第2話
蓮の通う高校は、県内でも屈指の弓道強豪校として知られていた。幼い頃からサッカーに打ち込み、そこそこの実力を持っていた蓮が、他校のスポーツ推薦の誘いを断ってまでこの高校を選んだのは、わずか2年前のことだった。「波留のいない高校生活など考えられない」と推薦を蹴った蓮に、両親もあきれて言葉を失った。
朝の登校、生徒たちはすでに汗ばみながら、校舎へと向かう。夏の日差しは、じりじりと彼らの背中を照らし、暑さを増す。
蓮は、駐輪場に自転車を停めると、汗ばむ額を手の甲で拭った。「あっちぃ」と小さく呟きながら、すぐ隣の弓道場へと自然と足を向ける。木漏れ日が地面に斑模様を作り出し、涼しげだ。
弓道場の緑陰に入ると、じりじりとした夏の暑さが嘘のように和らぐ。弓を放つ音しかしない、静寂なその場所だけは、この暑さの中、涼やかな空気を纏っていた。
弓を放つ「ヒュン」という音と、的を射抜く「ポン」という音が響き渡る弓道場は、朝の登校時の生徒たちのざわめきとは対照的に、時間がゆっくりと流れているかのようだった。
蓮の目は、ここで、一心に弓を引く恋人の姿を追っていた。彼の凛とした立ち姿、集中した眼差し、そして淀みなく弓を引く一連の動作は、蓮にとって何よりも美しいものだった。サッカーの強豪校からの誘いを断ってまでこの高校を選んだ理由の全てが、そこにあると言っても過言ではない。
「今日も、波留は綺麗だ・・・」
心の中でそう呟き、蓮は弓道場の片隅に佇んだ。練習の邪魔にならないように、しかし、できるだけ近くで波留の姿を見ていたい。そんな複雑な思いが、蓮の胸の中で渦巻いていた。
他の生徒たちの賑やかな声が遠くに聞こえる。波留の放つ矢が的に命中する。そのたびに、蓮の心も小さく跳ね上がるのだった。
8251 うみの蜂 @uminohachi
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