自己完結の男と最後の晩餐

雲乃琳雨

自己完結の男と最後の晩餐

 私は勝山かつやま百合子ゆりこ。大手企業のOL3年目。富永とみなが義孝よしたかは同じ会社の一つ上の先輩だ。義隆のほうから、入社したての私に積極的に声をかけてきた。付き合って3年になる。今日は高級フレンチでディナーデートだ。奮発してるから、そろそろ結婚かな~って考えたりして。


 二人でレストランに入り、料理が運ばれてきた。


「わぁ~、すごい。おいしそう」


 義孝は口数が少なかった。緊張しているのかな? 若干機嫌も悪い気がした。

 結局何の話もなく、食べ終わって外に出た。スパークリングワインがおいしくて、ほろ酔い気分で歩いた。夜風が気持ちいい。でも、雨がぽつぽつと降ってきて、次第に強くなった。何てこと! せっかくいい気分だったのに。

 義孝に問いかけた。


「コンビニで傘買おうか?」


 義孝は足を止めたので、私は振り返る。


「どうしたん?」

「——俺たち別れよう」

「え?」


 突然の言葉に寝耳に水だった。


「お前は奢ってもらって当たり前だと思ってるだろ」

(はい?)


 フレンチ予約したのそっちでしょ。確かに、機嫌悪そうなんでお会計のときに、


『ごちそうさま』


 って、腕に軽く触れて言ったけど。


「傘も俺が買うんだろ」

(いやいや、そういう訳では)


 義孝はそう言うと、駅と反対方向に走っていった。私はずぶぬれで置いて行かれた。


(よりによって、なんでこんな大雨の日なの⁉)


 私は、よく分からなくてみじめで泣いた。



 次の日、奇跡的に風邪をひかなかったので出社したら、同期の真美子から言われた。


「ちょっと、どういうこと⁉ 富永先輩、後輩の前田と婚約したって、上司に報告してたよ!」

「……」


 私は、二股をかけられていたのだった……。真美子が送ってくれた前田さんのSNSの写真には、居酒屋で飲む二人の姿が写っていた。

 多分、前田さんは、「私は居酒屋でもいいですよ~」なんて言ったんだろう。義孝にとって私は金のかかる女だと思われていたに違いない。

 真美子の推測では、駅と反対方向に前田さんの家があるんじゃないかってことだ。



 その後私はどうしたかというと、同期の今村君に声をかけられたので、飲みに行って話を聞いてもらった。


「俺、勝山のこといいなと思ってたんだ。でも先輩が先に声をかけたんで、あきらめてた」

(そうなの⁉)


 捨てる神あれば拾う神あり。

 私たちはそれから、一緒に食事をしたり出かけたりと、友達のように過ごした。

 今村君がコンバーチブルのスポーツカーで、ドライブをしてみたいと言うので、休みの日にドライブに出かける話になった。


「コンバーチブルってなに?」

「オープンカーだよ」

「えっ、日焼けするからいやだ。帽子もかぶれないじゃない」

「サービスエリアまでの一区間だけだから。一度やってみたかったんだよね」

「仕方ないな。分かった」


 レンタカーを借りてドライブデートに出かけた。晴れた日に、二人でサングラスをして、ソフトトップのルーフを開けてスポーツカーで高速を飛ばす。風がすごかったけど、気持ち良かった。でも、トラックは怖いし、


「排気ガスがすごい」

「あははは」


 二人で笑って、楽しかった。他の人達はよくオープンカーに乗るよなと思った。でもそれも楽しいのだろう。

 あの雨の日のことを考えた。あのフレンチは何だったのだろう。あれが最後のチャンスだったのだろうか? あそこで私が払えば、ワンチャンあったということだろうか? 

 義孝が何を考えていたのか、言わなければ私に分かるはずもなかった。嘘は言っても本心は言わない。あの時別れたのが正解だったんだ。

 スマホに義孝からメッセージが入った。私はそれを読んだ。


「義孝から連絡が来た」

「なんて?」


 今村君が警戒気味に言う。


「前田さんが二股してたって」


『俺にはやっぱり、百合子のほうが合うと思う。俺にはお前だけだ』


 というメッセージだった。義孝は、私が今村君と仲良くしているのを知っている。

 前田さんの本命は浮気相手のほうだろう。でも結婚したいのは収入の面で義孝なんだと思う。義孝も婚約発表した手前、前田さんとは切れないだろう。お互いどっちも手放せない。二人は似た者同士でお似合いだと思った。

 私は既読スルーにしてスマホをカバンに入れた。義孝にはもう二度と連絡しない。


「明日どうなってるか楽しみだわ」


 その言葉に、今村君は苦笑いしたけど、私の態度にまんざらでもなかった。

 サービスエリアに着くと、さっそくルーフを閉めて二人でニッコリした。食べ歩きをして、今度は昼食時間になるまでドライブする。昼食を取ったら、折り返して帰った。夕方には分かれた。

 今日はすごく楽しかった。もうあの日のことを思い出すことはない。

 二人の距離は縮まったと思う。

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