第11話 依頼
肇が高木を誘ってみた。
「現場に行ってみましょうか?」
高木がうなずいたので、肇と高木は立ち上がり、エレベーターに向かった。まずは一階のロビーへ行った。ロビーは一般の顧客向けの窓口がたくさんあって、賑やかだった。発券機の音がときどき鳴り、銀行員が顧客を呼ぶ声もした。
肇と高木は、ロビーでカメラの位置を確認してから、扉を開けて非常階段へ出た。非常階段を確認したあと、ロビーに戻り、外に出てからビル背面にある公開空地へ向かった。場所ごとに記録のために高木は自分のスマホで写真に撮った。一人で銀行内でそんなことをしていたら不審者とみなされるのは間違いないが、この日は部長といっしょなのでだれからも咎められることはなかった。
御手洗吟が発見された現場には、故人を偲んで献花台が設けられていた。台にはたくさんの花束が供えられ、飲み物の缶や果物まで供えられていた。吟の人柄が偲ばれた。肇が手を合わせ、兄を偲んだ。高木も手を合わせた。御手洗肇が手を離し目を開けても、高木は手を合わせ祈り続けていた。その横顔を肇は黙って見守り続けた。少し時間がたって高木も目を開け、手を離した。二人は樹木と花壇を見てから、通路を見て、ビルの上を見上げた。高木が今度はスマホを動画撮影モードにして、屋上から献花台までを撮影した。献花台周辺では肇も映り込んでしまった。
そして、二人はロビーに戻ってからエレベーターで屋上へ向かった。塔屋でエレベーターを降り、壁にあった電気スイッチを見た。
「あの夜、照明はすべて消されていたようです。夜は消していておかしくはないのですが、いつもはいくつかの照明はつきっぱなしだったみたいです。しかし、あの夜はすべての照明が消えていたようです。スイッチから兄の指紋は検出されなかったとのことです」
肇が塔屋のドアを開け屋上へ出た。高木も後を追った。鉄柵の扉を開け、二人はふちの近くに立った。
「この位置から転落したようです。私は高いのが苦手なので、下を見ることができません」
肇が苦笑いをしながら言った。高木がこわごわと下を覗いたら、献花台が見えた。
「高木さんはずっと週刊誌の記者をやられているんですか?」
「そうでもありません。今年で五年目ですか……前は刑事だったんです」
「え! 刑事さん……普通は探偵とかになるんじゃないですか?」
「フィリップ・マーロウとか?」
肇と高木はそんなにおかしくもないのになぜか二人で笑った。
「高木さん、今回の件、記事にするんですよね?」
「もちろん。記者ですから」
肇が思い切って言ってみた。
「記事にする前に、私の頼みを聞いていただけませんか?」
「なんでしょう?」
「先ほどの御殿場の研究所を調べていただけませんか? むろんただとは言いません。そうですね、百万円ほど用意しましょう」
高木はまだ事態がうまく飲み込めない。
「百万円ですか? さすがに帝都銀行の部長さんですね。そんな大金をポンと出せるなんて」
「帝都の部長と言ったってまあ大手企業の部長程度の収入です。じつは兄が死んだことで父は私を後継者にしようと企んでいるようです。帝王学を学んで育った兄と違い後継者になる自信は私にはまったくありません。しかし役員になれば少しは自由に使えるお金ができるでしょう。それを使って真相に近づければと思ったのです。私は兄の死の真相を知りたいのです。いかがでしょうか?」
高木は岩田と宮崎の顔を思い浮かべた。
「なるほど。じつは捜査員たちも、捜査中止を憤っているというのもありますが、この事件の真相を知りたいと思って情報を流してくれたんです。私自身もそうですが……思いはいっしょかもしれません」
「お願いします。記者さんに探偵のまねごとをしろというのもなんですが、もともと刑事さんだったら調査能力に疑いはないでしょう。頼みを聞いていただければうれしいですね」
本音だった。自分に調べる能力があれば自分でするが、そんな能力のないことはわかっていた。ほとんど初対面の人間にこんなことを頼んでいる自分も奇妙だが、元刑事という経歴や、捜査員から内部情報を手に入れるにはそれなりに信頼されるところがあるのだろうし、なにより兄のために長い間祈り続けたことに肇はなにかを感じていた。
「ねっから調査自体は好きです。根掘り葉掘り、隅から隅まで……疑り深いですからね。百万円というお金も魅力的です。少し時間をください」
肇は空を見上げながら答えた。
「いい返事を待っています」
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デュープ もう1人の自分へ 大橋まさみ @oohashi
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