探究心

@Opstitan

探究心

人々は常に探求する。知らないこと、わからないことをそのままにしておけない。

宇宙創成から現在に至るまでの歴史。

天の川銀河に存在する星の数、種類。

太陽系惑星の気候、地質、住み心地。

僕らが住むこの星と。

君が生まれて、その終わりも。


「吾輩にかかれば全て丸わかりなのだ!」


そう、吾輩が、吾輩こそが全知全能。この世の全てを知り尽くし、すべてを成し得る存在。


「いわゆる、神!である。」

「ふぇ〜」

「…。」


神。それは敬われるべき存在。人間の崇拝の対象となり、時には救いを、時には試練を与える。そんな存在だと吾輩は記憶しているのだが、


(おかしい。この目の前の女、吾輩に対して尊敬のその字も感じない。)


いや、それどころかまるで吾輩の話には微塵も興味がないと言わんばかりのこの態度。


「おい、女。お前、吾輩を前にしてなんだその態度は。吾輩のこと、舐めているのか!」

「え?あー、いや、ごめんごめん。ちょっと正直動揺っていうか、急にこんなところに連れてこられたからびっくりしちゃって〜。」

「何、びっくりだと?」

「そうそうびっくりビックリ〜。ああ、神さまは全知全能?なんだっけー。じゃあびっくりすることとかなさそーだね。」

「いかにも。吾輩は全知全能であるからして、驚くことなどなく…ってそうではなくて、お前。この場所がどのようなところなのかわかっていないのか?」

「…この場所?」


ここは人間が吾輩に答えを求めにくる場所。何か知りたいこと、理解したいことを強く願えば、やがて奇跡が訪れこの場に導かれる。つまりこの女も何かを知りたくて、それを吾輩に答えてもらうためこの場所にやってきたはず。


「うーん。キミは…、いや神さまはこの場所を知ってるの?」

「ふむ、知っているも何も、ここは吾輩の場所であり、人々が吾輩に会うためにくる場所である。」

「へー。神さまに会いに、か〜」

「そうだ。人間どもは吾輩の全知を求め、真実を知るためにここに来るのだ。」

「そうなんだ…じゃあさ、地球って1万年後どうなってるの〜?」

「知らんな。」

「え〜、じゃあ宇宙って最後どうなるの〜」

「…しらん。」

「はぁー、何にも知らないじゃーん。」

「なっ!?」


この女。吾輩が未来に起こることはわからないことを知っていて、わざとやっているのか?なんだか吾輩舐められている気がしてならない。


「なぜ未来のことばかり問うのだ。この世界に起こったことは全て知っているのだぞ。」

「それって全知全能って言わないよ〜」

「貴様…」

「あぁ、怒らないでよ〜。別に意地悪してるってわけじゃないよ。ただ…」


女が俯いて、急に黙り込む。なんだ?吾輩が起こっていると思って、宥める言葉を探しているのか?ますます気に食わない女だ。


「ただ、何だ?」

「…ただ、確かめただけ〜。神さまが本当に本当かってこと〜。」

「?妙なことを言うやつだな。吾輩は吾輩だろう。」


それってやっぱり試されているのではないか?流石に吾輩とはいえど、腹が立ってきた。なぜこんなにも疑われる?なぜこいつは吾輩を敬わない?


…だが、なぜかこの女のことは無碍にできない。なぜかこの女との会話は心地いいと感じてしまう。


「まあそうだけどね〜。うーん、じゃあこれは、ほんとの質問なんだけど〜」

「…何だ。」


女が顔を上げる。目と目が合う。次に何を言われるのか。なぜかひどく緊張してしまう。なぜだ?なぜ、こんなにもこの女のことを…


「キミは私のこと、知ってる?」


肩まで伸ばした黒い髪。長いまつ毛に、大きく開いた真っ黒な目。無邪気に笑ったその顔を僕は、


「…知らんな。」

「あれっ。おっかしーなー、ほんとに?私のこと、覚えてないのー?」


おかしい。確かにおかしい。全知全能であるこの吾輩が知らぬことなどない。知らぬことがないということは、この女のことも知っていないとおかしい。


「…。」

「そのリアクションを見るに、マジっぽいねー。うーん、それじゃあ私が教えてあげよっか?」

「教える?吾輩に?何を?」

「私のこと、それとキミのことについても。」

「吾輩の?…」


そう言われて気づく。


( 吾輩は、なんだ?)


全知全能の神だ。そう、そうなのだが、


(その前は?)


前。前とはなんだ。吾輩は生まれてからずっと吾輩だ。誕生したその瞬間から全知全能であった。そのはず、だが。


「何か、大事なことを忘れてる」


そう言われてハッと顔を上げる。そこには、いつものように笑う君。あの日も確かこんなふうに話してたんだっけ


「ゆっくり、少しずつ思い出していこう。」

「…うむ。」


目の前の女の話に耳を傾ける。


「じゃあまず、この場所はどこ?」


この場所は、吾輩の…。


(いや、)


そう言われて周りをぐるりと見渡す。規則的に並べられた机と椅子。それらを照らすように、窓から差し込む夕陽。正面には大きな深緑の板。


「ここは…確かに知っている。」

「うん、ここは教室。キミが通っていた学校の。」

「吾輩が?」


吾輩が学校に?


「信じがたい話だな。」

「そうかもね。でもキミはこの場所に覚えがある。」

「そうだな。」


吾輩はこの学校の生徒で、この教室に毎日通っていた。


「じゃあ次は、」


そういって女は黒板の端を指差す。


「あれ」


1月27日(水)

日直 [⬛︎⬛︎⬛︎ ⬛︎⬛︎]


そうだ。あの日、あのとき、この場所で、君と話していたんだ。


「それなら、キミはだれ?」


僕は、


「お前の、親友。だった。」


君は。


「そうだね。そして私は、キミの親友だ。」


あぁ、なぜ忘れていたのか。

いや、思い出さないようにしていたんだ。

僕が、君のことを思い出さないように。


「少し、ほんの少し昔の話をしよう。宇宙の歴史に比べたら、本当に少し昔。キミと私の話を。」


あの日、君は僕にこう言った。


私、宇宙に行くの!宇宙に行って、まだ知らないこと、見つかっていないものをいーっぱい見つけるの!


そのときの君はいつものように無邪気に。ああそうだ、こんな笑顔で言ってみせてた。


宇宙飛行士ね。なるのは大変だけど、私の夢を叶えるために頑張らなくちゃ!


君は昔から宇宙が好きだった。だからそんな言葉を聞いても驚きはしなかった。好きなことには全力を注いで、そのための努力も惜しまない。そんな君だからこそ、僕は素直に応援しようと決めたんだ。


…キミは?


僕?。僕はいつまでも君のことを応援してる。君のように努力してこなかったし、特別な才能もない。だけど、君が助けを必要とするときに、手を貸してあげられる。そんな人間になりたいな。


それは…、一緒にはきてくれないの?


一緒って、僕も宇宙に行くってこと?宇宙飛行士になって?うーん…、それはちょっと、難しいかも…?


…ふーん、そっかぁ。まぁいいんだけどね。


よくなさそうな感じだね。…君は何で宇宙に行きたいの?宇宙に行かなくても、宇宙のことはいっぱい知れる。君が知らないことだってまだまだたくさんあるでしょ。


そんなの、…私がいちばん初めに知りたいからに決まってるじゃん!私が、この目で、まだ見ぬ世界を見てみたいの!


「そう。僕は君から教わったんだ。人は常に探求して、知らないことを知ろうとして、わからないことを分かろうとする。」


でも僕はそうじゃなかった。知らないことは知らないままでいい。わからなければ、分からないままでもいいと。そう思ってた。


20⬛︎⬛︎年 2月 21日

宇宙開発のため発射されたスペースシャトル船内にて火災が発生。乗り込んでいた5名の宇宙飛行士の死亡が確認される。尚、5名の宇宙飛行士のなかには、日本人女性である⬛︎⬛︎⬛︎ ⬛︎⬛︎も含まれており………


「あのとき、君は知りたいと言った。」


だからだと思う。君があそこまで知りたいと、見つけたいと言ったものがどんなものか。僕も探してみたかったんだと思う。


「だから、だから。」


僕は答えを持って、ずっとここで君を待ってた。君がきたら、教えてあげようと思った。きっと君はすごく悔しがってると思うから。君が助けを望んでると思ったから。


「やっぱりキミは…」


そんなこと、思ってないよ。


「キミは昔から何も変わってないね。」


うん、何も変わってない。私もキミも。


「私、キミがいるならどこでもいいって思ってたの。」


キミがいれば、楽しくて、嬉しくて。悲しいこともあったけど、いつも笑い合ってた。


「だけど、どうしても知りたくなったの。」


だからあのとき、キミに言ったの。


…キミは?


本当はね。じゃあ、僕も行くよって。いつまでも、君の隣にいるよって。言って欲しかった。


だけど言えなかった。そんな贅沢なこと。好きなことをして、好きな人もずっと一緒にいて。ずっとずっと幸せで。そんなの贅沢すぎて。


キミは人の気持ちがわかんない


私は自分の気持ちを伝えられない


そんなことで、よくずっと付き合ってきたと思う。けど、私はそんなキミが良かったんだ。人の気持ちがわからなくて、いつも見当違いしてて、いつも人の心配をして、不器用で、優しくて、人のために神さまになっちゃうようなキミが


「キミが良かったんだよ」


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