第10話 封筒
帝都銀行本店の肇の執務室に高木がやってきたのは、帰宅途中で声をかけられてから二日後だった。ガラス張りの執務室には応接セットがあり、肇と高木は向かい合って座った。挨拶もそこそこに高木が切り出した。
「では私の方からつかんだ情報をお教えします。お兄さんの体の近くに落ちていた遺書ですが、指紋は確かに検出されたようですが、それは遺書だけで、封筒からはだれの指紋も検出されなかったようです。捜査員が疑問に思った最初のきっかけがこのことだったようです」
話を聞いて肇も首をかしげた。
「封筒から……妙ですね……兄は普段手袋なんてしませんし……」
「もう一つ疑問に思う点が、このビルの防犯カメラの映像です。エレベーター内にはカメラがありますが、非常階段にはカメラがない。屋上にもカメラはない。ですから非常階段を使えば屋上まで昇り降りできます。しかし、非常階段から廊下に出たときに各階の廊下のカメラに映るはずです。一階の場合はロビーを映したカメラに映るはずだと……」
「たぶんそうです。それが……兄が投身自殺した時刻の前後にはだれも映っていなかったと聞いています」
「ところがあの日瞬間的な停電が発生していたんです。しかしロビーのカメラの映像にはその瞬停が映っていなかった……捜査員たちは映像がすり替えられているんじゃないかと考えていました」
肇は一瞬何も考えられなくなった。
「すり替え……」
「ええ、一部だけ修正すると発見されやすくなるので、丸ごと別の日の映像とすり替えたんじゃないかと……」
「なるほど」
たしかにカメラの映像には時刻が表示されている。一部だけ切り取れば時刻の表示が飛んでしまうし、ファイルのサイズも他と違ってくるだろう。一部だけ映像を差し替えるのはめんどうだし、そのわりに映像に微妙な繋ぎ目が残ってしまうことが多い。それならいっそのこと別の日の映像とまるごと差し替えた方が早い。映像には日付けも入っていたが、黒く塗られた四角い枠の中なので改竄はしやすいだろう。あらかじめ用意しておけば、あとは差し替えるだけだ。
「御手洗さんのほうでは、この間のお話では『奇妙なこと』があるということですが……」
「はい。あの日帝都病院ではドクターヘリによって、帝都製薬の御殿場研究所から一人の患者が運び込まれたようです。その後、治療中だった兄の治療が一時的に停止され、スタッフたちが全員手術室から出されて、戻ってみたら兄はもう亡くなっていた。兄の遺体にはカバーがかけられ、顔には包帯が巻かれていたようです。ヘリからの患者を受け入れたものの証言では、その患者の顔が兄そっくりだったようです。だとすると治療中だったのは本当に兄だったのでしょうか? もっと言えば飛び降り自殺なんてしたのは兄だったのでしょうか?」
「別の人間が死んでいて、あとから運び込まれた吟さんの遺体とすり替えられたんじゃないかと?」
「不思議なのは、手術に立ち会った看護師が言うには、手術台の患者は間違いなく兄だったというのです」
高木も事態がつかめず、上の空のような表情になった。
「不思議ですね……不思議といえば先ほどの封筒ですが、お兄さんの体からほんの少し離れた場所にあったようです。まるでだれかが近づいてそこに置いたように。大切な遺書ですから、普通は胸ポケットとかに入れておくものでしょう。手に持って飛び降りた? ちょっと考えられないですよね。上から落としたらあんな軽い封筒は無風状態でもあんな位置には落ちないでしょう。かと言ってあの近辺の防犯カメラでは怪しい人物は映っていなかったようです」
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