汚れた白鳥、都会の烏
静谷 早耶
本文
十二月の寒空に烏が飛んでいた。
わたしの横とガソリンスタンドの間を低空飛行で通り抜けた。わたしはあの烏をうつくしいと思った。そう思うのはこれが初めてじゃなかった。
学校についてすぐに、友達に訊いた。
「鳥の中で一番うつくしい鳥はなに?」
友達は孔雀や、トキの飛ぶ姿を挙げた。たしかに、それはうつくしさだ。優雅さや、華麗さといったものだ。ハヤブサをかっこよくてうつくしいと言う子もいた。
ハヤブサは鳥の中で一番の速度で飛ぶ。その姿を機能美でうつくしいと思う気持ちは十分にわかった。
「じゃあ逆にあなたはどの鳥をうつくしいと思うの?」
わたしは「烏」と答えた。訊いてきた友達は理由を問うた。わたしはそれに答えられなかった。
あれから数年経った。今もその理由を考え続けている。
*
「
高校卒業後に県外の服飾系の専門学校に進学したわたしは、てきぱきと決まってゆく自分の将来にやや不安を覚えつつも、おそらく幸せな好き勝手を続けられている。
ある程度のエゴと選択の結果、県内の他の専門学校と合同でファッションショーを行えることになった。
「冨田さん、これがショーに出す衣装ですか?」
先ほどからわたしは、講師の指導を聞き流している。わたしが出したショー用衣装の仕様書が実習室の机に置かれている。
タイトル:「都会の烏」…黒を基調としたスタイリッシュなドレス。肩から腰に掛けて白い線のような生地が縫われ、衣装全体が烏の羽のような装飾が施されてある。
「何か問題でもありますか」
先生はため息をついた。
「これじゃ仕様書じゃなくて、アイデアスケッチだわ。それに――」先生は髪を耳にかけてからこう言った。「それに何というか、ファッションショーというには地味すぎるんじゃないかしら?」
実習室を後にして、わたしは先ほどの言葉を反芻していた。たしかに地味なのはわかる。ショーは合同で行うのだ。自分のデザインが逆に目立ってしまうのは理解できる。
しかし、それでいいじゃないか。都会の空を飛ぶ烏もその黒さから、周りと隔絶されて見えるのだから。
わたしは大学近くの河川敷まで歩いていた。夕焼けが水流にはじかれるように反射する。ここには考え事をしによく来ている。風の寒さに、もう秋が来ることを思い出した。
ふと、見慣れた川をじっと観察する。そういえば、ここへ越してきた日も、こうやって何も考えずこの川を眺めていたな…。
ぼうぼうにのびた雑草。その下の砂利、冷たい淡水。
「どうやったら烏のうつくしさをわかってもらえるんだろう」
都会の烏がきれいなのは都会だからなのかもしれない。わたしが河川敷を降りると、水鳥が飛び立っていった。その中には白鳥の姿もあった。少し休んでいたのだろうか。
白鳥は泥にまみれて、汚れていた。
そうだ、そうだったのだ。わたしはその白鳥を見て気づいた。あの白鳥は、必死に生きている。だからうつくしいのだ。
烏だってそうだった。すべて同じく、生きる。その姿を見て、わたしはうつくしいと感じたのだ。
数年前の問いに答えが出た。そのことが何ともうれしく、わたしは川面からしばらく目が離せなかった。
*
次の日の朝、わたしは同じ専門学校の友達と遊びに出かけた。
「それじゃあ、ゆずは結局烏をモチーフにしたドレスにするの?」わたしたちは電車に乗り、海沿いの町まで来ていた。
「うん…でも烏がうつくしいと思うのは、飾り付けない姿だからこそで、ドレスはちがう気がするんだよね」わたしは気分転換に遠出をしに来たことをすっかり忘れていた。
「
「当たり前。ていうかゆずがおそいんだよ」
これみよがしに、実花は自分で作った紺のトートバックを見せつけてくる。たしか一年の課題で作ったものだ。わざわざ専門学校まで通う人は、高校の時からデザインをやっている人が多いから、最初からうまい人は結構いたけど、実花は別格だ。
「ゆずってさぁ、面白くもないことよく考えるよね」
「え?」喫茶店に入るなり、臆面もなく言い出した実花に、少々唖然とする。
「だってさ、ファッションショーっていってもたかが学生の作品なんだよ」彼女が頼んだ宇治抹茶がとどく。「あたしだったら、テーマに縛られて目立たない衣装なんか作りたくないけどなあ」
そういわれると、そんな気もしてくる。実際、デザイン科で珍しいのはわたしのほうだ。大勢の人にとって、ファッションにおけるデザインとは着る人が主体で、どれだけ細部にこだわろうと、結果はすべて見た目で判断される。
ショーはその究極系だ。見た目で気に入ってもらえなければ、そこに至るまでの過程や努力もすべて無駄になる。
「けどこの作品は、わたしのこれまでの集大成でもあるの」わたしは実花の目を見る。「ここで折れるのなら、学んできた知識も技術もぜんぶ無駄」
実花は「はぁ」と半分笑みを交えたため息を放つ。「何ていうか、ガンコだよね。あんたも」
船笛の音が聞こえる。わたしたちは地元で有名な小島ヘ向かうことにした。
もう肌寒くなってくるころだから、人も少ないだろう。そう思い、渡り船に乗りこんだが、案外地元の人が乗っていた。
「あたし、ゆずのことは結構、尊敬してんだよ」
船のエンジンで泡立つ海面を見ながら、実花が言う。わたしが聞こえていないふりをしていると、彼女はこちらを向く。
「なんかさ、ひとりだけ違うものを見てるっていうか…今度のショーも、あたし、テーマとか考えてなかったもん」
彼女が何かをほめたりするのはめずらしい。彼女のそんな姿を見たのは、オープンキャンパスで展示されていた先輩の作品を見た時以来だった。わたしも彼女も、一人の先輩の作品を見て、ここに入ろうと決めた。
「あんまり拘るタイプじゃないもんね、実花は」
「うん。あたしも最初はゲージュツみたいなの、やりたいと思ってたんだけど…」彼女は少し、暗い顔をつくってみせた。けれどすぐに、それは自分の性分じゃないと思い出して、すぐにやめた。
島に着くと、船に乗っていた人たちはそれぞれ海に向かったり、この島には小さなキャンプ場みたいなのがあるから、大きな荷物をもって、そこに向かったりした。
わたしたちは別に目的がなかったから、何となしにほかの人たちとは別の方向へ歩いた。
「前からずっとやりたいと思ってたんだ」わたしは岩礁と潮に笑いかける。「高校生のとき、通学中に見た烏をうつくしいと思って、それで友達に話したの。『一番うつくしい鳥はなんだと思う?』って」
「なんて言われたの?」
「孔雀とかハヤブサとか。誰も烏を挙げなかった。でもそれがふつうなんだなって思った」
目の前の堤防に海水が打ちあがり、すこし服にかかる。
「それが悔しかったの?」
「いや、それより悔しかったのは、わたしが訊かれたときに、わたしも何で烏を綺麗と思うのか分からなかったことだった」
自分が好きだと感じる気持ちすら、噓になりそうで怖かった。
「今なら分かる?」
「今は…たぶん。都会ってさ、白いんだよ」
実花は怪訝な顔をした。
「どういうこと?ここみたいな自然があるところと比べて、緑が少ないってこと?」
「それもあるし、全体的に色味が薄いんだ」
わたしたちは島の裏側まで周った。そこは人気がなく、岩肌の隙間に木々やたんぽぽが咲くばかりだった。
「こういう場所にいると落ち着く。自分が、本当に生きている気がして」
「やっぱりゆずって変だよね」
彼女は地元がここだった。地元の高校から地元の専門学校に進んだ。だから彼女は田舎に慣れてしまった。わたしとは違う。わたしがうつくしいと思った白鳥ですら、彼女にとってはただの風景だ。
「わたしは都会の烏が好き。白くくすんだ街を飛ぶから」
歩いていると、砂浜が見える。海の遠くで、アオサギが飛んでいる。
「じゃあ、結局ショーの衣装は烏をモチーフにするんだ」実花はスマホを取り出し、夕日と海の写真を撮った。
「いや、それよりもっといい方法を思いついた」わたしは彼女に耳打ちをする。
「えっ?」彼女は驚いて撮るのをやめる。「それかなり難しいんじゃない?」
わたしは講師の反応が楽しみで、笑った。
*
月曜日の昼下がり、わたしは設計書を携えて、実技室まで来ていた。ショーの衣装の話で、先生から呼び出されていたのだ。
「冨田さん。衣装の案はできましたか?」
「はい、こんなものを考えています」わたしは机に二枚の設計書を出した。一枚は以前出した「都会の烏」を改良したもの。もう一枚は
タイトル:「汚れた白鳥」…城を下地にした純白のドレス。所々に泥をイメージした茶色の斑点をデザインしてある。美を目的としたファッションショーで、あえて着飾りを取っ払った生命の輝きをモチーフとした。
「…二枚?もしかして、二つ作品を出すつもりですか?」
「駄目ですかね」
先生は二枚の設計書を手に取って見比べる。
「こちらのほうは以前出したものと少し変わりましたね」
タイトル:「都会の烏」…黒の簡素なカジュアルスーツ。都会で生きる烏とわれわれ現代人をスーツで表現する。袖や胸ポケットに羽毛をイメージした装飾付き。
「どちらもよいデザインだと思います。ですが二つ質問があります」先生は紙を机に置いた。「これらを六か月後の本番までに完成させないといけません…本当に完成させられますか?」
「……」
それはわたしも悩みどころだ。手伝ってもらえば、出来ないことはない。しかし、ほかの生徒も各々自分の作品を制作しはじめている。果たして、手伝ってもらえるかはあやしい。というより、はなから共同制作を視野に入れるのは忍びない。
「そしてもう一つ。やはりこれらもほかの生徒のものと比べると見劣りするわ」
「もう少し派手であれということでしょうか?」
わたしは正直言うと、他が優雅で派手な衣装を作るだろうから地味でいいかと思っていた。
「そうじゃないわ。質素であることは悪いことじゃない。けれど、今回のファッションショーは別にテーマがあるわけでもないし、生徒はみな自由に衣装を作るのよ」
先生は言葉を探る。
「あなたは埋もれずにいられる?」
つまり先生が言いたいのは、わたしの「地味」で「質素」というアドバンテージが大量の「派手」と「華美」の前に埋もれてしまわないか、という疑念だ。
たしかにわたしはそれが怖かった。生半可なファッションではその流れに太刀打ちできない。多数とは、それだけで優位なのだ。
でも
「生半可な覚悟じゃありません。やるからには、徹底的にやります」
先生は、笑みともあきらめともとれる顔をした。
「わかりました。では、これだけ訊かせてください」すぐに真剣な表情に変わる。「冨田さん。あなたにとってファッションとは、うつくしさとは何ですか?」
「わたしにとってうつくしさとは…」
わたしにとってうつくしさとは?
何のためにファッションデザインをやるようになったのか。
きっかけはあの一羽の烏だった。しかし、今となってはきっかけなど意味を持たない。すべては実直な、精錬な、私的な価値観そのものだ。
「わたしは…」
美すらも、足枷だった。二十年も生きればこうも自分勝手になれるのだ。
「…うつくしさは指標にすぎません。ファッションも、対立と需要の歴史だと思います。そう思ってしまえば、楽ですけど。でもわたしの中のうつくしさにかぎっていえば、それは受け入れることです」
先生はゆっくり頷いた。
「あなたは非常に、これから、忙しくなりますね」
*
本番までの六か月間をわたしは死ぬ気で頑張った。
死ぬ気というと、無理がたたったのではないかと思うが、実際はとにかく毎日学校の実技室に向かい、衣装の制作をして、帰って寝るという生活をしていた。
アルバイトをしていた家から徒歩一五分の居酒屋は、当分の間休むことにした。いきなり穴だらけのシフト表を提出した日には店長も困惑していたが、事情を話すと笑って許してくれた。
起きる、制作、寝る。
やがて眠気を感じなくなった。これ幸いと寝ずにミシンを動かしていると、視界がぼやけてきて、指を縫いそうになったのでちゃんと寝ることにした。
時々、実花や他の同級生の友人が手伝ってくれた。わたしの過労を案じての行為だっただろうが、あまりのわたしの指示の多さに、辟易していただろうなと思う。
何はともあれ、本番の二か月前には衣装が完成した。そこから本番まで、毎日のようにリハーサルをした。県の公民館でライトの位置や登場の順番を打ち合わせした。もちろん、他校の服飾デザイン科も一緒だ。
発表の順番も決めた。見る人の印象に残りやすいように最初の方にした。
本番は、あちらの体育館を借りて行う。一度、通しでやってみたことがある。やはりどれも綺麗で整った衣装が多かったが、ひときわ異彩を放つ者もいた。
特に
「僕はいわゆる新感覚派の作品が好きでね。全部がそうじゃないだろうが、影響は受けているだろうね」藍川は瘦せこけた青年だった。彼の目からは諦念と疑念が混じる視線が放たれていた。
「例えば今回のショーに出したやつは物質主義をテーマにしていて…まぁ言われないとわからんような機微だが、それこそ創作の本質なような気がするんだ」
「わたしもそう。考えるのが目的ではないんだけど、やっぱり自分の欲求は抑えられないんだよね」わたしがこう言うと、藍川はこちらを向いた。
「冨田さんの服はあれだよね。鳥をモチーフにしてるでしょ」
「よくわかったね」説明せずとも理解されたのはこれが初めてだった。
「わたしの衣装も、地味で暗いし、ぱっと見うつくしくないよね」
それを聞いた彼は少し驚いた顔をした。
「あ、そうなんだ。冨田さんの作品てうつくしさを出そうとしてるんだ」彼はふと考えて、また言った。「じゃあもっと、演出にこだわったほうがいいよ。僕は現代美術的な見方をしちゃってたし、きっとみんなもそうだと思うから」
彼が去った後、わたしは深く考えた。たしかに、藍川の言ったとおりだ。元々は烏のうつくしさを表現しようとしていた。そして烏のうつくしさは飾り立てないことだと気づき、シンプルなデザインと白鳥という華麗さとの対比によって、作品は完成していた。
しかし根本として、わたしは自らの主観による美をみんなに認めてもらいたかったのだ。肉付きの理論では本当に満足などできなかった。
ではどうすればいいのか。
本番の日まで、残り一週間を切っていた。
*
朝、目が覚めた時窓辺の結露にわたしは驚いた。
正確には、驚いた事実に驚いていた。もう三月だった。わたしは、いつもと違う道を歩いて駅に向かった。
「ゆず、遅い」
ショーを行う他校に着いたとたんに実花が待ち構えていた。慣れない地域なので少しの遅刻は許してほしい。それに、わたしの順番はまだ先だ。あの日の助言の後、すぐに順番の変更をたのんだ。直前まで調整するためである。
●●市服飾専門学校合同ファッションショー
前半メンバー
1:白井佑月「純白のハルジオン」
2:春野実花「ウミネコとシーサイド」
3:増田風香「starrlight」
4:菊池蓮「悪魔も憐れむ歌」
5:藍川祐樹「マテリア・ジャーニー」
6:水樹加里奈「にゃんとすてきなドレス」
7:菅彰浩「馴鹿」
8:冨田ゆず「汚れた白鳥、都会の烏」
ショーは前半と後半で分かれているが、間に昼休憩を挟むため、客はいったん集中が途切れる。その為、前半には絶対に入りたかった。
開演の合図が鳴り響く。自分の順番が来る二つ前には準備をしなければならないので、実花は居ない。
壇上から伸びる特設ステージの周りを囲うように配置されたパイプ椅子に座る。斜め前に藍川の背中が見えた。見てろよ。わたしの作品が誰よりもうつくしいことを証明してやる。
一人目は、流行りのラブソングを出囃子に軽やかに登場した。見るからに華やかなお姫様、といった洋服だ。しかしライトアップを緑系にすることで、茎を間接的に表現しているさまはなかなか良かった。
二人目は実花だった。実はろくにリハの時も見ていなかったのだが、やはり衣服の完成度もさることながら、魅せ方も上手かった。激しい動きと波の音から始まり、徐々に潮が引いていくように動きが緩やかになっていく演出は、流石だと感じた。
三人目の衣装はディスコを彷彿とさせるきらびやかなドレスで、軽やかなダンスミュージックときれきれの踊りは、会場に笑いを起こさせた。
四人目は、わたしが通うデザイン科で有名なやつで、いつもは校外バンド活動をしていて、ライブの際に自身で制作した衣装を着用して演奏するというパフォーマンスをやっているらしい。音楽は、聴いたこともないバンドの曲を自らカバーしていた。ちなみに、音響関係の設備は無いので、アコギを持っているが曲は音源だ。
ここで実花が戻ってくる。次は藍川なので、タイミングが良かった。わたしと実花が固唾をのんで見守っていると、壇上から何やら駆動音らしき音が聞こえる。
藍川は、黒のスーツを着て、右手で歩きタバコ、左手でリードにつないだロボット掃除機を散歩させながら歩いてきた。音楽はなかった。当たり前だ。これ以上情報を増やされたらたまったもんじゃない。よく見ると、スーツは所々つぎはぎがあった。只々歩いて散歩した後、帰り際にタバコを捨て、それをロボット掃除機に掃除させていた。
わたしは準備のために舞台裏に向かった。
六人目の音楽が聞こえる裏で、わたしは衣装に着替える。それにしても、生徒の自主性を重んじるという理由で、制作者自らがモデルになると聞いたときは、うんざりしたのだが、先ほどの藍川の演出には驚かされた。まさか、自らがモデルになることで、不信感を抱かせるような演出を可能にするとは。
そのことに対する焦りと本番への不安で、目の前が揺らぎ始めた。刻々と順番が迫ってきている。落ち着こうと関係ないことを考えようにも、最近の記憶はすべてショーに関することしかなかった。
自分の番が来た。わたしは舞台袖に向かい始める。わたしが選んだクラシックが流れ始める。
ふと前を向くと、そこには一本のランウェイがった。
まずは「汚れた白鳥」だ。ゆっくりと歩み始める。上の証明班が白の花弁を落とす。わたしはそれを避けない。しばらくすると、ランウェイの先端まで来る。そのタイミングで、上から花束が落ちてくる。わたしはそれを拾うのだが、誤って手から滑り落ちそうになってしまう。なので、花束をそのまま客席に投げ捨てる。そして、ゆっくり袖に戻る。
急いで二着目に着替える。クラシックが終わるまでには着替えなければならない。一人の制限時間は決まっている。たとえ二着目があろうと、関係ない。
バラードが流れる。次は「都会の烏」だ。わたしは、今度は大きく歩みを進める。歩幅は一定に、されど速度は変えない。そして、もう一つ。先ほどの「白鳥」で散らばった花弁を拾い集める。何枚か手に持った後、立ち止まり、客席から見えるように内ポケットから皮財布を取り出す。そして拾った花弁を財布に入れる。内ポケットに戻す。わたしは振り返ってまた歩き始める。今度は、わざと花弁を踏みつけながら歩く。
舞台袖に戻ると、背中に汗が伝う。背後からは、幻聴と思わせるほどの拍手喝采が鳴り響く。いや、それよりも心臓の音がうるさかった。やがて、何も聞こえなくなる。
目の前には、椅子に座った藍川が何かを言っている。
何も聞こえなかった。藍川はそのことに気づいたのか気づいてないのか、笑っていた。
わたしは、彼に向かって、うつくしき中指を立てる。そしてこの物語も、閉幕。
汚れた白鳥、都会の烏 静谷 早耶 @Sizutani38
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