光
藤野悠人
光
東京の冬の地下鉄は苦手だ。人いきれと、
今年の秋の終わり――と言っても、いつ秋が来て、いつ終わったのか、さっぱり分からない気候だったけれど――に買ったダウンコートは外では暖かいものの、こういった電車の中では、こもった熱のせいで背中や腋が微妙に痒くなるのが難点だった。
腕時計を見る。学生時代に人からもらったもので、もう十年以上は使っているクォーツ式の腕時計だ。学生でも買える程度の安ブランドものだが、私はこれひとつきりしか腕時計を持っていない。
文字盤の上には今日の日付が表示されており、「24」という数字が並んでいた。12月24日。クリスマス・イブである。私にとっては稼ぎ時だ。この時期はイベントに事欠かない。
三年ほど前に、数年勤めた会社を辞めた。そのあとすぐに再就職したものの、そこは長く続かず、今度もあっさりと退職してしまった。しかし、生きているだけで金は掛かる。住んでいるアパートの家賃や光熱費、役所から届けられる年金や保険料の支払いは待ってくれない。
手近だったから、という理由でスーパーでアルバイトを始め、今日に至るまであちこちでアルバイトを渡り歩きながら生活をしていた。東京という街は、選り好みせず探せばいくらでも仕事はあったし、スマートフォンで検索すれば日雇いのアルバイトも見つけられた。「
今日はクリスマスイベントの設営と誘導の仕事だった。24日と25日、二日働いて三万円と少し。長引けば残業代の支給アリ。拘束時間は長いが、それなりに美味しい現場だ。アパートまでは少し遠いのでカプセルホテルに泊まり、明日はまた朝から現場入り。
乗り換えの駅が近付いてきていた。リュックを抱え直す。中にある折り畳み式のヘルメットが乾いた音を立てた。
駅に着くと、疲労と寒さでうんざりしたような人の群れが、電車から外へと流れ出す。その中に紛れるようにして、私も改札へ向かった。ポケットからスマートフォンを出し、乗り換え時間を確認した。次に乗る路線の電車は、十分後に来るらしい。時刻は、20時過ぎを指していた。
少し寄り道をしたくなった。目的は無い。ただ、本当になんとなく、一度駅から出たくなった。乗り換える路線とは逆の改札から外へ出た。
改札を抜け、階段を上って外へ出ると、イルミネーションが広がっていた。街路樹や建物を、人工の光が
近くにあったカフェに入り、ホットコーヒーをテイクアウトした。それをチビチビと飲みながら、イルミネーションを眺めた。
美しい人工の光の下には、たくさんの人たちがいた。だいたいは若者だが、中には家族連れや、親子連れも見えた。外国人もいた。上を見上げつつ歩く人、スマートフォンで撮影する人、立ち止まってじっと話している人、あまりイルミネーションは見ずに歩いていく人。
コーヒーを一口飲む。温かいコーヒーを飲んで息を吐くと、空気は白さを増した。その向こう側では、今日という日に特別な意味を持つ人々が光の下を謳歌していた。
ふと、私とは無関係なその人たちの今夜が、良い夜であればいいと、思った。
「メリー・クリスマス」
私は小声で呟くと、紙コップの中のコーヒーをまた一口飲んだ。
光 藤野悠人 @sugar_san010
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