人助けの本質は

三毛猫ジョーラ

第1話 本編


「おれさ、死ぬなら死ぬで人助けとかして死にたいんだよね」


 唐突に彼氏がそんな事を言ってきた。彼は特に正義感が人一倍強いとか自己犠牲の精神に溢れているとかではない。普通の高校生で、どっからどう見たってフツメンだ。


七重ななえはさ、そのへんどう思う?」


「どう思うって言われても、いざとなったらそんな勇気出ないんじゃないかな」


「だよな。やっぱり常日頃から意識してないと無理だよな」


 さっきからこの人は何を言ってるんだろう?と内心思ったが口にも顔にも出さなかった。



 嘘から出たまこととでも言うのだろうか、いつもの帰り道を二人で歩いていると正面から歩いて来ていたおじいさんが突然苦しみだした。「うぅ」とうめき声をあげながらそのまま道路に倒れ込んだ。


 当然私は彼氏を見た。すると彼の顔は一瞬で青ざめ膝はカクカク震えている。果たしてどうするのかとほんの数秒待ってはみたが、彼は一向に動く気配がない。そこで私は急いでおじいさんの元へと駆け寄った。


「聞こえますかー! 分かりますかー!」


 何度か声を掛けるが反応がない。口元に耳を当てながら胸の動きを見たが、どうやら呼吸が停止しているようだった。私は先日学校で講習を受けたばかりの心肺蘇生を試みた。


「1,2,3,4,5――」


 数を数えながら胸骨圧迫を繰り返す。30まで数えた所で私は躊躇なく人工呼吸を行った。ちらりと彼を見るとなぜか悔しそうな顔になっていた。もしかしたら私とのファーストキスを夢見ていたかもしれないけど、今はそんな事言ってる場合じゃない。


 心肺蘇生をやりながら、私はふと幼い頃を思い出していた。ある日父が突然リビングで倒れた。母は泣き叫びながら必死に父の体をゆすっていた。いくら名前を呼んでも父は目を覚まさない。まだ小6だった私はなにも出来ず、ただその様子を見ているしかなかった。


 父の死によって私の生活は一変した。父はプロゴルファーになるのが夢だったらしく、その夢は子供の私へと託された。3歳から父と一緒に練習を始め小学校に上がる頃には地元では天才少女と呼ばれた。中学生になれば更に本格的なレッスンを受ける予定だった。父の急逝はその矢先の出来事だった。プロゴルファーになるにはとにかくお金が掛かる。子供ながらに私はその事を重々承知していた。


「ごめんね、ななえ……。パパとあなたの夢を叶えられなくて……」


 母は泣いていた。でも私はプロへの道に未練はなかった。父と二人三脚で目指していたからこそ頑張れていたし、なにより母に苦労なんてかけたくなかった。父を失くした悲しみは私よりも大きかったはずなのに、母は私に心配かけまいといつも明るく振舞ってくれた。そして昼夜を問わず働いて、女手一つで今日まで育ててくれた。それだけで感謝してもしきれない。

 

「救急車! 早く呼んでっ!」


 棒立ちになったままの彼氏に私は思いっきり叫んだ。その声を聞き、駆けつけてくれた男性が慌てて119番に電話してくれているようだった。彼氏はというとキョロキョロと顔を動かしながら、小刻みにその場であたふたとステップを踏んでいる。私は情けないを通り越して呆れてしまった。



 その後おじいさんはなんとか息を吹き返し、到着した救急車で病院へと運ばれた。救命処置があと少しでも遅ければ危なかったそうだ。後日、私は警察から感謝状を贈られちょっとしたニュースになってしまった。まぁ、母がとても喜んでいたのでよしとしよう。


 あれ以来、彼氏が私と距離を置くようになった。廊下ですれ違っても目も合わせようとしない。なんで私が避けられにゃいかんのだと少しムカついたけど、あんな大口を叩いていたのにいざとなったら何も出来なかった事が恥ずかしかったんだろう。結局彼はなんの役にも立たなかったし。



「おお! ようやく会えた! 命の恩人よ!」


 ある日呼び出しを受けて校長室へと向かうと、あの時のおじいさんが両手を広げて私を迎えた。さすがに今のこのご時世、抱きつかれはしなかったけど何度も何度も握手をせがまれた。


「本当はもっと早くにお礼を言いたかったんじゃけどなあ。周りがもううるさくてな。今朝まで入院してたんじゃよ」


 聞けばおじいさんは東郷グループという大企業の会長さんだそうで、あの日倒れてからは絶対安静、完全監視の元、今日まで病院に缶詰め状態だったとのこと。


「あなたはあれじゃの? 天才ゴルフ少女の山吹七重さんで間違いないかの?」


「えっ? あ、はい……」


 久し振りにそんな通り名で呼ばれ私は思わず赤面した。ゴルフは中学になる前にやめてたし、まさか私の名前を知っている人がいた事に驚いた。実は東郷さんは大のゴルフ好きらしく、道で倒れたあの日もゴルフの打ちっ放しに行く途中だったそうだ。

 

「やっぱりそうか! いやぁ、あの子がこんな別嬪さんになっとるとは。私は心配しとったんじゃ。ゴルフ界の超新星が忽然と姿を消したからのぉ」


「まぁその……いろいろありまして……」

 

「その辺の噂は聞いた事がある。大変だったのぉ。そこで提案なんじゃが――」 


 東郷さんの提案はびっくりするものだった。自分が全面的にサポートするから再びプロを目指してみないか、というのだ。これにはもちろん私も母も固辞した。金銭的な額もそうだが、なにより私自身すでにゴルフをやめて何年も経っている。もう一度一からプロを目指すなんて、そんなに甘い世界ではない。それでも東郷さんは諦めなかった。


「私は七重ちゃんに命を救われた。それは感謝なんて言葉じゃ表しきれん。どうかこの老い先短いおいぼれに最後の人助けをさせておくれ」


 東郷さんは私と母に向かって深々と頭を下げた。私はこの時、父の言葉を思い出していた。


「七重。誰だって時には転んだりする事がある。ただ転んだからといって悲しんでばかりじゃダメだ。重要なのは諦めずに立ち上がる事だよ」


 腹は決まった。私はもう一度、父との夢を叶えるために立ち上がる事にした。


 そこからは猛練習の日々となった。東郷さんが雇ってくれたコーチは超スパルタだった。何度もくじけそうになったけど私はがむしゃらに食らいついた。高校はなんとかぎりぎりで卒業出来た。卒業式当日、彼氏には「さよなら」と「ありがとう」の言葉だけ伝えた。だってある意味、またプロを目指すきっかけになったのは彼のお陰だったから。



 あれから5年――私はようやくプロテストに合格出来た。母と私は抱き合って喜んだ。東郷さんはまた倒れちゃうんじゃないかと心配になるくらい大泣きしながら

喜んでくれた。こうして私は助けた人に助けられ夢を叶える事が出来た。



「死ぬなら死ぬで人助けとかして死にたいんだよね」


 あの時彼が言った言葉。今なら激しく同意出来る。



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