へ向かいましょう。 





「この薬品は酸化することで、濃い紫色に変化するんです。魔力濃度が増し、より強力な効果が期待できます」

「おぉ……。セヴェルよ、あなたの能力は私が見積もった以上だ」

「光栄です、国王様」


 私は王様の前に立ち、薄い紫の薬品が入ったフラスコを高く掲げました。

 国王様は玉座に座ったまま、時には私の説明に驚いて目を丸くする。自分でもびっくりですよ。王様が私の知識と能力に、ここまで興味を寄せるだなんて。

 周囲で見ていた王の側近や兵士たちも、拍手をしてくれました。



 すると、後ろの座席で見守っていた勇者ラルクが突然、立ち上がりました。


「なぁ、セヴェル。なら実際にそれ、酸化させてみてくれよ」

「え?」

「だってそうしたら、紫色になるんだろ? 気になるじゃないか。国王様にも見せるべきだよ」


 酸化させる――つまり、熱すればいいということ。

 確かに、ここまで説明しておいて、パフォーマンスがないのもつまらない。物質の変化は、実験の醍醐味ですからねぇ。せっかくなので披露しましょうか。


 私は笑顔でろうそくを用意し、フラスコをかざしました。


「ほら、見えますか? この後、この中身がみるみるうちに濃くなり――」





 次の瞬間――

 フラスコがひび割れ、予想外の大爆発が起きた。




「うわっ!」


 小さなフラスコ内から生まれた衝撃波に弾かれ、私の体は飛ばされました。

 反射的に鼻を押さえる。なんだか嫌な匂いがしたからです。

 目を開けると、紫色の煙が部屋の中に充満しており、人々がせき込んでいるのが聞こえました。


 なぜ爆発してしまったのか。使った薬は正しかったはずです。

 そして煙が晴れ、見えた光景は――



「国王様! 国王様! しっかりしてください!」


 いつの間にかラルクが、玉座へ駆け上っている。

 そして彼が抱えていたのは――意識を失い、倒れた国王様でした。


 私の薬で、国王が倒れる――。

 これ、まずいんじゃないんでしょうか。



 心なしか、ラルクが一瞬、私に向かって笑いかけた――気がした。





「ふぅ……」


 ひとまず事態が落ち着くまで、私は城にある一室で待機してるよう命じられました。


 ソファーに座りながら考える私。

 納得いきませんね、あの結果は。私は今まで実験に関して、失敗した経験がありません。

 だからと言ってミスをしない保証にはなりませんが、少なくとも確認はした。それでもあのような事態を巻き起こしてしまったということは――


 何か、外的な要因がある?

 そうだ、勇者。ラルクが今朝、私の薬をいじっていました。あの時に何か――



「よっ。やっちまったな、ドジな科学者さん」


 突然、ラルクが部屋の扉を開けて入ってきました。

 ただ、口調がいつもと違う。偉そうな態度で、私の隣に音を立てて座りました。


「……私に何か用ですか?」

「セヴェル。お前さっき、なんで実験を失敗したかわかるか?」


 妙に試すような口調。笑いながら聞いてきています。

 何が楽しいのでしょうか? 下手をすると、あなたのパーティーの一員が今、罪に問われるかもしれないのに。


「それを今考えてるんですよ」

「なら教えてやろう。無論、さっきの事故はとある奴が原因だ」

「誰ですか!? ――まさか、あなたですか?」


 私はついに、一歩踏み込んだ質問を投げかけました。

 だって、これしか考えられません。

 すると、ラルクは舌を出して下品な笑みを浮かべてきました。


「ご名答。そう、俺が仕込んだんだ。今朝、お前の薬に適当な薬品を混ぜておいた。確か、毒性と引火性が高いやつだったな。おまけにあの薬も魔力を向上させるやつだったから、威力大で大爆発したわけだ」

「……!」


 私は思わず手が出そうになるのを押さえました。

 ラルクは目を細めると、肩を震わせ、低い声を私に突き刺しました。


「お前が気に入らなかったんだ。なんで勇者じゃなくて科学者が、王に認められるんだ。脇役のヤク中のくせに」

「あなた……いや、お前は……!」

「でも、王城であんな事故を起こしたら、お前はただじゃ済まないよな? これでお前は俺のパーティーから外れてくれるよ」

「最初からお前は私を仲間だと思ってなかったのですか!」


 私は一瞬――怒りでめまいがしました。

 勇者が裏切った怒りではなく、科学者としての尊厳を傷つけられた怒り、です。


 ラルクは私に背を向け、手を軽々しく振りました。


「でもお前は、何の弁解もできねぇよ。だって俺がやったっていう証拠はないからな。あ、そういえば国王様、毒を吸って昏睡状態になっているらしいぜ。これってもしかして……お前、死刑になるかもな?」

「……」

「言っとくが、俺はただ誘導しただけであって、結局薬に火をつけたのはお前なんだ。お前の責任だぜ、ば科学者♪」


 ラルクは扉を開け、部屋を出ました。

 背を向けて去っていくラルクを、私は追いかけようとします。

 だって、このまま彼を放置するわけがないでしょう? 私はただいま、苛立ち絶頂ですよ!


「待ちなさい、この事故の責任はあなたに――」

「お前、部屋から出るなと言っただろう!」


 私が扉を出た瞬間、廊下から走ってきた兵士たちに、身体を押さえつけられてしまいました。

 いくら私でも所詮は一人の人間。大勢の拘束からは逃れられません。

 兵士たちは私の腕を縄で縛りながら、淡々と告げてきました。


「国王様がお目覚めにならない。死亡が確認された時点で、お前を死刑にすることになった」

「はっ――」

「それまでは地下牢にいてもらおう」


 地下牢? 死刑? 私が……?


「き、聞いてください。それは勇者が――」

「言い訳はよせ! どう考えてもお前の実験ミスだっただろう!」


 頭が固い兵士には、何の言い訳も通じない。

 ラルクは必死に弁明を試みる私を見下ろし、静かに嘲笑して城を去っていった。





――ガシャーン……


 よく聞きますよね、この音。牢屋とかで、鉄格子の扉が閉まる音。


 ……じゃなくて!

 私、いよいよ本当にまずいことになりました。

 地下牢の最奥に、要注意人物として閉じ込められてしまった。国王様が目覚めるまで、ここで生活することになるそうです。

 昏睡状態って、殆ど死んでいるようなものじゃないですか。死亡が確認されたら、私の首は刎ねるらしいです。頼むから王様、気合いで目覚めてくれませんかね。


 国王様側が私を誘ったのに、罰を受けるのは私っていうのは、理不尽ですよね……

 というか、問題なのはラルクです。あいつが100%悪いです。覚えてろ、マジで。


 他の囚人たちの視線が、一気に私に向けられました。

 うわー……白衣姿の私、明らかに浮いてるー……。前も言いましたけど、目立つのは嫌いなんです。


 やがて私に与えられたのは、食事……っぽいもの。

 これはパンか何かなのでしょうか?

 私の目が正常なら、これは腐った黒いカスにしか見えません。

 あと水も。よく見ると、虫……入ってない?

 ぎゃあああああああっ!!(虫苦手)





「ハァッ、ハァッ……」


 冗談抜きで笑えないです。

 見た目も性格もクールな私が、こんな地獄のような生活に耐えられるわけがありません。

 ストレスで理性が崩壊するのが先か、処刑が決まるのが先か。それすらも上回り、私は早くここから脱出しなくてはなりません。


 そして――あの勇者に、ラルクに必ず復讐をします。

 嫉妬という単純な理由で、私をここまで陥れた……絶対に、許しません。





「でもまずは、ここから出る方法を探さないとですね」


 城の地下の最奥ということもあり、簡単に脱出できるような場所ではなさそうです。太陽の光が一切届かない。悲しくなってきますね。


「すみません、看守の方」

「あぁ? どうしたんだ?」

「少々用を足したいのですが、ここから出して貰えませんか?」


 もちろん、トイレをしたいというのは完全に嘘です。

 私の目的は、ひとまず地下牢の全体を確認すること。

 すると看守は、すぐに私を鉄格子から出してくれました。


 背中に槍を突き付けられたまま、私は看守に歩かされています。少し不愉快ですが、これも仕方ありません。


 長く歩かされた末、便所は地下への階段の入り口付近にありました。おぉ、この階段を使えば、地上へ出られるのか。

 ただし、今は何も準備が整っていませんし、槍を向けられていては身動きが取れません。これは、トイレのタイミングでは逃げられそうにないですね。




 さて、おおよその逃走経路を把握したところで、次は作戦を考えましょう。

 看守は……誰も、見ていないですね。

 私は牢の隅に寄ると、白衣の内側から――こっそり、一冊のノートを取り出しました。


「これを没収されてたら、さすがに詰んでいたかもしれないです」


 ノートを開き、私は思わず笑みが零れました。

 そう……これは、私の研究ノート。今までの薬や魔物の研究結果をすべて、この一冊に貯蓄していた。いわば、私の分身のような存在です。


 さて、どうしてあの時、私の薬が爆発したのか。


「確かラルクさんは、毒性と引火性がある薬を混ぜたと言っていましたよね……」


 あれは単なる魔力膨張薬。加熱すると酸化され、魔力活性に効果があるものです。まったく毒性と引火性はありません。

 私は研究ノートを開き、以前までの記録を調べ始めます。何か、同じ性質を持つ薬品を作った履歴は――


「……ありました」


 これだ。研究ノートに、過去の薬についての記述が書かれています。

 熱を加えると爆発し、強烈な毒を含む煙を発生させるとのこと。あぁ、私はこんな危険な薬品を実験室に置きっぱなしにしていたのですか。

 おそらくラルクはこれを混ぜたのでしょう。知的好奇心も大事ですけど、この薬は思い切って破棄しておくべきでしたね。


「ですが、原因はわかりました。理由がわかれば治せます」


 この研究ノートと私の脳さえあれば、私は最強です。

 原因の薬が発覚した今、材料が集まれば解毒剤を作れる。それを王様に飲ませれば、処刑を免れることができます。

 問題は、今の現状です。




「あの――、少し実験をさせてくれませんか? 実験器具は必要ないので、材料をください。薬を作りたいんです」

「駄目に決まってんだろ。その実験のせいで、王様が生死の境を彷徨っておられるのだぞ」


 ですよね……。

 でも私はここで解毒剤を作らないと、私も王様も、命があと何日持つかわかりません。解毒剤の材料も、そうやすやすと手に入るわけではない。どうすれば……





 私が途方に暮れていると、横の牢から、小さな声が聞こえてきました。


「おい、あんた、ちょっと聞け。看守がいないうちに」

「どうしました?」

「あんた、勇者にハメられたって騒いでたよな。あれって本当なのか?」


 どうやら私に話しかけてきたのは、別の牢の囚人のようです。まだ若く、貧乏な格好をした男性でした。

 私は手短に答えます。


「……えぇ。その通りです」

「あのさ、俺も本当は無実なんだ。泥棒をしていないなんて、誰も信じてくれねぇけど」

「それはお気の毒に……」

「でさ、俺はあんまり警戒されなかったみたいで、持ち物を殆ど没収されなかったんだよ。これ、持ってたやつ……。あんた、科学者なんだろ? 使えるものとかないのか?」


 すると彼は、私の鉄格子の中に、小さな袋を投げ込んでくれました。

 試しに中を開けてみると、光る小石や、珍しい花などが入っている。彼はちょっとした収集が趣味なのでしょうか。


「それ、子どものために集めていたお宝みたいなやつ。どうだ?」

「そうですね。さすがにこれらの物では……」


 次の瞬間、私の目にとある植物が留まりました。

 小さな、桃色の花弁を持つ花。僅かながら、解毒性を持っています。

 これを使えば――もしかしたら、解毒剤の代替材料になるかもしれません。


「これです! これ、貰ってもいいでしょうか!?」

「えぇ、こんな花? これでいいならいいけど……」

「深く感謝いたします」


 これで解毒剤が完成したら、彼は私の命の恩人ですね。

 私は花を大事に保管すると、次の給食を待ちました。


 届いたのは、相変わらず酷いパンと水。

 でも、水は使えますね。私は水の簡易的なろ過を行い、花をすりつぶして混ぜ始めました。





 そして、3時間後――


「……できました」


 やっと、解毒剤の完成です。

 他にも細かい材料は必要でしたが、それらは牢で手に入る範囲に収まりました。

 ただ、正式な材料は使えなかったので、必ず国王を目覚めさせることができるとは言い切れません。ですが……私ができる限りは尽くしました。


 さて、問題はこの後です。当然、国王と面会などできるわけがないので……仕方ない、強行突破で脱獄ですね。

 最低限の道具は揃えました。速攻で廊下を走り、地下牢を抜け、王の看病をしている部屋までたどり着ければ、ひとまず脱獄はクリア判定になります。


 でも……私は、勇者にハメられて捕まった科学者。

 脱獄は合法ですよね?


 私は看守が給食を届けに来るのを、静かに待ち続けます。

 昨日の午前中に投獄され、これが今日の朝――3度目の食事です。



「おい、届けに来たぞ。早く受け取れ」


 看守が鉄格子の隙間を少しだけ開け、手招きしています。

 私はゆっくりとした足取りで近づきました。


「はい、ありがとうござい――ますっ!」

「ぐはっ……!」


 私は油断していた看守の腹に、肘打ちを入れました。

 さすがの看守も、無防備な腹部を攻撃されてはたまりません。

 腹を抱えて呻く彼を横切り、私は全速力で逃げ出しました。




「おい、あの科学者が逃げたぞ!」

「追うんだーっ!!」


 うっとうしいですね。背後から、兵士たちの叫び声が聞こえます。

 私は戦闘員ではありませんが、ただ走るだけなら別に遅すぎるわけでもない。白衣の裾をなびかせながら、私は地上への階段を目指しました。


 すると――階段の前に、待ち伏せしていた兵士たちが現れます。


「止まれ!」

「まぁ、こうは予想していましたよ……。どいてください!」


 私はポケットから小さなカプセルを取り出すと、床に向かって全力で投げました。

 その瞬間、周囲が見えなくなるようなほこりが舞い、兵士たちは激しくせき込み始めます。


「ゲホッ、ゲホッ!」

「なんだこれっ」


 まぁ、今のは――私の牢の中にあったほこりを集めて、爆発型のカプセルに圧縮していただけなんですけどね。

 くしゃみが出るということは、それだけ私を閉じ込めていた環境が劣悪だったということでは? ということで、私をこんな目に遭わせたあの勇者は許しませんからね。


 充満したほこりをかいくぐり、私は階段を駆け上がりました。

 すると見えたのが、窓から覗く一日ぶりの太陽。

 外の空気を吸いたいところですが、今は急がないと命にかかわります。




 ふと目をやると、城の人が大勢集まっている部屋があります。


「国王様!」


 私は一切迷うことなく、その部屋へ滑り込むように入りました。

 周囲の視線が私に向けられる。しかし、そんなことを気にしている余裕はありません。

 部屋の中心では、目を閉じた王様がベッドに横たわっていました。

 彼を今すぐ救わなくては、昨日実験をした私は、故意ではないが人殺しになってしまう。


「貴様……! どうやって脱獄したんだ!」

「その詳細は後でにしましょう。それより、聞いてください。王様を治す解毒剤を持ってきました。これを飲ませてください」

「はぁ!? 貴様、何言ってるんだ! おい、こいつを取り押さえろ!」


 兵士たちが左右からやってきますが、ここは抵抗しなくては、私の努力が水の泡となってしまいます。

 私は兵士の腕を振りほどきながら、一歩部屋の中に近づきました。


「もし私の薬の効果がなかったら、自害すると約束いたしましょう。それでどうですか! それともあなたたちは、解毒剤無しじゃ治るわけがない国王様を見殺しにするのですか!?」

「……」

「私が、言っているのですよ?」


 しばらく、部屋の中に沈黙が走る。


 もちろん、失敗すれば自害するというのは本当です。私が作った薬で王様を治せなければ、私の立場も、科学者としてのプライドもすべて失う。自分の毒薬でも飲んで、王様の隣で悶絶しながら死んでやりましょうか。私は、そういう男ですから。


 やがて、王の側近の一人が顔をあげ、頷きます。


「……わかった。貴様がそこまで言うなら、薬を試してやる。だが、もし王様にもしものことがあれば……わかっているな」

「もちろんです。ただし――」


 私は、まっすぐな視線で側近を見つめ、少しだけ口角を上げました。


「もし国王様の状態が治れば――私の望みも、聞いてくださいね?」






 その頃――

 勇者ラルクは、仲間たちや町の人々に、己の勇姿を自慢し、同時に、セヴェルの批判を言いふらしていた。


「あいつさぁー、頭いい科学者だと思ってたのに、王様を昏睡状態にさせちまったんだよ。失望だよなぁー。冷めちまったよ、俺」


 魔法使いや僧侶の仲間たちは表情を固まらせている。ラルクが今まで、こんなに図に乗った発言をしたのを見たことがなかったからだ。


 するとそこへ白い鳥が飛んできて、ラルクに一枚の手紙を渡した。


「んお? なんだこれ。うわっ、王城からの手紙じゃん! 王様が死んじゃって、セヴェル処刑とか? もしかして、俺が王の代理になれたりして……」


 わかりやすい欲望を顔に出しながら、勇者は気分を高揚させて手紙を開く。

 その瞬間、彼の顔が青ざめた。


「えっ、なんで――?」





 ラルクは落ち着かない様子で、城の中へと足を踏み入れた。

 執事たちは彼を見つめると、ひそひそと何か話し始めた。その冷めた視線が、ラルクをさらに怯えさせる。


(ばれたのかよ……? なんで王様が生きてんだ!)


 先ほどラルクに届いた手紙は、このような内容だった。


『勇者ラルクへ。国王様がお目覚めになられました。大事な話があるので、至急王城へ来るように』


(大事な話って……)


 国王が生きている時点で、ラルクが王位継承という夢物語は消滅した(最初からあり得ない)。

 ならば、大事な話とはなんだろうか……。


「よく来てくれましたね、ラルクさん」

「なっ、お前は――!!」


 ラルクのいる玉座の間に現れたのは――白衣を纏った科学者セヴェル。

 彼は手に荷物を持ち、研究ノートを右手に掲げながら、冷ややかな目つきで笑った。


「ラルクさん、あなたはもう終わりです。あなたが私に行ったこと、洗いざらいすべて伝えさせてもらいました」

「は――!?」

「国王様は、私が調合した薬で元気になりましたよ。見てください」


 セヴェルの背後から現れたのは、険しい表情を浮かべた国王。

 彼はラルクを見つめると、無言でため息をついた。


「……セヴェル殿から話は聞いた。実際に科学的根拠を示してもらったよ。どうして薬が爆発したのか。ここまでセヴェル殿が説明できるのなら、おそらく言っていることも本当だろう」

「……おいおい、嘘だろ? 国王様、そう簡単にそいつを信じないでくださいよ」


 ラルクは歪んだ笑みを浮かべながら、セヴェルを指さした。


「お……俺だって、そいつを信じてましたよ。だってパーティーの仲間だったし。でも……王様に危害を加えたら、わざとでもわざとじゃなくてもダメでしょう……?」

「あなたは私を最初から仲間だと思っていなかったはずです」

「しょ……証拠を出せよな! 俺がやったっていう証拠をだっ!!」


 ラルクは大きな声を出し、空気を震わせる。

 彼が薬を混ぜたという証拠がなければ、議論することも罰することもできない。


 セヴェルは目を閉じて少しだけ考えたのち――静かに言った。


「そうですね……。あなたがやったという証拠は、出せませんでしたよ」

「ハハッ、なら――」

「でも、これだけの意見と、私の主張があるんです。あなたも出してください。あなたが、やっていないという証拠を」


 その言葉に、ラルクは顔を青くした。

 冷や汗が頬を伝う。やっていない証拠? 俺が……。

 焦りすぎて、うまい言い訳が出てこない。動揺している様子を、セヴェルが勝ち誇った笑みで見つめてきている。


「証拠が出せないのなら、私もあなたも同じ立場です。だとすれば、根拠と主張がはっきりしていた方が勝つのでは?」

「……」

「――嫉妬という単純な理由で、平気で他人を陥れるあなたに、賢い言い訳なんて用意できませんよ」


 もはやこの時点で、勝者は決まっていた。

 事故の真相が発覚すれば、ラルクは終わりだ。勇者としての立場も、人としても。





 だが――嫉妬深く、諦めの悪い勇者ラルクは、強引な手段に出る。


「――っ。貸せよっ!」

「あっ!」


 ラルクは急にセヴェルへ飛び掛かると、押し倒し、彼の荷物であるカバンを強奪した。他の兵士たちが駆けつけるが、ラルクは持ち前の速さで攻撃をかわした。

 チャックを開け、中身を乱暴にあさる。セヴェルのことだ、何か強い薬を持っているに違いない。それを使って、俺が覚醒できれば――


 あった! 紫色の薬!

 セヴェルは確か、魔力膨張薬とか言ってたな。加熱すれば、俺の魔力が上がる!


「見ろ! この薬を飲めば、俺は最強の炎魔法を使えるようになる。もういい、ここら一帯焼き払ってやるよ!! セヴェルめ、ざまぁみやがれ!」


 もはや彼に理性の欠片もなかった。

 薬が入った小瓶を高く掲げると、手から自身の炎魔法を生み出す。


 すると、セヴェルや国王たちは一斉に部屋から逃げ出した。玉座の間には、勇者しか残らない。

 フッ、俺の力に今更怯えやがって。今すぐ捕まえて骨まで燃やしてやるからな。

 そして彼は、炎に小瓶の底を当てた。


「燃えろっ。そして俺の魔力を――」




 次の瞬間――ものすごい爆発が起き、部屋の中に紫色の煙が広がった。

 ラルクの顔の前で、小瓶が爆発したのだ。

 彼は悲鳴を上げる間もなく――体は弾き飛ばされ、煙をもろに吸い、意識を手放した。




 数分後――

 煙がおさまった後、セヴェルは一人で玉座の間に戻ってきた。

 勇者は体をぴくぴくとさせ、一切動かない。その様子を、嘲るような笑みで見下ろした。


「絶望した人間は、なぜこうも愚かになるのでしょうか……。これは策略ですよ。取り乱したあなたは、私の荷物を奪って何かするだろうと思いましたからね」


 彼は紫色の小瓶を見つめ、ため息をついた。


「しかもこれ……あなたが他の薬を混ぜたんでしょう? あ・な・た・が・ね」


 その言葉は、もう勇者には届かない。

 勝者は完全に決まった。





「はぁ~……」


 まったく、大変な一日でしたね。私は今、城の中にある豪華なソファーで休ませてもらっていますよ。


 あ、ちなみにあの勇者、どうなったと思います?

 もうダメです。毒を吸いすぎて、解毒剤も効かないほど完全な昏睡状態で……でも、目覚めたら彼は死刑になるそうですね。フフッ、だって彼、最後自爆しましたよね? 因果応報、これが本当のざまぁってやつです。

 勇者という称号は、もっとまともな人が持つべきですね。


 その後私はラルクのいないパーティーには戻らず、王城で正式な科学者として働かせてもらえることになりました。

 王城は実験器具などが豊富で、実に楽しいです! またさらに、私の研究ノートが一ページずつ、私を彩っていきます。


 すると私の部屋に、一人の若い男性が入ってきました。

 彼は元囚人です。私を助けてくれた方ですよ。もちろん、ぼろい布みたいな姿ではなく――ちゃんとした、市民の服装で。


「ありがとうな、セヴェルさん。俺もこれで妻と娘に会える」

「よかったですね」


 彼も捕まった理由は冤罪だったのです。私は国王の病気を治したとき、彼を釈放するように申し出たら、すぐに了解してくれました。

 これで彼も幸せに生きられるでしょう。


「それでは、私も実験をしますかね」


 科学者なのだから、私はいつ、どこでだって、薬を作る。

 でもそれは、誰かを傷つけるためではない。

 世界の役に立つため。誰かの役に立つため。そして――自分という存在を、価値を、この薬で証明するために。

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