第6話 忌み子は腹黒王子と婚約する
「殿下。今、なんとおっしゃいました?」
私の耳には、どうしても『僕の婚約者になってほしい』と聞こえたのだけれど。
「『僕の婚約者になってほしい』って言ったんだよ」
「え、ええっと……」
「前々から気になっていたし、ずっと言いたかったんだよね」
「は、はぁ」
二人きりの応接室。
私は今、追放された時やスタンピードの最中よりも、よほど切迫した危機に直面していた。
「殿下、一つ確認してもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ。あ、それと……僕のことは『ヴィルハルト』って呼んでほしいな」
「それは恐れ多いので勘弁してください」
「え~。君だから呼んでほしいのに」
やめてください。
前世で『年齢=恋人いない歴』だった私が、本気で勘違いしてしまうので。
腹黒王子の拗ねたような表情に若干ダメージを受けつつ、私は小さく咳払いをして姿勢を正した。
「今の私は平民です。王族との婚約なんて、とても……」
「大丈夫だよ。君には、とある侯爵家の養子になってもらうから。話も、もうつけてある」
「……ちなみに、その養子先には私のことを?」
「もちろん話しているよ。君が隣国の第三皇女で、“魔の森の守り人”と呼ばれていることもね」
仕事が早すぎる。
まさか、私が王都に来る前から外堀を完全に埋めていたなんてこと……
「あの、殿下?」
「なに?」
「私と婚約して、一体どのようなメリットがあるのですか?」
「まず、僕に言い寄ってくる令嬢が一気に減る」
でしょうね。
こんなイケメンがフリーだったら、私でも言い寄る……は恐れ多すぎて無理かも。
「あとは――魔術師として優秀な君を、正式に手元に置けることかな」
そう言った瞬間、ヴィルハルト様の目が鋭く細められる。
まるで、獲物を逃がさないと決めた捕食者のような目で、思わず身震いをした。
「聞いているよ。王宮魔術師の打診が来た時、君はサリドマ殿に言ったそうだね。『自分は忌み子と呼ばれた存在だから、国に迷惑をかけないためにも断ってほしい』って」
「…………」
不意にアマンダの言葉を思い出す。
『ヘルヴェニア皇国の国民は、皆が精霊術を使えるが故に誇り高く、特に王族は他国に対しても威圧的――だから、周辺諸国から嫌われているのです』
そんな国から追放された『忌み子』の第三皇女が、隣国で活躍していると知れたら。
一度も会ったことのない家族が、何をしでかすか分からない。
最悪の場合、『忌み子排除』を大義名分を掲げて攻めてくるかもしれない。
だから私はあの時、ギルド長に王宮魔術師の話を蹴ってほしいと頼んだのだ。
すると、ヴィルハルト様はその笑みを静かに消す。
「君の心配も分かるよ。自分の生い立ちのせいで、この国に迷惑をかけたくない気持ちもね」
「殿下……」
「だからこそだ。僕は、この国の第三王子として、優秀な魔術師である君を正式に婚約者として迎えたい」
真剣な表情の彼の声は、先ほどの軽薄さは無い。
本気で、私を婚約者に据えたいのだ。
「君となら、この国の魔術文化は、もっと発展する。それに……君の力を、誰にも奪わせたくない」
その言葉で、私はゲームの中での彼を思い出す。
メインストーリーの中で、彼は第三王子でありながら、王立魔術師研究所の所長を務めていることを明かしていた。
それは彼が、ただひたすらに魔術が好きだったのだ。
そうか、だから私に目をつけたのか。
『魔の森の守り人』と呼ばれるほどの魔術師である私に。
「ちなみに、僕の婚約者になれば、魔術に関する研究も勉強も好きにやっていいよ」
「お願いします」
「即答だね」
「もちろんです」
辺境のみんなには申し訳ないけれど。
せっかく手に入れたセカンドライフ!
魔術を極められる環境があるなら――とことん極めたい!
「それじゃあ、決まりだね」
ヴィルハルト様はソファから立ち上がり、私の隣に腰を下ろすと、そっと手を取った。
「君のことは、絶対に僕が守る。だから安心して僕と魔術を極めようね――僕のサティナ♪」
「っ!?」
甘い笑顔で、手の甲に口づけるなんて。
こんなの……勘違いしますって!!
――この時の私は、魔術大好きな第三王子の婚約者になった結果、彼に一生翻弄される未来が待っているなんて、知る由もなかった。
『忌み子』の私は、追放された『魔の森』で第二の人生を送る 温故知新 @wenold-wisdomnew
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