第32話:鋼鉄の忠義、壊れた英雄

紫宸殿(ししんでん)の扉を蹴り開けると、そこは広大な闇だった。 天井が高く、床は黒漆(くろうるし)で磨き上げられている。


その中央に、巨大な影が座していた。


『……帝(みかど)ハ……渡サヌ……』


割れた銅鑼(ドラ)のような声と共に、影が立ち上がる。 身長三メートル超。全身を分厚い蒸気甲冑(スチームアーマー)で覆った、異形の武者だ。 背中から黒い蒸気を噴き出しながら、巨大な「大太刀」を構える。


「近衛(このえ)大将か。……変わり果てたな」


迅(ジン)が油断なく刀を構える。 相手は、かつて帝都最強と謳(うた)われた剣豪だ。腐ってもその腕は錆びていないはずだ。


『侵入者……排除スル!』


ドォォォン!!


武者が踏み込む。 その巨体からは信じられない加速。 蒸気機関によるブーストと、達人の歩法が組み合わさっている。


「ッ!?」


迅が反応するより早く、大太刀が横薙(な)ぎに振るわれた。 防御が間に合わない。


ガギィィンッ!


迅は刀の腹で強引に受け止めたが、衝撃までは殺せなかった。 砲弾のように吹き飛ばされ、漆塗りの柱に叩きつけられる。


「ぐ、ゥ……ッ! 重てえな、チクショウ……!」


骨がきしむ音がした。 ただの馬力ではない。剣速が乗った、完璧な太刀筋だ。 まともに打ち合えば、迅の刀(魔鉄)ごとへし折られかねない。


『排除……排除……!』


武者が追撃に来る。 上段からの振り下ろし。逃げ場はない。


「ジン! 食べちゃうぞ!」


横からテツが飛び込み、武者の手首に噛みつこうとする。 だが。


『小蝿(コバエ)ガッ!』


武者は視線も向けず、裏拳でテツを払いのけた。 ゴスッ! テツが鞠(まり)のように床を転がる。


「テツ!」


「痛(いた)ぁ……! 硬いよぉ……!」


迅は舌打ちした。 隙がない。 思考能力は奪われても、戦闘本能だけが研ぎ澄まされている。 これが、緋桜(ヒザクラ)の作った最高傑作か。


『……殺……シテ……』


ふと、機械音の隙間から、掠(かす)れた声が聞こえた。 武者の動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。


身体は操られていても、魂が拒絶しているのだ。 かつて守ると誓った帝の御所を、自らの手で汚していることへの慟哭(どうこく)。


「……わかったよ」


迅は口元の血を拭い、刀を正眼に構え直した。 小細工は通じない。 ならば、真正面からその「忠義」ごと断ち切るしかない。


「テツ! あいつの刀を『一瞬』だけ止めろ! 腕ごと食っていい!」


「……わかった! やってみる!」


テツが再び走る。 武者が大太刀を振り上げる。 その切っ先が迅の脳天に落ちる寸前――


「いただきまーすッ!!」


テツが大ジャンプし、振り下ろされる刀身そのものに噛みついた。


ガリィィィィッ!!


ダイヤモンド並みの硬度を持つテツの歯と、英雄の大太刀が火花を散らす。 刀は砕けない。だが、軌道がズレた。 コンマ一秒の硬直。


「もらったァ!!」


迅が懐に飛び込む。 防御など考えていない、捨て身の突撃。


「奥義・鉄砕(てっさい)!」


ズバァァァァァンッ!!


蒼き閃光が、武者の胴体を――甲冑の継ぎ目を正確に走り抜けた。


『ガ……ァ……ッ!』


時間が止まったかのような静寂。 次の瞬間、武者の上半身がゆっくりとズレ落ちた。 切断面から、大量の蒸気と黒い油が噴き出す。


ドサリ。 巨体が崩れ落ちる。


迅は肩で息をしながら、武者の残骸を見下ろした。


「……見事な太刀筋だったぜ。生きて会いたかったな」


『……感謝……スル……』


最後にそう聞こえた気がして、兜の奥の赤い光がフツリと消えた。 壊れた英雄の、長い悪夢が終わった瞬間だった。


迅は刀を納める。その手は、衝撃で微かに痺れていた。 だが、止まるわけにはいかない。 この奥に、すべての元凶がいるのだから。


「行くぞ、テツ。……終わらせる」


迅は軋む身体を叱咤し、玉座の間への階段を睨みつけた。


(続く)

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花街を滅ぼす桜色の鬼 —— 穢れなき者だけが、最強の化物になるらしい 弦本スージー @suzy_tsurumoto

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