提灯灯台はご存じでしょうか?

藤城ゆきひら

第1話

――都内某所――


「はいどうも~。皆さん、提灯灯台はご存じでしょうか?」

そんな話をしている俺は、御手洗 供谷(みたらい きょうや)。

オカルト系のYtuberワイチューバーとして活動している。


「そうですね。普通に提灯型の灯台と言ったら、小田原にあるやつですね」

小田原にある提灯型の灯台も、割とマニアックな知識だと思うが、リスナー達は把握しているようだ。


「某市にある、無人島。そこにある灯台が、提灯灯台なんです。変わっているのは、某市の提灯灯台は、別に提灯の形をしているわけではなく、普通の白い灯台だということでしょうか」


「ちょっと、そのあたりの民話とか民謡をお伝えしますね」


『提灯灯台に関する民話』


海難事故が続いたこの街を哀れんだ神が居た。


神様は、自分の身を沈め、島となった。


島となった神様は、腕を上げ、明かりを灯した。


事故続きだった、あの場所に、島と灯台ができたことで、海難事故は無くなった。


「こんなかんじで、海難事故が続いたところに、ある日島ができて、灯台ができた。なんて言われているらしいです」


「灯台がある日勝手にできるわけないと思うんですよね」

コメントを見ると、リスナーたちも『勝手にできたら怖いわ』とか『違法建築やん』とか好き放題言っている。


「他にも、民謡でこんなのがありました」


提灯灯台不思議歌ちょうちんとうだいふしぎうた


夕暮れ沈む、海の向こう。


来る日も来る日も灯がともる。


まいにちまいにち、どんな日も、


提灯灯台灯がともる。


だあれもいない、あの島で。


「歌詞見ると、誰もいない島で、灯台が毎日灯っているってことですね。果たして実際にそうなのか、取材に行きたいと思います」


その後の配信では、いつ頃行くのか、島での配信はあるのか、といった質問が来たが、ひときわ気になったコメントがあった。


『提灯灯台は本当に無人だよ』、『提灯灯台に行って帰ってきた人は居ない』、『行かないほうがいい』



――某市――

某市に来た俺は、地元の漁師さんたちに提灯灯台まで送ってくれないか確認したが、全て断られてしまった。

Ytuberであることを伝え、何とか撮影できないか話していること数分。

とある漁船から降りてきたばかりのお爺さんから、提灯灯台の伝承に詳しい神主さんを紹介してもらえることになった。


「すみません、先ほどお電話した御手洗です」


「あぁ、先ほどの。なんでも、提灯灯台について調べているとか」


神主さんは、初対面の俺でもどこか安心感を与えてくれる穏やかな顔だ。


「はい。可能であれば、上陸して調査したいんです」


「上陸……ですか。あの提灯灯台は神聖なものでして、なんぴとも立ち入ってはならない。と言われているんです」


「しかし、灯台の明かりは誰かがつけているはずですし、その方と一緒に上陸するだけでもいいんです」


そう伝えると、穏やかな神主さんの表情が一変した。


「明かりをつけている人間などいません」

底冷えするほど冷たい声だった。

だが、再生数を求める俺がこんなことで引くわけもない。


「いや……それだったら本当にオカルトじゃないですか……だったらなおさら撮影したいんです」


強くお願いしていると、神主さんが折れてくれたようだ。


「わかりました。もし、命を失っても構わないというのであれば、明日、漁港まで来てください」


「もしかして、上陸させていただけるんですか?」


「えぇ。上陸してから翌日に回収するという約束で良ければですが」


「わかりました。ぜひお願いします。今から島に泊るための準備をします。本日はありがとうございました」


神主さんにお礼を言って、足早に神社を出て行った。

ホームセンター等でテントや食料を買うのは痛い出費だったが、動画の収益で充分補えるはずだ。


――漁港――

約束の時間より少し前に到着した。

昨日は停まっていなかった漁船が1隻ある。

暫く漁港をうろうろしていると、神主さんが現れた。

神主さんは、白い装束を着ているようだ。


「おはようございます。本日はよろしくお願いします」


「はい、おはようございます。約束は覚えていますね?今日送り届けますが、迎えは明日の朝となります」


そんな忠告をしながら、神主さんは船を走らせた。


――提灯灯台付近――

「御手洗さん。提灯灯台ですが、船着き場はありません。なるべく近づきますので、飛び移ってください」


「えぇっ!こちらはテントとかも持ってるんですよ!?」


「なら、諦めて帰りますか?今ならまだこのまま無事に帰れますよ」

神主さんから意地の悪い質問がきている。


「いえ、せっかく来たんですし、多少危険でも行きますよ!」

こんな会話をした数分後、俺は今提灯灯台がある島の付近にいた。


「一番近づける場所でここです。御手洗さん。本当に島に行くんですか?」


「もちろんです。そのためにここまで来ましたから。ヨイショ」

そう言って俺はテント等を島に投げた後、自分も飛び出した。

島に着地してから船を見ると、神主さんが何かを言い始めた。


「御手洗さん。提灯灯台の歌の終わりはご存じですか?『だあれもいない、あの島で』という歌詞です」


なぜ、今そんなことを言うのだろうか?と思うが、知っているので答える。


「知っています。不思議歌の最後ですよね?それが何か?」


「あの歌は、事実をただそのまま歌っているのです。御手洗さんがそれに気が付いたときにはもう、手遅れだと思いますが……」


「ずいぶん脅しをかけてきますね……明日の迎え、お願いしますよ!」


「えぇ。約束通り、明日の朝に島まで船を出します。それでは、さようなら御手洗さん」

そう言った神主さんは、漁船を港に向けて動き始めた。

遠くに消えていく漁船を見てひとりごちる。


「神主さん。ずいぶん脅しをかけていったなぁ……動画に撮っていたら取れ高になったかも……惜しいことをしたなぁ」


そう言ってから、俺は肩の荷物を下ろし、スマホを取り出した。

予期していたことだが、この島は電波が入らないようだ。


「やっぱり、圏外か。島での生配信は出来なさそうだ」

生配信は諦めて、動画用のシーンを撮ることにした。

カメラを自分に向ける録画を始める。


「はい、というわけで無事?上陸しました!」


カメラを背後の灯台に向ける。

提灯灯台なんて言われているが、よくある白い普通の灯台だ。

なんであれが提灯灯台なんて呼ばれているんだ?と思ってしまうほどだ。


「はい、あちらに見える灯台が、噂の提灯灯台です!これから近づいていこうと・・・・・・思います」


ここで一度録画を停止し、今の動画を確認する。

特に問題は無さそうだった。


テントやそのほかの荷物を持ち直し、録画を再開、灯台に向かう。

歩いていてふと思う。

この島は波と風の音以外、一切の音がないのだ。

鳥や虫、近くを通る船などの音がない。

不思議だなと思いつつ歩いていたが、3分とたたずに灯台の足元までやってきた。


灯台を見上げるが、明かりは灯っていない。

それもそのはず、快晴だし、まだ午前中だからだ。


「はい。と言うわけで提灯灯台の足元まで来ました!無人と言われてますが、毎日明かりが灯るわけですし、きっと灯台守がいるはず。まずは入口を探してみます」


ぐるっと灯台の周りを一周してみて気がつく。

・・・・・・入口が無い。


二周する。


扉どころか、窓もない。

ハシゴのように登れる場所もない。

まるで最初から“入る必要がない”みたいな形だった。


「え〜。録画できていると思いますが、見ての通り、入口がないみたいです……」


もしかして、隠し扉でもあるんじゃないか?と思った俺は、灯台に触れてみた。


触れた時の第一印象は"生暖かい"だった。


手を離したあとも、指先に薄い湿り気を感じるような、なんとも言えない手触りだった。


「灯台、太陽光で暖まってるのか、絶妙に生暖かくなってました。まだ手に感触が残ってて気持ち悪いです」

無理をしつつも、動画用にセリフを回す。


「灯台の入口が見当たらないので、当初の予定通りキャンプをしようと思います」


昨日買ったばかりのテントを、灯台の麓に準備する。

灯台の下であれば、ある程度風も防げるだろうと考えてのことだった。


1時間もせずに、テントや寝床の準備ができた。

時間はお昼時、昼食を食べる姿も動画に残すことにして、カメラを固定した。


「本日の昼食は、漁港で買ったアジフライ弁当です!」

弁当を紹介しつつ、次にやることを考える。


「このあとは、灯台の入口が見つかってないので、その捜索をしてみます。入口がないんだから、毎日灯台に明かりが灯ると言うのが嘘なのかな?」


今俺が思っている仮説を話し終えたタイミングで録画を止める。

食べ途中だったアジフライ弁当を食べ切る。

ゴミは捨てられないので、全てまとめて荷物にしまった。


不思議なもので、満腹になると眠くなってきてしまった。

あくびをして、伸びをして、少し横になった俺は、数分せずに寝てしまった。



――夕方――

眠りから目を覚ました俺は、思わぬ光景に目を疑った。

だが、Ytuberとしての哀しき性なのか、まず動画の撮影をオンにしたのだった。


「え〜と。昼の後寝てしまい、今、18:00頃でしょうか、起床したら、灯台に明かりが灯っています」


灯台の上を指さしつつ、カメラを向ける。

白い灯台から、明かりが漏れている。


「提灯灯台ですが……普通に明かりが灯っていますね。入り口は見当たりませんでしたし、誰もいないのに点灯する灯台ということでしょうか?」


動画用にそんなセリフを言いながらも、頭の中では違うことを考える。

俺は、不思議歌の『だあれもいない、あの島で』という内容を、オカルト的な意味で取材に来ていた。


だが、神主さんが言っていた『あの歌は、事実をただそのまま歌っているのです』という話は、もしかすると、今の提灯灯台は、リモートで起動できるから灯台守がいない。そんな事実をただ歌っているだけになっているということではないのだろうか?


「あぁ……そういうことだったのかぁ。神主さんが今の灯台は不思議歌の歌詞そのままだと言っていたのですが、灯台がリモートで管理されているだけっぽいです……」


期待していた内容とは違うが、オカルト系はこういうことも起きてしまう。

今回は非常に残念だが"不思議なことは何もなく、ただリモートで管理される灯台があった"という動画を出すことになりそうだ。


ここで動画の撮影を一時的に中断し、横になる。

おもしろいこともないし、次の動画の題材について考えてみるが、いい案も浮かばない。


電波もない、この後に撮れ高もなさそうである。

少し早めに夕食を済ませて寝ることにした。


――翌日――

テントのバタバタとする音で目が覚める。

外を見てみると、薄暗い。時間は5時頃だった。


「うーん。天気が荒れてきそうだなぁ……神主さんはちゃんと迎えに来てくれるだろうか?」

心配からか、独り言が漏れる。

昨日と同じ時間に来てくれると考えると、9時頃だろうか?まだ4時間ある。

今からテントを片付けると、風で体が冷えてしまいそうだ。

とりあえず、朝ご飯を食べることにした。


朝食を終えて、6時頃。テントを片付けた。

後で神主さんの漁船に載せるため、昨日の上陸地点近辺まで荷物を運ぶ。


「これで、神主さんが迎えに来たらすぐ帰れるな。あとは……動画を何シーンか撮影しておくかぁ」


荷物からカメラを取り出し、撮影を始める。


「おはようございます。現在は午前6時です。昨日灯台のふもとでキャンプして、今は迎えの船を待っております」

海辺を撮ってみたが、空は曇っており、風が強く、白波が立っている。


「あいにくの荒れ模様ですが、神主さんは迎えに来てくれるでしょうか?」

ここまで撮って、録画を止める。


他に撮影しておくべきものが無いか改めて考えてみる。

そして、もう一度灯台を撮っておくべきだと思いついた。

数分かけて灯台に近寄り、録画を始める。


「はい。島を離れる前に灯台にまた来てみました。入り口のない不思議な灯台でしたが、昨日もちゃんと明かりがついておりましたし、普通の灯台だったんだろうなぁ。私のチャンネルとしては非常に残念ですが……」


そう言いながら、灯台の上の方にカメラを向け、そこで気が付いた。

まだ灯台に明かりが灯っているのである。

「あれ?まだ灯台に明かりが灯っていますね。昨日到着したときは点いてなかったですし、この後消えるのかな?」


動画のオチ用のコメントも撮影したし、これぐらいでいいかと録画を止める。


ふと、昨日灯台に触れたときの違和感が思い起こされてきた。

そして、なぜか再度灯台に触れてしまった。

「やっぱり、生暖かい……昨日よりも熱を持っている気もする」


入り口が無く、どこか生暖かい外壁、リモートで明かりの灯る灯台だとしても、どこかおかしいような気がする。

そんな考え事をしていたからだろうか、明かりの灯る灯台を見ていると不安になってしまった。

その嫌な予感に連れられて、荷物を置いた場所に戻ることにした。


荷物を置いた場所に戻ると、荷物が無くなっていた。

「テントが……無くなった?でもここに波はきてないし……」


辺りを探してみるが、見える範囲に荷物は見当たらない。


「カメラが無くなったら動画が……」

焦りながらも周りを探していると、地面に何か引きずられた跡が見える。

跡を追っていった先、岩陰から荷物の一部が見えた。


「あった!風で押されたとは思えないし、何なんだ?」

荷物に近づいていくと、荷物たちは穴に嵌っているようだった。


何かの巣穴だろうか?荷物を拾って持っていこうとしたのだろうか?

だが、テントやリュックはそこそこ重く、小動物が持ち帰れるとは思えない……。

だとすると、それなりに大きな生物ということになってしまう。


恐怖感を感じているが、荷物を取り返さないわけにもいかない。

意を決した俺は、荷物に手をかけ持ち上げる。


荷物を持ち上げた瞬間。俺は浮遊感を覚えた。


――ドサッ


「いてて……」

思わず口から漏れる。

足元が何かの巣穴で、弱かったのだろうか?

荷物と一緒に、俺まで落ちてしまったようだった。


「いや……この穴はまずいだろ……神主さんがここまで来てくれるかわからないし、早く上に戻る方法を探さないと……」

荷物を改めて確認して、ライト等を取り出す。


明かりをつけて、あたりを見回すと……湿り気のある洞窟のような見た目だった。


「なんだろ……古代遺跡だろうか?だとしたら動画に撮ったほうがいいな」

撮れ高ができると思った俺は、落ちたことなど忘れて、テンション高く撮影を始めた。


「みてください!提灯灯台の島に謎の地下空洞がありました!一体何があるのか?早速探索してみたいと思います!」

録画をしながら、あたりを見て回る。

しかし、壁を触ったときに気が付いてしまった。

どこか生暖かく、湿り気を帯びている壁。

まるで、提灯灯台そのものと同じような感触だった。


暫く呆然としていると、風の通るような音が聞こえ、だんだん暗くなってきた。

辺りを見回してみると、落ちてきた穴が小さくなっているのが見えた。


「嘘だろ!穴がふさがり始めてる……」


焦っている間も穴は小さくなり続け、ついに見えなくなってしまった。


「閉じ込められた……」


暗い洞窟に閉じ込められてしまい、行く当てはない。

手持ちの食料はどう考えても1日分ぐらい。

テントはあるが、ここに泊まっても何もできない。

絶望していると、洞窟の奥に明かりを見つけた。

もしかしたら外に繋がっていて、明かりが差し込んでいるのかも?と思った俺は、そちらに向かって歩いていく……

洞窟の中に溜まっている水は、どこか暖かいが、濡れるのも気にせず歩いていると、突然右脚に刺すような痛みが走った。


「痛っ……」


急いで引き返そうとした俺だったが、右脚に刺さった何かが抜けない。


そして、急に水位が上がってきた。

焦りながらも右脚に刺さった何かを抜こうともがく。

ついに全身が浸かってしまった俺は、息のできない中、水中に何かを見た気がした。


息が続かなくなり、体が動かなくなってきた俺は不思議歌を思い出していた。

『提灯灯台灯がともる。』

『だあれもいない、あの島で。』


あぁ、本来ならば、『だあれもいない、あの島で。』灯るはずだったのか……

昨日は俺がいる島で、灯台が灯った。

だからこれは……そんなことを思った時にはもう遅く、俺の意識はそこで終わった。


――朝靄の中、提灯灯台付近――

午前9時頃。白波を割って、1隻の漁船が提灯灯台近くに現れた。

装束を着た神主がポツリと漏らす。

「御手洗さん。約束通り迎えに来ましたよ」


そう言うと、神主は島に向かって手を合わせる。

「提灯灯台はただの神ではございません。海難事故を防ぎはします。――が、その実、明かりを灯し、贄を待つ……」


神主の独白は続く。

「ここから姿が見えないということは、御手洗さんも今頃は……」

暫く手を合わせた神主は、静かに舵を切り漁港へ戻り始めた。


――某日の都内某所――

「はいどうも~。皆さん、提灯灯台はご存じでしょうか?」

オカルト系のYtuberがそんな話をしている。


「某市にある、無人島。そこにある灯台が、提灯灯台なんです。御手洗さんでしたっけ?あの人が取材行く言うてから、その後の動画投稿がされていない、曰くつきの灯台です」


「こんど、そこに撮影に行こうと思ってるんです」


――完――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

提灯灯台はご存じでしょうか? 藤城ゆきひら @wistaria_castrum

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画