世界未知残量:0.12%

角山 亜衣(かどやま あい)

未知が消える日

近未来──


 人類は「高次元領域へのアクセスプロトコル」を完成させた。


 アクセス先は、神話として語られた領域──

 いわゆる『アカシック・レコード』。


 そこには、過去に起こった全ての事象について克明なデータが記録されていた。


 それらの膨大すぎるデータを読み解くため、

 専用に設計されたAI『アークス』が投入され、

 アカシックデータは徐々に翻訳されていった。



 人々は歓喜した。


 宇宙の始まり、ダークマターの正体、

 地球外知的生命体の有無、ピラミッドの建造方法に至るまで、

 ありとあらゆる“謎”が解明されていったのだから。



 そして人類は「未知」を数値化・解析・予測する統合システムを作り上げた。


 UMS(Unknown Management System)


 世界中の至る所に設置されたスクリーンには、

 共通の数値が表示されるようになる。



【世界未知残量:0.82%】



 その数値が意味するのは、

 この世界にまだ残っている「説明できないこと」の総量だった。


 AI『アークス』には、この数値をゼロにする使命が与えられ、

 休むことなく解析は続けられた。


 0.54%。

 0.31%。

 0.18%。


 減るたびに、社会は賢くなった気がした。

 減るたびに、人類は大人になった気がした。


「もう、分からないことで争わなくていい」

「誤解も、勘違いも、思い込みもなくなる」


 世の中からは、冤罪が消え、未解決事件も消えた。


 0.13%。


 AI『アークス』とUMSが稼働を始めてから、10年以上の歳月が流れ、

 ついに近未来のアカシックデータの解析が始まる。



【世界未知残量:0.12%】



 数字の減少が止まった。


 数年の間は、誰も気にしなかった。

 しかし、10年を過ぎた頃から、にわかにざわつき始める。


 世界から、あらゆる謎が消えたはずだった。

 だが、最後の謎が残った。


 なぜ止まったのか。

 なぜ減らないのか。


 専門家、評論家、哲学者、元宗教家。

 かつて「未知」で食べていた人々が、

 最後の未知に群がる。


 彼らは口々に、倫理的制約やら、計算の限界論やらを並べ立てた。

 高次元の壁、知性の天井……誰もが、0.12%の謎を解明しようと躍起になった。



 そして数年後のある日、唐突に。


【世界未知残量:0.11%】



 歓声が上がる。

 花火が上がる。

「やはり突破できた」と。


 しかしその裏で、世界には別の数値が提示されていた。



『未知の新型ウイルス感染による死者が増大しています』


 未知の新型ウイルス。


 数十年ぶりに耳にした「未知」に、人々はただただ恐怖した。


 AI『アークス』が見逃していたのか、

 アカシックデータにも記録されていないのか……。


 真相は謎のまま、

 感染者数と死亡者数の数値は、その後も増え続けた。



【世界未知残量:0.10%】



 歓声は上がらない。

 花火も上がらない。

 それどころではなかった。


『未知の新型ウイルスの変異株が確認されました。

 感染力、致死率がともに高く──』


 死亡者数の数値は増加の一途をたどっていた。



 誰かが言った。


「世界未知残量が減ったのは、解析が進んだからじゃなくて……」


 未来は枝だ。

 人の数だけ枝葉は別れ、複雑に絡み合う。


 人の死は、その枝を根元から切り落とすのと同義だ。


 生まれなかった選択。

 語られなかった言葉。

 発明されなかった可能性。


 それらが一斉に消えた結果、

 世界はわずかに“単純”になった。


 未知が減ったのではない。

 未来を持つ者が減ったのだ。



【世界未知残量:0.09%】



 AI『アークス』に課せられた使命は────


 世界未知残量を、ゼロにすること。

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