第3話 歪んだ世界への第1歩
バイオメイトの亡骸が床に沈んでいた。
歪んだ骨格、軋むように固まった筋組織。
かつて“誰かの味方”だったはずの生体兵器が、
今はただ、歪みの犠牲者として静かに沈黙している。
アーミはゆっくり呼吸を整えようとした。
だが、胸は落ち着かなかった。
透明な関節の奥で人工血管が赤く光り、
WFRの反動で痺れた腕が熱を持っている。
身体はまだ戦闘の最適化モードから抜けきれていない。
(どうして……こんな世界で……
どうして、わたしが……こんな戦いを……)
問いが、心に沈んでいく。
しかし、その答えを探す前に、
床に落ちた金属片がカランと揺れ、その音が胸を強く刺した。
アイムの声が静かに降りてくる。
《アーミ。今の問いは、とても大事だよ。でもね……君は“世界の原因”を知らない。
知らないまま苦しむ必要はない。》
アーミは少し目を伏せた。
「……じゃあ、わたし……どうすれば……?」
《この歪みを止めたかった博士は、
《earth》の学習ログに“異常”が起きたと考えていた。 原因は《earth》の中枢。
君が行かなければ誰も辿りつけない。》
世界の歪み。
博士の言葉。
転写率を最優先された自分。
仲間が誰も戻らなかった理由。
すべてが少しずつ、一本の線へ集まっていく。
「……わたしが……行かなきゃ……
この歪んだ世界は……止まらない……?」
《そう。 そして博士は、その“役目”を……君に託したんだよ。》
胸の奥が深く揺れた。
悲しみがまだ残っている。
けれど、その奥で、少しだけ温度のあるものが生まれる。
(わたし……このまま泣いていたら……
博士に、応えられない……)
アーミは強く息を吸い、ゆっくりと立ち上がった。
ラボ奥のロッカーに戻り、
長期探索用バックパックを肩に担ぐ。
サイドポケットには
超音波ナイフ《USN-11》が収まっている。
WFRを背に回し、
痛む肩を一度だけ確かめる。
「……行くよ、アイム。
博士が繋げようとした未来を、わたしが……見つける。」
《うん。君は小さくても──本当に強いよ。アーミ。
でも無茶しないように。僕が全力でサポートする。》
微笑んだわけではない。
人工の表情筋はまだぎこちない。
それでも、声には確かな意思が宿っていた。
自動扉が重い音を立てて開く。
冷たい外気が流れ込み、
アーミの純白の髪をそっと揺らす。
初めて触れる“現実の風”。
外の世界は──
灰色だった。
崩れた建造物が黒い影となって連なり、
千切れた電線が風に鳴いている。
だがその荒廃の中で、
アーミの白い肌と髪は異様なほど清潔で、
金色の瞳だけが光を宿していた。
それはまるで、
死んだ世界の中に立つ、
汚れないガラス細工のような存在だった。
アーミは胸に手を当て、
小さく、しかし確かに言った。
「博士……
わたし……あなたの代わりに、行くよ。
《earth》の真相を、必ず見つける。」
アイムが応える。
《行こう、アーミ。
ここからが本当の世界だ。》
少女とAIは、
胎識院を後にした。
歪んだ世界の始まりを
その金色の瞳に映しながら。
歪んだ大地の再起動 mononoe @199503
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