第2話 でっどorあらいぶ

 俺の問いかけに、天使っぽい女性は答えた。


「やだねぇ! たった一年でもう忘れちまったのかい? 妻の顔を?」


 本当に妻だった。姿は痩せていて、若い頃の妻だったが、しゃべり口調は死んだときのまま、中年おばちゃんのそれだった。


「あんた、このまま死んじゃうんじゃないだろうね?」

「生きたいが、仕方がない。これが艦長の務めだ」


「アタシが生きている頃も、あんたはブリブリブリブリこいてたからね。

 新婚時代に同じ布団で一緒に寝ているときに屁をこいたときは離婚しようかと思ったよ」

「どこから見ていた?」


「理由はどうあれ、このまま艦と一緒に心中しんじゅうする気かい?」

「仕方がないことだ。今さら、一緒に助かりたいなんて言えるか!?」


「それじゃ困るんだよ」

「なんだ? なんだかんだ言って俺に惚れていたのか」


「違うよ。艦と一緒に死体が沈んじまったら、なかなか死体が見つからない。すぐに遺産相続ができなくて、子どもたちがかわいそうだろ。」

「ああ、子どもの方が大事ね。なーんだ」


 俺と妻との間には息子と娘がいた。二人とも成人している。


「で? どうすんだい? このまま艦と一緒に沈むつもりかい?」

「なんか、お前にそう言われると、どうせなら生きたくなった。意地でも生きながらえてやる!」


 俺は恥を忍んで、救命ボートまで走った。




 しかし、既にすべての救命ボートは艦から離れていた。


「あいつら……訓練よりも行動が早いじゃねえか」


 天使の妻が隣で俺につぶやく。

「いや~、あんたの指揮命令は立派だね。さあ、どうすんだい?」


 俺は、食堂の厨房に走った。しかし、厨房ではなく、狙いはその隣の廃棄物倉庫。飲料水が入っていた10リットルペットボトルだ。

 出港して日数が経過した分、大量に空のペットボトルが発生していた。


 近くにあったネットで数本のペットボトルをたばねれば、ひと一人ひとりぐらいは十分に浮く救命具の完成だ。しかも、いかだとして乗れれば、低体温症も回避しながら、近くの陸地に辿り着けるかもしれない。


 俺は空のペットボトルをかき集め、ネットでくるんだ。

 さあ、これで脱出だと意気込んだ。しかし、俺はペットボトルを見て愕然とした。


「おいおいおい、ペットボトルの蓋がないじゃねえか!? これじゃ沈む。ラベルはともかく、蓋も分別しただと?」


 俺は、今日ほど部下たちにSDGsの大切さを説いて後悔したことはない。航海中なだけに。

 死ぬ間際だってのに、余裕の俺、かっこいいな……


「何言ってんだい……」


 隣で天使の妻はあきれていた。


 しかし、俺は諦めなかった。

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2025年12月26日 18:10
2025年12月27日 18:10

国の卵は独立国家となり得るか? まこわり @makowari

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