自己完結の男と最後の晩餐
雲乃琳雨
自己完結の男と最後の晩餐
私は
二人でレストランに入り、料理が運ばれてきた。
「わぁ~、すごい。おいしそう」
義孝は口数が少なかった。緊張しているのかな? 若干機嫌も悪い気がした。
結局何の話もなく、食べ終わって外に出た。スパークリングワインがおいしくて、ほろ酔い気分で歩いた。夜風が気持ちいい。でも、雨がぽつぽつと降ってきて、次第に強くなった。何てこと! せっかくいい気分だったのに。
義孝に問いかけた。
「コンビニで傘買おうか?」
義孝は足を止めたので、私は振り返る。
「どうしたん?」
「——俺たち別れよう」
「え?」
突然の言葉に寝耳に水だった。
「お前は奢ってもらって当たり前だと思ってるだろ」
(はい?)
フレンチ予約したのそっちでしょ。確かに、機嫌悪そうなんでお会計のときに、
『ごちそうさま』
って、腕に軽く触れて言ったけど。
「傘も俺が買うんだろ」
(いやいや、そういう訳では)
義孝はそう言うと、駅と反対方向に走っていった。私はずぶぬれで置いて行かれた。
(よりによって、なんでこんな大雨の日なの⁉)
私は、よく分からなくてみじめで泣いた。
次の日、奇跡的に風邪をひかなかったので出社したら、同期の真美子から言われた。
「ちょっと、どういうこと⁉ 富永先輩、後輩の前田と婚約したって、上司に報告してたよ!」
「……」
私は、二股をかけられていたのだった……。真美子が送ってくれた前田さんのSNSの写真には、居酒屋で飲む二人の姿が写っていた。
多分、前田さんは、「私は居酒屋でもいいですよ~」なんて言ったんだろう。義孝にとって私は金のかかる女だと思われていたに違いない。
真美子の推測では、駅と反対方向に前田さんの家があるんじゃないかってことだ。
その後私はどうしたかというと、同期の今村君に声をかけられたので、飲みに行って話を聞いてもらった。
「俺、勝山のこといいなと思ってたんだ。でも先輩が先に声をかけたんで、あきらめてた」
(そうなの⁉)
捨てる神あれば拾う神あり。
私たちはそれから、一緒に食事をしたり出かけたりと、友達のように過ごした。
今村君がコンバーチブルのスポーツカーで、ドライブをしてみたいと言うので、休みの日にドライブに出かける話になった。
「コンバーチブルってなに?」
「オープンカーだよ」
「えっ、日焼けするからいやだ。帽子もかぶれないじゃない」
「サービスエリアまでの一区間だけだから。一度やってみたかったんだよね」
「仕方ないな。分かった」
レンタカーを借りてドライブデートに出かけた。晴れた日に、二人でサングラスをして、ソフトトップのルーフを開けてスポーツカーで高速を飛ばす。風がすごかったけど、気持ち良かった。でも、トラックは怖いし、
「排気ガスがすごい」
「あははは」
二人で笑って、楽しかった。他の人達はよくオープンカーに乗るよなと思った。でもそれも楽しいのだろう。
あの雨の日のことを考えた。あのフレンチは何だったのだろう。あれが最後のチャンスだったのだろうか? あそこで私が払えば、ワンチャンあったということだろうか?
義孝が何を考えていたのか、言わなければ私に分かるはずもなかった。嘘は言っても本心は言わない。あの時別れたのが正解だったんだ。
スマホに義孝からメッセージが入った。私はそれを読んだ。
「義孝から連絡が来た」
「なんて?」
今村君が警戒気味に言う。
「前田さんが二股してたって」
『俺にはやっぱり、百合子のほうが合うと思う。俺にはお前だけだ』
というメッセージだった。義孝は、私が今村君と仲良くしているのを知っている。
前田さんの本命は浮気相手のほうだろう。でも結婚したいのは収入の面で義孝なんだと思う。義孝も婚約発表した手前、前田さんとは切れないだろう。お互いどっちも手放せない。二人は似た者同士でお似合いだと思った。
私は既読スルーにしてスマホをカバンに入れた。義孝にはもう二度と連絡しない。
「明日どうなってるか楽しみだわ」
その言葉に、今村君は苦笑いしたけど、私の態度にまんざらでもなかった。
サービスエリアに着くと、さっそくルーフを閉めて二人でニッコリした。食べ歩きをして、今度は昼食時間になるまでドライブする。昼食を取ったら、折り返して帰った。夕方には分かれた。
今日はすごく楽しかった。もうあの日のことを思い出すことはない。
二人の距離は縮まったと思う。
自己完結の男と最後の晩餐 雲乃琳雨 @kumolin
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