ある吹雪の怪談
あげあげぱん
第1話 ある吹雪の怪談
大学を卒業し、北海道にやってきて初めての冬。しっかりと防寒対策をした部屋で、僕は友人とメッセージを送り合っていた。僕の側にあるのは、ただの端末。なのに、すぐ近くに友人が居るように感じられて、心が落ち着く。
『トオルよー防寒対策はしっかりしてるかー?』
友人からのメッセージだ。彼は社交的で怖い話が好き。なので僕とはウマが合う。僕も怖い話が好きで、ついさっきも彼と怪談を楽しんでいた。
『この辺の冬はなめたら死ぬぜ! だから防寒対策だけはケチるんじゃねえぞ』
『大丈夫だよ。心配してくれてありがとう』
『ならば良しだー』
その時だ。僕の部屋にインターホンの音が響く。誰か、来たのか? なんだか嫌なものを感じながら、僕はスマホで時刻を確認する。午前一時……もうこんな時間になっていたのかという驚きと、こんな時間に人が来るのかという驚きが同時に起こった。そんなことを考えているうちに再びインターホンが鳴る。
『誰か来たみたいだ』
『こんな時間にかよ?』
『ちょっと見に行ってみる』
立ち上がり、玄関へと向かっていく。周囲の空気が暖かなものから、冷たい空気に変わっていくかのような、好ましくない感覚がある。実際、暖房器具の側と玄関とでは、空気の暖かさには差がある。とはいえ、普段以上に玄関の側が冷たく思えるのだ。
玄関の前に立って、吐く息が白くなっていることに気付いた。目の前に浮かんで消えた白いものが、恐ろしい何かの到来を伝えている。僕は、恐る恐る扉の覗き窓から外を確認した。
外には、一人の男が立っていた。吹雪の夜、玄関の外に一人の男が居る。男は、何も言わない。何もしない。ただ、立っている。真冬の寒さなんて平気みたいに見えた。
開けない方が良い。絶対に開けない方が良い。外に居るのは、きっと人ならざるものだ。そう考えるのは本当に? そうだろうか? 僕が、その手の話が好きだから、妙な想像をして居るだけなんじゃないか? 故郷から離れた土地で初めての吹雪を体験して、そのせいで不安になっているんじゃないだろうか?
もしも、と思ってしまう。もし、外に立つ男が、本物の人間だったなら、僕が扉を開けなければ……と想像してしまう。僕のせいで男が凍えてしまうのは気がひけるし、もし……もしも、このまま時間が経って男が死んでしまったら……そう考えるのが怖い。
「……あの!」
不安に耐えきれず、僕は声を出していた。それが愚かな行為だったとすぐに気付かされる。覗き窓の外に立つ男と、目が合ったような気がした。直後、男の目と口が無理やり曲げたかのような角度で動いた。明らかに、人の表情筋では作ることのできない笑顔がそこにある。
僕は驚いて、後ずさった。少し離れて見る玄関には、うっすらと霜が浮き上がっている。外に居るのは人ではない。そして、そいつは僕の存在を確かめた。嫌な想像が、そのまま現実になる。
インターホンが、何度も、何度も、部屋に響く。恐ろしい何かが僕の部屋に入ろうとしている。恐怖する僕を再び動かしたのは、スマートホンの振動だった。友人から、着信がかかっている。僕は、その通話に応じた。とにかく、助けが欲しい。
「トオル。メッセに反応しないから、どういう状況か確認したかったが、インターホンの故障じゃねえよな?」
親しい友人の声。今はそれだけでも心強かった。
「外に、何か居る。ずっとインターホンを押してる」
怯える僕の言葉に対し、友人の行動は速かった。
「警察に通報するぞ。警官が来るまで、絶対に扉を開けるなよ。おまえの家までなら、この吹雪でも、すぐに着くはずだ!」
友人からの言葉に勇気がもらえた。それから、僕は奥の布団に隠れ、絶えず続く機械的な音に耐え続けた。やがて別の音が耳に届く。サイレンが鳴り響き、インターホンは聞こえなくなる。不思議なことに、寒さが薄れるのを感じた。いつの間にやら部屋はかなりの寒さになっていたようで、暖房器具は止まっていた。
ほどなくして警官たちがやってきて、いくらか話を聞かれた。暖房器具は再び動きだして、ようやく安心のできる時間が戻ってくる。やがて、警官たちも署へ戻っていき、後には僕だけが残された。僕は深く息を吐きながら、友人へ通話する。彼は僕の呼び出しにすぐ応じてくれた。
「とりあえず、無事だよ。ありがとう。あの男は、サイレンを聞いて逃げ出したみたいだ」
「そっか。そいつは良かったぜ。吹雪といえども、そっちは比較的マシだろうからな。俺の家の方だったら、まずパトカーは来られないだろうよ」
「それはゾッとするね。というかこの吹雪でもマシな方なんだ?」
「そりゃそうよ。北海道の冬をなめたら死ぬぜ? 特に防寒はしっかりな」
「分かってる。そっちこそ、防寒はどうなの?」
「防寒は問題なし。玄関の鍵が壊れてるのは問題だが、近いうちに鍵屋に直してもらうさ。というわけで、俺はもう寝る。おやすみだ」
「ああ、おやすみ」
すっかり、気が抜けていた。だから、次の瞬間に鳴った音は、あまりにも不意打ちだった。スマホの向こうから聞こえる、インターホンの音。それが、何度も鳴り始めた。
ある吹雪の怪談 あげあげぱん @ageage2023
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