何も祝われない日

葉山謳

何も祝われない日

 親友は、変なところで律儀だった。約束の時間は守るし、宿題も忘れない。口数が少ないのに、僕の冗談にも付き合ってくれる。でも、どうでもいいことには興味がなかった。

 小学生のころ、放課後はだいたい一緒に帰った。

 僕は彼とは何も言わなくとも心が通じ合う関係だと思い込んでいた。帰り道も同じ道だった。他愛のない会話をした。

 好きな給食、嫌いな先生、将来なりたいものは、どちらも思いつかなかった。

 彼はよく空を見ていた。理由を聞くと「なんとなく」と答えた。

 それ以上は聞かなかった。


 その日も、いつもと同じだった。帰り道で、夕焼けがやけに赤かった。風が止まって、音は鳴り止んだ。

 五月蝿い世界が少しだけ静かになった気がした。彼は立ち止まって、空を見た。長い間、何も言わなかった。

「もう大丈夫だよ」

 それだけ言って、歩き出した。僕は意味がわからなかったけど、追いかけた。

 次の日、学校は普通だった。チャイムが鳴って、先生が来て、誰も空の話はしなかった。

 それからも、何事もなく日常は続いた。

 彼は少しずつ、空を見なくなった。

 

 中学生になって、彼はいなくなった。転校だと言われた。知っていた連絡先は通じなくなっていた。


 高校生になってから、ある手紙が届いた。その手紙には地球の文字があった。


 侵略前観察。

 対象:地球。

 担当:単独観察員。


 感情移入が確認された場合、

 対象は観察失格とみなす。


 処分。


 そこに、彼の名前はなかった。

 でも、僕は分かった。地球は救われた。

 たった一人の判断で。

 そして、その判断は「失敗」として処理された。

 でも、止められない。もし止めたら、侵略は再検討される。彼が選んだものが、無意味になる。

 だから、誰にも話せない。

 世界は何も変わらなかった。朝は来て、電車は混んで、ニュースは別の話題を流していた。

 救われたことを、誰も知らない。祝う人もいない。


 ただ、空だけが、あの日と同じ色をしている。何事もなかったように風が通り過ぎていった。

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