わたしの未知な世界

@AKIRA54

第1話 わたしの未知な世界

わたしの未知な世界


「お前、死神を見たことあるか?」

と、ベッドの中でヒロシが言った。二回目が終わって、枕元の灯りのスイッチを入れたところだ。二回目なのは、ヒロシのほうで、わたしは満足していないのだけれど、いつものことで、諦めている。

(もう、終わりにしたほうエイかな?優しいし、『イケメン』ヤけど、あっちの相性が最低ヤから、ね……)

わたしはベッドの脇に無造作に脱ぎ捨てていた下着に足を通しながら、考えていたところだ。

「えっ?死神?見たことないよ!なんだよ、急に……」

わたしは、関西の人間だが、ヒロシとの会話は、標準語を話すようにしている。

「いや!オカルト好きのユウコだから、見たことがあるかな?って思ったんだ……。死神って、やっぱり、大きな『鎌』を持っているのかな……」

「ああ、『ムー』って学研が出してる、超常現象やユーフォーの特集をしている雑誌を読んでいるから、ね……。西洋の死神は、そんなイラストで描かれているね。でも、日本の死神は、どちらかというと、貧乏神の親戚みたいなんじゃないかな?よくは、知らんけど……」

「見たら……、死ぬのかな……」


「何?恋占いなら、わたしん家より、他を当たったほうがいいよ!」

と、白い巫女装束の綺麗な女性が言った。

京都の市街地から離れた、お寺の一角にある小さな庵。そこに、かなりの霊能力のある巫女さん、あるいは、霊媒師がいると、オカルト仲間の友人に聞いたのだ。

「知り合いの、男性のことなんですけど……」

と、わたしが用件を切り出した、その反応が、先の言葉だったのだ。

「違います!その男性、ヒロシという、同じ大学のゼミの学生なんですけど……、行方がわからない、というか……、連絡がないんです!」

「連絡がない?つまり、頻繁に連絡を取り合う仲だったんでしょう?それって、恋人!ってことよ、ね……?」

黒縁の眼鏡の奥の瞳が、キラリと光った。

「ええ、まあ、付き合っています……」

「男女の関係までね?それで心配しているだ……。彼が浮気しているんじゃないか?と……」

心の中まで、覗かれてしまう気がして、瞳を見つめていることができなくなった。わたしは視線を落とした。

「いえ!まあ、それも心配ですけど……、ミユキさん!死神っているんですか?それを見た人間は……、死んじゃうのでしょうか?」

と、わたしは、一週間前のベッドでの会話を語った。

「死神、ねぇ……。いると思うよ!人間の死に際に現れる怪異をそう呼ぶなら、ね。ただし、見た、あるいは、見えても見た人間は死なないよ!わたしは、何度も見ているよ!ただ、死神に取り憑かれた、その人たちは、ほとんど、亡くなったけど、ね。ヒロシというあなたの彼氏が、本当に死神を見たなら、その時、その場にいた彼以外の人間が亡くなったんだろう、ね……」

「死神を見たことがあるんですか?どんな姿をしているんですか?」

「最初は、黒い靄(もや)に、目鼻、口がついているような、人間とは違うモノだったよ!だんだん、人間に近くなってきてたね……」

「顔があるのですか?西洋の死神は、骸骨がマントを着て、大きな鎌を持っている絵が有名ですけど……」

「あのね!死神は神様なんだよ!殺人鬼とは別モノさ!悪霊や、災いを 招く邪悪な鬼(き)とは違うんだ。人は混同しているようだけど、ね。人間の寿命を司り、寿命がきたことを周りの人間に伝えるために、姿を現すんだよ!そうだ!いい場所がある!案内してあげるよ……」


「ここは、何処ですか?」

と、わたしは訊いた。

「閻魔堂だよ!」

と、巫女装束から、ラフなトレーナーとジーンズに着替えた霊媒師が言った。逢魔ヶ刻というのか、夕闇が迫る時間帯だ。

「この寺の住職とは、懇意にしてもらっていてね。閻魔堂に入る許可をもらったんだよ!さあ、入ろうか……」

と言って、社殿の扉を開ける。

「キャア~!」

頭上から、眼を見開いた恐ろしい顔の像が、わたしを睨みつけた。

「閻魔堂だよ!閻魔大王が安置されているに決まっているだろう?脇には、牛頭馬頭が控えているんだ。このふたりが、死神の役割をしている!とも言われているんだよ!さあ、この先だよ……」

「この先?壁しかないようですけど……」

「まあ、ついておいで……」

と、言って、霊媒師は懐中電灯を灯して、閻魔大王の背中に回る。閻魔の背中が扉のように開き、梯子のような階段が、下に続いていたのだ。

「本当の閻魔堂に案内するよ……」


「ここは、何処ですか?」

と、わたしはまた同じ質問をした。階段を降り、狭い通路の先の、また急な階段を登った、その先の部屋の中だ。数え切れない程の蝋燭が燃えている。

「地獄の閻魔堂。本当の閻魔堂のひとつ。人の寿命を司る、蝋燭の部屋さ!奥に閻魔大王と牛頭馬頭の像があるだろう?普通の人間は、入れない場所なんだけど、わたしの先祖の小野篁は、閻魔大王と懇意になって、よく通ったそうなんだ。わたしも最近、懇意になったんだ……」

霊媒師の言葉に、わたしは眼を丸くするしかなかった。

「ちょっと、閻魔さまに挨拶をするから、ね!」

と言って、霊媒師は蝋燭の立ち並ぶ棚の前に『結跏趺坐』して、なにやら呟くような言葉を発した。後で知ったが、真言を唱えていたらしい。

「教えてくれるそうだよ!彼氏の姓名と、生まれた場所を言ってごらん!」

真言を唱え終えた霊媒師が言った。わたしはヒロシの姓名と、生まれ故郷の住所を口に出した。

霊媒師がそれを復唱して、また真言を唱える。

「右側の奥にあるそうだ。今、名札が見えるように、馬頭が準備してくれる。さあ、行こうか……」

霊媒師の背中について行くと、棚の上にひとつだけ、名札のついた蝋燭があった。周りの蝋燭に比べても明るく、長い。

「これが、ヒロシの寿命の蝋燭?」

「安心したかい?さあ、あまり、ゆっくりできないんだ!わたし以外の人間は、一定時間以上いると、帰れなくなるんだよ!急いで帰らないと……」


「なんだ!俺が死神の話をして、アパートからいなくなったから、死神に連れて逝かれたと思ったのか?」

と、ヒロシが言った。

「心配したんだよ!何で、連絡もなくいなくなるんだよ!」

と、わたしは文句を言った。

「ごめん、ごめん!故郷(くに)のばあちゃんから、前に手紙が来てね。じいさんの肩に死神が乗っている。じいさんの寿命が尽きたようだ。そのつもりで、心の準備をしておけ!って書いてあったんだ……。俺は、『じいちゃん、ばあちゃん子』でね。母親は、未婚の母。父親はいないんだ……。ああ、これは前に話したか……」

「うん、聞いたよ!それで、お母さんは働き者で、お祖父さんの実家にあんたを預けていたんだろう?あんたの大学の学費は、お祖父さんが田圃を売って工面してくれたんだよね……。でも、お祖母ちゃんが死神を見て、驚きもしないほうに驚くよ!」

「ばあちゃんは、出雲の巫女の家系の人で、霊が見えるんだよ……。近所の婆さんが亡くなる前にも死神を見たって、言ってたんだ……」

「それで、お祖父さんが亡くなって、お葬式に帰っていたのね?」

「おふくろから電話があって、じいちゃんが倒れて、危篤だって……。慌ててアパートを飛び出したんだ!最終の列車に乗りたくて……」

「それで、わたしに連絡できなかったのね?それで、お祖父さんの御臨終には間に合ったの?」

「ばあちゃんが祈祷して、俺が病院に着くまで、死神に待ってもらったんだってさ!じいちゃんが最後に、『しっかり勉強して、おふくろを楽にしてやれ!』って言った。俺は、『ばあちゃんも楽にする!』って言ったら、『いや、寂しいから、来年には、ワシの傍に来てもらいたい!』って、笑って……。それで眼を閉じたんだ……」


「こんな、高そうなホテルじゃなくてよかったんじゃないか?」

と、ヒロシが言った。今、わたしとヒロシは、周りと天井が鏡張りの丸い回転ベッドに並んで座っている。ベッドはフカフカで、クッションも特別製らしい。

いつも、ヒロシのアパートのベッドで、隣の部屋を気にしながらだったから、こんな場所で『する』のは、初めてだ。

「大丈夫よ!少し早いクリスマスイブよ!知り合いの人が経営していて、格安で一晩、利用できるのよ!」

いや、実はタダなのだ。何故か知らないが、例の霊媒師のミユキさんが、アフターサービスだ!と書いた手紙と一緒に、このラブホの招待券を送ってくれた。受付のおばあさんも、にこやかに挨拶してくれて、最上級の部屋だよ!と言って、この部屋の鍵を渡してくれた。鍵以外にも……。

「そうなんだ。俺、こんなところ初めてだ!」

「当たり前でしょう!わたしも初めてなんだから!」

ヒロシと初めて、『した』時、ヒロシは初体験だったのだ。わたしは、内緒だけど、複数回、経験している。ヒロシは、その体験が忘れられず、わたしに夢中になってしまったようだ。

(そういえば、ミユキさんが、『あなた、彼氏に満足してないようね?』って言ってたわ。アフターサービスって手紙は、その後!つまり、ミユキさんは、ヒロシが早く終わってしまうこと、わたしがそれに不満なことに気づいたのかしら……)

「このベッド、どうなっているのかな?灯りは、消さなくていいのか?」

「待って!受付のおばさんから、鍵以外に渡されたものがあるのよ!」

そう言って、わたしは受付で渡された袋の中身を取り出した。二つの小箱と、手紙のようなメモだ。

「なんだ?取り扱い説明書か?」

「違うわ!若いお二人へ!って封筒に書いてあるわ……」

(何これ?彼が先にイッて、あなたが満足できない理由……)

メモはそういう言葉で始まっていた。

『ムードが足りない。いつも部屋を暗くしてしまう。前戯が足りない。同じ体位でしている。エロチックが足りない。自分から求めていない。彼のなすがままになっている』

と、満足しない理由が書いてある。そして、段落を変えて続きの文章がある。

『灯りをつけたまま、天井や周りの鏡を見ながら、自分たちの行為のエロを感じなさい。同封のオモチャを使って、彼氏に刺激を与えてもらいなさい。そして、正常位以外の型を楽しみなさい。実例は、ベッドの横にビデオデッキのリモコンがあるので、まずは、それを参考にして。オモチャの使い方もビデオを見れば、わかるはずよ。彼とあなたは、相性バツグンよ!ミユキより』

「なんだよ?何が書いてあるんだ?」

「ヒロシ!そこにリモコンがある?」

「ああ、あるよ!これだろう……」

「ビデオを見てから、するんだって……」

「なんだ!ビデオで取り扱いを教えてくれるのか……?」

(そうよ!あんたの知らない、女性の身体の取り扱いのこともね!これから、ふたりは、ミユキさんの『罠』にはまって、未知の世界へ、わたしも知らない世界に突入するのよ……)


エピローグ


「おい!婆さん!あんたユウコに何を渡したんだ?」

と、わたしは受付の婆さんに質問した。わたしの名前は、ミユキ。霊媒師を職業にしている。わたしが今いるのは、ラブホだ。受付の婆さんは、マコモという名前の顔見知りの播磨流の呪術師だ。

「あんた、わたしの名前を使って、わたしの客にこのラブホの招待券を送って、彼氏と一晩過ごさせたらしいね?」

わたしの依頼人、ユウコがお礼の手紙を寄越したのだ。それで、この婆さんの企みを知った。

「大成功だっただろう?あんたが、若いカップルのこと、心配してたから、わたしが一役買ったのさ!あんたには、この分野のアドバイスは無理だからね!」

「確かに、あんたに愚痴は言ったさ!まあ、結果オーライだったよ!結婚するってさ!でも、わたしの名前を使うことはないだろう!おかげで、わたしは経験豊富な女にされちまったよ!まだ、処女だよ!わたしは……」

「あんたの名前じゃなくて、わたしの名前じゃあ、あの娘はアドバイスどおりの行為はしないよ!男の一物を咥えたり、できるもんか!」

「な、何だって?そんなアドバイスを、わたしがしたことになっているのか?」

「もっと、過激なこともあるけど……、訊きたいかい?」

「聞きたかないよ!」

想像はできる。だが、聞かないほうがいい。この婆さんのことだ。想像外のことをやらせた可能性もある。

「大変だったんだよ!アダルトビデオで、あんたに似ている美人の女優が出演しているのを探したり……」

(そこまでするか?)

「ユウコって、前に、幽霊トンネルの時の依頼人の、香川シズカって娘の高校時代からの親友なんだろう?オカルト趣味の……。シズカは、ユウコに『ヒロシと別れようと思っている』ことを相談されて、別れる理由がセックスの相性。ヒロシが早くイッて、ユウコは満足できない。ヒロシが経験不足なことに、シズカは気づいていたようだからね……」

「先に、シズカがわたしのところへ相談にきて、ユウコにわたしを紹介した。閻魔堂の蝋燭を使って、ヒロシが死んでないことを知って、ユウコはヒロシのことが自分にとって、かけがえのない、大切な人だ!と気づいたんだ……」

「しかし、ヒロシが死んでいたら、どうするんだい?蝋燭の長さは嘘になるよ?」

「死んじゃいないさ!死神の話を聞いて、ピンときたんだ。ヒロシは、死神を見たことを誰かに聞いた。自分が見たなら、こういう姿だった、と言ったはずさ!しかも、その死神は、自分の傍に現れたモノじゃないのさ。身近に現れたら、女と二回もできないよ!」

「まあ、そこまでは、わかるんだね……。でも、それから先のことが、ミユキちゃんには、わからないんだよ!男女の身体と心の結びつきの機微が、ね……。経験してない領域だから、ね。早いとこ、クロウちゃんと……。ここの特別室を使わせてあげるよ!ヒロシとユウコが使った……」

「よけいなお世話だ!あの部屋は、媚薬の匂いが充満しているんだろう?」

(まったく、この婆さんに相談したのが、わたしの不覚だったよ。わたしの予知能力だと、ユウコの紹介で、セックスに悩んでいる若い娘が、次々と相談に来そうだ!わたしの未知の領域の、ね……)

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