第2話 盲目の少女
「……治る、の?」
少女――アリスは、信じられないというように俺の方へ顔を向けた。
その瞳は白く濁り、光を失っている。本来ならば高度な神聖魔法でなければ治療は不可能だ。この辺境の教会に、そんな高位の術者がいるはずもない。
だが、俺にはできる。
俺は宮廷魔術師団長だった男だ。攻撃魔法よりも、実は生活魔法や治癒魔法の方が得意だなんて、あの臆病な国王には死んでも言えなかったが。
「ああ、治るとも。少しじっとしていてくれ」
俺はアリスの目の前に手をかざした。 意識を集中し、魔力を練り上げる。狙うのは視神経の再生と、水晶体の浄化。
「――《聖なる光よ、迷える瞳に導きを(ホーリー・ライト・リカバリー)》」
俺は極力、優しく詠唱したつもりだった。 しかし、俺の魔力は生まれつき「色がどす黒い」のだ。
ブォン……ッ!
俺の手のひらから、闇のように黒く、紫色の稲妻を帯びた禍々しい光が噴き出した。
傍から見れば、どう見ても呪いをかけているか、魂を引き抜こうとしているようにしか見えないだろう。
「ひっ!? な、なんだあの光!?」
「あいつ、やっぱりあの子を食べる気だ!」
柱の影から様子を伺っていた子供たちが、悲鳴を上げて震え上がった。
違うんだ。これは最高級の回復魔法なんだ。色が悪いだけなんだ。
「……っ」
アリスが小さく息を呑む。だが、彼女は逃げなかった。
数秒後、俺が手を退けると、黒い光は霧散した。
「……目を開けてごらん」
俺が声をかけると、アリスは恐る恐る瞼を持ち上げた。
そこにあったのは、宝石のように透き通った、美しい碧色の瞳だった。
「あ……」
アリスが瞬きをする。
差し込む夕日、舞う埃、ボロボロの教会の天井。そして――目の前にいる、俺の顔。
俺は身構えた。
見えるようになった瞬間、この凶悪な顔を見て悲鳴を上げられる覚悟はできている。さあ、怖がるがいい。そして俺は傷ついたフリをして、去るのだ。
しかし。
アリスは俺の顔をじっと見つめると、花が咲くようにふわりと微笑んだ。
「……やっぱり」
「え?」
「私の思った通りの人だった」
アリスは俺の大きな両手を、自分の小さな手で包み込んだ。
「優しくて、暖かくて……少しだけ、泣き虫な顔をしている神様」
「……は?」
俺は呆気にとられた。
泣き虫? 神様? この俺が? 鏡を見たことがあるのか?
だが、アリスの瞳に嘘はなかった。彼女には、俺の外見の奥にある「本質」が見えているのか、あるいは単に美的感覚が独特なのか。
「ありがとう、アデル様。……世界は、こんなに綺麗だったのね」
涙を流して感謝するアリス。
そのあまりに尊い光景に、俺は言葉を失った。
一方、遠巻きに見ていた子供たちは、ヒソヒソと話し合っていた。
「おい見ろよ……あの子、笑ってるぞ」
「なんてことだ……洗脳されたんだ……」
「やっぱり魔王だ……心を操る魔王なんだ……!」
――誤解は、まだ解けそうにない。
けれど、アリスが俺の手を握る強さを感じながら、俺は「まあ、これでもいいか」と小さく苦笑したのだった。
――――――
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悪人面をした宮廷魔術師、左遷させられる ~でも見た目と違って中身は善人で左遷先で盲目の少女を治したり、孤児院を運営しています~ 羽田遼亮 @neko-daisuki
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