魔法大女VSエイリアン

常温放置

魔法大女VSエイリアン

《ワーニング、ワーニング、『エイリアン』が現れました。市民は至急避難してください。繰り返します》


 警報が鳴り響いた。

 

 雲一つない晴々とした青い空、高層ビルの谷間、姦しい悲鳴の波の頭上に浮かぶのは、半分に割った卵の殻のような白い飛行物体。

 飛行物体の下部には反重力装置が高速で回っている。地球では再現できない超科学をまるで見せびらかすように浮遊しているのは、人類が技術を盗める段階にいないことを知って嘲笑するためだ。まさしくアクセサリーのように。

 突如、飛行物体の真下が開くと機内から白い三つの影が重力の影響を受けることなく、まるで透明のエレベーターに乗っているように降りてくると、空中で静止した。

 その姿は純白である。真っ白なキャンバスであり、光沢や艶さえ掴めない白いウェットスーツのような装備を着たエイリアンのその肌も髪も、まるで無理やり接合したかのような長く太いトカゲのような尻尾も、全てが純白である。


 大人になる手順は簡単だ。

 タバコを吸う。

 酒を飲む。

 女を抱く。

 これが揃えば、立派な大人だ。


「フゥー……、嗚呼、やっぱりタバコ不味ィな」


 避難する姦しい市民の波に逆らう一つの人影があった。

 下品な言葉遣いとは裏腹に黒いカジュアルスーツを着ている。携帯灰皿に吸い殻を棄て、胸ポケットにしまった。


《ワーニング、ワーニング、『エイリアン』が現れました。市民は至急避難してください。繰り返します》


「ゴミエイリアン……また懲りずに来たのかぁ? ったく、今日は出勤日じゃねぇのによ」


 エイリアンの姿は三者三様に違った。一人はツインテール、一人は胸も尻も張り出た長身、一人は異様に長い髪と尻尾を持っている。


「XHHVVQRRRR……あー、あー、リッスンリッスン~♡」


 ツインテールエイリアンは奇妙な言語を発した後、流暢な日本語を話し始めた。その眼下で惑う大量の雌を見て、キッと石膏像のような唇で不敵に笑った。

 

「人類のゴミ女の諸君~♡ オスを出さないと今からお前らのこと可愛くなくしちゃうねぇ~♡ あっ! でももう虫みたいにウジャウジャしてるからチョーキモいね~♡」

「止めなさいARKN。そのような言葉遣いははしたないです。いくら地球人は頭が悪く、愚鈍でブスだからといって……虫と比べるのは失礼ですよ」


 ツインテエイリアンARKNの隣にいる長身エイリアンが彼女を嗜め、そして彼女以上に人類に嘲笑の歪んだ口を手で上品に隠した。


「HTRひっど~い♡ アタシより毒舌じゃ~ん♡ でも人類って虫以下だよね~♡ マジ同感~♡」

「ね、ねぇ。早く仕事、や、やろ? YHKLに怒られちゃうよ……」

「はぁ、MQZは今日も卑屈ですね」

「そんなにオドオドしてるMQZかわいい~♡」

「い、いいからオス誘拐してか、帰ろうよ……HTR、ARKN……」


 髪も尾も長い根暗そうなエイリアンは挙動不審に身を縮ませ、体に寄せた両手でふにゃふにゃと宙を揉んだ。

 談笑する姿は人類と変わらないというのに、人類を脅かす物騒な単語が飛び交っている。


「くちゃくちゃうるせぇーなー、エイリアン。二軍女子かよ」


 逃げる群衆に混じる、一人の女がそう発した。

 悲鳴がなくとも普段の喧騒でも紛れてしまいそうな呟きだったが、エイリアンらはそれを目敏く聞き取り、沈黙した。

 沈黙した後、その赤い目がギラッと光った。


「ハァ? 誰が二軍女子だって~?」

「おいおい図星か? やっぱりエイリアンもキレると皺が出ンだな」

「お前ェ……ぶちXXBVVWQLTZZZ!!!!」

「日本語喋れよ白トカゲ。こっちは折角の休日で睫毛パーママツパバチバチに決めてきたのによぉ、お前らのせいでイライラしてんだよ」


 挑発の手を緩めいない女はスマホを耳に当ててどこかに通話を掛けた。そしてもう片手に握られた手のひら大のメダリオンを顔の前に掲げた。

 発信中だったスマホが繋がる。画面に表示されている相手は『対エイリアン地球魔法防衛府』。


魔法大女まほうおーじょ大江戸獅音おおえどしおん』、出勤します」

「――許可します」


 返ってきた声を聞くや否や大江戸獅音はすぐに通話を切った。

 

《ワーニング、ワーニング、市民は至急避難してください。


 逃げ惑う人々の悲鳴がピタリと止まり、刹那歓声へと変わった。黄色い悲鳴だ。

 空気の異様な変化にエイリアンらもこれから何が起きるのか感じ取った。それは理論的なものではなく、誰もいなくなった眼下の道路のど真ん中に佇む女が放つ異質な気配を、本能が察知した。

 

 今から何かが起こる。


「はぁ、いつ聞いても鬱陶しいな」


 背後で鳴り響くアナウンスに獅音はうんざりとしながら【メダリオン】を強く握った。彼女の周りに小さな宇宙の如くキラキラと瞬く光子が舞い始める。


「【才能開花マジカル・キャリア起動オン


 周囲の光子が獅音に纏わり付き、目を眩ませる光の塊となった。そして光はシャボン玉のように破れて消えると、中から現れた獅音は着ていたはずのカジュアルスーツなどではなく煌びやかな赤と黒のドレスを身に纏っていた。


「【純血の黒薔薇姫ローゼンレーヴェ】――これより地球防衛を開始する」


 は格好つけてそう言った。

 

 でも戦う前に少し時間を遡ろう。

 どうして私が魔法大女になり、エイリアンと戦うことになったのか。

 事の顛末を遡るとするなら、私が魔法大女になった二年前、あの日から振り返ると分かりやすい。


 ■ 


 聖母暦1998年――人類政府が施行した男児の生涯を徹底かつ健全な方法で管理・保護する計画『ホワイトアルバム』によって、かつて『男畜』として女社会の最底辺にいた男はその個体数を増やし、地球の人口は今まで以上の増加傾向を見せた。

 安定した子孫繁栄という夢の実現と新しい常識の誕生は女に一種の活気を産み出し、二十一世紀に入ると世界的な産業の飛躍を見せた。

 

 しかし同時に世界を揺るがす、大事件が起きた。

 『エイリアンの襲来』と『魔法大女の登場』である。


 今でも夢で見る。

 

 宇宙的にも絶滅しかけている『男』を求めて侵略してくる様々なエイリアンは、高らかに侵略を宣言しながら地球人を超える科学技術を用いて人類を攻撃した。

 

 燃える街。

 崩れる建物。

 絶えない悲鳴と絶叫。

 まるで価値がないと言わんばかりに蹂躙される女たち。

 

 圧倒的なエイリアンの攻撃を前に絶望した時、『希望』がまるで漫画に出てくる妖精のように花びらを纏って降り立ったのだ。


「もう大丈夫!! 私がワルモノをやっつけに来たからね!!」


 彼女こそが。

 人類で最初の魔法大女、【黄金の花の王ダンデライオン】。

 

 人類が初めて『エイリアン』と『魔法』に邂逅した日だった。


「……ってな感じでスケールのデカイ話かと思ったら……まさか、こんなちんちくりんが人に魔法を与えてるなんてなぁ。ワラエル」


 狭く薄暗いごみ溜めのような路地裏で、まるで豪邸に鎮座する毛皮張りのソファに全身を凭れかけるのか如く、一人の人間が膨らんだゴミ袋の上で大の字に寛いでいる。その者はビリビリに破れ、泥と酒で汚れたスーツを着ており、殴られて赤くなる頬の腫れから何者かに襲われた後のように見えた。

 キャバクラに行って、一番高い酒マンハッタンを頼んだ手前、一文無しだったからセキュリティと嬢にボコボコにされて文字通りゴミ捨て場に棄てられた大江戸獅音――つまり私は、その目の前で浮遊する奇妙で珍妙な生物を見て笑った。

 私の嘲笑にちんちくりんな生物はアニメのキャラクターみたく表情を誇張的に変化させ、全く怖くない怒り顔で子猫の鳴き声みたいな声で荒ぶった。


「ちんちくりんじゃないキャル!! キャルルは地球人に魔法を与えるために降り立ったUIZXHASキャル!!」

「はっ。何言ってるかわかんねぇよ」

「固有名詞は翻訳魔法を通しても翻訳できないキャル。UIZXHASには、キャルル達の種族名が入ると思っていいキャル」


 その生物――キャルルは、餅で作った子犬みたいに真ん丸な体に角と翼を付け足した戯画的な見た目で、「キャル」という安直な語尾に反し、えらく饒舌なのが少しキモかった。


「もう一度言うキャル。キャルルと契約して『まほうおーじょ』になってほしいキャル、大江戸獅音」


 有無を言わせないキャルルの小柄な体から異様なオーラが溢れている。魔法という超常を人に与える、その神業に相応しい存在感がある。

 私は一度も名乗っていない。しかし、なぜか私の名前を知っているキャルルに、私も驚きはしなかった。

 そしてキャルルが人を魔法大女にしている証拠もなかった。けれど私はそれが真実だと理解していた。それはキャルルが私達人類よりも遥か上位の存在であり、侵略してくるエイリアンと同様に超技術を持っていると確信したからだ。

 例え全ての仮定が間違っていたとしても、背中に生えている翼を一切羽ばたかせず飾りと化しているのに、何一つの浮力無しに浮いているキャルルという生物が地球外の存在であるのは確かだった。


「それってならなきゃダメなやつか? 私、エイリアンと戦うなんて嫌だな。痛いの嫌いだし、わざわざ戦うなんてまっぴらだ」


 しかし、むしろ私は持ち前の豪胆で至極真っ当な意見をぶつけた。何せ無一文でキャバクラの一番高い酒を頼んだ女だ。そこらの一般人とは胆の鍛え方が違う。

 キャルルは短い両手を組み、眉を潜めて呆れ顔になった。


「君は中々強情キャルねぇ。流石のキャルルも呆れてしまうキャル。他のまほうおーじょは皆すぐに契約したキャル。だって皆、自分にとって何が一番得意なのか知りたいと思っているキャル」


 【才能開花マジカル・キャリア】。


「キャルルの魔法……【才能開花】は、その人の潜在的な能力や願望を極限まで高めて具現幻想として使えるようになるキャル……つまり逆説的に、もっとも自分に適した『才能キャリア』は何なのか知ることが出来るキャル!! それって現代の熾烈な競争資本主義社会を生き残るために、とっても重要なことキャルよね?」

「ゴタゴタゴタゴタうるせぇなー。難しい言葉並べれば私が納得すると思ってるのか? キャリアだがなんだが知らねぇーが、金だよ金!! カ・ネ!! 金があれば別になんだっていーんだよ」


 金さえあれば働く人間などいない。

 金さえあれば心を売ることもない。

 金さえあれば解決しない問題はない。

 金さえあれば。

 

 金さえあれば、私たちはもっとまともな生活が出来ていた。


「あ! そういうことキャルね!! ようやく大江戸獅音、君のことが分かったキャル!!」

「何が分かったって?」

「まほうおーじょになれば所属することになる、人類政府の対エイリアン地球魔法防衛府。そこでのまほうおーじょの役職は、特殊国家防衛職員キャル」

「とくしゅ……なんだって?」


 キャルルはずいっと私の顔面にまでその小さな体を近づけた。


「つまり、大江戸獅音、君がまほうおーじょとしてキャルルと契約してくれれば、キャルルの方から給料について掛け合ってやるキャル!!」

「はぁ? でもいく――」

「手始めに月給二億円キャル!!!」

「なりますゥ!!」


 そうして私は魔法大女【純血の黒薔薇姫ローゼンレーヴェ】として、地球防衛職員になった。

 後日、対エイリアン地球魔法防衛府(以下、対エ)の職員が私の家に来て、人類政府の建物に案内されて何十枚もの書類にサインさせられた。魔法という非科学的ものを扱うというのに、その処理は流石お役所仕事といった具合だ。

 ただ、月給二億円の条件は変更を求められた。対エの予算をもってしても一個人に月給二億円で雇うのは不可能だったようで、しかしすでに私は魔法大女になってしまっているわけであり、結局は二億円が落としどころになった。

 私も月給二億円の響きに飛び付いたが、冷静に考えて月に二億円貰っても使い方が思い付かないからこの変更は大して気にならなかった。

 それよりもてきとうに魔法大女の活動をしていれば毎年二億円も貰える、実質不労所得だ。

 

 ……そう思っていたが、魔法大女の地球防衛の仕事は想像以上に大変だった。

 エイリアンは毎日毎日飽きずに地球を侵略してくる。それはもう多種多様なエイリアンが色んな力を使い、地球の男をアブダクションしてくるのだ。

 エイリアンと戦って、戦って、戦う日々。魔法大女になる前のフリーター生活の方が楽に感じるぐらい戦いの日々だ。

 

 プライバシーもあったもんじゃない。

 魔法大女になってから早二年。

 私ももう中堅扱いだ。

 勝手にテレビで私の戦いを中継され、いつの間にかファングッズが作られて販売され、街のどこにいても変装していないとパパラッチに追われる日々。

 金のためとはいえ、最悪だ。


《ワーニング、ワーニング。市民は至急避難してください。魔法大女が地球防衛を開始します。繰り返します。魔法大女が地球防衛を開始します》


「だから出勤アナウンスとか最悪だ」

「早着替え~♡?」

「ARKN、あれが噂の魔法大女よ」

「HTR物知りだね~♡」


 ツインテの口角は端を裂いたかのように三日月に持ち上がる。種族が違えど、それが侮蔑を帯びているのは確かだった。


「あは~♡ お前が地球の守り人か~♡ ジェリヒヒ~♡ まさかアタシ達三人に~一人で戦う気~♡ マジウケる~♡」

「ささっと戦いにしてくれ。テレビが来るとまた私の休日特集が組まれる、それも勝手にな」

「ハァ♡ マジウザだね~♡ じゃあ――VVH融かすQYTW集滅するGAO光線


 呪文のような指令語オーダーを紡ぐツインテの指先に収束した光の束が――音を置き去りに――空気すら焼き尽くす灼熱の雷となって大江戸獅音を刹那で包む。

 轟く着弾音はなく、炭酸飲料のキャップをひねった時のような周囲のコンクリートは蒸発させる音をなびかせ、熱せられた空間が蜃気楼のように揺らめく。

 死の光は全てを滅している。悉く光以外の存在を拒絶するかのように、エイリアンの指先から聳える。


「――魔法大女ってのはさあ」


 光の中から大江戸獅音の声が聞こえた。


「個人の才能キャリアを引き出す。だから私の魔法大女の友達は、皆職業ランキングに載るようなキラキラした仕事してんだ。パティシエだとか、花屋だとか、パイロットだとか、歌手だとか、学校の先生とか……キラキラしてて羨ましいよなぁ。でも人に何が出来る人なのか一目でバレるのが、めっちゃ恥ずかしいところだ」

「っ~♡!??」


 ツインテが光線を消すと、蒸発したコンクリートの真ん中で無傷の大江戸獅音が立っていた。彼女の足元もまた蒸発していないコンクリートが残り、まるでそこだけ光線が避けているようだった。

 エイリアンたちの顔に驚愕が滲む。地球人という矮小で低俗な科学技術しか持たない生命体が、世界の現象を構造レベルにまで支配する指令語オーダーの攻撃を逃れられるはずがないのだ。

 

 一体、どうやって!?

 どうやって生き残った!?


 その混乱のガラスに、彼女の実に短い釘で打ち割った。


「【暗闇の森の歩法シュライア】……私の才能キャリアが『暗殺者アサシン』なんて中二病すぎてマジ死ねるわ」

「っ! LLDP圧縮するJMTZ小さなQYQB爆発!」

「それはヤバそう、【幻影投影ドッペルゲンガー】」


 大江戸獅音の姿が一瞬にして闇に飲み込まれる。

 長身のエイリアンが唱えた指令語オーダーによって彼女のいた場所の空間がグニャリと曲がって一点へと圧縮され、解放された瞬間――音を置き去りにする衝撃波が走り抜ける。

 高層ビルの窓ガラスが一斉に割れる。キラキラと雪の結晶のように小さなガラス片が空から降り注ぐ。


「ちっ! どこへ消えた!!」

「後ろ」

「GGFっ!!」


 長身は背後から聞こえた大江戸獅音の声に振り向かず、己の尾を振って迎撃した。

 しかし、手応えがない。横目で辛うじて見えたのは、水面に写った像が掻き消えるかのように大江戸獅音の姿が蒸散するところだった。

 

 これは本体ではない。


 飛行物体の裏側の影から手が、影から這い出た大江戸獅音が垂れてくる。


「……【黒い裂ナハトド

「HTR伏せてっ!!」

「ッッ!!!」


 根暗エイリアンの鋭い注意に長身は反射的にしゃがむ。

 ゴウッ!、と風を押し打つような音を聞いた大江戸獅音の目線の先には、迫り来る白い丸太があった。強烈な衝撃に獅音はピンポン玉のように軽々と高層ビルにまで吹っ飛んだ。

 その攻撃は根暗エイリアンの発達した尻尾であった。


 高層ビルのオフィスデスクが並ぶ階へ飛ばされた獅音は両脚でブレーキをかけ、火花を散らしながら窓から10メートル以上離れた場所で漸く静止した。

 先の真空波の衝撃で窓ガラスは木っ端微塵に砕けているが、同時に電源設備も緊急停止したのだろう。主電源が落ちているオフィス階は真っ暗だ。


(一人なら【幻影投影ドッペルゲンガー】でヤれてたけど、やっぱり三人分の死角をつくのは難しいな)


 獅音は右足で弧を描きながら床に火花を散らし、足を開いて伏せていた上体を起こす。


 技名を完全に詠唱しなければならない。それが魔法を使う上で欠かせない、たった一つの条件。

 詠唱が途切れると魔法は不発に終わる。獅音が使おうとした【黒い裂傷ナハトドルヒ】は詠唱しきる前に彼女自身が攻撃されたことで発動しなかった。

 この条件は単純であるがゆえに致命的な弱点を抱えている。


 彼女がおもむろに持ち上げた両手はまるで見えない弦と矢をつがう弓兵のそれである。黒い影が集積し、実体を持ち始めた弓がある種の長銃にも写る。

 照準は前方。

 急造の反撃の構えだ。

 躊躇わず彼女は詠唱する。


「【荊瓦斯ローゼルフト】っ! 【遠き暗弾クーゲルブルート】っ!」


 黒い煙の弾丸が目映いほど明るい外の、もはや光で白飛びするエイリアンに向かって発射される。

 その返報は、100以上の礫だった。


「やっばなにそれマシンガンっ!?」


 珍しく声を荒らげて驚いた獅音は瞬時に横へ走り逃げたが、追うように礫は彼女の背中を追いかける。

 掃射される拳大の白い塊は獅音のいるオフィス階を次々となぎ倒し、砕き飛ばし、空中へと舞った破片を更に打ち崩していく。

 デスクだったものが、書類だったものが、キャビネットだったものが、コピー機だったものが、天井だったものが、カーペットだったものが、悉くが破壊されていく。

 廃墟と化していく内装に獅音は昔パワハラで辞めた土木バイトのことを思い出し、無性に腹が立った。


「ビッチがぁ~!! ビル一つ建てるのにどんだけ金と時間掛かるか分かってんのか~!!」

「分かるわけないじゃ~ん♡!!!」


 礫に混じって飛び込んできたツインテの蹴りを片手で防ぎ、獅音もすかさず回し蹴りで応戦する。


MMKP反発するVFM大気!」


 しかしツインテの指令語オーダーによって二人は共に後方へ吹っ飛び、強制的に距離が離れる。

 吹き飛ぶ最中、獅音は背後に悪寒を感じ、またそれは正しかった。背後で長身が次なる指令語オーダーを放とうと構えているのが横目で見えたのだ。


(躱すか、迎え撃つか。エイリアンの言葉が分からない以上……一番得策なのは)


 獅音は空中で体を反転させ、長身と向かい合う姿勢になった。

 そして手を構え、魔法を詠唱する。 


OGC捻れるFTZ磁鉄のZZZTF投射物ッ!!」

「【黒い裂傷ナハトドルヒ】!」


 長身が作った螺旋状の槍はビルの廃材を圧縮したかのように歪である。研がれた槍よりも遥かに肉を抉り、命を終らす形状をしている槍は力を加えていないにも関わらず、勢いよく大江戸獅音へと射出された。

 一方、獅音の翳した手から伸びた黒い影は人の半身ほどの大きさに膨らむと半月を象り、煙はぬらっとした質感を持つ刃へと凝固する。


 【黒い裂傷】は二つの特性を持つ。

 一つは刃を形成する時、その煙の間にある邪魔な物体を勢いよく弾き飛ばす。先程長身に放とうとしたのはこっちの力を使うためだ。

 だが二つ目、刃が作られた場合、刃にはある特性が生まれる。ブラックホールが光さえ飲み込む、そんな重力の原理をまざまざと見せられるかのような、ある種の概念。だからこそ魔法と呼ぶのだろう。


 槍先が刃に触れた途端、槍はまるで水のように刃を抵抗なく通すと、鏡面を晒すように螺旋を描きながら半分に切断された。


 切断だ。

 【黒い裂傷】はその物体の性質関係なく、切断という現象を起こす。


 両断された槍の間で長身は、科学の結集である指令語オーダーの果てた姿と、それを為した黒い女を前にただただ戦々恐々と口をかっ開いた。

 切断される。迫り来る黒い刃に長身はエイリアンの優れた脳ミソであっても恐怖に抑圧され、打開する術を放棄していた。

 刃はエイリアンを切断する刹那、煙となって消え、代わりに彼女の白い腹部には大江戸獅音の人より大きな手のひらが添えてあった。


「は。YR、YRA……」

「怯えるな、安心しろ。流石にこれでお前らエイリアンは切らねぇよ」

「ほ、本当……?」

「でも少し眠っときな! 【黒い裂傷ナハトドルヒ】っ!!」

「HWGYDッッッッ!!!!」


 一瞬だけ結集した黒煙は邪魔な異物を排除する莫大な斥力を産み出し、長身は凄まじい勢いで吹き飛んでいく。壁を何枚も突き破り、その先にある建物の柱に体を半ば埋め込むことで止まった。

 柱に埋まる長身はがっくりと力を失うが死んではおらず、気絶しているようだ。


 魔法大女が守らなければならない絶対不変の規律がある。

 それは『エイリアンを殺してはならない』ということ。

 エイリアンが地球に侵略しに来る理由は、男を求めてである。男を求める理由は、子孫を繁栄させること。

 つまり、エイリアンは圧倒的な科学力をもってしても自力で子孫を繁栄させることが出来ていないのだ。エイリアンは独自に繁殖する方法を持たず、その個体数は固定されている。

 そうした数が決められている中でそのエイリアンを殺せば、数人で来るような現状は一変し、大人数で超科学を駆使して何がなんでも男を奪いに来るのは想像にかたくない。

 今こうしてエイリアンが少数で来ているのは、地球という男の農場を荒らさないようにしているのか、あるいは独占しようとした時に他のエイリアンとの戦争に可能性を避けるためか。

 いかなる思惑がエイリアンらにあるにしても、現状の少数侵略は好都合であり、それを維持するためには不殺であることが重要である。


「一匹撃墜……地球防衛も骨が折れるな。さて、残るは二匹か」


 振り返り、ツインテと根暗を見据える。


「HTRッッ♡!!! こ、この~ブスが~♡!! HLJL裂けるッ! OGC捻れるッ! XBZ砕けるッ! BBTR潰れるッ!! VFM大気ッ!!」


 ツインテの叫びに呼応し、空気は恐ろしい凶刃へと変化する。周囲の空間を見えない刃物が飛び回り、殲滅の嵐が球状に広がっていく。

 礫で瓦礫の山と化したオフィス階を更に微塵にしていき、削れた天井から落ちてきた上階のデスクすらも消し飛ばしていく。

 不可視の斬撃は止まることなく獅音の元へと接近する。


「派手なことするなぁ! 【暗闇の森のシュラ――」

「それ! さっき! 言ってたやつ!」

「っ!」


 ツインテの派手な技に気を取られ、いつの間にかに根暗は獅音の懐まで入り込んでいた。

 岩石のような大きな拳が獅音の左半身を捉える。


「ぐぅッ!!」

 

 獅音は呻き声を上げ、重い一撃に体を浮かされる。


 魔法の弱点、それは詠唱で敵に使う魔法を予期させること。一度目ならば不意をつけるが、魔法の能力も発動条件も知られている二度目の使用は、常に相手に先手を譲ることになる。


HTLMD浮遊!」


 その隙を狙うかのように根暗エイリアンは指令語オーダーを唱える。その指向先は、自らではなく、大江戸獅音。

 その効果は即座に分かった。


(……! 体が浮いてる!?)


 獅音の体は重力を見失ったように空中に浮いたままだった。浮遊感に慣れる前に根暗エイリアンは太い尾を鞭のようにしならせ、彼女の背中を殴打する。


「ぐう!」


 結果、踏ん張れない獅音の体に尾の衝撃が全て伝わり、その運動エネルギーを保持したまま錐揉み状に飛ぶ。


「そのまま切り刻まれろ!!」


 その方向は当然、ズガガガッと工場のような轟音を響かせる不可視の凶刃である。

 錐揉みとなって上下左右の感覚を失った獅音は減速することなく、無抵抗のまま真っ直ぐ凶刃へと突っ込んでいく。


「これはッ――!!」


 獅音の驚愕に染まった顔が両断され、両断され、両断され、両断され、両断され。


「ふふ~♡ やった~♡、ザマァみろ~♡」


 ツインテは余裕を気取る発言をして見せるが、その笑みは引き攣っている。

 そして凶刃に呑まれた獅音の体が――煙となって消える。


「へ?」

「ハズレ」

「っ後~ッ♡」


 振り返ったツインテは、その長いツインテールを掴まれ、獅音の振り上げられた膝へと顔面を叩きつけられる。

 金属をぶつけたかのような凄まじい音と衝撃に、ツインテは毛を逆立てた猫のように手足と尾をピンと伸ばす。


「が、がぺっ……♡」

「ARKNッ!!」


 脱力して崩れ落ちるツインテは気絶し、同じく凶刃と化した空気が元に戻る。

 根暗は目の前にいる無傷の大江戸獅音の姿に困惑する。確かに殴った時は感触があり、最初にHTRが彼女の奇襲を破った時、煙となって消えた。魔法で作られた偽者だった。

 今まで戦っていたのが偽者だなんてあり得ない!


「私の魔法はキラキラしてない。魔法の特性上、接近戦もしなくちゃならない。その中で詠唱バレは致命的だ。本当に困る。だから私が時間を費やしたのは、だ」

「……っ?!」

「【暗闇の森の歩法シュライア】をどういう魔法と解釈したか、概ね予測できる。影を通じて移動する魔法ってところだろうな。そう通じるように私は誤認させたから当然だ。けれど違うな。本当の能力は、ただだ。その結果、ターゲットは私が影に消えたり、煙のように揺らいで見えるようになる……煙になった本物の方こそ【幻影投影ドッペルゲンガー】だと信じ込む。まるで手品みたいだ」


 その時。

 プルルルルッ。

 プルルルルッ。

 場違いなコール音が鳴り響いた。


「おっと電話だ。ちょっと失礼」


 獅音はスマホを取り出してスピーカーモードにし、根暗にも相手の声が聞こえるようにする。


「もしもしドクロちゃん?」

「あ、獅音さん! まだ交戦中ですよね?! 大丈夫ですか?」

「全然大丈夫じゃないかもー」

「本当ですか!? 獅音さんが苦戦する相手なんですね……なら良かったです! そっちに今魔法!! これで大丈夫です!!」

「ありがとー。ちなみに誰と誰?」

「【境界の呼び声メモリアル】さんと【魔法整数マギアプラス】さんです!!」

「あー、あの二人か。オッケー。じゃ、切るね」

「はい頑張ってください!!」


 通話終了。


「と、いうことで私がなんでこうも流暢に話しているか、そろそろ分かったか? エイリアン」


 根暗は体を左右に揺らすと、突然片膝を地面につき、苦しそうに呼吸した。


「かっ、はっ。GZZZZ……」

「【荊瓦斯ローゼルフト】、影がある範囲に神経を麻痺させる毒ガスを滞留させる魔法だ。致死性はないが、遅効性で視認も出来ない」

「GQAッ!」

「それは指令語オーダーか? それとも母語で私は罵ったか? 何でもいいが」


 片膝をつく根暗の体は今にも潰れそうである。辛うじて太い尻尾が重心を保っているが、毒ガスに体の自由を奪われるのは時間の問題に見えた。

 

「あと二名魔法大女がここに来る。もう戦える状態じゃないだろ。とっととお仲間二人抱えて船に戻れ。それでも戦うっていうなら私に倒されて、三人仲良く対エで拘束させてもらうぞ」

「お、お前ら『エイリアン』に、な、何が、分かるんだ……」


 根暗エイリアンは、己の方が侵略者であるというのに大江戸獅音に対し、地球に住む人類に対してエイリアンと吐いた。


「……私たちの星にはもう……男がいない……生きるために……この宇宙で消えないために私たちには『男』が必要なんだ……ARKNもHTRも、皆が生きた歴史を無駄ないために戦っているんだッ!!!」


 根暗のエイリアン――MQZは信念を支えに立ち上がった。


「チッ」


 獅音は舌打ちした。


「やり辛ェ……やり辛ェんだよ、ったくよぉ」


 地球を侵略しようと降りてくるエイリアンは全員、その容姿や文化や言葉や星が違えど、大義名分を背負っている『希望』であり、『夢』だ。


 私が戦う理由は、金と家族のためだ。

 それ以外は何もない。

 

 戦争だ、これは。

 単なる侵略ではなく、互いの星の存続を懸けた戦争なのだ。命持つ者なからば誰もが本能的に持っている、生への執着が火種。

 この火が消える訳もなく。


 私の才能は結局『奪う側』だ。


 燃え尽きる間際こそ、火は一層強く。


「私たちにも勝たなきゃいけない理由があるんだ!」

「だから真面目ちゃんは嫌いなんだよ!」


 MQZが両手を広げ、手のひらに光輪が展開される。


PPRZ転送ッ、DFAKRNARKNを指定ッ、DFHTRHTRを指定ッ、CLVSZT副船へッ!」


 足元で倒れていたツインテがバチバチと点滅し、消失する。ツインテが発した閃光がオフィス階の奥の方でも点滅し、その地点は吹き飛ばした長身の位置と合致した。

 MQZは広げた両手を閉じ、その先に獅音を捉える。


VVH融かすッ、QYTW集滅するッ、GAO光線ッ!!」

「【月下繭エクリプセ】ッ!」


 収束する、全ての暗闇を蒸発させる光線が階を突き抜ける直前、獅音の全身を黒い影が完全に飲み込む。


「G、GGGGG、GGGGGGGGGGGGĜĜĜĜĜĜĜッッッ!!!!」


 全身に力を込めるMQZの口から絞り出すような絶叫が漏れる。その両手は呼応するようにゆっくり横へ回り、獅音から外れていく。


「GGGGGGGGGGGGGGGGG!!!!!」

(何をしている?)

「GGGGĜĜĜĜĜĜĜĜĜĜĜĜッッッツツツ!!!!!」


 MQZは全身を捻り、その場で一周回る。

 彼女を中心点とし、光線は回る。

 二人がいるオフィス階を高熱が消し飛ばした。

 フロアが一階分消失したビルはどうなるか。小学生でも知る結末は、崩れ落ち――。


HTLMD浮遊!」


 指令語オーダーにより本来は重力によって崩壊するはずだった約二十階分のビルの上部は空中に浮かんだ。慣性に従いゆっくりと回転するビルは斜めに傾いていき、指令語から抜け落ちたオフィスの備品や瓦礫が次々と落ちていく。


「…………」

「…………」


 【月下繭】が解除された獅音と、指令語オーダーの硬直が抜けたMQZの両者は視線が交じ合った。

 

 視線が――そして拳がぶつかる。

 

 そして次は蹴りがぶつかり、衝撃波が散る。

 無言、寡黙に二人の格闘が交じる。

 

 吐息が重なる、阿吽の呼吸。


「【黒い裂傷ナハトドルヒ】」


 MQZは獅音の腕を引っ張り、黒い魔法を逸らす。

 彼女の背後で黒い刃が開き、煙となって舞う。


 MQZの長い尾が獅音の腰に巻き付き、回避行動を封じる。


RBR引き寄せる


 獅音の背後から砕けて鋭くなった窓ガラスの破片が飛んでくる。

 その攻撃を悟った獅音は頭を地面につくほど背中を反り、窓ガラスの破片を躱す。

 

 獅音の拳がMQZの腹に突き刺さり、緩んだ尻尾から抜け出した彼女は片足で地面に火花を散らしながら弧を描き、しゃがむような姿で両腕を伸ばす。


「【遠き暗弾クーゲルブルート】」

CLFT生成するVWZ岩塩のZZZTF投射物


 黒い魔弾と白い聖弾がぶつかり、砕ける。

 

OGC捻れるRBR引き寄せる

「【夜の協力者エーデガゼレ】」


 掲げられたMQZの手に獅音の体が捻られるように引っ張られ、体が浮き上がる。

 ビル全体の影から伸びた手が一斉にMQZの体を拘束する。

 MQZは獅音を掴み損ね、彼女は浮かぶ上部のビルに掴まった。


 静かな攻防はまるで踊っているようだ。


 獅音は枝垂れる黒髪を耳にかけ、腹を据えた声で言う。


「そろそろ終わりにしよう。私の可愛い妹が家で待ってるんだ」

「……奇遇。私にも妹がいる」

「ふーん。名前は?」

「AST……そっちは?」

「ラトラ、日本人っぽくないけど」

「いい名前だと思うよ」

「そっちもね」


 奇妙ほど穏やかだった。


 ゆっくりと回転していた浮遊するビルが丁度吹き抜けのフロアを通して、太陽と彼女たちを一直線に結ぶ。


 差し込んだ、眩い陽が――。 

 光が二人の影を消す。

 スポットライトが照らす舞台のように。


 MQZを拘束する影の手が蒸散する。


 彼女の言葉通り、ここが終幕。


「――【才能覚醒キャリアハイ】」


 獅音は顔の前で両手のひらをぴったりと合せる。


 MQZが獅音へ手を伸ばす。


RBR引き寄せる


 ゆっくりと浮かぶビルがMQZへ引き寄せられる。巨大な質量の移動は暴風を産み、唸るような低い音を響かせる。

 それは推定一万トンによる質量攻撃。


「――【黒薔薇の招待状ナ・ローゼンシュバルツ】」


 合わせた手のひらのその隙間は影であり、闇であり、そして扉でもある。

 両手を広げると、暗闇も広がり、手のひらの間に一通の手紙のような大きさの影が張る。それこそ誰も行けない、黒の世界への招待状。


 MQZは両手と股下から通した尻尾の先を重ね、獅音を狙う。


JKLX抑制値DZTTQVゼロへXYXVUT■%◎*#&FLZ充填。――SVHF輪唱


 空間がねれじれ、数多の宇宙を内包するかのような星雲の道が、獅音の元へ伸びる。無限であり、時空を無視した位相を歪める力。

 それは彼女達が持った、声の力。


 そして。

 二人の力が今、衝突した。

 大気を震わす衝撃が空を迸り、世界そのものが砕けてしまうかと錯覚するほどの音が突き抜ける。

 それは雷鳴の如く、爆発の如く。 

 まさに驚天動地の唸りであった。 


 駆けつけた応援の魔法大女【境界の呼び声メモリアル】と【魔法整数マギアプラス】は、眼前にそびえた墓碑のような瓦礫に唖然とした。


「あっちゃ~……派手にやったね~……」


 【境界の呼び声メモリアル】は今も粉塵を舞い立たせ、にわかに吹き込む崩落の風にキャスケット帽を押さえた。

 その響かせた轟音に相応しき、粉砕された高層ビルの山となる残骸だった。


 待ってましたと言わんばかりに大勢の係員が街の復旧を始めた。大量に搬入されたトラックと重機を動かし、壊れたビルや道路の瓦礫を手際よく撤去していく。

 一気に騒がしく作業者たちの声が飛び交う。洗練された指示や効率的な道路整備は一朝一夕では身に付かないプロフェッショナルの技。彼女らもまた魔法大女と同じように、街を直すという形で戦う地球防衛の職員なのだ。

 規制線が張られたビルの対岸のビルの屋上に二つの影があった。

 一つは仰向けに倒れる白い影、MQZ。

 もう一つは、カジュアルスーツに身に付け、タバコを咥える大江戸獅音だ。


「……結局、貴女、使わなかったんだね」

「……そういうお前も途中で攻撃を止めたな」


 二人は同じ瞬間、ビルが落ちる瞬間を思い出す。

 あの時、二人は自身が放てる最高の技を相手に向けることはなかった。否、その攻撃が決する時、己から中断したのだ。

 敵同士、目的も思惑も異なる。

 しかし、奇しくも相手をもう傷つけなくないという思いだけが、二人に同じ感情を生ませていた。


「……どうやって私も脱出できたの?」

「影を移動できる魔法がある。それを使ってお前ごと影に引き込んだ」

「やっぱりそういう能力もあったのかぁ。……侵略者である私を助けてくれた理由を聞いてもいい?」

「…宇宙人の殺害は禁止されている。たとえ自爆みたいなあれでも死なれちゃ困る」


 ビルの瓦礫撤去を進める眼下の作業者たちが何やら騒がしくなっている。


「はーい! 退いて退いてー! あったから今から直しちゃうよー! はいそこの作業員さーん邪魔だから退いてー!」


 【境界の呼び声メモリアル】は一枚の写真を手に持ち、獅音たちの戦闘で崩れたビルの前で掲げた。

 その写真に写っているのは、今目の前に倒壊しているビルが建っている状態のものだ。画角に全体がきれいに収まってある。

 彼女メモリアルはフラフラと写真を見ているのは、写真の画角と風景を照らし合わせて撮影地点を探っているからだ。


「うーんここかなー? ここかなー? ここかなー? あっ、ここだ!」


 そして彼女は完璧に写真の縁と現実の風景が重なる場所を見つけた。


「せーの! 【きっと今でもここにあるリファインド】!!」


 そこにはビルがあった。

 実に呆気なく、物語の戦闘シーンを落丁させたかのように跡形もなく、元通りになったビルがそびえ立っていた。

 獅音たちの戦いで倒壊したはずのビルは、【境界の呼び声メモリアル】のたった一言の魔法で復元された。


 それを見たいたMQZはあんぐりと口を開け、そして失笑した。


「なんで他のエイリアンが地球を落とせないのか、その訳が分かった。科学とか、そういう私たちの歴史と次元が違う。本当に『魔法』みたい」


 エイリアンにも『魔法』の概念があるのか……。


「……なぁ」


 これまでエイリアンと仲良くするとは微塵も考えたことはなかった。

 けれど、彼女とならいいかなって思った。


「エイリアンって地球の食べ物とか食べれるのか?」

「え?」


 突然の質問にMQZは少し驚いた。


対エうちの組織で大人しく拘束されれば少し尋問されるだけで手荒なことはしない。私の友人に頼めばむしろ接待してもらえるかも。だから、もしそっちの基地に星に帰るとか用事がなかったら……一緒に紅茶でも飲まない?」


 他愛ない提案だった。

 命を背負って戦っていた二人の間に起きるにはいささか歪な話題。


「……正気? 今さっきまで戦っていた相手にそんな誘いをするなんて」

「嫌だった?」

「ううん。喜んで。地球の食べ物に興味あるから」

「フッ。それは重畳」


 二人は顔を見合わせて微笑した。

 両者の間にある立場や任務や責任を越えて、至極真っ当な青い友情が芽生えていた。


 獅音は吸い終えたタバコを携帯灰皿に捨て、MQZの隣に豪快に腰を下ろした。恥じらいなく胡座をかき、陽に晒される屋上の暑さにシャツのボタンを下着が見える手前まで外した。


「あーあ。地球人と仲良くなっちゃった。HTRとARKNはなんていうかな……」

「あの二人はブスブス言ってたから相当私達のこと嫌ってたな。ブスが感染る~とか言いそうだ」

「ARKNは言うかもねー。あの子、指令語オーダーの技術力は高いけど生意気ですぐ人を見下す感じたから」

「見たまんまって感じだ。ま、次会う時があったらまた私がボコボコにすればいいや」

「貴女のことトラウマになってるかもね。顔面に膝蹴り入れちゃってたし」

「持ちやすいツインテールにしてるのが悪い。あれはもう掴んでくださいって言ってるようなもんでしょ」

「んふふふ。ARKNにそれ言ったらめっちゃ落ち込みそう」


 人より遥かに白い唇は柔らかく笑みを含んだ。

 

 エイリアン退治はこれにて一件落着。

 それもハッピーエンドな形でね。


 白雲が太陽を遮って。

 

 一帯を覆うほどの影が空を泳ぎ。


 アナウンスが劈いた。


《ワーニング、ワーニング、『エイリアン』が現れました。市民は至急避難してください。繰り返します》

 

「「っ!?」」


 二人は同時に空を見上げた。

 

 そのアナウンスが誤報でないというのならば。


「おいおい嘘だろ……」

 

 白雲は徐々に形を変え、口を開き、曇天に似た瞳の扉から、百の触手を持つ青い獣の群れがふわふわと落ちてくる。

 新しい侵略者だ。


 MQZは青褪め、ぷるぷると震え始めた。


「まだ私たち帰ってないのに……協定はどうなってるの?」

「『協定』? 宇宙人同士でそんな仲良しこよしのルール決めてるのか?」

「そ、そんな場合じゃない。協定は星間での争いを防ぐための、いわば不可侵条約。ルールを守らないということは、あの星人が『男』を奪うためなら虐殺さえ厭わないということっ」


 焦るMQZとは裏腹に、獅音は悠長に不敵な笑みを浮かべた。

 降り注ぐ青い触手の獣は雨のように空を埋め尽くしていく。その数はすでに肉眼で数えるには果てしない。


「……その協定、私が一枚噛んでもいいか? それかここは一旦、としてお願いしてもいいか?」

「なにを言ってるの?」


 獅音はMQZに手を差しのべる。


「人類初の魔法大女とエイリアンの共闘と洒落込もうじゃないか」


 大江戸獅女はにやりと歯を見せ笑った。


「……貴女、ボロボロの私になんて提案するの」

「嫌だった?」

「最高よ。だってを助けられるだから」


 二つの手が取り合う。


「もしかして今日って宇宙的にすごい日だったりする?」

「かもな。是非とも私の名前が入った祝日を作ってくれ。そんでもって名前使用料を全人類から徴収して、私は悠々自適に妹と暮らす」

「すっごい俗っぽい……というか私たちって自己紹介した?」

「まだじゃない?」

「じゃあ、あのエイリアン倒したら」

「ああ。名前教えて、お茶するか」

 

 白と黒が並ぶ。二人の背中に迷いはない。


「もう一仕事やるか。【才能開花マジカル・キャリア起動オン

 

《ワーニング、ワーニング。市民は至急避難してください。魔法大女が地球防衛を開始します。繰り返します》


「【純血の黒薔薇姫ローゼンレーヴェ】――これより地球防衛を開始する」

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魔法大女VSエイリアン 常温放置 @ko-ziro-

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