ほしのしずく

第1話 妹

 私には、6つ下の妹がいる。

 男兄弟の下ということもあって、身体を動かすのが大好き。

 性格はとても生意気で気が強く、小さな頃はよく同級生を泣かしていた。


 瞼を閉じるとあの頃の日々が鮮明に呼び起こされる。


 私の家は、母子家庭でとても裕福とは言えなかった。

 住まいにしても、母が知り合いの伝手を頼りに一軒家の一階のみを借りる、借家に住んでいた。


『なつ迎えに行くけどいく?』


 当時の私は小学2年生。

 母にそう言われて、妹のなつをよく迎えに行った。


 保育所に着くと、男の子の中で楽しそうに駆け回っているなつの姿があった。


 すると、同級生の男の子が私の姿を見て叫んだ。


『うっわ! めちゃブサイクじゃん!』


 それは子供ならではの純粋な言葉だった。


 当時、私は病気もあり、外見がとても醜くて、体型も太っていたのだ。

 同級生には、もちろんのこと、そうやってなつの同級生にも誂われていた。


 それでも迎えにきた理由は――。


『おかあさん、たいき〜!』


 嬉しそうに駆けてくる妹なつが喜んでくれたから。

 だから、誂われても、グッと歯を食いしばって、笑顔でその同級生たちを追いかけ回した。


『誰がブサイクだ〜!』

『豚が追い掛けてきた〜!』


 今でもなかなかにひどいとは思う。

 でも、子供とは残酷で正直な者だ。

 とはいえ、それとこれとは別。

 正直なところ、あのクソガキ――と思わなくもない。

 それでも、楽しい日々であったことは間違いありません。

 こうやって思い起こすことができるのですから。


 それから時は流れて中学生時代。

 小学生までプールに虫取り、遊園地に買い物。

 なんでも一緒だったけれど、ここから少しずつ成長を感じるようになってきた。


 いわゆる、思春期である。


 父がいない――そのことが影響してか、嫌悪する対象が長男である私になった。


『なつ、おはよう〜!』

『…………』


 襖越しに声を掛けても、返事はない。


 ちょうどこの時、母がこっそり応募していた新築に当選した。


 さすが母、よくわからないところで運が回ってくる強運の持ち主。やはり、笑う門には福来るは本当だったのか……とそんな母の凄さは置いておいて。


 大人になってから知ったのだが、その住宅は収入によって変化する公営住宅で、借家の家賃の半分でした。


 いや、母よ……借家にしかも8畳一間しかない上、ゴキブリと添い寝するくらいの6万って……私にも一言いってくれよ! というツッコミは止まらないのですが、とにかく、収入の少ない私たちにとって、これほど好条件のものはなくて、迷うことなく違う市に引っ越した。


 今まで、プライバシーなんていない8畳一間で布団を敷いて雑魚寝。


 左隣には弟、その隣には母、そして妹。


 なにをするのも一緒。

 そんな状態から自分たちの部屋ができたのだ。

 今思うとそういうのも影響したのかもしれない。


 なんにしても、ここから長男――そして兄としてとてもさみしい日々が始まったのです。



 ☆☆☆



『なつ、きいてる?』

『ご飯いる?』

『今お腹減ってない』


 キッチンから問い掛ける私に対して、素っ気ない返事を返す妹なつ。


 この頃、母が仕事で忙しいということもあり、よく私が代わりに夕飯を作っていた。


 やっていることは、ほぼ母である。

 だが、その扱いは父。


 まさか高校生にして、ご飯を作る母の気持ちと、なにをしても嫌悪される父の気持ちをわかるとは――実に嫌な両手に花。


 けれど、この頃の私は、そんなふうに捉えることはできなくて、普通にさみしいな。と思っていた。


 そんなある日。


 当時流行っていた、貧乏少女とイケメン四人組の恋愛ドラマに二人してハマった――いや、家族でかもしれません。


 とにかく、部活動を終えて母が帰ってくるまで、自室にこもりがちだった妹がリビングに出てきて、一緒にテレビを観るようになった。


『ちゃんと自分の気持ちを口にしないと』

『まじでそれ! 早くきてーー! ◯◯◯ー!』


 テレビ画面に食いついて、お気持ち表明をする私。

 そして、カップ麺を啜りながら、『うんうん』と頷くなつ。

 そのこともあってか、その日を境に割と会話するようになった。


 たとえ仲違いをしていても、兄妹という特別な絆は切れはしない。

 今、思い起こすとそんなことの証明にも思える。


 ちなみにだが、当時の私の携帯(ガラケー)は、その登場人物が使っていたものだ。


 本当言うと、妹よりもガチハマりしておりました。

 そしてその続編、主演の役者さんを変えての作品については、妹がガチハマりしていました。

 

 どちらの俳優さんもマジで、カッコよかったんですよ! って、話がそれましたね。


 もちろん、後任の役者さんも。


 兎にも角にも、同じものを好きになった私たちはこうして幼い頃とは、関係を変えつつも思春期を過ごしました。



 ☆☆☆



 時は流れて、妹なつが将来の夢であった保育士を叶えて社会人として、過ごす日々が訪れていました。


 兄妹とは、本当に不思議なもので、音楽好きの私の影響を受けてか、なつも歌うことが好きになっていました。


 二人でカラオケに行ったり、色々と話し込んだりしたのは今でも良い思い出です。


 とはいえ、くよくよ悩まない――そこらの男の子より、逞しくさっぱりした性格になったのは、予想外でした。


 いや、予想通りかもしれません。

 なんせ、弟の喧嘩するときも一歩も引かない強い子でしたから。


『なつ、全く悪くないし! 向こうが先に嫌なこと言ってきたし!』


 こんなふうに、どれだけ強くものを言われようとも、あっちが悪いことは悪い――そのことを貫き通していました。


 ですが――やっぱり、保育所に通っていた頃、迎えに行くと私の元へ、それこそ、まるでひまわりのような笑顔を咲かせて走ってきた、その姿が頭から離れないです。


 本当に可愛かったですからね!

 シスコン……いやもう、マインドが父親と母親ですね。

 

 こうして望まずして、兄+父+母属性を手にした私でしたが、ちょうどこの頃、付き合っていた女性と籍を入れることになり、それをきっかけに実家を出ることになりました。


 ここから、少し距離が出来てしまいます。


 連絡を取るにしても、年に2、3回で。

 休みの度に行っていたカラオケもほとんど無くなり、何かを共有する時間はほとんど無くなっていきました。


 ほどなくして、妹・母・弟の3人は引っ越しました。

 理由は単純、全員が社会人となり、家賃が爆上がりしたからです。


 選んだ場所は自然豊かな場所でした。

 何度か足を運びましたが、空気はいいですし、田舎ということもあって、それなりに広い間取りでした。


 ですが、そこから数ヶ月後。


 なんと! 妹、なつに彼氏ができたのです。


 もちろん、今までだっていました。


 けれど、その行動は今までのそれではありませんでした。


 突然、同棲すると言い始めたのです。

 私は心配になって、母に連絡を取ったり、弟に事情を聞いたり、なつ本人にも伺いました。


 ですが、『一緒に住みたい』その一点張りで、誰のいうことにも耳を傾けることはありませんでした。


 ここで、なんとなく不思議を思ってしまいます。


 私が結婚した時、そして過去を辿れば好きなドラマを観た時、『好きな人とは、結婚するまで一緒に住まない』


 なつは、そう口にしていたのです。


 ところがどういうことでしょう? そんなことはもう忘れたと言わんばかりに『好きな人と一緒に居たいだけ』や『たいきのところと一緒にしないで!』などと、口にするようになりました。


 そんなことを言われてしまっては、私も引き下がれなくなり、少なくなっていた連絡はより一層少なくなっていきました。

 


 つまり、またかなしいかな……父親モード突入ですね。

 


 そしてそんなある日。


 

 忘れもしない7月6日、七夕の1日前。


 家族LINEに、妹から紹介したい人がいると、連絡が入りました。


 この文言からお気づきの方はいると思います。

 それは父親であれば、一番恐れること――そうです、彼氏の紹介でした。


 母伝いに彼氏とは仲良くやっていると聞いていたので、来るべき時が来たのかとそう思っていました。


 けれど、まさか紹介したい人がいると言われるとは、思いもしなかったのです。


 おかしな話ですよね? 自分は結婚して家を出ていったというのに。


 そんな兄マインドと父マインドを引きずったままの私は、驚きながらも会うと返事をしました。



 ☆☆☆



 顔合わせ当日。

 


 私も呼ばれて実家へと足を運び、母親と弟も、妹たちが来るのを今か今かと、そわそわしながら待っていました。


 今だからこそ言えますが、全員、とても機嫌が悪かったです。


 一回も会ったことのない相手を紹介します。

 そして、プロポーズされました、からの結婚します。ですからね! 正直、気持ちはジェットコースターで、何がなんだかわかりませんでした。


 なんだったら、妹は騙されているのかも……なんてことも頭に過ぎりました。


 本当、なつ本人からしたら、大きなお世話過ぎますよね? いつまで子供だと思っているんだって感じでしょう。


 我ながら、妹離れのできない兄兼父兼、時折、母だなーと思います。


 そんな複雑な感情を抱いていると、とうとう、宿敵……彼氏が現れました。


『初めまして山崎海斗って言います! よろしくお願いいたします!』


 決してイケメンではなくて、ひょろひょろしている。

 どこか頼りないイメージ。

 学生の頃や、社会人になってから聞いていた好みとは違う普通の男の子でした。


 だけど、清潔感の漂う服装に常にニコニコしている。

 

 私が、『どうして挨拶するの遅れたのかな? 同棲する時に挨拶できたと思うんだけども――』


 こんなふうにチクチク、よくなかったことや品定めするようなことを投げかけても、120%で返してきました。


『すみません! それは本当に僕が悪いです!』


 どこの新入社員ですか?! と言わんばかりの綺麗なお辞儀。

 対して、妹のなつは我関せずといった素振りで、私の横を通り過ぎて隣に座りました。


『なんでそんなに怒ってるん?』


 これが余計に私の色んな気持ちを刺激してしまい、その怒りの矛先はなつに向こうとしました。


 けれど、なんと挨拶にきた海斗が、その妹を注意したのです。


『なつ、そんなふうに言うのはおかしいよ? お兄さんはなつのことを思っていってくれたんだから』


 お分かりでしょうか? もう、内心パニックです。

 初対面にして、お兄さんと呼ばれてからの、フォロー。

 そして、家族の前で妹なつを敬称なしで呼び捨て。


 礼儀正しいのか、正しくないのか、いい子なのか、そうじゃないのか、もう全くわからなくなりました。


 結果、私の説教にイライラを隠せない妹、その態度に呆れる弟に、母親。


 そして、ぺこぺこ頭をさげ続ける海斗。


 実家はカオス状態となりました。



 ☆☆☆



 さて、そんなカオスとなった実家ですが、居心地の悪い変な空気を漂わせながらも、なつの思惑通りに進みました。


 というか、誰も初めから反対はしていませんでした。


 好きな人が出来て、恋を知り、愛を知る。


 私を含めた全員がその尊さを理解していたからです。


 とはいえ、やっぱりそのまま受け入れることもできないのが、家族というものじゃないでしょうか? 長く一緒に居たからこそ、その成長を見てきたからこそ、愛しているからこその、言うなればお気持ち表明って感じですね。


 当の本人からしてみれば、たまったものはないでしょうが。


 色々と語りましたが、こうして、私の大切な妹は嫁に出ることになりました。



 ☆☆☆

  


 そこから、更に時は流れて。

 

 現在、愛する人を見つけた妹なつは、とうとう母親になります。


 しかも二人目です。


 第一子の時もそうでしたが、そこには、もう私の知っている幼い頃のなつは居ませんでした。


 いえ、いるのはいるのです。

 ですが、母親として、自分の子供を持てる最大級の愛で包み込む母としての側面が本当に強く出ていました。


 話す内容は、自らの夢ではなくて、子供の将来。

 こうしてエッセイを綴っている最中も、さみしいようで誇らしい、そんな気持ちが私の胸を渦巻いています。


 ですが、義弟と妹の間に生まれた小さな命は、私たち家族をまた強く繋いでくれました。


 年一回しか顔を合わせなかったというのに、誰かの誕生日が来るごとに誕生日会。


 そこで、子供の成長を語り合いながらも、自分たちの近況も交える。


 そして、あの日、対峙した宿敵の海斗はというと、帰りの遅い仕事から転職し、家族との時間を取れる職種となり、今現在時短勤務をしながら、なつの身体を第一に。


 それを押し付けることもなく、自然にこなすのです。


 さすが、私の愛する妹とでも言っておきましょうか?

 って、調子良すぎますかね?


 なんにしても、妹に見る目があったという証明ではないでしょうか。


 人生は短くて長い。


 だからこそ、愛する妹と義弟の家族が、いつまでも幸せでありますように。


 拙いエッセイを読んで下さりありがとうございました。


 なにかの参考にして下されば幸いです。


 皆さんの家族にも幸あれ〜!


 では、失礼いたしました。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほしのしずく @hosinosizuku0723

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画