踏切

白川津 中々

◾️

 踏切、酔っ払いがくだを巻いていた。


 道中、小学生に「大人びてるなぁ」などとひやかし、周りの空気はひりついていた。しかし誰も彼を咎めようとしない。一般的な良識を持つ人間が一人でもいれば「やめなさい」と注意を促すものである。一見すると薄情とも思えるが、居合わせた人間が悪辣な冷血漢というわけではなかった。むしろ、人として、深い情があるからこそ声を掛けられなかったのだ。


「あ、電車、電車来るよ」


 歳は四十そこそこだろう、声が幼く、拙い喋り方の女が、男の服引っ張りながら騒いでいたのだ。

 

「まだかなぁ」


 彼女の、歳にそぐわないあどけなさに皆は口を閉じ、男の横暴を黙認するしかなかった。その間にも、聞くに耐えない言葉は絶えず続く。


「男は知ってるのか?」


「将来は淫売だなぁ」


 止める者はいなかった。誰もが男の側にいる女に目をやり、黙りこくってしまうのだ。


「いい時代だよなぁ。男にとっては」


 踏切の音が鳴り響く間、男は口を閉じず、女はずっと男の服を掴んで離さなかった。


 けたたましい警報器が鳴る中でも男とその隣にいる女の声は鮮明に聞こえていた。誰もが口を閉ざす中で、ずっと、ずっと。

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