【短編】お嬢様がキッチンにいらっしゃいます

翠雨

第1話

「あれ? エマ様がいらっしゃらない」

 何度ノックをしても返事がなかったので扉を開けてみたのですが……。

 ふと悪い考えが蘇り、窓へ駆け寄りました。


 窓が開いていないことを確認して、胸を撫で下ろします。


 そうですよね。今のエマ様が自殺などなさるはずがございません。


 自殺をしたのは、エマ様と入れ替わる前のお嬢様ですから。それがわかっていても、ふとした瞬間に不安になってしまいます。


 前のお嬢様はともかくとして、今のエマ様は私の大切な主人ですから。彼女の身に何かあったらと思うと、悲しくて寂しくて……。


 いけませんね。私が弱気になっては。

 エマ様はそんなことをなさりません。だって、とても強いかたなんですから。


 さて、エマ様を探しに行かなくては。


 彼女はお嬢様と入れ替わる前、ニポンとかいう国に住んでいたらしいんです。そのニポンとかいう国はとても発展していたらしいんですよ。この国では存在しないものを口走って、……あら、言い方が悪かったですね。彼女は意味のわからない単語をたくさんおっしゃられるんです。近くにいてちゃんと助けて差し上げないといけませんね。


「あっ、ガーネじゃん」

 弟のバサル様がいらっしゃいました。入れ替わってしまわれたエマ様の本当の弟ではありませんが、バサル様のことを大変可愛がってらっしゃって、入れ替わってからの方がむしろ仲がいいんです。


 バサル様もエマ様にはとても懐かれているようで、大暴れして私たちの手に余っていたのが嘘のようです。


「姉様ってどこ?」


 ほら、来ました! いつもエマ様を探しているんですから。


「私も探していまして」

「じゃあ、キッチンかな?」

 バサル様は走って向かわれました。


 彼の言葉遣いは貴族としてはいただけないんですが、エマ様も貴族らしい言い回しは苦手なんです。エマ様の言葉遣いを許していたら、彼の言葉遣いをうるさく注意することはできなくなってしまいました。


 でも、言葉遣いなんて些細なことなんです。


「エマ様。ここでしたか」

 エマ様は私を見て微笑まれました。本当に美しいご令嬢なんです。

「あぁ、ガーネさん。実はどうしても食べたいものがありまして」


 そういうと、まな板に視線を落とされました。 

 なにを作っているのでしょう?


「それはなんでしょうか?」

「ニャッキだって!」

 バサル様が楽しげな声をあげます。


「ニョッキだよ。本当はパスタが食べたかったんですけど、どうやって作るのかわからなくて……。小麦粉があればパスタも作れるとは思うんですよね~。あっ、でも、この小麦粉って、パン用だから。強力粉!? パスタは強力粉でいいのかな?」


 バサル様に訂正して、そのあと私に話しかけて、最後は独り言になっていらっしゃいます。


 でも、ごめんなさい。わからない単語いくつかあって、耳のそばを滑っていきます。


「よし! これを茹でればいいはず!」


 料理長の沸かしていた鍋にいれるときに見えてしまいました。


 白いむにっとした、親指の爪くらいの大きさのものが。


 私の背筋に、ぞぞぞぞぞぞぞ~っとおぞましいものが動き回ります。


 私の苦手なものの見た目にそっくり!


 鍋から取り出すときにもう一度確認しました。


 ぷっくりつるんとしていて、さらにそっくり!


 なんですか!? それは!


 エマ様は皿にのせて、事前に作ってあったらしき白いソースをかけています。


「姉様、早く食べさせてくれよ」


 バサル様! その見た目、平気なんですか?


 ……彼は、結構な野生児なのでした。なぜエマ様は平気なのでしょう?


 エマ様は「どうぞ」とにフォークを指しました。


 ぷにっと! ぷにっとしましたよ!


「ガーネさんも食べますか?」


 フォークを差し出してくれますが、涙目で首を振ることしかできません。


「美味しいですよ」


 隣でバサル様が、勢いよく食べ始めました。相当美味しいようですが……。


「む、無理です……」


「あっ、バサル、全部食べちゃった!」


 バサル様の満足そうなお顔。


「こんな旨いもの、食わないなんて、もったいな~い」


「しょうがないなぁ~。もう一回作るよ。ガーネさんは、ジャガイモが苦手ですか?」

 私も食べられるようにと、気を使ってくださっています。申し訳ない気持ちがしてきました。

「ジャガイモは好きです」

「じゃあ、ホワイトソース?」

 それはなにかわかりませんけど。

「たぶん食べられます」


「じゃあ?」


 エマ様が首を捻っていらっしゃいます。申し訳ないので、ここは正直に話さなければ!


「あの、見た目が、い、い、い、い、い、芋虫みたいで」


「芋虫? 虫の幼虫ってことでしょうか? 蜂の子みたいな? でも蜂の子も食べますよね?」


 た、食べるんですか!?


「それだけなら、違う形にすればいいので大丈夫ですよ」


 そのあとエマ様は、もう一度作り直していくださいました。今度は小さな円形です。


 美味しかったですとも。なぜ初めから食べなかったのかと後悔するほどには。






~・~・~・~

 エマ様を主人公にした小説を連載してます。

『転生したら没落寸前!? ~可愛い弟のためにも、建て直してみせます!~』

https://kakuyomu.jp/works/16818622175707085015/episodes/16818622176337116108

読んでいただけたら嬉しいです。

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