循環と濾過
あれから季節が二つ巡った。
この街では相変わらず火刑の煙が空を汚し、私は変わらず谷底でゴミを拾っている。
だが、
空前の宝石ブームだ。噂を聞きつけた遠国の富豪たちが馬車を連ねて押し寄せてくる。彼らは私の店で石を買い漁り、連れの女たちに着飾らせる。彼女たちはその石が、かつて自分たちが殺した女の心臓だとは知らず、妖しい輝きに酔いしれていた。
異変は静かに進行していた。
まず消えていくのは男たちだ。
黄金のロザリオを買った司教は首を吊った。遺書には震える文字で『金が溶ける』とだけあった。首には肥大化し黒く濁ったロザリオが食い込んでいた。
夜会では資産家が発狂し窓から飛び降りた。愛人の指輪を見た瞬間に悲鳴を上げ、闇へ走り去った貴族もいた。
地元の権力者たちは死に絶え、空いた席に外から来た富豪たちが座る。彼らもまた石の魔力に狂い、やがて消えていく。
街は常に新しい欲望を飲み込み、消化し続けていた。
臨界点は、あるミサの日に訪れた。
最前列に並んでいた着飾った女たちが、突如獣のような叫びを上げたのだ。
「あいつが笑った!私の石の方が美しいのに!」
隣の女の顔を爪で引き裂く。連鎖的に暴動が起きた。ドレスを引き裂き、肌を食い破る。
その形相は、かつて彼女たちが蔑んだ魔女たちよりも遥かに醜悪だった。
裂けた衣装の下、晒された皮膚が黒く変色している。内側から炭化したように。
外部から来た新しい男たちが叫ぶ。
「魔女だ!こいつらも魔女になりやがった!」
かつて断罪する側だった女たちが、今度は断罪される側へ転がり落ちる。
収穫の火祭りが始まった。
広場の中央にはかつてない規模の薪が積み上げられている。
杭に縛り付けられているのは、あの美しい夫人たちだ。宝石を買い与えた男たちは、もういない。
「熱い!やめて、私は違う!」
女たちは叫ぶが、その声は熱狂した民衆と、新たに見物に訪れた観光客の目に飲み込まれる。
火が放たれた。
栄養状態の良い体は実によく燃えた。高価な香水が染み込んだドレスは美しい火柱を上げた。
断末魔と肉が爆ぜる音。
私はその光景を、遠く離れた小屋の窓から眺めていた。男たちは入れ替わり、女たちは燃やされ、また新しい欲望がやってくる。頬を撫でる熱風に、私は不思議と熱さを感じない。
「素晴らしい熱量だ。これなら極上の結晶ができる」
明日の段取りを計算する。感情はない。品質への評価だけがある。
翌朝。
全てが灰になった広場で収穫を行う。
灰の中には以前より大きく、強く輝く「黒い塊」が転がっていた。女の情念と肉体、街に渦巻く欲望を吸って石は純度を高めたのだ。
私はそれを火挟みで拾い、麻袋へ放り込んでいく。袋はすぐに一杯になった。
ふと手を止め、胸ポケットから「透明な石」を取り出す。
あの言葉を持たなかった少女の心臓。
透明で、何も映さない絶対的な虚無。
手のひらに乗せると、石は私の体温を吸わず、逆に熱を奪っていくようだった。
私はその石を自分の左胸、心臓の真上に当てた。
冷たさが皮膚を透過し、肋骨をすり抜け、体内へ沁み込んでいく。
ドクンと心臓が鳴るたび、石が沈んでいくのがわかった。
私の中にある人間的な雑音。金銭欲、嘲笑、生存本能。不純物が透明な冷気によって洗浄され、置換されていく。
痛みはなかった。ただ静かな同化だけがあった。
数瞬の後。
手の中から石は消え、私の胸の内で少女の心臓が拍動を始めていた。
視界がクリアになる。
焦げた臭いも断末魔の幻聴も気にならない。
私は理解する。私はもはや、金を稼ぐ「商人」ではない。
流入する欲望を燃料とし、魔女という宝石を精製し続けるための純粋な「濾過装置」になったのだ。
地獄を回し続けるための、透明な歯車。それが今の私だ。
麻袋を担ぎ、立ち上がる。
足取りは機械のように正確だ。
明日にはまた店を開こう。街の入口には馬車の列ができている。「魔女狩りの街に行けば、とびきり危険で美しい宝石が手に入る」と目を血走らせて。
彼らは知らない。自分たちが買うのが昨日の隣人の成れの果てであり、やがて来る明日の自分たちの姿であることを。
私は鏡を見る。
そこに映る顔は、もはや微笑んでさえいなかった。少女の心臓のように透明な、完璧な無表情。
いらっしゃいませ。
街は今日もよく燃えている。この火が消えない限り、私の仕事は永遠に続いていく。
(了)
不燃ごみとしての魔女の心臓 すまげんちゃんねる @gen-nai
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