第2話 閉ざされた施設の中で
ラボの奥の暗がりで、ひときわ重いロッカーが静かに鎮座していた。
灰にまみれた扉には、かすれた文字が残っている。
《RM08 装備格納庫》
アーミは呼吸を整える余裕もなく取っ手を掴み、勢いよく開いた。
扉が軋む音が、静寂の部屋に鋭く響く。
内部には武器が並んでいた。
カーボンブレード
小型電磁ピストル
手斧
スタンランチャー
使用禁止タグのついた試作装備
そしてその最下段に──
黒く、無骨で、存在そのものが歪んで見える銃が一丁。
銃身がわずかに脈動し、光の角度によって空間が波打つように見えた。
アーミの金の瞳が、反射的にその武器へ吸い寄せられた。
「……これ……」
《待ってアーミ!それは――》
アイムの警告より早く、
廊下の奥から金属音が迫る。
ガッ、ガッ、ガガッ──
床を爪が叩く、軽くて鋭い音。
アーミは条件反射で、最も危険そうな武器──
**
その瞬間、銃が“呼吸するように”震えた。
脈動が手のひらに伝わり、肘の透明関節の奥で人工血管が赤く発光する。
金色の虹彩が一瞬だけ強く光り、
視界にノイズのような波紋が走った。
「……っ!」
《WFRは出力が強すぎる!筋出力補助を全開にする!》
識芯脊柱が軋むような音を立て、
アーミの背骨の中心でアイムの処理音が弾ける。
身体の内部から機械音と光が走り、アーミは思わず膝をつきかけた。
でも──
手は離さなかった。
非常灯が一瞬だけ暗転する。
光が戻ると同時に、“それ”が視界に滲んだ。
四足の影が、
低く、異様に震えている。
バイオメイト。
だが、アーミが知っている姿ではない。
骨格の一部が不規則にせり出し、
筋肉は異常な発火のように波打ち、
歪場に触れたように皮膚が揺らいでいた。
喉から漏れる音は、
犬の唸り声とは似ても似つかない。
金属片を擦り合わせたような、壊れた雑音。
アーミの胸が痛んだ。
(どうして……こんな姿に……)
恐怖ではない。
同情と、哀しみと、怒りの混じった痛み。
しかし──
身体は揺れなかった。
識芯脊柱が自律的に作動し、
反応速度を最適化モードへ移行させる。
視界がすっと狭まり、
敵の動きだけが浮かび上がった。
影が爆発的な跳躍で迫る。
ガンッ!!
金属床を蹴った衝撃が空気を震わせる。
《アーミ、来る!!》
アーミの身体が自然に動いた。
訓練では見たことのない“実際の殺気”が全身を貫く。
「来ないで……!」
反射で、引き金を引いた。
世界が歪んだ。
銃口から解き放たれた波動は、
蛇のように空気を巻き込みながら前進する。
床が波打ち、
壁の影が引き伸ばされ、
音が一瞬だけ遠ざかる。
その波がバイオメイトの胸元に触れた瞬間──
骨格がひねり潰されるように、内部から崩れた。
ぎち……ぎぎィィ……ッ!
断末魔が歪み、
音の高さが狂ったまま消えていく。
影は床に叩きつけられ、
動かなくなった。
アーミの肩に、鋭い痛みが走る。
「……あ……っ、痛……っ」
透明関節の内部で人工血管が赤く閃光を放ち、
虹彩も強く震えていた。
《出力が強すぎた!肩部に負荷集中、神経リンクを抑制する!》
アイムが必死に調整をかける。
アーミは痛みに息を詰まらせながらも、
目を伏せ、小さく──
「……ごめん……」
と呟いた。
それは死んだバイオメイトに対してか、
自分に対してか、
博士に対してか……
まだ分からない。
だが。
身体は止まらなかった。
胸の奥が揺れても、
人工筋肉と識芯脊柱は次の行動をすでに準備していた。
視界の端に──
さらに二つの影。
アイムの声が低く鋭く落ちる。
《アーミ。次の二体、来る。泣く暇も、迷う暇も……ないよ。》
アーミは痛む肩を押さえながら、
WFRを構え直した。
金色の瞳が、
弱さと強さを同時に宿して輝いていた。
(生きなきゃ。
戦わなきゃ。
博士が託した“未来”のために。)
胎識院の暗闇が、
アーミの第二の戦いを迎え入れるように震えていた。
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