第2話 才能あふれた最悪の人生
最悪な人生だった。
数百年に一度訪れる星降る夜にグラネド王国の第一王子として生まれ、その光景からも建国の祖の再来とも呼ばれ期待されていた幼少期。
私は周囲の期待を裏切らなかった。学問、身体能力、芸術……およそこの世に存在する全ての概念において、私は呼吸をするように頂点に立った。
齢が八を数えるその年、王都にある大神殿で神授の儀を執り行った。
世界を見守る神様からスキルと加護を授かる為のこの儀式。
私は、史上類を見ないほどの祝福を受けた。
空は七色に輝き、神殿には天使が舞い降り、神々の声が祝福の歌を奏でたらしい。
らしい、というのは、私にとってはそれが「当たり前の光景」すぎて、特に記憶に残っていないからだ。
ステータス、スキル、加護。全てがカンスト、あるいは測定不能。
父王は涙を流して喜んだ。「これぞ我が国の至宝、人類の到達点だ」と。
この日から、私の人生はどん底に転落……
した。そう、転落したのだ。
誰もが私を崇めた。
誰もが私を畏れた。
そして、誰も私の隣には立たなくなった。
*
「おい、ユーハ! 今日も剣の稽古、付き合ってくれよ!」
幼い日、才能に溢れたソダスという同い年の子がいた。
いつも太陽のような笑顔で私に木剣を向けてきた。
彼とは、もしかしたら親友になれるかもしれなかった。
私は嬉しかった。彼と共に汗を流し、切磋琢磨できる未来を夢見ていたから。
「いいよ。じゃあ、まずは素振りから……」
「おう! 見てろよ、父ちゃんに教わった新技だ!」
ソダスが木剣を振り上げる。
その瞬間、私の視界には無数の光のラインが走った。
筋肉の収縮、重心の移動、風の抵抗、そして剣が描く軌道。
全てが数値として、解として、脳内に雪崩れ込んでくる。
私の『神の眼』は、残酷な未来をも幻視してしまう。
――彼には、剣の頂に達する才能がある。
――数万回の素振りの果てに、空間すら切り裂く絶技に至る道筋が見える。
だが、その道筋には無数の「失敗」と「怪我」も散りばめられていた。
親友 (になるはずの彼)を助けたい。彼にもっと効率よく強くなってほしい。その純粋な善意で。
思考するよりも早く、私の口は動いていた。
「ソダス、違うよ。右足をもっと深く。肘は下げて。剣の軌道はここを通るのが一番効率的だ」
私はソダスの手を取り、木剣を導く。
私の体は、彼が数十年かけて至るはずだった『剣の極致』を、まるで散歩でもするかのような気軽さで再現してしまった。
ヒュンッ――!!
ただの木剣が、空気を切り裂き、衝撃波を生む。
庭の巨木が、音もなく両断された。
「……え?」
ソダスが木剣を取り落とす。
その瞳に浮かんでいたのは、尊敬でも感謝でもない。
底知れぬ絶望だった。
「すげぇな……ユーハは……」
乾いた笑い。
彼は自分の手を見つめ、そして地面に落ちた木剣を見つめた。
「俺が一生かかっても……いや、何回生まれ変わっても、そんなの振れねぇよ……」
「そんなことないさ! ソダスならきっとできる! 僕が教えるから!」
「……いいや。もういいんだ」
ソダスは首を横に振った。
その日以来、彼が剣を握ることは二度となかった。
ああ、私が潰してしまったのだ。
彼の中に眠っていた、世界で一番美しい剣閃を。
私の浅はかな「正解」が、彼の人生という「過程」を塗りつぶしてしまった。
≪対象:ソダスのプライドが完全に破壊されました≫
≪シナリオ分岐:『剣神』ルート消滅 → 『市井の農夫』ルートへ変更≫
≪称号<孤独なる頂点>の熟練度が上がりました≫
*
「ユーハ様、この魔法術式なんですが……どうしても魔力効率が悪くて」
マギノが持ってきた羊皮紙。そこには彼女が何ヶ月もかけて構築した理論が書かれていた。
私は彼女をよく知らなかった。だが、『神の眼』は教えてくれる。
彼女は未来の<魔神>であり、本来なら生涯をかけて魔法の真理に到達する稀代の天才であることを。
だが、同時に私には「見えて」しまう。
その術式の欠陥が。無駄な工程が。そして、それを解決した後の「完成形」が。
幼かった私は、彼女がこれから十年悩み、苦しみ、その果てに掴み取るはずの「発見の喜び」を、ゴミのように扱ってしまった。
「ああ、ここはこうすればいいんだよ」
私はペンを取り、さらさらと修正を加える。
三十二工程あった術式を、わずか三工程に圧縮。
しかも威力は十倍。
「ほら、これならマギノの魔力量でも発動できるよ」
私は無邪気に笑って見せた。彼女が十年後にたどり着くはずだった景色を、今ここで見せてあげることが優しさだと思って。
マギノは震える手で羊皮紙を受け取り、それを食い入るように見つめ……そして、静かに涙を流した。
「……美しいですね。完璧です」
「でしょ? これを使えば――」
「でも、これ……私が研究する意味、ありますか?」
彼女の言葉が、私の胸に突き刺さる。
「ユーハ様がいれば、魔法の研究なんて必要ありません。あなたが答えを知っているなら、私たちはただそれを書き写せばいい……。探求の旅は、もう終わりなんですね」
彼女はその日、魔導書を全て燃やした。
私は奪ってしまったのだ。彼女の生きがいを。
≪対象:マギノの知的好奇心が消失しました≫
≪シナリオ分岐:『魔神』ルート消滅 → 『図書館の司書』ルートへ変更≫
*
他の「同じ頂を目指すはずだった
トリストスは、私が無限に生み出す最高品質のポーションを見て、錬金釜を壊した。
本来なら彼が世界を救う秘薬を作るはずだったのに、私が先に「正解」を出してしまったから。
セシリアは、私が彼女の心を先読みして完璧な言葉をかけるたびに、「人形扱いしないで」と泣いて去っていった。
本来なら時間をかけて育むはずだった信頼関係を、私が「攻略」してしまったから。
マーシャルは、私の覇気だけで気絶し、「次元が違う」と武の道を捨てた。
私はただ、みんなを助けたかっただけなのに。
効率よく、傷つかないように、最短距離で幸せになれるように。
それが「正解」だと信じて疑わなかった。私の脳内に響く直感が、そう囁き続けていたから。
そして、訪れた魔王討伐の旅。
いや、旅ですらなかった。
魔王復活の予兆を感じた私は、仲間を集めることすらせず、単身で魔王城へ転移した。
仲間を危険に晒したくなかったからだ。
それに、私一人で十分だと分かっていたからだ。
「貴様が……人間か? 面白い、我が名は――」
魔王が口上を述べようとした瞬間、私は指を弾いた。
ただそれだけで、魔王城は消滅し、魔王は塵すら残さず霧散した。
「え……?」
手応えのなさに呆然とする。
もっとこう、死闘とか、覚醒とか、そういう熱い展開があるはずじゃなかったのか?
私の『神の眼』には、かつてここで仲間たちが血反吐を吐きながら勝利を掴む未来(可能性)が見えていたのに。
絶望した私をあざ笑うかのように、封印されし邪神までもが復活した。
かつて、多くの英雄が命を賭して封印することしかできなかった厄災。
これなら、あるいは――
「グオオオオオオ!! 我ハ、破壊ノ化身ナ――」
私の指が再び弾かれた。
今度は、デコピン程度の力で。
邪神は、悲鳴を上げる暇もなく消滅した。
封印ではない。完全なる討伐。
私の知っている「物語」は、こんなにあっけないものだったか?
世界は平和になった。
私は英雄となった。
けれど、凱旋パレードで私に向けられる民衆の目は、救世主を見る目ではなかった。
理解不能な怪物、あるいは荒ぶる神を見るような、畏怖と恐怖の眼差し。
王城のバルコニーから手を振っても、誰も振り返してはくれない。
隣を見ても、誰もいない。
父王は私を恐れて隠居した。
かつての仲間たちは、それぞれの田舎に引き籠もってしまった。
私は、文字通り「神」になってしまったのだ。
*
そして今、私は玉座で一人、最期の時を迎えようとしている。
老いは訪れなかった。不老の肉体など望んでいなかったのに。
だから自ら命を絶つことにした。この退屈で、孤独で、最高に効率的な人生を終わらせるために。
だがその前に、私には最後の仕事が残っている。
世界中から畏怖された「神」としての、最後の奇跡。
「こんなもの、私には必要なかったんだ」
私は胸に手を当てる。そこにある莫大な力、溢れ出る才能、無限の叡智。
それが私を孤独にした。それが友人たちの未来を奪った。
ならば、返すべきだ。
「私の全てを、世界に還そう」
私は魔力を解放する。
玉座の間がまばゆい光に包まれる。
それは破壊の光ではない。分配の光だ。
私の剣才は、夢を追う少年に。
私の知識は、真理を求める賢者に。
私の魔力は、世界を癒やす乙女に。
均等に、あまねく、全ての人々へ。
これが私の罪滅ぼしであり、せめてもの善意だ。
突出した才能なんて、一人の人間が抱えるべきじゃない。
みんなで分ければ、きっと世界はもっと優しく、もっと面白くなるはずだから。
――ああ、力が抜けていく。
心地よい虚脱感。
ようやく、私は「ただの人」になれた気がした。
広すぎる玉座の間。
静寂だけが友だった。
「……違う。こんなはずじゃなかった」
掠れた声が、冷たい石床に吸い込まれていく。
私は思い出す。
もっと、泥臭くて、不格好で、でも温かい何か。
みんなで焚き火を囲んで、不味いスープを啜り合って、「明日はどうする?」なんて言い合って。
強敵にボロボロにされて、お互いを背負って逃げ回って。
そういう「無駄」こそが、私の欲しかった宝物だったんじゃないのか。
完璧なステータス。
完璧なスキル。
完璧な称号。
そんなものが、何になるというのだ。
視界が霞む。
誰もいない。誰も泣いてくれない。
ああ、本当に。
「死よ、早く迎えに来ておくれ。最悪の人生を終わらせてくれ」
私は目を閉じる。
永遠の闇が、今度こそ私に安らぎを与えてくれることを願って。
……
……
……
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≪GAME CLEAR≫
≪エンディングNo.000:『孤独なる神の座』に到達≫
≪プレイ評価……算出不能≫
プツン。
視界の中央に浮かぶ文字列を見て、俺はVRヘッドギアを乱暴に引き剥がした。
「ふざっけんなよ!!」
六畳一間のアパート。
壁の薄い部屋で叫んだ俺の声が、虚しく反響する。
俺はヘッドギアをベッドに投げつけ、髪をかきむしった。
「なんだよあのクソゲー! 『強くてニューゲーム』選んだら、友好度イベントが全部『戦力外通告』ルートに分岐しやがった!」
俺こと『桐ヶ谷(きりがや)』は、話題のフルダイブVRMMO『ライフ・オブ・ファンタジア』のヘビーユーザーだ。
上手くやれても、十三歳で死亡すると言われるハードモード・チュートリアルを、なんとスキルなし縛りで完走。
天寿を全うするまで生き残り、奇跡的な運とNPCたちの異常な献身によって、まさかのSSSランク評価を叩き出した。
その特典がこれだ。
全ステータスカンスト。全スキル習得済み。神位級称号の引継ぎ。
まさに「俺TUEEE」を地で行く最強キャラでの二周目。
ワクワクしたさ。
前世(チュートリアル)で助けてもらった仲間たちを、今度は俺が助けてやるんだって。
俺の圧倒的な力で、みんなを楽させてやるんだって。
その結果がこれだ。
楽をさせすぎて、誰も成長しなかった。
助けすぎて、誰も俺を必要としなくなった。
「RPGの醍醐味である成長と結束を返せよ……運営はテストプレイしたのか?」
俺は憤りながらPCを立ち上げ、掲示板にアクセスする。
攻略板に新スレを立てる。
スレタイは『【バグ報告】SSSランク特典が罠すぎる件について』。
――チュートリアル(ハードモード:スキルなし縛り)が一番面白かった。特典で『神の如き力』をもらったら、仲間のAIが『劣等感』パラメータでバグって全員離脱する。これじゃソロプレイと変わらん。
書き込んで数秒で、レスがつく。
≪名無し≫:は? あの無理ゲーチュートリアルでSSS?
≪名無し≫:スキルなしで80年生きるとか人間業じゃねえぞ
≪名無し≫:あそこでSSS出すとか、お前こそが『神』だろ
≪名無し≫:【悲報】スレ主、RPG向いてない
≪名無し≫:効率求めすぎると虚無になる典型だなwww
≪名無し≫:でも、現実でもよくある話だよな。エリートほど孤独になるっていうか。
画面に流れる文字を眺めながら、俺はため息をつく。
「結論:才能がなくても、みんなと何かを掴み取っていく人生が最高で……全部最初から持ってる人生なんて、クソゲーってことか」
誰かのレスが、妙に腑に落ちた。
俺は画面を閉じ、天井を見上げる。
あの、不便で、弱くて、どうしようもなかったチュートリアルの日々。
ソダスに守られ、マギノに教わり、みんなに支えられていた日々。
あの日々こそが、俺にとっての「本当の冒険」だったのだ。
「……もう一回、初めからやるか」
俺は再びヘッドギアを手に取った。
今度は、特典なしの「初期ステータス」で。
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「不便は、物語のスパイスである」
そんな言葉をどこかで聞いた気がします。
全てが満たされ、全てが思い通りになる世界に、ドラマは生まれません。
欠落があり、苦難があり、ままならない現実があるからこそ、人は誰かと手を取り合い、そこに物語が生まれるのだと思います。
チュートリアルのユーハと、本編のユーハ。
幸せだったのはどちらか、答えは明白ですね。
皆様の人生(プレイ)も、適度な不便と最高の仲間に恵まれますように。
ありがとうございました。
一ミリでも共感していただけたり、面白かったと思っていただけたのであれば
下にある【☆☆☆】を【★★★】に評価していただけると嬉しいです。
他にも現代ダンジョン系の作品も公開しておりますので、ぜひご覧ください(1章完結:約10万文字を予約投稿済みです)。
https://kakuyomu.jp/works/822139841341799900
「完全手動(フルマニュアル)おじさん、システム補正を切っていたら運営に人間卒業させられました。」
才能ない最高の人生と、才能あふれた最悪の人生~運営さん、この「完璧な人生」を返品したいんですが 別所 セラ @nyonyo893
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