空白地帯
ono
空白地帯
知らない道を歩くことがあまりない。好奇心は強いほうだと思うし、知らないことはすぐに調べたがるわりに冒険心がさっぱり足りていない。
三年くらいほとんど毎日利用しているスーパーにすら一度も足を踏み入れたことのない通路がある。その売り場に用事がないから、どんなものが置いてあるのか見に行こうともしないのだった。たまに本当に好奇心が強いのか? と自分で疑問に思う。
できることなら毎日同じ道だけを歩いて、同じところで曲がり、同じものを食べて、同じ時間を過ごしたい。量産型歯車になりたい。好奇心というよりは、未知のままで放置できなかった時に仕方なく冒険しているだけなのかもしれない。
この性格が完全に先天的なものかは分からないが、かなり幼い頃からそうだった。
それだけが唯一の原因というわけではないにせよ大きな影響を与えたと思われる出来事がひとつある。
小学一年生の頃、いわゆる鍵っ子だった私は学童保育に通っていた。小学校は三学期の始め頃に転校するという短期間の通学になったが、当時の自宅から小学校までの道は今でもなんとなく覚えている。でも毎日通うわけではなかった学童保育はどこにあったのかすら定かでなく、帰り道は一本でも違う路地に入ればまったく未知の異世界だった。
公園友達(なお友情はない)でもある学童保育の知人が言った。秘密の近道を教えてあげるからついてきて。私は早く帰りたかったが、子供の時分こそ協調性は重要視される。付き合うしかなかった。
知らない路地をいくつか通って、見たこともない道で私は一人にされた。知人が私を置き去りにして帰ったのだった。人の気配はなく、大通りの車の音も聞こえず、工事中の白い壁がずっと続いていた。
帰り方が分からん。怖い、寂しいまで発展せず、めんどくさいなあと平成のやれやれ系ラノベ主人公みたいなことを感じていた。まさしく途方に暮れていた。
その後、当時住んでいたマンションの近くにあるバス停のそばを歩いている光景から先は鮮明に残っているのに、そこまで具体的にどうやって帰ってきたのかはきれいさっぱり忘れていた。
それが判明したのは二十年以上経ってからで、母と昔の知り合いの話をしていた時に「こういうことがあった」と私が言うと、母もその時のことを覚えていたのだった。
母によると、私は広い道に出てから通りすがりの人をつかまえて、自宅最寄りのバス停への行き方を聞き、自力で帰ってきたらしい。
天才かと思った。小学校で使っていた鞄には自宅の住所も入っていたのにそれを使わず、「最寄りのバス停」を聞いたのが本当に素晴らしい危機管理能力だった。とても六歳かそこらの自分とは思えない。
赤ん坊の頃から当時までそのバス停が好きだったので無意識に安心できる場所として挙げたのかもしれないし、主に母と、それ以上に祖母から常々言われていた「知らない人に気をつけろ」という教えが効いていたのかもしれない。
今でこそ当然の警戒だけれども、まだその頃は知らない人が子供に声をかけても即事案とはならない時代だった。
でも私は今も昔も人見知りが激しいので、よっぽど緊急の困りごとがなければ知らない人になんか絶対に話しかけず、結果的に最先端の防犯意識を有していたようだ。
とにかくなんとかして見慣れた道まで戻ってきた私は、「あの時すごく困った」という記憶だけ残して解決に至るまでの道程をさっくり捨ててしまっていた。
もしかしたら実際には当時、怖くて泣いたりしていたのかもしれないが、特に怖かった記憶としては残っていない。
仮囲いの白い壁、慣れ親しんだバス停。大人になって私の中に残っていたのは無機質でちょっと好ましい印象だけだった。
あと学童保育の知人への呆れ。
強制的に知らない道へ放り込まれた時のことを思い出すと、私が冒険をしたがらないのは未知を未知として残したいからなのかもしれない。
私は好奇心が強いほうだと思うし、知らないことはすぐに調べたがる。けれど知ってしまえば満足と共に一抹の寂しさを感じることもあるから、できることならずっと未だ知らないままでいたいのだろう。
空白地帯 ono @ono_
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