普通の宇宙人シリーズ 2005年編

@tomoegawa198906

第1話  メキシコの空

「見て!また光ってる!」

メキシコの街角で、市民たちが空を指差した。夕暮れの空に、十四個の光が静かに舞っている。ある者はモバイルフォンを向け、ある者は十字を切った。メキシコ空軍のカメラがその映像を捉え、翌日には地元テレビのニュースで流された。

しかし、人々はすぐにその映像のことを忘れてしまった。

「また、UFOだって」

「ああ、またか」

この国では、もう珍しいものではなかったから。

僕たちモッパ星人にとって、それは当然のことだった。あれは僕たちの仲間が乗るバイク——地球人が言うところのUFO——なのだから。


僕の名前はモッパ。母星と同じ名前だ。

故郷は、ネビュラM78星雲の端にあるモッパという星。地球から約百二十万光年先。途方もない距離に思えるかもしれないが、僕たちの技術を使えば、地球時間でたった十二時間のフライトで到着できる。

ワームホール——空間に穴を開けて、時空を渡る技術だ。

モッパ星の時間で言えば僕は三百歳だけど、地球時間に換算すると十二歳くらいになる。僕たちの寿命は地球人の二十五倍。だから、きっと時間の感覚も違うのだろう。

地球は、僕たちの星では有名なリゾート地として知られている。素晴らしい環境と美しい風景を兼ね備えた、輝くような星として。

この旅行は百三十日間の予定だ。メキシコに一ヶ月、アメリカに一ヶ月半、ニュージーランドに十日間、そして日本に一ヶ月半。

百二十万光年の旅をしてきた僕たちにとって、地球時間の約四ヶ月は瞬きのようなものだ。

でも——

この短い時間が、きっと僕の人生で最も大切な思い出になる。

そんな予感がしていた。


モッパ星について少し説明しよう。

大きさは地球の三分の一ほど。平均気温は十三度で、僕たちの身体も地球人の三分の一ほどの大きさだ。見た目は少し違う。身体は半透明の淡い緑色で、葉脈のような血管が全身に走っている。

頭部は大きく膨らんでいて、そこには高度に発達した脳組織が詰まっている。

「お前たち、頭でっかちだな」

以前、地球人にそう言われたことがある。確かに、そうかもしれない。でも僕たちの星では、これが普通なのだ。

僕たちの祖先は、何百億年も前、モッパ星の森で光を浴びていた植物だった。

最初は動けなかった。ただ根を張り、葉を広げ、光合成をするだけ。しかし過酷な環境変化が起きた。気候が激変し、日照時間が減少した。

生き残るためには、光を求めて移動する必要があった。

気の遠くなるような時間をかけて、僕たちの祖先は動き始めた。根が脚になり、葉が感覚器官になった。そして複雑な環境に適応するために、脳が発達していった。

植物から動物へ——いや、その中間の存在へ。

今でも僕たちは光合成がメインの栄養補給源だ。太陽の光を浴びて、二酸化炭素と水さえあれば生きていける。月に一度、リンゴ一個と水があれば十分だ。

でも同時に、思考することも、感じることも、愛することもできる。

地球人は動物——猿から進化した。それが、宇宙における知的生命体への一般的な道筋だ。

しかし僕たちは植物から進化した。

この宇宙では、非常に特異な進化なのだ。


「モッパ、ぼんやりしないの」

母マッマの声で、僕は我に返った。

地球上空のマザーシップから、着陸基地へと降りてきたところだ。基地はメキシコのユカタン半島の奥深く、マヤのピラミッドが眠る森の中にある。

到着後、僕たちは地球人に紛れ込むために人間のコスチュームに着替え、奥歯に「ガム」という装置を装着した。これさえあれば、どんな言語も瞬時に理解できる。わが星の天才、ガッパラー博士の発明品だ。

見た目は、もう地球の子どもとほとんど変わらない。

「さあ、地球の空気を吸いに行こう」

父パッパがそう言って、僕たち兄弟と母を連れて、リゾート地・地球への一歩を踏み出した。

森を抜けると、強烈なメキシコの太陽が僕たちを迎えた。

「わあ……」

僕は思わず立ち止まった。

体中の葉緑体が、一斉に喜びの信号を送ってくる。光を糖分に変える感覚——この幸福感は、地球人には説明できない。まるで体中が温かいエネルギーに包まれるような、そんな感覚だ。

「気持ちいいね、お兄ちゃん」

弟のピッパも目を細めている。彼の半透明の肌が、太陽光を受けて微かに輝いている。人間のコスチュームを着ていても、僕たちにはお互いの本当の姿が見えるのだ。

「モッパ、また光合成に夢中になって」

母さんが笑った。

僕は頬を掻いた。確かに、ついつい太陽の下でぼんやりしてしまう癖がある。

「地球の太陽、モッパ星より少し弱いけど、とても心地いいわね」

母さんがそう言いながら、深呼吸をした。

思考する植物——それが僕たちだ。

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