第2話 閉ざされた施設の中で

ラボの奥の暗がりで、ひときわ重いロッカーが静かに鎮座していた。

灰にまみれた扉には、かすれた文字が残っている。

《RM08 装備格納庫》

アーミは呼吸を整える余裕もなく取っ手を掴み、勢いよく開いた。

扉が軋む音が、静寂の部屋に鋭く響く。

内部には武器が並んでいた。

カーボンブレード

小型電磁ピストル

手斧

スタンランチャー

使用禁止タグのついた試作装備

そしてその最下段に──

黒く、無骨で、存在そのものが歪んで見える銃が一丁。

銃身がわずかに脈動し、光の角度によって空間が波打つように見えた。

アーミの金の瞳が、反射的にその武器へ吸い寄せられた。

「……これ……」

《待ってアーミ!それは――》

アイムの警告より早く、

廊下の奥から金属音が迫る。

ガッ、ガッ、ガガッ──

床を爪が叩く、軽くて鋭い音。

アーミは条件反射で、最も危険そうな武器──

**歪場放射銃WFR**を掴んだ。

その瞬間、銃が“呼吸するように”震えた。

脈動が手のひらに伝わり、肘の透明関節の奥で人工血管が赤く発光する。

金色の虹彩が一瞬だけ強く光り、

視界にノイズのような波紋が走った。

「……っ!」

《WFRは出力が強すぎる!筋出力補助を全開にする!》

識芯脊柱が軋むような音を立て、

アーミの背骨の中心でアイムの処理音が弾ける。

身体の内部から機械音と光が走り、アーミは思わず膝をつきかけた。

でも──

手は離さなかった。

非常灯が一瞬だけ暗転する。

光が戻ると同時に、“それ”が視界に滲んだ。

四足の影が、

低く、異様に震えている。

バイオメイト。

軍用生体兵器Genome-Mate

だが、アーミが知っている姿ではない。

骨格の一部が不規則にせり出し、

筋肉は異常な発火のように波打ち、

歪場に触れたように皮膚が揺らいでいた。

喉から漏れる音は、

犬の唸り声とは似ても似つかない。

金属片を擦り合わせたような、壊れた雑音。

アーミの胸が痛んだ。

(どうして……こんな姿に……)

恐怖ではない。

同情と、哀しみと、怒りの混じった痛み。

しかし──

身体は揺れなかった。

識芯脊柱が自律的に作動し、

反応速度を最適化モードへ移行させる。

視界がすっと狭まり、

敵の動きだけが浮かび上がった。

影が爆発的な跳躍で迫る。

ガンッ!!

金属床を蹴った衝撃が空気を震わせる。

《アーミ、来る!!》

アーミの身体が自然に動いた。

訓練では見たことのない“実際の殺気”が全身を貫く。

「来ないで……!」

反射で、引き金を引いた。

世界が歪んだ。

銃口から解き放たれた波動は、

蛇のように空気を巻き込みながら前進する。

床が波打ち、

壁の影が引き伸ばされ、

音が一瞬だけ遠ざかる。

その波がバイオメイトの胸元に触れた瞬間──

骨格がひねり潰されるように、内部から崩れた。

ぎち……ぎぎィィ……ッ!

断末魔が歪み、

音の高さが狂ったまま消えていく。

影は床に叩きつけられ、

動かなくなった。

アーミの肩に、鋭い痛みが走る。

「……あ……っ、痛……っ」

透明関節の内部で人工血管が赤く閃光を放ち、

虹彩も強く震えていた。

《出力が強すぎた!肩部に負荷集中、神経リンクを抑制する!》

アイムが必死に調整をかける。

アーミは痛みに息を詰まらせながらも、

目を伏せ、小さく──

「……ごめん……」

と呟いた。

それは死んだバイオメイトに対してか、

自分に対してか、

博士に対してか……

まだ分からない。

だが。

身体は止まらなかった。

胸の奥が揺れても、

人工筋肉と識芯脊柱は次の行動をすでに準備していた。

視界の端に──

さらに二つの影。

アイムの声が低く鋭く落ちる。

《アーミ。次の二体、来る。泣く暇も、迷う暇も……ないよ。》

アーミは痛む肩を押さえながら、

WFRを構え直した。

金色の瞳が、

弱さと強さを同時に宿して輝いていた。

(生きなきゃ。

 戦わなきゃ。

 博士が託した“未来”のために。)

胎識院の暗闇が、

アーミの第二の戦いを迎え入れるように震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る