ひいらぎおくろう
前野羊子
ひいらぎおくろう
その男は、冬の悪魔と立ち向かっていた。
目の前には樹氷のような巨大な魔物、ホワイトグリズリーが立ちはだかっている。
男は、赤い革で出来た上下のスーツ。毛を内側に仕込んだ防寒用だろうか、裾や襟、袖口に白いファーが飛び出ている。
黒い雪道用のブーツ。
この奥にある、人々がたどり着けない森の奥で育った彼は、サムクラス。
少し雪焼けした精悍な顔立ちに短めのプラチナブロンド、年のころは二十代後半だろうか。
傍らには、相棒のルードルフ。サムクラスの大事な荷物を守っている。
「ここを通してくれ!俺は行かなければいけないんだ」
『読みづらい、手紙ひとつのために、何故お主がわざわざこの地をでていくのだ。この、寒い季節に』
「手紙はひとつじゃない。差出人からは一通だが、俺の所には星の数ほど集まってきている。
……用事が終われば帰ってくる」
『こちらを置いてか?』
「必ず帰ってきているだろう?」
『そんなこと、信じられるか!』
その言葉に、男は少し寂しそうな表情をすると、ルードルフの荷物から一つのプレゼントボックスを取り出した。緑色の包み紙に、赤いリボンが掛かっている。
「じゃあ、お前にはこれをやろう」
『こ、これを?』
「ああ、俺がここを出発したら開けると良い」
『サムクラス!それは、あなた自身が大切な人に手渡すものじゃ!』
「かまわないよ、ルードルフ。あのひとなら解ってくれるさ」
『こ…こんなもので騙されるかー。
行け!我が眷属たちよ!』
ホワイトグリズリーが両手をあげて振り下ろす。
「ルードルフ、荷物を曳いて退避」
『ハイッ』
ルードルフがあふれんばかりの荷物の積まれたソリを曳いて走り出すと、そのまま空へ浮き上がる。
それと同時に、辺りから真っ白なオオカミの魔物が何十頭も走ってきて、サムクラスの周りをぐるぐると回りだした。
たしか、このような物語があったな。あれは虎だったか、バターになったのだった。
白いオオカミの魔物はどうなるのだろう。少し見てみたいとも思ったが、残念ながらゆっくりする時間はない。この時期は世界中が忙しい。
「しょうがない」
サムクラスはどこからともなく大きな柊の枝を取り出した。
それは、辺りは一面真っ白な冬だというのに、鋭いとげに覆われた青々とした葉が一杯ついている。そして葉の間には、赤い実も見て取れる。
ウォーォォォ
ガオッガオッガオッ
ババババッ
狼たちはますます凶悪な嵐をおこして、サムクラスの周りを走り続けていたが、そのうちの数頭が、サムクラスに飛び掛かって、大きな牙で噛みつこうとしてくる。
それを柊の枝で、バサバサといなす。
ギャウ ギャウン
嵐が少しおさまる。
「こらこら、おまえたちにはこっちだろう」
手に持った柊をもう片手でなでてから放り投げると、それは無数の骨の付いた肉になって、真っ白な雪道に散らばっていく。
それを見た狼たちはいっせいに動きを止め、骨付き肉にむしゃぶりついていく。
「よしよし、うまいか?」
目の前で夢中で食べている狼を撫でる。
クウーン
『よ・・・よくも・・・』
「あれ?おまえもこれが良かった?」
『そう言う訳じゃない!』
「ははは、じゃあ行くよ」
『サムクラスさん早く』
空からすべるように地面すれすれに降りてきたルードルフのそりに飛び乗る。
「行こう」
『はい!今日は沢山まわらなきや!』
「ははは!そうだな」
次第に暗くなっていく冬の空をそりが駆けていく。
「そういえば、杖ごと放ってきてしまったな」
『どうするんですか?このあと姿を変えるんでしょう!』
「まあ……どうせ眠っている子供たちの所に行くだけだから、今年はこのままでもいいか」
『でも、もし見つかったら……』
「そうだな、このままでは泥棒に見えてしまうかもしれないな、はははは」
視線の先には、サムクラスたちを待つキラキラの明かりで飾られた家々が。
「寒いと、暖炉を消さないから、見つからずに潜り込むのは難しいな」
『ですよ!』
「でも、子供達の部屋には暖炉は無いから」
サムクラスはこの日だけは窓の鍵を開けるスキルも持っている。
「よし、これを枕元に置こうな。ふふ、良く寝ている良い子だ」
「おや、手紙が置いてある。前にも手紙をくれたのに、また書いてくれたんだね。ふふっまだ何を伝えたいのか読みづらいけれど、貰っていっちゃおうかな」
そして、とある家の前に来た。
「たしか、手紙の子供はここに住んでいたと思ったけど」
子供部屋には、一人の女性がベッドの傍らで泣いていました。
コンコンコン
「失礼マダム。この部屋にいるはずのサリィは?」
「このような夜更けに、どちら様でしょうか」
「自分は秋にサリィに手紙をもらったもので、プレゼントを持って来たのです」
「そ、そんな。本当に来ていただいたとは」
「ええ、毎年来ていますよ」
「そうだったのですね。そう言えば今日はそんな日だったのですね。
私はそんなことも忘れておりました」
女性は、袖で涙をぬぐい、頑張って少し笑顔を作って言います。
「じつはサリィは、私が一人で育てていた娘は、一週間前に星になってしまったのです」
「・・・それは」
サムクラスはそのあとかける言葉がしばらくは見つかりませんでした。
「ではこのプレゼントは、星になった彼女に届けてきますね」
「はい、はいお願いします!」
「マダム、いや、サリィのお母さん。彼女にプレゼントを渡すついでに、ご伝言を聞きましょうか」
すると、女性の目から再び涙があふれてきます。
「……伝えたい言葉はあります。だけど、それは彼女に伝えてよいのか実際の所悩みます」
「それは?」
「サリィに、帰ってきてほしいと、いつまでも待っていると、伝えたい、伝えていただきたい。でもそうすると、星になった彼女の次の未来を過去に戻してしまうかもしれません」
「……そうかもしれませんね。でも、お母さんのその気持ちはきっと彼女を勇気づけることでしょう。貴女の気持ちを彼女に伝えましょうね」
「はい…はい……ありがとうございます」
「でも、その前に、お辛いでしょうが、貴女の心に穏やかな季節が巡ってきますように」
そう言うと、寒かった子供部屋がすこし暖かくなっていく。
女性の表情も少し暖かさに緩んだように見える。
「それにしても」
女性が再び口を開ける。
「貴方様の姿がそのようなお若い方とは存じませんでした」
「ええ、いつもは魔法で老人に変えていたのです。
ですが、今日はでかけにトラブルがありましてね」
「ふふふ、そうなんですね。でも、私も貴方様にお会いできて良かったですわ。
きっとサリィがくれた贈り物かもしれません」
「少し笑顔が出ましたね。お美しいです。さあ、お母さんも少しだけ上を向いて」
「はい。ありがとうございました」
「では、おやすみなさい。お母さんの伝言は必ず伝えますからね。これはお守りにお渡します」
そうして、女性の手を取ってその上に一枚の柊の葉を載せました。
少し暖かかった子供部屋の窓から出て屋根に飛び乗ると、ルードルフのそりが待っていました。
『あれ?プレゼント置いてこなかったの?』
「ああ、天居のお知らせを貰ってきた」
『そうなんだ……残念だったね』
「さあ、気を取り直して次に行くぞ」
『うん!』
その後は、幸せそうに眠る子供達ばっかりだったので、サムクラスはスムーズにプレゼントを配っていくことが出来ました。
「さあ、これで最後のプレゼントが無くなったな」
『無くなったじゃないですよ!
サムクラスが本当に渡したかったプレゼントが無くなっちゃってるんですよ!』
「ああ。そうだな。怒られてしまうかな」
『どうだろ、謝るなら付き合いますよ』
「めちゃくちゃ怒ってたら頼もうかな」
『ふふふ、任せて!』
東の空が白んできました。
本物の樹氷の森の輪郭が光り出しました。
『みえてきた!……あれ?サムクラスさんあれ』
見ると、来るときに足止めを食らったはずの所に、オレンジ色のものが見えます。
『あ、おかえり』
「ただいま」
機嫌直ったかな。
「どうだそれは、あたたかいだろう?」
『わるくない』
ホワイトグリズリーは、オレンジ色のフードの付いたマントをきて温かさに緩む顔を引き締めようとしているのがわかっておもしろい。
これも内側がファーになっていて温かいのだ。
ただ、彼が大きいから、背中の真ん中ぐらいで裾が終わっているが。
「そりゃよかった」
『さっきはごめんね』
「いや、構わない。そういえば、お前のプレゼントを用意するのを忘れてた」
『やっぱり!そうだと思ってた!』
「すまんすまん、なにしろお前からは手紙がなかったからな」
『手紙必要?』
「できたら」
『じゃあ、来年は書いてみるよ』
「たのしみにしてる」
『それとこれ、忘れ物』
「これが無くて、ちょっと困ってたんだ」
『だろうね』
柊で出来た魔法の杖は、ルードルフと共にサムクラスの相棒だ。
森に囲まれて昼前にならないと朝陽が届かない自宅に着いた。
まだ、あたりは薄暗い。
まずはソリを外したルードルフを専用の小屋に入れて、ブラッシングしてやる。
角の先が凍り付いている。
そこにゆっくりと魔法の杖を当てて溶かしてやる。
『もう少しで角がしもやけになるところだったよ。ちょっと痒い!』
「悪い悪い!なにしろ、この立派な角を覆う毛糸の帽子は難しいからな」
『そんな格好悪そうなものいらないよ』
「はははは」
朝ごはんを食べ始めたルードルフの小屋を閉めて、ようやく我が家に帰る。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
そこには森の女神が待っていてくれた。
「あら、そのプレゼントボックスは、女の子のために用意していた物じゃないの?」
準備を一緒に手伝ってくれていた彼女が気付く。
「ああ、渡せなかったんだ」
「それは悲しいわね」
「だから、今日中にあっちに渡しに行くよ」
「そうね、それなら喜ぶわ。
さあ、一晩走ってたから寒かったでしょう、暖炉の前に行きましょう」
「ああ、それで、俺は君に渡す予定だったプレゼントを、あいつに渡してきてしまったんだ」
「まあ……ふふふ、いいわよ、私にはサムクラスがいてくれればいいのだから」
「ありがとう。君は俺にとって何にも代えがたい女神だ」
その温かい気持ちをさらに確かめたくて、彼女を抱きしめると、抱きしめ返してくれる。
暫くそうしていたけれど、
「本当に冷たいわね。ほら、早く座って。
シチューを持ってくるわね」
暖炉の上には、出かける時にはなかった一つのプレゼントボックスが。
やはり、女神に渡すプレゼントを用意しよう。
魔法の杖で左手の上に何かを載せる。
「シチューを持ってきたわ。あら。それは?柊の鉢植え?」
「ああ、あの暖炉のプレゼントは俺にだろう?」
「そうよ」
「だから、これを君に」
「まあ、嬉しいわ」
その欲のない笑顔が、一晩駆けまわって疲れ切ったサムクラスには何よりのご褒美だった。
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このお話はまず、AIに画像を作ってもらったところから、妄想が広がってしまいました。
その画像はこちら↓
https://kakuyomu.jp/users/sheepsweets/news/822139841699122936
ひいらぎおくろう 前野羊子 @sheepsweets
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