白い貴方は何よりも

サイトウ

白い貴方は何よりも

夏の風が頬を横切るころ、木についた桜は、大抵落ち始めていた。いまだ根気強く残る桜の花は、もはや可愛らしいとは言えぬほど根性のある様子だ。

桜の花を見ると、毎年、貴方の事を思い出す。色あせていく唇は、どうしようも無いほど美しかった。目ではなく、フィルムに焼き付けておけばよかったと、何度思ったことか。

こうしていると、私の記憶は、勝手に遡ってしまう。貴方と出会ったのは、だいたい…三、四年前になるのだろうか。私たちは不思議と、三年間同じクラスだった。高校に入学したころ。貴方は右隣の席の私になんて目もくれず、左隣の明るく可愛らしい子に話しかけていた。そんな、見る目のある貴方が好きだった。

貴方が私を愛していないことには、とっくに気づいていた。分かっていても。偶然だとしても。貴方がほんの少しでも私に関わってくれると、口角が大きく上がってしまうのを感じながら、必死に平静を保っていた。

通りすがりに私の椅子に手を触れさせた時、すぐに貴方が触ったところを触った。

温もりは、残っていなかった。だが、その椅子だけは特別に感じられた。貴方の触れるものは、何もかも美しく。貴方自身は、表現しがたいものだ。今思い出しても、貴方の、つまらないなぁと見下す顔が。綺麗で、美しく…当然、私の語彙力などで表現できるものではない。私は、貴方と出会うことができて。実に幸せだ。形容しがたいほどに。だが…貴方にとっては、不運だったのだろう。だって貴方は…失ってしまったのだから。

高校二年生のころ。非の打ち所がない貴方に、人生で四回目の彼女ができていた。よく男友達に彼女のどこが好きとか彼女の良いところだとかを惚気ていたのを覚えている。

私は、とてつもなく烏滸がましいことに。嫉妬していた。あぁ、貴方の発する名前が。貴方が見ると自然と微笑んでしまう人物が。私であれば、どれだけ良いことか。そんな、心底気持ちの悪い感情は。私にとって、最高で。貴方にとって、最悪な。そんな結果となって、現れてしまった。


貴方と話した時。それは、病的なほどに感動的で。感情の器に大きな揺れの響くものだった。手が震えるほど力が入り、頭は消火器が転がってるみたいに痛かった。異常に熱い顔と、尋常ではないほど冷たく、見たこともないような液体が出る手。そんな私に、貴方は…「顔赤くない?」と覗き込むように言っていた。あぁ、あぁ、なんて美しい!なんて罪で素晴らしい善人なのだ!貴方と話すと、震える理由。体験すれば、誰でも、すぐに分かるのだろう!それは、いけないことだからだ。私なんて、私なんかが。貴方に、釣り合うはずもないのに。それを悲しんだりはしない。生まれたころから、当然のようにわかっていたからだ。貴方と私の間にある、差と呼ぶには大きすぎる空間。それは、非現実的などではない。分からない人がおかしいのだ。

貴方に話しかけられる事は、私にとって…本当に困ることだった。こうして話し続けるのは、あまりにも烏滸がましい。かといって、逃げたり、わざとあしらうような対応をするのは、失礼とか、そういう次元ではない。たしかその時は、そんな発想、出てきすらしなかったはずだ。

貴方を感じられる、この目、鼻、肌、脳。この世の全てが。私は大好きで仕方なかった。全てを愛していた。今も、この世が、私が。全て大好きで、愛している。

貴方のことは。もちろん、大好きで、愛していて。でも、どれもが。最適とはいえない表現だった。私の中にあった、貴方への感情は、感謝だろう。いま存在する貴方へ。膨大な感謝を抱いていたのだと思う。

その時はまだ、貴方が近くにいるから。貴方への感情を言葉にできるほど、冷静ではなかったと思う。

こうして考えていると、いつも。喉がバラバラと、痛くなってくる。鼻に突き通る痛みが、嬉しくてたまらない。耳鳴りもする。痛くは無い。不快でもない。ただ、耳の真ん中を、感覚だけが過ぎ去るような。

あぁ、どんどん幸せになってきた。なんと幸せな時間なのだろう。でも、もっとも幸せな時間は。過去にのみ残る。

なんという幸せ。あぁ、最幸。なんとも烏滸がましいことだが。貴方と話す時間が、増えてきた頃。あの時の私は、実に幸福だった。私は、この世でもっとも幸せな人間なのだと。そう理解していた。

でも、今となっては。もっとも幸せな人は別にいた。それも私だ。

貴方と私の関係は、なんと表現すべきか…

相手が貴方じゃなければ。親密、と言われる関係になっていたと思う。もちろん、そんなに身の程知らずな思いを貴方に抱いていた訳ではない。私はちゃんと弁えていた。まぁ、そう思うと…あの時の私の行動は、不思議なものだ。貴方に、少しでも私の存在を知ってもらうために。必死に努力していたのだから。

そして、私は。そんな努力のせいで、身の程を弁えず、調子に乗ってしまった。貴方という言い表せぬほど素晴らしい存在からの慈悲により存在するこの時間から。あまりにも、あまりにも。調子に乗ってしまったのだ。

私は、貴方に交際をもうしこんだ。



私が交際をもうしこんだときの貴方の顔を、私は二度と忘れないだろう。驚愕の入り交じった困惑。だがそれはすぐ終わり、気まぐれの微笑みで、私との交際を許可してくださった。貴方の慈愛にみちた視線に、私は救われたのだ。貴方が、救ってくださったのだ。

当時の自らの行いは、当然今でも恥じている。だが…もちろんのこと、後悔はしていない。貴方が与えてくださった、選択なのだから。

いままで不幸だと思っていたことは、一気に素晴らしき幸運へと変わった。十三歳の私には、両親がいなかった。両親は富裕層だったので、幸いお金には困らなかった。両親の居なくなった広い家で、毎日くつろいだものだ。

貴方を私の家へ誘った。その選択は、勇気というよりも、無謀な決断だっただろう。だが、不思議と貴方は、私の誘いを断らなかった。貴方が、了承してくれた理由が。貴方の経験だとか、お遊びだとか、そういう…思い出せるか思い出せないかギリギリくらいの記憶のため…だったら、嬉しいなと思う。ま、もちろん私が貴方の記憶を制限する権利などないのだが。

いよいよ、貴方の美しき御御足が私の家の扉を跨いだ時。その時、本当に私の家は輝き出したのだ。貴方の踏み出す、どれだけ掃こうともホコリの被っているように見えていた床は、ツルツルと茹でた玉子のように。淡く汚れた壁は、雪のごとく柔らかく落ち。まるで、貴方が私の家の呪いを解いてくれたようだった。貴方は、この私をお救いになられる、まだこの世に名の存在しない、救いの何かだったのだ。

更なる救いは、直後に始まった。貴方が私の寝具に触れ、そして私に触れる。そうして貴方は、呪いを一つまた一つと解いてしまう。それどころか、私に凄まじき幸福まで与えてしまう。

そして、私は。貴方は。共に…というのは違う。貴方が、私を救ってくださり。私が、貴方からの救いを求め。その二つが、重なるように。私たちは、重なったのだ。

私は貴方を、あろうことか、上から見つめた。これもまた、救いなのだろうと。貴方の情けに甘え、私は、自分自身の内側に潜む、呪いをといた。

一定のリズムを身体の中心で感じながら、貴方の声に耳を傾ける。貴方は少し、笑っていた。女性にこうされるのは初めてだと。

あぁ、そうか。こんなにも、図々しいのは…私だけなのだろうか。他のものは、もっと、弁えていると。

お救いください。愚かな私を。どうか、お救いください。

そう、貴方に祈ると。貴方は少し、困惑していた。いきなり、どうしたのだと。少しまってくれ…そんな風に。

貴方の震える喉仏は、銀河系まで、音となって響いていきそうで。とても壮大なものに見えた。顎から鎖骨に向かい、とても美しき肌を見た。それは、人間でいう、首なのだろう。

そっと、手にかけた。

冷たかった。貴方に浮き出る喉仏は、思っていたよりも固く。周りの皮膚は、なんとも柔らかかった。そうすると、貴方がえずいて。貴方の中を、あんぐりと見せてくれた。神々しい。なんと、なんとも美しい!私は心底感動してしまったのだ!彼の内臓は、内部は、こんなにも美しいのかと!

私は理解した。そうか。貴方は私に、捧げてくれているのだと。私の身体を叩く貴方の。液体をびっしりとたらした、神聖で冷たい手。

私は、理解したのだ。私はそっと、貴方の内部に、手を入れた。白い個体に、赤く、変形するもの。なんと素晴らしい。貴方はスっと力をぬいて、私に、捧げてくださった。

ああ、この荘厳な物を。どうすればよいのでしょう。本当に、私が得ても良いのですか?

私は理解してしまった。貴方の沈黙で。うっすらとひらいたマブタの、その奥の。この物のヒトミは、あまりにも。貴方に類似した、美しき壮麗な物。それらで全て理解できた。

本当に、本当に、本当に。ありがとうございます。ただ、本当に。貴方に、多大なる、感謝を。

その物の、人間でいう、首に触れ続け…三時間程度たったころ。その物は、やけに冷たく、心地よく湿っていた。

ああ、美しい。貴方の、最後の救いは。コレ、なんですね。ありがとうございました。本当に感謝しています。おかげで、私はこの先も救われ続けます。

そんな風に強く感謝したことを覚えている。

貴方の救いの。クチビルは、不屈の精神だったのだと思う。赤く、美しい唇は。段々と色あせ、白く、純白に近くなっていく。その色は、まるで淡く白く咲く桜のようだった。


家に帰ると。いつも、身体を清潔にし、いらぬ衣類を取り払い、貴方の救いを受けに行く。救いは、いつも地下室にある。

私の家の地下室には、救いのみがおかれてある。

少し重く、錆びた扉を開け、階段を降りる。そこには、真っ白に、細く…完全体である、貴方がいる。これこそが、救いなのだと。私はいつも理解し、救われる。

私は、ただ、貴方に感謝を。私に救いをもたらしてくれた、貴方に。真実の信仰と、感謝を。

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