花火山

七乃はふと

斧子

 あたしの小学校は山の上にあって坂を登るのがとても辛かったのを覚えている。

 でも登り切って振り向くと、町を見下ろす事ができるの。そんな事で偉くなったような気がして、いつも町を見下ろして悦に浸ってた。

 ほんと子供って単純。

 で、その通学路には一つだけ違和感があったの。車道の両側は一軒家やマンションばかりなのに、歩いていると不意に森が現れるのよ。

 四角く切り取られた森の広さは、公園くらいかしら。だから森というには変かもしれないけど、大人達はそこを森と呼んでいた。

 通ってた小学校では必ず森に関する話があるの。

 その森に夜入ってはいけない。特に子供は明るくても駄目だ。と、その森を管理しているお婆さんがやってきて何度も言うの。

 ある日居眠りしている男子がいたんだけど、それを見たお婆さんに思いっきり頭をはたかれた事があった。

 先生が見ている前でよ。いつもは暴力はいけませんって繰り返すのに、お婆さんの行動には何も言わなかったの。

 周りの生徒達は森の話と、それ以上にお婆さんを恐れていたけど、あたしとごく一部の生徒は森に強い興味を抱いてしまった。


 その日は冬の花火大会の日だった。大会と言っても学校で打ち上げるものだから、そんなに派手じゃないけれど、澄んだ空気の中の花火は、夏より綺麗で儚げなの。

 学校のグラウンドで見てもいいんだけど、山の上にあるから、学校より高いところの方が障害物が無くてよく見える。だから見物客の多くは学校の外から見惚れていた。

 その隙をついて、私達は例の森の前に集まっていた。

 私と、いつも図書室で怖い話ばかり読んでいる色白の子と、お婆さんにはたかれた仕返しすると鼻息の荒い子。

 色白の子は、この森に斧子という幽霊が出る事を教えてくれたから、半ば無理やり連れてきたの。人は多い方がいいと思ったから。

 でも集まったのは三人だけ。他に十人くらい声をかけたのだけど、断られてしまった。その時は意気地なしと罵っていたんだけど、

 あたしも、そうだった。

 森から漂う冷気があたしの顔を撫でてくる。どれだけマフラーで顔を覆っても、隙間から入ってくる。

 でも言い出しっぺのあたしが中止を言えるはずもなく、集まった三人だけで入ったの。中は闇だったわ。一歩入っただけなのに、周囲の街灯の灯りが全く入ってこない。

 持参した懐中電灯で視界は確保できたんだけど、灯の外は余計に闇が深まるばかり。

 進んでいくうちに、音がしないことにも気づいた。花火のポン、ポンという音が全く聞こえなくなっていたの。

 帰ろうと言う前に、懐中電灯に照らされていた木々が姿を消した。そこは土が剥き出しの広場で、中央に小学生のあたしと同じくらいの石が置かれていた。

 近づいて照らすと文字みたいなのが彫られていた。そう石碑ね。

 文字は掠れて全部は読めなかったんだけど、子ども、穴、落としたと書かれていた。

 石碑しかないから、怖さが薄れたのか、鼻息の荒い子が近づいて何したと思う。

 蹴ったの。

 お婆さんに仕返しする為に石碑を蹴り倒そうと何度も足蹴していく。あたし達は止めなかった。その子は体が大きくて先生も両親も手を焼いていたから。女のあたしや、女の子みたいな色白の子に止める術はなかった。


「お、の、こ」


 でも、殴られても蹴られても止めるべきだった。そうすればあの声を聞かずに済んだんだから。

 空耳かと思ったけどそうじゃなかった。だってあたし以外の二人も、何かを探すように懐中電灯を動かしていたから。

 色白の子がウワッと声をあげたので、そちらに光を向けると、いた。

 泥まみれの着物を着た髪の長い人が、前髪の隙間から覗く眼球が瞬きせずにこちらを見ていた。

 涙を流しながら近づいてきて腕を振り上げた。

 手には分厚い刃物が握られていた。

 あたしは叫んだと思う。同時に叫び声が聞こえてからよく分からないけど。

 喉が痛くなったから多分叫んで逃げた。木の根に転んで口の中を切っても懐中電灯の灯りを頼りに走り続けたの。でも森から出る前に息切れして木に寄りかかっていると、すぐそばで叫び声がした。

 そちらに光を当てると、鼻息の荒い子が涙と鼻水に塗れた顔を左右にブンブンと振っていた。

 視線を辿ると、例の長髪の人が近づいて刃物を振り下ろすところだった。何度も何度も刃物が振り下ろされ、鼻息の荒い子は悲鳴をあげる。でも振り下ろされる刃物は止まらなかった。

 刃物の動きが止まった時には、悲鳴も聞こえなくなっていた。

 長髪の人が呟きながら、あたしの方に近づいてくる。ごめんなさいと謝っても距離を詰めてくるので、思わず瞼を閉じたの。

 何も起きない。耳は近くを通る足音を捉えていた。恐る恐る瞼を開くと、すぐ側にいるのにまるでこちらが見えていないかのようだった。

 その時、ガサリと音がしてそちらを照らすと、色白の子がいた。

 長髪の人も発見したのか、斧子、斧子と呟きながら逃げていくその子を追いかけていく。

 あたしはチャンスと思って二人と反対方向に駆け出した。

 森を抜けた時、既に夜明けになっていて、今日は学校遅刻しちゃうな。なんて間抜けな事を考えたところで記憶が途切れた。


 目が覚めた時、両親はどこに行っていたか聞かなかった。あたしも本当の事は言えず、ずっと謝っていた。

 一緒に森に入った二人の事は聞けなかった。

 その後、たいした怪我もしてないのに一ヶ月入院して退院すると、両親から引っ越しを告げられた。父親の転勤らしいけれど、本当の理由は分からない。


 これが小学生のあたしが体験した話。

 ……一緒に入った二人の事? 一応知ってる。友達が教えてくれたから。

 鼻息が荒かった子は、あの後から赤ちゃん返りして、母親と四六時中一緒じゃないと何もできないみたい。

 もう一人の色白の子は、急に女装して学校に通ってるらしい。

 じゃあ、あたしはここで。今日は、友達に花火大会に誘われて久々に、小学校に行くんだ。


 ねえ……何も、起きないよね?

 

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花火山 七乃はふと @hahuto

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