放課後ポメラニアンと、嘘色のクリスマス
ひつじ・メイ🐕️
放課後ポメラニアンと、嘘色のクリスマス
人は平気で嘘をつく。
「幸せでいなきゃいけない日」の子供でさえ。
俺はそれを……許さない。
嘘そのものが、悪いわけじゃない。
追い詰められた人間は、
自分を守るために、嘘を選ぶ。
問題なのは──
嘘をつかないと、笑えない場所があることだ。
その日は、雪の降るクリスマスだった。
誰かが、笑っていなければいけない日だ。
***
クリスマスの休日。
俺──九条零司は、白雪ことはと、相棒のポメラニアン・くーちゃんと一緒に、
クリスマス色に染まった商店街を歩いていた。
イルミネーションが瞬き、
紙袋を抱えた家族連れが行き交い、
浮かれた音楽と、甘い匂いが、通りを満たしていた。
「零司くん、見て。あのツリー、去年より大きくない?」
「気のせいだろ。成長してるのは街じゃなくて、俺たちだ」
「……その言い回し、ちょっと年寄りくさいよ」
ことはがくすっと笑う。
その足元で、
くーちゃんの歩調が、ふと乱れた。
「……キャン」
前足で、ちょん、と俺の靴を叩く。
「なんだ? ボーロか?」
ポケットの中で、銀色の袋がかさりと鳴った。
くーちゃんの大好物──お芋ボーロ。
ひと粒、手のひらに乗せると、
くーちゃんは当たり前のように前足を添えて、ぱくりとくわえた。
尻尾がぶんぶん揺れる。
(……ほんと、幸せそうに食うよな)
その瞬間だった。
くーちゃんの瞳が、虹色にきらめいた。
光の粒子が瞳の奥からふわりと舞い上がり、
空気に静かに溶けていく。
次の鼓動の瞬きで──
光は俺の視界へと流れ込み、世界の輪郭が微かに歪んだ。
色が滲む。
景色が揺らぐ。
極彩色のパレットを、
誰かが静かに傾けたように、
人々の感情が、色となって溢れ出す。
“嘘の色”。
くーちゃんの力を借りたときだけ見える、不思議な光景。
「……来たか」
俺が小さく呟いた、その時。
くーちゃんが、前足で俺の足元をちょんちょんと叩いた。
「どうした?」
視線を向けると、
少し離れたベンチに、小さな女の子が一人で座っていた。
赤いマフラー。
膝の上に、小さなバッグ。
両手をぎゅっと握りしめ、
それでも――笑っていた。
俺の視界では──
その子の周囲に、淡く濁った色が揺れていた。
「……あの子」
ことはも気づいたらしい。
心配そうに歩み寄る。
「ねえ。ひとり?」
女の子は、こくりと頷いた。
女の子は一瞬だけ驚いた顔をして、
すぐに笑顔を作った。
「うん! でも平気だよ。
お母さん、すぐ迎えに来るから」
笑顔。
はっきりした声。
──あまりに、出来すぎた答えだった。
だが。
一拍、心臓が遅れた。
(……嘘だ)
その女の子の発した言葉から、濁った黄色の“嘘の色”が視界に浮かび上がる。
それは、不安と、焦りと、必死に隠した涙の色。
こんな子供が。
こんな日に。
どうして、こんな顔で――嘘をつく。
“嘘の色”がなければ、
俺も、完全に信じていた。
くーちゃんが「きゅーん」と悲しげに鳴いた。
「……そっか」
ことはは、にこっと微笑む。
「じゃあ、お母さんと、クリスマス楽しんでね」
そのまま立ち去ろうとした、瞬間。
「……ちょっと、待て」
ことはが振り返る。
「零司くん?」
俺は、小さく息を吐いた。
「……あの子、嘘をついてる」
「……え?」
ことはの目が、驚きに見開かれる。
もう一度だけ、
女の子の方を見る。
その小さな手は、
何かを掴むみたいに――
ずっと、強く握りしめられていた。
***
結局、俺たちは――そのまま別れなかった。
ペット同伴OKの小さなカフェ。
窓際の席で、俺とことはが向かい合い、
その間に、女の子を座らせた。
温かいココア。
甘い匂い。
小さなクリスマスケーキと、チキン。
店の外では、雪が静かに降り始めている。
「寒かったよね」
ことはが、マグカップを差し出す。
「……ありがとう」
女の子――あかりちゃんは、
両手でカップを包み込み、そっと息を吐いた。
その肩から、少しだけ力が抜ける。
(……よかった)
ひとまず、ここまでは。
だが、その油断を――
待っていたかのように。
「……おい」
気づいた時には、
俺の皿から、チキンが一つ消えていた。
視線を落とす。
くーちゃんは、
何事もなかったかのように尻尾を振っている。
「キャン?」
その口の周りには、
しっかりとチキンのタレ。
「……」
あとで説教だ。
あかりは、少しずつ表情を緩めていった。
さっきまで強張っていた指も、もう握りしめていない。
「あかりちゃん!
――なぞなぞタイムだよ!」
ことはが、にこっと笑った。
出た。
白雪ことはの必殺技、“なぞなぞタイム”。
こういう場面では、確かに頼りになる。
「クリスマスの日に、
いちばん忙しい人って、だーれ?」
「……サンタさん!」
「正解!」
ことはが、ぱちんと手を打つ。
「じゃあ次ね。
サンタさんの次に忙しいのは、だーれ?」
あかりは首をかしげ、
少し考えてから、ぽつりと答えた。
「……ナンバーワンのお兄さん?」
「ナンバーワン?」
思わず声が漏れる。
くーちゃんも、首を傾げて鳴いた。
「きゅーん?」
(意訳:ナンバーワンワン?)
「なんだ、それ……」
冗談みたいな言葉。
子供らしい響き。
――なのに。
その一言が、胸の奥に引っかかった。
食事を終え、
あかりはすっかり笑顔を取り戻していた。
ケーキのクリームを指につけて、
くーちゃんに見せるほどに。
だが。
(……連絡、来ないな)
時計を見る。
思った以上に時間が経っている。
「ねえ。
お母さんに、電話してみる?」
ことはがそう言うと、
あかりの肩が、びくっと跳ねた。
「……だめ」
即答だった。
「怒られるから」
俺の視界に、“嘘の色”は浮かばない。
(……本気で、そう思わされてる)
嘘じゃない。
そう信じ込まされている。
「……ねえ」
ことはが、声を落とす。
「お母さん、
“ナンバーワンの人”に会いに行ってるの?」
あかりの顔が、ぱっと明るくなった。
「うん!
よくわかったね!」
だが、続いた言葉が――
空気を変えた。
「でもね……
お母さん、すごく嫌そうだったんだ」
ことはが、唇を噛む。
「……ねえ、零司くん。
これって……もしかして、事件かも」
少し間を置いて、続ける。
「零司くん、何か……できないかな?」
「……待て」
俺は、即答しなかった。
あかりの様子を横目で見ながら、言葉を選ぶ。
「それだけで踏み込むのは、早い」
正しい答えを口にする。
「その母親の事情だ。
仕事かもしれないし……
俺たちが口を出す話じゃない」
その時だった。
くーちゃんが、
あかりのバッグをくんくんと嗅ぎ始め――
前足で、倒した。
「おいっ」
バッグが床に落ち、
中身が、ぱらりと散らばる。
その中に――
一枚の名刺があった。
俺は、それを拾い上げる。
黒地に、金の文字。
そして、手書きのメモ。
――
メリークリスマス、ハニー。
娘さんも、きっと楽しい夜が好きだよね。
いい子で待ってもらうためにも、
約束は守ってくれるよね?
《NOIR ANGE(ノワール・アンジュ)》
袴田レオン
――
ことはが、息を呑む。
「……これって……」
俺は、何も言わなかった。
ただ、胸の奥で――
静かに、何かが燃え始める。
「……なるほどな」
感情を顔に出さず、
名刺をポケットにしまう。
「なあ、ことは。
くーちゃんを、少し借りてもいいか?」
「……うん。
いってらっしゃい、零司くん」
「すぐ戻る」
そう言って立ち上がる。
くーちゃんを抱えた瞬間、
小さな体が、腕の中で震えた。
(大丈夫だ)
嘘を強いた奴に――
ちょっと、話を聞きに行くだけだ。
***
カフェを出た瞬間、
夜の冷気が、容赦なく頬を刺した。
クリスマスの街は眩しい。
浮かれている。
――だからこそ、妙に冷たい。
俺は、腕の中のくーちゃんを抱え直す。
「どっちだ」
「きゅっ」
迷いのない声。
くーちゃんは、鼻先を左へ向けた。
「了解だ」
腕の中の温もりが、やけに頼もしい。
数分も歩かないうちに、街の色が変わる。
赤。
紫。
金。
人を酔わせるための光。
笑顔を剥ぎ取るための色。
くーちゃんが、ふいに身を乗り出した。
「キャン」
「……ここか」
視線の先。
ホストクラブ《NOIR ANGE(ノワール・アンジュ)》。
店の前では、数人の男が声を張り上げている。
「お姉さん! クリスマスだよ、ちょっとだけでいいからさ!」
「今夜は特別! ナンバーワンもいるよ!」
必死で、
滑稽で、
どこか獣臭い。
その中に――
一人だけ、異様な存在がいた。
白いスーツ。
やたら堂々とした立ち姿。
そして、誰にも相手にされていない。
「そこの可愛いハニー!
僕と、聖なる夜を過ごさないかい?」
舞うようにポーズ。
「ルミナス! ヴィーナス!
俺――バルナス☆」
――沈黙。
完全スルー。
くーちゃんが、首を傾げる。
「……きゅ?」
(意訳:この人、誰ナス?)
「気にするな。
ああいうのも、たぶんクリスマスだ」
俺はそのまま、店の横をすり抜けようとした。
「おい」
声が、前に落ちてきた。
「犬連れの兄ちゃん」
若いホストが、立ち塞がる。
「ここがどこかわかってんのか?」
「少し用がある。通してくれ」
口笛。
「今日はお客様にとって、大事な夜なんだ。
君は――邪魔だよ」
「お前に用はない」
一歩、詰める。
「通してくれ」
若いホストの顔が歪む。
「俺を誰だと思ってる?」
胸を張り、名乗った。
「喧嘩最強。
“路上の薔薇”――桜庭ユウヤだ」
(……なんだそれ)
俺は、くーちゃんを抱えたまま踏み込む。
「キャン!」
鋭いひと吠え。
桜庭ユウヤは、ほんの一瞬、視線を奪われた。
――それで、終わりだ。
膝が走る。
鈍い音。
路上の薔薇は、呻いて崩れ落ちた。
床に転がる男に、
くーちゃんが近づく。
「ワン……?」
くんくん。
落ちた名刺を、鼻先でつつき――
ぐしゃ。
その上に、ちょこんと座った。
「……それ、俺の……」
桜庭ユウヤは、ぴくりとも動かなくなった。
周囲がざわつく。
「ちょ、ちょっと待ちたまえ!」
白いスーツの男――バルナスが、慌てて指を立てる。
「その動き……
ただ者じゃないね?」
きらり、と歯を見せて笑う。
「もしや君――
選ばれし者?」
「いや」
即答。
「アンタ、誰だ?」
「聞いて驚くなかれ!
僕こそが――」
「悪い。興味ない」
俺は、そのまま扉に手をかけた。
ネオンの光を背に、
店の中へと足を踏み入れる。
――さて。
“ナンバーワン”と、話をしようか。
***
中は、完全に別世界だった。
甘い香水。
酒の匂い。
貼り付けたような笑顔。
――そして、そこら中に滲む“嘘の色”。
(……ひでぇな)
視界がうるさい。
欲、虚栄、恐怖。
混ざり合って、濁っている。
腕の中で、くーちゃんが前足を伸ばした。
ちょん。
「……あの席か」
一番奥。
豪華なソファ。
俯いた女が、ひとり。
「もう……やめて。これ以上は……」
「つれないなあ、ハニー」
向かいに座る男が、笑う。
作り物みたいな笑顔。
だが、その奥は――濁っていた。
「娘さんも、待ってるんだろう?
だからこそ……大人の約束、だよ」
女の肩が、小さく震える。
封筒が差し出された。
「これで……終わりに……」
「足りないね」
即答だった。
「君が選んだんだろ?
“ちゃんとした母親”になるってさ」
その瞬間、空気が冷えた。
――見ていられなかった。
「……そこまでだ」
声を落とした、その直後。
黒服が動く。
二人。
殴りかかってきた、その瞬間――
「……ワン!」
腕の中で、くーちゃんが跳ねた。
ぺしっ。
前足が、黒服の顔面に当たる。
「は?」
間の抜けた声。
次の瞬間、わき腹に肘を叩き込み、沈める。
「……今のは事故だ」
くーちゃんは、何も知らない顔で尻尾を振っていた。
呆然としているもう一人の黒服に、俺は間合いを詰める。
膝。
足払い。
重い音を立てて、床に転がる。
――どよめき。
歓声とも、悲鳴ともつかない声。
俺は、そのまま歩き出した。
豪華なソファへ。
ざわめきが、すっと落ちる。
拍手でも、怒号でもない。
ただ、音が消えた。
豪奢なソファの中央。
照明の陰に溶けるように、男が座っている。
ゆっくりと脚を組み替えた。
「……騒がしいね」
低く、穏やかな声。
それだけで、周囲の黒服たちの背筋が揃う。
金髪。
整いすぎた顔立ち。
高級スーツの袖から覗く腕時計は、値段を考える気にもならない。
「今日はクリスマスだろう?
楽しく飲みたいお客さんも多いんだ」
視線が、俺に向く。
怒りはない。
威圧もない。
――それが、一番厄介だった。
「君のせいで、空気が壊れるのは困るな」
ノワール・アンジュ。
ナンバーワンホスト、袴田レオン。
彼は笑っていた。
まるで――
説教する必要すらない相手を見るように。
レオンが、静かに立ち上がる。
「……ワフ」
くーちゃんが、場違いなあくびをした。
店内が、凍る。
「……犬、だと?」
一瞬。
レオンの表情が、わずかに歪んだ。
視線が、俺ではなく――腕の中のくーちゃんに向く。
(……苦手か)
「キャン?」
(意訳:ナンバーワンワン?)
場違いな一声。
それだけで、張り詰めていた空気がひび割れた。
俺は、その隙を逃さない。
あかりの、あの作り笑いが一瞬よぎった。
「あんた、その人の子供を盾にして脅すとか……最悪だな」
低く、冷たく告げる。
レオンの口元が、引きつった。
「この女の金は――僕の物だよ」
本音だった。
取り繕う気すらない。
「そんな……ひどい……」
あかりの母親が、かすれた声を漏らす。
肩が震え、涙が一粒、床に落ちた。
「ああ……これじゃあ、僕のナンバーワン伝説に傷がつく」
余裕が、音を立てて剥がれ落ちる。
「お仕置きだよ」
レオンが立ち上がる。
一歩。
距離を詰めてくる。
次の瞬間――
グラスが飛んだ。
酒が弾け、視界を白く染める。
アルコールの匂いが鼻を刺す。
目つぶし。
その隙を狙って、踏み込んでくる気配。
――来る。
左腕で受ける。
衝撃が骨に響くが、殺しきれない。
力を流し、床を踏みしめる。
「……なかなかやるね?」
軽口。
だが、もう余裕はない。
(正真正銘のクズだな)
「だったら――次はこっちだ」
一歩、踏み切る。
床を蹴る感触。
身体が浮く。
腕の中で、くーちゃんが「きゅっ」と小さく鳴いた。
そのまま――回る。
視界が反転し、
天井と床が入れ替わる。
――必殺の回し蹴り。
足裏に、確かな手応え。
骨を叩く鈍い感触が伝わった。
レオンの身体が宙に浮き、
次の瞬間、ソファに叩きつけられる。
布が裂け、
重たい音が響き――
それきり、動かなくなった。
静寂。
ざわめきも、悲鳴もない。
音が、完全に消えていた。
俺は、ゆっくりと女に近づく。
「……あかりちゃんの母親だな」
女が、はっと顔を上げる。
「娘さんが待ってる。
今すぐ、行くんだ」
一瞬の迷い。
唇が震え――
そして。
女は、涙をこぼしながら、走り出した。
***
――次の瞬間。
店内が、爆発した。
「ちょっと待って!」
「今の人、誰!?」
黄色い声が飛ぶ。
「指名したい!」
「今の人、かっこよすぎ!」
「ワンちゃんも可愛いーっ!」
(……まずい。これは本気でまずい)
腕の中で、くーちゃんが不安そうに「きゅーん」と鳴いた。
黒服たちも完全にパニックだ。
「ま、待ってください!」
「君……な、名前を……!」
反射的に、口が動いた。
「……レージだ」
一瞬の静寂。
――そして。
「レージさん!?」
「名前まで素敵なんだけど!?」
「冷たい瞳が……反則よ!」
空気が、完全に弾けた。
「当店の――隠れナンバーワン!
レージさんです!」
黒服が、慌てて作った嘘を投げる。
それが、油だった。
女性客たちの歓声が、さらに大きくなる。
(おい。余計なことを……)
そこへ、満面の営業スマイルで店長が現れた。
「えー、本日は誠にありがとうございます」
「実は当店には――
VIPのみ指名可能な、特別メンバーがおりまして」
胡散臭い。
金の匂いしかしない。
店長は俺のそばに寄り、さりげなく耳打ちしてくる。
「君、ほんの少しだけでいい」
「サポートしてくれないかな?
報酬は弾むし……今日のトラブルも、全部チャラだ」
俺は、小さく息を吐いた。
「……店長さん。俺、未成年だ」
耳元で、はっきり告げる。
「これ、バレたら――
店、終わるだろ?」
店長の顔色が、目に見えて変わった。
一拍。
そして、見事な切り替え。
「――本日は!」
「レージ“様”は、VIP対応中のため!」
「指名、不可でございます!」
「えーっ!?」
不満の声が上がる中、
店長は俺の背中を押した。
「ささ、こちらへ!」
「特別動線でございます!」
半ば強引に、
俺は裏口へと押し出される。
扉が閉まる。
(……助かった)
外に出ると、
空気が一気に静まった。
雪が、降り始めていた。
白い息が、夜に溶ける。
腕の中で、くーちゃんが丸くなる。
「きゅ」
「……帰るか」
遠くで、街の音楽が鳴っている。
クリスマスの夜は――
まだ、続いていた。
***
夜の冷たい空気を切り裂くように、俺は路地を抜けた。
腕の中で、くーちゃんが「きゅー」と小さく鳴く。
「……きっと大丈夫だ」
自分に言い聞かせるように、声が漏れた。
しばらく歩いた先。
あのカフェの前で、ことはとあかりが並んで立っているのが見える。
その前に――
ひとりの女性が、足を止めた。
「あかり……」
かすれた声。
その一言で、あかりの表情が変わった。
「……ママ!」
次の瞬間、あかりは駆け出していた。
小さな体が、そのまま母親の胸に飛び込む。
「……ごめんね。ごめんね、あかり……」
母親は、何度も同じ言葉を繰り返した。
言葉が追いつかず、ただ抱きしめる。
あかりは首を振り、ぎゅっと腕に力を込めた。
「ううん。待ってたよ。ちゃんと……待ってた」
その一言で、
母親の肩が、大きく震えた。
しばらくして、母親はゆっくり顔を上げる。
涙で濡れた瞳は、それでも――どこか澄んでいた。
「……ありがとう。あなたたちがいなかったら……」
ことはが、やさしく首を振る。
「いいえ。あかりちゃんが、ちゃんと待ってたからです」
母親は娘の頭を撫でながら、静かに言った。
「もう……あんな人たちとは関わらない。
どんなに甘い言葉を言われても……
娘を不安にさせる場所には、戻らない」
あかりは、その言葉を聞いて、ほっと息をついた。
「……うん。ママが一緒なら、それでいい」
その瞬間。
胸の奥に張りついていたものが、すっとほどけた気がした。
「……よかったな」
小さく呟くと、
くーちゃんが前足で、俺の腕を「ちょんちょん」と叩く。
「きゅーん」
「……ああ。本当にな」
ことはが、そんな俺たちを見て微笑む。
「零司くん。くーちゃん。ありがとう」
「礼を言われるようなことじゃない」
そう言って、視線を逸らす。
くーちゃんは代わりに、胸を張った。
「キャン!」
(意訳:お礼にボーロください)
「……お前は、ほんとにぶれないな」
雪が、また静かに降り始めていた。
街のイルミネーションが、白く滲む。
誰も泣いていない。
誰も、嘘をついていない。
それだけで――十分だった。
「……メリークリスマス」
そう言うと。
「メリークリスマス!」
ことはと、あかりが声を揃える。
「キャン!」
くーちゃんの鳴き声が、少し遅れて重なった。
その夜。
“嘘の色”は、雪に溶けて消え、
街には、ただの“クリスマス”が戻ってきた。
“幸せでいなきゃいけない日”は――
ちゃんと、幸せな夜になった。
-----------------------------
……ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
この物語は、
『放課後ポメラニアンは嘘を暴く』の世界の、
とあるクリスマスの出来事――
外伝的なエピソードです。
学園に渦巻く秘密、
すれ違う想い、
そして、くーちゃんの“本当の力”。
もし、
この少年とポメラニアンの物語を
もう少し見てみたいと思っていただけたら――
本編『放課後ポメラニアンは嘘を暴く』も、
そっと覗いてみてください。
くーちゃんもきっと、
お芋ボーロをもらったみたいに
しっぽをぶんぶん振って喜びます🐕✨
👉 [作品ページリンク https://kakuyomu.jp/works/16818792437746923756 ]
放課後ポメラニアンと、嘘色のクリスマス ひつじ・メイ🐕️ @hitsujimei
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