女医と彗星首はメッセージ
アイス・アルジ
女医と彗星首はメッセージ(一話完結)
一線の時。一つの光が流れた。
一夜、老人は一心に祈り、かつての少年は、一睡の眠りにつき、かつての少女は、一筋の流れ星に願いをかける。
流れ星は、彗星とは違う。燃え尽きるまえの一脈。彗星は永い年を巡る。一生に一度しか現れない彗星もある。久遠の暗い宇宙をさまよい、数えきれないほどのはるかな夜を経て、一つの時、一つの恒星と出会う。
一期一会。一つの命として生まれる。
❍
一夜、私は洗面台の前に立った。
左手に歯ブラシを持ち、右手でミント系の香りがする歯磨き粉を絞り出す。歯ブラシを右手に持ち代えた。寝るまえの儀式めいたルーチンとして、いつものように。
鏡をのぞき、キッと歯をむくと、歯磨きを始める。
リズミカルに
ハフフヒィ、ホヒィホファファ、フファファンヒ、へファフゥトゥァ……
突然……
キィーン、ィーンィーンィーーー (耳鳴りのような……)音。
手を止めて、耳を澄ませてみる? 物音ではないようだ。
泡にまみれた口で、一人言をつぶやいた。
「ホラミミ?」(かな……)
頭の芯に鳴り響くような音は止まらなかった。
頭痛? カゼの前兆かな?
さっさと寝よう。
ゴファゴファッと口をすすぐと、すぐにベッドにもぐり込んだ。
❍
いつものように一日が過ぎた。そして夜、いつものように歯磨きを始めると、また耳鳴りのような音が鳴り始めた。
キィ、キュー、キューキューーー
今日も、さっさと寝るとしよう。
❍
翌日も、いつものように一日が過ぎた。そして夜、いつものように歯磨きを始める……
キィ、ジュッジュ、ジューーー
三日も続くとなると、さすがに何かの
明日、かかりつけの医者に相談してみよう。
❍
翌朝、職場へ連絡を入れた。
「おはようございます」
「先輩、耳鳴りで? 休むんですか」
「あっ、はい、分かりました……」
……
少し気が引けたが、やはり気にかかるし、しっかり休ませてもらうことにしよう。
実は、若くて美形の、あこがれの、ジョイ先生に会うのが楽しみでもある。そう思うと、耳鳴りなど何でもないことに思えたりもするのだが……(元来の、心配性でもある……)
❍
一通り診察が終わる。熱もなく、血圧も正常だった。
問題ないようだ。(一安心)
「特に、異常はありませんね」
「そうですか」
「最近、よく、空を見上げたりしていませんか?」
「空ですか?」
「今、アトラス彗星が地球に最接近しているでしょう」
「あ、はい?」
そんな話、聞いたような? たしか、今世紀最大の宇宙ショーだとか?
「近ごろ、彗星を見上げる人が多く、首の痛みを訴える人が増えているんですよ」
「〝彗星首〟症候群なんて呼ばれ、耳鳴りを訴える人もいます」
「はぁ、とくに、見てませんが……」
「先生、天体ファンですか?」
「まあ、にわかファンですけど」
「そうですか、私も……」(つい、嘘をついてしまった)
「ようすをみてください」
「はい、見てみます。朝早くでしたよね……」
「えっ? あっ、彗星ですか、東の空に見えるはずですよ」
「分かりました」
「特に、薬はお出ししませんが、しばらくすればおさまるでしょう」
「では、おだいじに」
「ありがとうございました」
❍
病院を出ると、私は、つい空を見上げてしまった。こんな時間に彗星が見えるはずはなかったのだが。
なんとなく、心が騒いでいるようだ。
病院から戻ってくると、すっかり治ったような気になっていた。
❍
しかしまた、夜になり、また歯磨きを始めると、またもや耳鳴りが…… しかも、意味のない音が〝言葉〟のように感じられ始めた。
ハ・ジ・メ・マ・シ・テ・・チ・キ・ウ・ノ・ジ・ウ・ニ・ン・エ・・・ワ・タ・シ・ア・・ア・ト・ラ・ス・・・
頭の中で、その言葉を反芻してみた。
なんと、信じられない! これは? アトラス彗星から届いた
私は、握っていた歯ブラシを落とし、口から歯磨き粉の泡が流れたのも気づかず、声を出していた。
「エェ! フォンナ! アリエナヒィ……」
しかし、その言葉、メッセージの声は消えることはなかった。
私は動揺して、ジョイ先生に電話をかけていた。
精神科を進められるかと思ったら、大学の研究室を紹介された。(信じてもらえたようだ)
❍
その研究室で、ある調査(実験)に協力している。
頭に電極を取り付けられ、マイクを仕込んだ歯ブラシをくわえ、口を半開きにしたままの、ちょっと情けない姿で。
「ブラシを歯に当ててください」
「ファイ」
「もう少し、動かしてください」
「ファイ、コンファ……」
「ハイ。そこで、止めて」
口の端から、よだれが垂れそうだ。
歯磨きの動作により、体が増幅器のように機能し、なんとアトラス彗星から、宇宙人のメッセージを受信しているそうだ。しかも歯ブラシと、歯の微妙な接触を通して。特異現象かも知れないそうだが、偶然にも、私の体とアトラスが共振しているという説明を受けた。
NASA を出し抜けるかもしれないと、研究室は、一期一会の熱気に包まれている。私は、世紀の大発見(出来事)〝宇宙人とのファーストコンタクト〟の立役者となった。しかしこの栄誉は、野心的な助教授キョウジ先生が一人占めすることだろう。私は、単なる受信機、一部品でしかないのだ。
アトラスとの交信は、最接近中の一か月ほど続くだろう。その間に、少しでも多くの情報を記録しなければならない。
今は、歯ブラシをくわえたまま、手紙(返信文)を読まされている。
「コヒラ、チヒュウ、メッヘーシホ、ウヘフォリマヒファ……」
❍
機密扱いのため、公言はできないが、いつか……まあ、ネットに写真くらいは流れるだろうか、こんなみっともない姿は見られたくないものだ。私の名は歴史の一ページに残るだろうか?
そんなことより、それよりも、ジョイ先生とグッと親しくなれたのが、何よりも嬉しかった。
東の空に、青白く尾を引いた彗星が止まっているように見える。古来、彗星は〝凶〟の前触れとして嫌われた。しかし私にとっては、この上ない〝吉〟となった。彗星が見えるのも、あとしばらくの間。もう、二度と戻ってこないだろう。
窓はまだ暗い、今は夜明けまで二人で寄り添い、空を眺めていることにしよう。
「彗星がきれいですね」
願いをこめて、二度とない永遠を信じて。
(2025/12/10)
女医と彗星首はメッセージ アイス・アルジ @icevarge
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