推し活の合間に、君に恋をする
源 玄武(みなもとのげんぶ)
第1話 推し友、出現 色づいた日
朝のアラームが鳴るより早く、私は目を覚ました。理由は簡単。昨日の夜に公開されたユウくんの新しいメッセージ動画を、もう一度見たかったからだ。
「……はぁぁ、今日も尊い……」
ふわっと微笑むその表情だけで、視界の明度が二段階くらい上がる。これ、別に大袈裟じゃなくて、本当に。
歯磨き? 化粧? そんなものは、推し動画を見る時間を削らない程度にやればいい。
私はアパレル会社の事務職をしているけれど、それはあくまで“推し活資金を得るための仕事”だ。生活の主軸は推し。人生の主軸も推し。以上。
通勤電車の中、また動画を見る。仕事の休憩中、SNSでユウくんのタグをチェックする。
同僚の真由さんに声をかけられる。
「ねーあかり、週末予定どうするの? 飲み会くる?」
「ごめん、無理です。ライブです」
「あーまた? あかりってさ、ほんと恋愛とか興味ないよねぇ」
「恋愛は……コスパ悪いので」
「出た、その理論!」
真由さんに笑われるけど、私は真剣だ。
だって恋愛って、お金も時間もメンタルも使うでしょう?
その点、推しは裏切らないし、最高の癒しをくれる。
ほら、完全にコスパで推しの圧勝。
今日はいよいよ STARDUST のライブ。
仕事なんてスピードランだ。
メールを片っ端から処理して、午後は何なら魂だけ会社に置いてきた。
「定時ピッタリに帰ります! お疲れさまでした!」
同僚たちに笑われながらも、私は堂々と会場へ向かった。
私の世界には不足も不満もない。
今日も推しが、私を煌めく世界に連れて行ってくれる。
“ハル”なんて名前の男が入ってくる余地など、どこにもなかった。
――この瞬間までは。
会場に着く前、いつものようにライブ参戦前の“儀式”として、近くのカフェに寄った。
そのときだった。
カラン、とテーブルの下に透明な何かが転がった。アクスタだ。しかも……
「……えっ、ユウくんの、最新アクスタ……?」
思わず声が漏れた。
「え、すみません! あ、拾っていただいて……!」
顔を上げた瞬間、言葉を失った。
隣の席に座っていた男性――黒髪でおだやかな雰囲気の、ちょっと年上っぽい人。
彼が、明らかに“尊いもの”を見る目でアクスタを覗き込んでいた。
「……ユウ推し、ですか?」
おそるおそる尋ねると、男性はびっくりした顔をしたあと、急に笑った。
「はい。ユウくん、大好きです。彼、今日絶対調子いいですよね」
「わっ、分かります!! 昨日のショート動画の、あの笑顔とか、破壊力が……!」
「あれ反則ですよね!? あんなの見せられたら、生で見ないわけないじゃないですか」
「ほんとそれ! 生で見なきゃダメな顔してましたよね昨日!」
気付けば二人、店内の空気を忘れて全力で推し語りしていた。
「こんなに分かってくれる人、久しぶりです……!」
「僕もです。ていうか、今日会えるの運命じゃないですか?」
「運命!? いやいや、語彙が軽い!!」
思わず笑ってしまう。
でも確かに、この出会いは奇跡だ。
同担で、こんなに気の合う人にリアルで会えるなんて。
名前を交換する。
「佐伯ハルと言います」
「たかつき……あ、私、あかりです」
こんな出会い方、ある?
でも私の心は“推しを共有できる歓び”で満ちていて、恋なんて欠片もなかった。
“異物”だなんて、まだ気づいていなかった。
そのあと、ライブ会場へ向かう流れになった。
「席どこです?」
「私は三階席です!」
「じゃあ……終わったらまた感想戦しません?」
「行きます! 全力で!!」
ライブが始まると、ユウくんの魅力が爆発した。
歌声も表情も、どこかいつもよりキラキラしている気がする。
(うわ、ハルさんの予想当たった……今日のユウくん神だ……)
終演後、自然と彼と再びカフェへ向かっていた。
さっき会ったばかりなのに、旧友みたいに自然だ。
「あのラストの笑顔、反則じゃない?」
「分かります……! あれは反則でした……!」
「ね! 僕、思わず変な声出ましたもん」
「どんな声ですか」
「ひゅっ、って」
「可愛いかよ……!」
また笑ってしまう。
気付けばグッズ交換の約束や、代行の話までしていた。
「SNS、交換します?」
「あっ、ぜひ! えっと……これです」
ここまで来ても、私の心は恋では揺れない。
だってこれは“推し友”だから。
(……話しやすい。でも、それだけ)
そう、自分に言い聞かせるように。
数日後。
朝、スマホに通知が来た。
『新グッズ来ましたよ!! 今日10時からです!』
「あっ、ハルさん……! 早い!」
思わず笑って返信する。
『見ました!! めっちゃ可愛い……! 買います!!』
そのあとも、配信の感想を送り合ったり、
ユウくんの髪型の話をしたり。
特別じゃないけど、日常に“誰かと共有する楽しさ”が広がっていく。
私はふと気づく。
(……推し語りできる相手がいるのって、こんなに楽になるんだ)
心がふわっと温かくなる。
でもまだ、“恋”なんて言葉は微塵も出てこない。
自然な流れで、ハルと一緒にユウくんの誕生日イベントに参加することになった。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ!」
二人で座ると、スクリーンに光が灯る。
ユウくんが映る。
あの輝きは、やっぱり唯一無二だ。
でも――
(……あれ? なんか、視界の端に……)
隣のハルが、スクリーンを見つめて微笑んでいた。
その横顔が、やけに優しく光って見えた。
胸が、少しだけ熱くなる。
(なんで、推しの顔より……ハルさんの横顔のほうに、目がいくの……?)
ずきん、と心が揺れた。
初めて感じる痛いような、苦しいような、でも温かい感情。
上映が終わり、ハルが笑う。
「今日、ほんと来てよかったね」
「……うん」
その笑顔に、また胸が鳴った。
帰り道、夜風に当たりながら、私は一人で歩いていた。
(今日のドキドキ……あれ、推しのせいじゃなかった)
スクリーンの輝きよりも、
隣の彼の横顔のほうが、ずっとまぶしかった。
「……え? ちょっと待って」
歩みが止まる。
「これって……恋、なの?」
世界が、少しだけ色づいた気がした。
次の更新予定
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