勇者のわたしは、魔王を倒すべく単身乗り込むが、亡き者たちに誘われて人を超えた未知の存在になる。
夕日ゆうや
未知の存在
数多の人々の思いを託された勇者の目には今まで出会ってきたたくさんの人が映っていた――。
「はん勇者よ。その程度か!」
魔王は勇者にとどめを刺そうと剣をふり下ろす。
『左よ』
勇者は左にかわしてみせる。
『今なら足を蹴れるわ』
崩した体勢のまま、蹴りを入れる。
「くっ。貴様! 本当にあの勇者リーンか!?」
「言ったでしょう? わたしは本当は……」
わたしとは本来誰だったのだろう。
話し好きなエル。
ゲームが得意なピー。
本を読むのが大事なシー。
様々な人々の思いが混じり合い、そして昇華されていく。
「わたしは……みんなの想いを背負った勇者よ!」
剣をふり下ろすと魔王はなんなくかわす。
『走って』
光の者たちがわたしにアドバイスをくれる。
もう亡き者たち。
その命の輝きが目の前を走った。
「お。お前……」
魔王が戸惑ったような顔でわたしの顔を見つめる。
「大丈夫なのか?」
勇者だったものが双眸をそちらへと向ける。
違う。これはもう人間じゃない。
未知なる者だ。
人の無意識下を集積し、命の鼓動を受け継いだ――神にも等しい存在。
魔王さえも倒せない人の愛の力。
勇者はもう勇者じゃない。
だが、その中には勇者としての意識も溶け込んでいる。
数多の意識の中の一つ。
一つの中の数多。
それが彼女だ。
「もういい。しらけた。俺はもう戦わない」
《戦えない、じゃなくて?》
風が舞うように言葉が背中を押した。
「極みに行くとは……」
魔王は去った。
そのあとの平和の象徴として勇者の立像が設置されたのだった。
だが、依然として勇者は帰ってはこなかった。
今、どこで何をしているのか。
それを知る者はどこにもいない。
あれはもう自由になったのだ。
肉体という枷から外れ、もはや生命と呼ぶにはあまりにも超越してしまった。
人を超えた存在に、彼女はなったのだ。
勇者のわたしは、魔王を倒すべく単身乗り込むが、亡き者たちに誘われて人を超えた未知の存在になる。 夕日ゆうや @PT03wing
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