「のめり込む影」
人一
「のめり込む影」
先日曾祖父母が亡くなったので、彼らの遺品整理のために俺は駆り出されていた。
立派な日本家屋に広い庭、そして第2の家ほどある大きな蔵。
「面白そうだから。」そんな宝探しのような思いで、俺は1人で蔵の整理に名乗りをあげた。
さすがの物量で、軽く整理しているだけであっという間に時間は流れる。
蝉も鳴りやんだ秋の日に、真夏のように大汗をかきながら作業を進める。
そして作業開始から2日後ようやく奥の壁が見える程度になった。
よく整理された荷物の中に、古い縄で縛られたこれまた古く細長い木箱を見つけた。
分別のために全ての箱を開けて中身を確認しているが、なにか特別な感じがしたので一旦端によせて置いて他の荷物の整理をする。
ようやく荷物の整理が終わる頃には、日も暮れかかっていた。
オレンジ色の夕日と、白色の薄ぼんやりとした照明に照らされるまだまだ埃っぽい蔵の中。
その中心で、お楽しみとばかりに古い縄を解き箱の蓋を開けた。
その中には……日本刀が入っていた。
白く柔らかな綿に包まれる、黒い柄黄金の鍔黒い鞘。
アニメや漫画に出てきそうなデザインに一気に心臓が高鳴る。
ゆっくりと手に取り、迷いなく鞘から抜いた。
やや濁ってはいるが、刃は銀色に静かにそして鋭く光っている。
夕日に照らされながらも、その冷たさは失われておらず、切っ先まで刃こぼれの無い美しい刀身を見せつけていた。
興奮も冷めやらぬ中、ある種の感動を覚えつつ鞘に収めた。
そして俺は祖父母に許可をもらって、この刀を自分のものにすることができた。
その晩部屋の中で1人刀を抜いて振り回す。
――サクッ
ああ、カーテンを切ってしまった。
とりあえずガムテープで塞げば、オシャレパッチワークだ。
ブンブン振り回すのも楽しいが、それだけではなにか物足りない。飽きてしまう。
そうだ!と思いついたのは、枕やクッションを束ねる。
それに向けて刀を振り下ろす!
綺麗に袈裟懸けでき、中身がぶちまけられる。
楽しい……新しい喜びを発見したようだった。
もうすっかり夜遅くになってしまった。
明日も大学だ。俺は刀をしまい、後片付けもせず眠りについた。
翌日、いつも通り大学に向かう。
いつも通りだが、いつもと違うのはバットケースにあの刀を入れてることだ。
腰からぶら下げるのはさすがにマズいのは分かる。
けれど肌身離したくない苦肉の策だ。
1人くらいは指摘してくるかと思ったが、案外誰も気にしてないようだった。
講義の間、大学の隅の人気のないところで刀を抜いて眺める。
初めは濁っていた気がするが、すっかり綺麗になりその刀身は鏡のように美しい。
うっとりと眺めるだけでも、時間は驚く速さで流れてゆく。
――もう午後からの講義サボっちゃおうかな。
刀をしまって、俺は大学をあとにした。
何となく商店街に向けて歩いている最中、つい魔が差してバットケースから刀を取り出し腰に差す。
みんなにこれを見せつけたいんだ。
気づいてくれる人がいれば、刀を見せてあげるんだ。
商店街に到着して足を踏み入れた、その瞬間。
――「キャーーー!!!」
なんだ!?事件か?
咄嗟に刀を構えて周囲を見渡すが、特に何もない。
声をあげた女性の方を見ると、俺を力なく指さし震えている。
衆目は俺に釘付けだ。
刀を見たいなら、悲鳴をあげずとも見せてあげるのに。
スラリ、と刀を抜く。
周囲の人々は目を奪われて、もう声も出ないようだ。俺もそうだ。
もっと近くでじっくり見せてあげよう。
そう思って女性に近づいたが……
「「あっ」」
その刃は女性の腹部を容易く貫いた。
慌てて刃を引き抜くと、女性は糸が切れたように倒れた。
悲鳴はない。
ただ血が止まることなく溢れ出している。
足元の血の水溜まりに青ざめる。
「う、、うわぁぁぁぁぁぁぁ逃げろ!警察だ!警察!」
周囲を怒号と悲鳴が支配する。
人々は我先にと、飛び散るように逃げ出す。
――待って、待ってくれ!これは事故なんだ!そんなつもりなかったんだ!説明させてくれ!
慌てて追いかけ、その背が近い男性に向けて刃を振り下ろす。
転けた女性の首筋を刃が通り抜ける。
自らを犠牲にと、立ち塞がってきた男性を斜めに斬り裂く。
あたりは瞬く間に地獄絵図へと、まさに死屍累々の地獄へと変貌する。
これは不可抗力なんだ。
ごめん、ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい……申し訳ない……申し訳ない……申し訳ない……でも……でも、どうしてか気持ちが良い。
顔がどうしようもなくニヤけているのが分かる。
楽しくて、面白くて仕方ない。
やっぱり枕じゃ味わえない感覚がある。
これこそ刀の本来の使い方、刀の本分だって感じだ。
「止まれ!今すぐ武器を捨てろ!止まりなさい!」
警察?
俺はすっかり血に濡れ、服は汚い赤に染まっている。
けれど刀には血の1滴すら付いていない。
さすが俺の刀、素晴らしい切れ味だ。
「聞こえないのか!今すぐ武器を捨てろ!」
倒れた人々の上で、俺は悠然と立つ。
正面にいる警官数人は皆、拳銃を構えている。
――バン!……バリン!
撃たれたかと思ったが、威嚇射撃かアーケードの天井を突き破っただけだった。
「武器を捨てろ!」
声は大きく威圧的だが、よく見るとその手も足も震えている。
俺は、ゆっくりと1歩踏み出した。
「「「バン!」」」
3方向から銃弾が殺到する。
俺の肩口を掠める、俺の太ももを穿つ、そして最後の1発は俺の心臓を破壊した。
――ゴフッ
口から血が溢れる。
誰でもない、俺自身の血が溢れ出す。
足に、全身に力が入らない。
俺はそのまま叩きつけられるように地面に倒れた。
刀はもう手の中にない。離してしまった。
警察らが何か言っているが、もう何も聞こえない。
消えゆく意識の中、命懸けで首を回し目を動かし刀の行方を探す。
――見つけた。
俺の刀は、変わらぬ鋭さ冷たさそして綺麗さのまま無造作に転がっていた。
警官の1人が、拾い上げようと手を出し屈む。
『俺の刀に触るな!』
その声は喉から飛び出ることもなく消えた。
俺の意識もブツリと消えた。
「のめり込む影」 人一 @hitoHito93
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