ごっこ遊び

多田いづみ

ごっこ遊び

 ご存じのように、人は誰でも十から十五歳ぐらいになると、偉大なる創造神の恩寵を受け、世の理から外れた不思議な力を発するようになるが、これは一般に「魔法」と呼ばれている。

 大概の人に発せられるのは、小さな火種を起こすとか、ほのかな光を灯すとか、わずかな水を生み出すとか、そうしたいわゆる生活魔法のたぐいだ。

 生活魔法はそれなりに便利なものであるけれど、他の道具でも代用できるし、むしろそちらを使ったほうが早いという程度のささやかな力であって、いたずらに使うことこそできるが、直接人を殺めることはできない。

 しかし時には、何万人かにひとりという割合で、並外れて強い魔力を有する者があらわれる。彼らは俗に魔法使いと呼ばれ、なかには兵士百人分に匹敵するような魔法を発する者もいる。

 そうした魔法使いたちは、性質の良いものであれば重用され出世するし、逆に力を使って悪事を働くものは、魔が差したと判じられ退治される。

 だが、そもそも魔法とはいったい何なのか。究極の魔法とはどのようなものであるのか。最強の魔法使いは誰なのか。それを知るには、世界の成り立ちを理解する必要がある。

 創世神話にもとづけば、いまの世がつくられる前、そこには「混沌」があった。混沌を正確に描写するのは困難だが、概念としてそれはすべてのもの、すべての可能性を含む存在であるという。

 その混沌から、神はこの世をつくられた。世界を天と地に分け、「光あれ」と言われると、時が生まれ、水は高いところから低いところへと流れるようになった。

 それより以前、「混沌」の時代には、水は高きから低きへではなくあらゆる方向に流れ、時は過去から現在、現在から未来へではなくあらゆる方向に流れていた。神が今のようなかたちへと整えられたのである。

 つまり創造とは、無から有を作り出すのではなく、無限の可能性から一つを選び出す作業なのだ。ちょうど彫刻家が石のかたまりから像を掘り出すように。

 そして人もまた神の創造物であるから、神性のかけらを有している。創造神のちからに比べれば、ほんの砂粒のようなものだが、混沌を現実へと変えるちからを持っている。

 これが魔法の正体である。

 魔法とは、神の創造のわざのかすかな残り火なのだ。

 だとすれば、究極の魔法とはどういうものか、最強の魔法使いが誰なのかは、おのずと導かれてくる。

 人は派手な攻撃魔法や謎めいた錬金術などに魅了されがちだが、森を焼き尽くす火魔法だとか、きんを生み出す生成魔法だとか、そんなものは生活魔法と大して変わらないかけ出しの魔法にすぎず、創造の深みや混沌の複雑さにはほど遠い。


 ところであまり知られていないが、最強の魔法使いは今から二十年前、南方の小さな町に生まれた。

 大工の娘である。魔力が顕現したとき、彼女は十歳だった。

 その日の午後、少女は学校からの帰り道を友人とごっこ遊びをしながら帰った。そのくらいの年の子どもにはよくあることだが、遊びの流行は週単位で変わった。そのとき流行っていたのは、「地面に落ちたらマグマ」という遊びだった。つまり、地面を熱いマグマに見立てて、それより高いところを伝い、どこまで行けるかを競う冒険ごっこだ。移動に失敗して地面に落ちたり、先へ進めなくなったりすれば負けとなる。

 その日、少女はいっしょに遊んでいた友人にかなり先を行かれていた。そこで彼女は挽回するために無理をして石から遠くの切り株へと飛んだのだが、失敗した。

 彼女は尻もちをつき、それで終わるはずだった。しかし、ころんだ瞬間、少女は地面に飲み込まれ、消えてしまった。

 友人は少女が飲み込まれるとき、地面が赤く光ったのをみた。熱い風が吹き抜けて、梢がざわめいた。

 友人はあわてて大人を呼びにいった。何人かが駆けつけて地面を掘り返すと、土の中から焼けて消し炭のようになった少女を見いだした。もちろん、彼女は亡くなっていた。

 これには何らかの魔法が関係しているに違いないと、その筋の専門家が呼ばれたが、彼らの調べたところによれば、原因は少女の発した魔法にあったという。

 少女はそのときはじめて魔力を得て、それを使ったのだが、あるいは本人も気づいていなかったかもしれない。彼女の身に宿ったのは究極の魔法、考えたことを(それがどんなものであれ)現実へと変える魔法だった。つまり規模はともかく、神のちからと同じものだ。

 数奇な運命のみちびきにより、少女はたまたま「地面に落ちたらマグマ」というごっこ遊びをしており、転倒と同時にちからを得た。そのとき、少女は新たに宿った能力で、頭に思い描いていたものを現実化した。地面はたちまちマグマとなり、彼女は声を出す間もなく飲み込まれて、焼け死んだのだ。

 少女の死とともに少女のちからも失われ、地面は元に戻ったが、もし彼女が亡くなっていなければ、いっしょにいた友人も巻き込まれていただろうし、もしかすると世界じゅうの大地がマグマと化していたかもしれない。

(これが何を意味するかといえば、世界がこうして存在しつづけているということ自体、神が今も生きておられる証拠なのだ。不信心な者は刮目せよ)

 不幸なことに、あるいは我々にとっては幸運なことに、魔力の顕現と同時に自らのちからで滅んでしまったが、彼女がこの地上にあらわれた最強の魔法使いだったことはまちがいない。

 なにしろ少女は世界の終わりを想像することができ、実際にそうすることが可能だったのだから――。


(了)

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