【カクコン11短編・お題フェス11“未知”】一目惚れ

七月七日

第1話(1話完結)

 それは未知の経験だった。

 彼女と大学で初めて出逢った時のことは、いまだに僕の脳裏に焼きついている。それくらい強烈な体験だった。


 月並みな言い方だけど、彼女はオーラをまとっていた。一緒に歩いていた三人の女の子達には申し訳ないが、彼女一人だけスポットライトを浴びているように眩しく輝いていた。僕の目にはそんなふうに映ったんだ。


 彼女の軽くカールした明るい栗色のセミロングの髪(これは今でも変わらない)を風がふわふわとそよがせる様子も、散らした小花柄が可愛いクリーム色のワンピースの裾が歩くたびに揺れるのも、美しい情景の如く新鮮だった。


 周りの子達と喋る声は、鈴の音のようという形容詞はまさに彼女の声を表すのではないかと思ったくらい耳に心地良かった。


 胸の奥を誰かにぎゅっと掴まれたような痛みを感じた。鼓動が次第に早くなり、僕は自分の心臓の存在を急に意識し始めた。周囲にその音が聞こえるのではないかと不安になるくらいに僕の心臓は大きく高鳴っていた。体温が急上昇するのが分かった。


 多分僕はその場で硬直していたと思う。ずっと彼女から目が離せなかったが、すれ違う時柔らかく甘い香りがほのかに香ってきて、はっと正気に戻った。


 彼女は不思議そうな顔で僕を見上げて、小首を傾げにっこりと微笑んだ。長いまつ毛に縁取られた鳶色のつぶらな瞳がまるで宝石のように煌めき、再び僕を魅了した。


 一目惚れだった。そのような状況が本当にあるんだと実感させられた。


 その日から、僕はまるで恋する中学生みたいに、彼女のことをずっと思い続けた。受講中も上の空で何も頭に入って来なかった。ただ、彼女とすれ違ったその日、僕は声を掛けることも出来ずにボォっと突っ立ったまま彼女を見送るしかなくて、彼女の名前はおろか学部も学年も全く訊けずじまいだったのだ。


 広大なキャンパスで、学部の違う二人が出逢うチャンスはそれほど多くはない。そう考えると、あの日の出逢いは奇跡みたいなもので、僕はその奇跡に感謝したい。


 しかし、とにかく彼女を探さないと何も始まらない。

 もう一度逢えたら、何かが始まる気がしていた。何を話すかも、どう近づくかも考えていないのに、ただ「もう一度」という言葉だけが、頭の中で育っていく。


 彼女を探して学食やカフェに通ったが、あれきり彼女に逢うことはなかった。同じ背丈、同じ髪の色の後ろ姿に心臓が跳ねて、違ったと分かるたびに落胆が残った。


 もしかして、ここの学生ではなかったのかも知れない。国際的な学部もある大学だ。珍しい海外の料理を目当てに学食にやって来た学外生かも知れない。あるいはキャンパス見学にきた高校生だったのかも知れない。そんな不安に苛まれ、逢いたい想いがさらに募った。あの日、声を掛けなかったことを僕はどれほど後悔したことか。


 自慢ではないが、僕はモテる方だ。というか、日本人の女の子は、ハーフが好きなんじゃないかな、と思う。


 僕はフランス人の父と日本人の母を持つハーフで、金髪に青い目だ。若い頃のアラン・ドロンに似ているとよく言われていた。十二歳までフランスで過ごして、その後日本にやって来た。ちなみに名前もアランだ。


 恋人と呼べる関係の相手がいたこともあるが、女の子の方から告白されて付き合ったので、こんな苦しい恋心を感じたことはなかった。と言っても、僕は女たらしではない。付き合う時はいつも誠実に向き合って来たつもりだ。そして、その時、僕には恋人がいなかった。


 出逢ってからおよそひと月後、僕はやっと彼女に再び巡り逢えた。

 学祭の催しでミス・キャンパスに推薦された女の子達が三人ステージに立っていて、その中に、まさに僕が夢にまで見て恋焦がれた彼女がいたのだ。


 彼女はやはり一際ひときわ輝いていた。三人の中では背は一番低かったが、ブルーのAラインのワンピースをよく着こなし、あの日と同じオーラをまとっている彼女から僕は目を離せなかった。


 ステージでは、三人の中から優勝者つまりミス・キャンパスが、観客と審査員の投票で選ばれる段階だった。残念ながらもう投票は終わっていた。間に合ってたら一万票くらい入れたいと思った。


「優勝者は、文学部二回生、友坂詩織さんです!」

 ドラムロールが流れて、優勝者が発表された。


 両手で口許を覆いながらおどおどとした動きで一歩前に出た彼女の頭にティアラが飾られ、代々の優勝者の名前が書かれたリボンが沢山結ばれた優勝カップと花束が手渡された。会場は大いに盛り上がり、万雷の拍手に包まれた。


「おめでとうございます。今の心境を一言!」

「ええと、‥‥あの、ありがとうございます」

 見るからに重そうなそのカップを抱えるように腕に抱いた彼女は、向けられたマイクに囁くような声で応え、はにかんだ笑顔を見せたあと少し顔を赤らめて俯いた。


 彼女のその表情や仕草の一つひとつが、ステージの間近でその様子を見ていた僕の心を鷲掴みにした。僕はもういてもたってもいられなくなって、気がついたらステージ上に這い上がっていた。


「誰だ、君は!ステージから降りなさい!」

「何だ、何の用だ!」

 司会者とアシスタントが両手を広げて彼女と他の二人の女の子の前に立ちはだかり、審査員たちも慌てて席を立ち僕を押しとどめようとした。


「どうしたんだ、アラン、落ち着け!お前らしくないぞ!」

 聞き覚えのある太い声が聞こえて、同時に背中から羽交締めにされた。高校からの大親友の横山だった。僕も横山も身長は百九十センチ近くあるが、痩せ体型の僕に対して彼はガッチリとした筋肉質で柔道の黒帯だ。身動きが取れなかった。

 彼の声に僕はやっと我に返って、自分の愚かな行動を悔いた。


「あ、横山、すまない。もう大丈夫だ。離してくれ」

 羽交締めの腕が緩んだ。僕はステージ上に正座した。危害を加える気はないことを体現したつもりだった。


「友坂詩織さん、僕を覚えてますか」

 正座したまま僕は彼女に問い掛けた。自分でも驚いたのだが、僕の声は震えていた。


「えっ?」

 両手を広げて女の子達を守っていた司会者の後ろから顔を覗かせた彼女は、ちょっとだけ思案顔をした後、あの時と同じように小首を傾げてにっこりと微笑み、はいと応えた。


「あの時、僕は、あなたに一目惚れをしたのです。あれからずっとあなたを探していて、今日やっと見つけたので、堪らずここに上がって来てしまいました。怖がらせてすみません!」

 僕は両手をついて謝罪した。つまり、土下座のスタイルだ。


「あ、あの、私は平気です。顔を上げてください」

 司会者の後ろからおずおずと出て来た彼女は、僕の前までやって来てそう言った。


「僕はアラン、経営学部の二回生です。友坂詩織さん、僕と付き合ってもらえませんか」

 そうだ、これを言いたかったのだ。彼女はきっと僕の運命の女性ひとだ。僕は彼女の目をまっすぐに見上げて、はっきりとそう告げた。


 彼女は戸惑いを隠さなかった。そりゃそうだ。出逢いはたったの二度だ。どこの馬の骨とも知らぬ金髪碧眼の野郎からいきなり告白されても困るだろう。でも僕は真剣だった。


「友坂さん、アランは見た目もイケメンだが、中身もいい奴だよ。俺が保証する」

 横山が、腰を落とし僕の肩に手を置いて援護してくれた。


 彼女は、横山に会釈をするとゆっくりと僕に近寄って来てワンピースの裾をちょっと持ち上げ、その場で同じように正座した。ブルーのワンピースの裾がステージ上に丸くふわりと広がった。


「はい、私でよければ」


 それまで騒然としていた会場の観客が急に静かになったかと思うと、今度は温かい野次の嵐が吹き荒れた。口笛が鳴らされ、あちこちで悲鳴やら祝福の言葉やらが飛び交った。


「ありがとう」

 僕は彼女の手をとって人目をはばからずに泣いていた。


 僕と詩織の交際はそこからスタートして、卒業式の日に僕は詩織にプロポーズした。卒業後すぐに結婚し、一年後に詩織は双子を出産した。僕たちはその子たちにめいれいと名付けた。


 卒業後数年してから、僕は横山と二人でコンサル会社を立ち上げ、共同責任者として今も仕事とプライベートで仲良くしている。彼には今でも頭が上がらない。



『一目惚れ』了


あとがき:

お気づきでしょうが、この作品は拙作『メイとレイの幽霊限定お悩み相談』に登場する双子のきょうだいメイとレイの両親アランと詩織の出逢いを描いた物語です。

あの作品には毎回、思春期の双子の前でイチャコラする場面がありますが、アランがいまだに詩織にぞっこんな理由がこのエピソードで分かると思います。









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