第3話 最初の貸し出し・冒険騎士ミレイユ
「どうなってるかな、中は」
俺は灰色の楕円の渦を横目に呟いた。
白い楕円は、彼女が中に入ると灰色になり、俺が近付いてもすり抜けるだけで中には入れなくなった。
デイリーダンジョンは定員1名らしい。
一日一個、一人だけ。一にこだわりがあるユニークスキルだな。
彼女が入ってからすでに2時間ほどが経過している。
俺はその間手持ち無沙汰で剣の素振りをしているが、さすがに飽きてきた。
彼女は俺のオファーを受けた。
怪しむかと思ったが、意外にも即決で。
――・――・――・――・――・――・――・――
「信じて良いのか? その話」
「はい。俺も実際に行って見てきました」
「ではなぜお前自身で行かない? そんな美味しいダンジョンに」
「……いから」
「何? 聞こえないぞ」
「弱いからですよ、俺が! このダンジョンのモンスターに手も足も出ません、自分で行けば殺される」
「お、落ち着け。責めたわけじゃない。しかし、そんな危険な魔物がいるところに私を送り込もうというのか」
「あくまで俺にとってです。いたのはアーマードボアやエッジラビットだ。俺にとっては倒せないモンスターだけど、あなたなら……」
「その二体程度のモンスターなら、ふむ、問題はない」
女冒険者は、白い楕円のダンジョン入り口に視線を向けて続けた。
「私は強くあらねばならない。よし、行こう。私はミレイユという。お前は?」
「ディーツ。無事に戻ってきてください、そして中のことを聞かせて下さい」
「ディーツか、相応しい名だ。それでは、行ってくる」
――・――・――・――・――・――・――・――
そしてミレイユはダンジョンに入って行った。
中にいるモンスターを知った上で行ったのだから大丈夫だとは思うが、時間は結構かかるんだな。暇だ……。
「ははっ! いいじゃないか、このダンジョン」
灰色の楕円の渦から声が聞こえたと思うと、上機嫌な顔でミレイユが出てきた。
「その顔だとうまくいったようですね」
「最高だ、こんなに伸び伸びとモンスターと戦えたのはいつ以来か! おかげでたった一日でかなり強くなれた気がする」
モンスターは魔力から生まれた生命体のようなもので、体内に魔力をたっぷりと蓄えている。ゆえに、倒した者はその魔力を取り込み自身の能力を強化できる。
だからミレイユみたいに、財産よりも強さを求める者にとってもダンジョンは魅力的なものだ。
「デイリーダンジョンなかなか良さそうですね。戦利品もありましたか?」
「ああ、もちろんだ! ほら」
ミレイユはアイテムボックスSから魔石や獣の牙といった素材をどさっと出した。また少しだがロングソードやバックラーなどの装備品もある。
「こんなに!?」
「そうだ、ダンジョンというのは本来こんなにもモンスターも宝も多いものだと初めて知ったよ。お前には感謝だな。これはとっておいてくれ」
「え? 俺じゃわからない中の情報教えてもらえればいいって話のはずですが」
「私はアイテムよりもモンスター討伐が目的でダンジョンにアタックしているからな、これはいいんだ。何より、情報だけじゃなくもっと礼をしなければ気が済まない。……まさか、これが全部だと思っているのか?」
ミレイユは腕組みしながらにっと笑った。
……なるほど。
俺が思った以上にデイリーダンジョンは豊穣らしい。
ミレイユから聞いた話で重要そうな部分をまとめるとこうだ。
1、ダンジョンは入り直しても変わらない。
ミレイユが見たダンジョン内の光景は俺が見たものと同じ塔だった。
入り口のすぐ近くにアーマードボアがいたとも言っていたし、出現モンスターもその居場所も同じようだ。
2、ダンジョンにはモンスターがうろついている他、鉄鉱石や魔石などの素材が多数、稀にロングソードなどの装備品まで、ダンジョンに眠っている。
鉄鉱石などが多かったのはおそらくダンジョン特性にあった・鉱石増量 の効果だろう。そういう補正を受けつつ、一般的なダンジョンと同じものが中にあるとみていい。
3、【塔】らしく、歩いていると上り階段があり、上にあがるほどゆるやかにモンスターが増え、強くなっていく。
塔だからかもしれないが、横にはそこまで広くないが縦に長く、11階層まで登ったと言っていた。
4、11階層には、一際強いモンスターがいた。
ブラッディベアという常に毛皮が血に濡れている熊のモンスターが。
「元々ダンジョンアタックするつもりではなかったから、用意が足りず引き返した。各種ポーションなど持ち込んでなければ危険すぎる相手だ」とミレイユが言っていた。
さらに、そのモンスターの背後には大きな光る球がちらりと見えたらしい。
ダンジョンコアだ。
ダンジョンの最深部にあり、それに触れるとダンジョンの宿す力を得られるという。ダンジョン攻略の目標の一つとされているが、デイリーダンジョンにもあるんだな。
他より一段強いモンスターは、さしずめコアを守るボスか。
重要そうな情報はそんなところか。
ああ、あと、たしかに獣のモンスターばかりだったとも言っていた。・獣の巣 というダンジョンのままだし、あの木の幹に投影された情報に偽りはないことも確認できた。
それに、『無音の深穴』のような普通のダンジョンは2時間程度で攻略できる広さではないらしいので、デイリーダンジョンはそれらの恒久的に存在するダンジョンと比較して一日限定らしい小型サイズのようだ。
これらの情報を踏まえて考えると、【デイリーダンジョン】は理解し使いこなせば非常に有用だとわかった。
大勢の人に開拓されている恒久的ダンジョンでは手に入れるのが難しいものを、思うがままに手に入れられる。
だがリスクもその分高い。モンスターも独り占めなのだから。
ミレイユは傷を負っていたし、俺も危なかった。理解せず使うとダンジョンらしく命を落とすことにもなる。
慎重にかつ有効に利用していく必要がある。
情報を聞いた後、俺はミレイユと別れてれギルドへと戻った。
ギルドに戻った時には夜になっていたが、不在時の連絡ボードには何も記入はなかった。
今日の午後も来訪した冒険者はなし、と。
いつものことだ。
「でも、これからは違う」
デイリーダンジョンをうまく使えば、ギルドの運営にも有用なはず。
うちのギルドに所属する冒険者達とデイリーダンジョンが化学反応を起こせば……チャンスはある。
俺は、ギルドの登録者リストをめくっていった。
デイリーダンジョン貸し出します 二時間十秒 @hiyoribiyori
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