幼馴染のために作った自作言語で愛を叫ぶ

「Loea ai ou , pekou kei li ou pila」

(あなただけがそう思ってくれるの、だからあなたを愛するわ)



 そう言ってからちらりと横目で美雨を見ると、なんとも複雑な表情をしていた。

 私にはわかる。あれは、困ってるのを隠そうとするときの表情だ。


 先生に当てられて答えがわからないときもあの表情をする。だから当然、レイン語の語彙にも入っている。『heilonpeimu』だ。


 それはそうと、美雨のこの表情はなんなのだろう。そういえばさっきも、私がレイン語でつぶやいた途端にスマホを熱心に操作し始めた。



 ――もしかして、レイン語の存在に気づいたかしら。あるいは、私が使っているレイン語作成ノートを何かの拍子に見ちゃったとか。



 まあでも、私が本気だとは思わないか。それに、必死で解読しようとする美雨の姿もまた、愛おしい。



 ***



 ――詩音という私の名前は、英語の響きも込めた名前にしたいとか、言葉関連の字を入れたいとか、いろんな両親の考えがあった結果決まった名前だという。


 ともかく、両親の仕事もあり、私は生まれたときからたくさんの言語に囲まれて生きてきた。

 外国人の知り合いが、下手したら日本人より多くいた。


 外交官の父は家よりも海外にいる時間のほうが長かったし、国際系の学部で言語学の研究をしている母もしょっちゅう学会やら講演やらで家を開けていたから、家に来るお客の外国人の対応を私がしなきゃいけないことも当たり前にあった。


 だから、私は自然に数ヶ国語の読み書き会話ができるようになった、というかできる必要があった。


 でも環境があったからって、母語でない言葉の習得は簡単じゃない。

「ママ、中国語の本ある?」

「パパ、今の韓国語もう一回言って?」

 言葉の質問を、両親に何度したことか。


 両親の仕事の話をすると、みんな『だから詩音ちゃんたくさん喋れるんだね! すごーい』と言ってくれるけど、『だから』で単純に接続できるわけじゃないのだ。



 そして、それをわかってくれるのは、今のところ美雨だけである。



 私がなにかやって、結果を出すと周りはみんな褒めてくれる。それは嬉しい。

 でも、私がその結果に至るまでの過程まで含めて見てくれるのは、美雨だけだ。



「詩音さん、美雨さん、ごきげんよう」

「ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 いつの間にか学校のすぐ近くまで来ていた。

 高校で仲良くなったクラスメイトに、何人か挨拶される。


「詩音さん、聞きましたよ。校内ディベート大会の代表に選ばれたんですって?」

「さすが現代文の学年トップ。お茶の子さいさい、ですか?」

「中学までは生徒会長だったということで、やはり演説には一家言あるということなのでしょうか」


 高校で新しい友だちもできた。けど、やっぱりみんな、私が当然のように色々こなしていると思っている。


「確かに、人前で話す機会は多かったかもですが、私結構練習しましたのよ今回」

「いやいやご謙遜を」



 うーん、そんなふうに持ち上げられても、私は頑張ったからディベート大会代表になったという事実は変わらないのに。


 どこか、高校の友だちとは一定の距離があるような気がする。



 そうじゃないのは、美雨だけ。

 


「そうですよね、美雨。練習付き合ってくださりありがとうございます」

「あ、はい。わたしとしても、ディベート練習、大変興味が深くおありでしたわ」


 急に振られて、まだ慣れてない感じのお嬢様口調になる美雨。

 思わずクスリとしそうになってしまうのをこらえる。


「美雨、これからもよろしくお願いしますね」

「はいもちろん」



 ***



「――ふう、やっぱりお嬢様言葉は舌噛みそうになっちゃうよ」


 高校入学組の友だちから距離を取ると、美雨がちょっと肩の力を抜く。


「でも、大事なのよ。言葉ってのは、仲間とそれ以外を区別するうえでも重要なものなんだから」

「じゃあ、お嬢様言葉をマスターしないと、わたしは他の子に仲間として思われないってこと?」

「そう思ってる子もいるかもね」


 ぷくっと不満そうなふくれっ面になる美雨。

 まあ、美雨からしたら、言葉のせいで避けられたりするのはもうゴメンだ、ということだろう。



 ――今でこそかなり改善されているが、昔の美雨はとにかく舌が回らなかった。


 マ行がナ行にしか聞こえなかったり、バ行がダ行にしか聞こえなかったりした。

 自分の名前を言っているはずなのに、『みう』が『にう』に聞こえたり。

 そのせいでからかわれたこと、男子からいじめに近いことをされたのは、一度や二度じゃない。


 私も母に聞いたことがある。

「どうすれば、美雨は上手く喋れるようになるの?」


 すると母は、滑舌がよくなる練習方法みたいなのをいくつか教えてくれたあと、『焦らないで。こういうのは自然に上手くなっていくから』と言ってくれて、実際そのとおりに美雨の喋りは問題なくなっていった。



 けど。

 当時から『あの言葉にはこの発音が無い、他の言葉には』となんとなく気づき始めていた幼い頃の私は思ったのだ。

「美雨みたいな人でも喋れるような言語があったら、美雨が困ることもないのに」


 その思いはいつしか、『無いなら作るしかない』というものに変わっていった。

 中学に上がったぐらいの頃には、人工言語について本格的に知るようになり、どんどん思いは強くなっていった。


 エスペラント語のような大規模なものを作るのには、私1人では難しいかもだけど。



 美雨のための言語。

 といっても、問題なく喋る今の美雨にはいらないかもしれない。

 それならそれでいい。私が美雨のために作る言語。


 私が美雨に、この気持ちを表現するための言語――



「Nopon hena ou , pekou hui ai leiha ou」

(大丈夫、私がずっと一緒にいるから)



 ……おや、また美雨がスマホを触り始めた。

 やっぱり、レイン語を解読しようとしてるんだ。


 言語解読は、共通する箇所を探して芋づる式に単語の意味を導いたり、推測したものを実際の使用例に当てはめて確かめたりと、暗号解読や論理的な思考が必要になる。


 昔から数字や図形が大好きで、理系科目は学年トップの美雨なら、意外と早くレイン語で会話できるようになっちゃうかもしれない。



 それはそれで良いかな。私と美雨だけにしかわからない、秘密の世界。



 ああでも、私がこうやってひっそりと美雨への愛を伝えることは、できなくなるのかな……




「好きだよ」



 美雨には聞こえないよう、こっそりと日本語でもつぶやいてみた。

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幼馴染が操る未知の言語を解読してみたら、愛してるとか言われている件 しぎ @sayoino

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