第2話 ぽっちゃりになりたい理由

 放課後、私はグラウンドにいた。

 私は陸上部に所属している。記録はけっこう良い。自慢じゃないけどね。

 去年は全国的大会に出て、ベストエイトに入賞した。

 おもに百メートルと四百メートルを走っている。

 短距離は好きだ。

 走っているときは無心になれる。

 嫌なことも楽しいことも全部まとめて、忘れることができる。

 無心になり、風との一体感が心地よい。

 何本目かの百メートルを走りきった私に男子陸上部員が近づいてくる。

 彼の名前は風早颯太かぜはやそうたという。違うクラスの同級生だ。名は体を表すと言うとおりに爽やかが擬人化したような男子だ。当然女子人気も高い。

「夏の全国も行けそうだね」

 そう言い、風早颯太は私にスポーツドリンクを手渡す。

 私はそれを遠慮なくいただく。

「まあね」

 と私は短く答えた。

 風早颯太はその後も何か言ってきたが、私は適当にあしらい、家に帰った。

 

 自宅に帰った私は大盛りの唐揚げと格闘していた。唐揚げをかじり、白米を流し込む。

 私の母さんは料理上手だ。

 唐揚げはご飯が進む味付けだ。

 この唐揚げは賢一君の好物でもあった。

 昔はよく一緒に夕ごはんを食べたものだ。

 賢一君の家は父子家庭だ。

 賢一君のお母さんは今から五年前に他界した。

 賢一君のお母さんは琴美さんといい、ほっそりとしたスタイルのとても美人さんであった。

 私の母さんとはいわやるママ友であった。

 琴美さんは若いときにはモデルの仕事をしていたという。

 そんな町内でも有名な美人の琴美さんが、病気で倒れた。

 それは私たちが中学生にあがって間もないころだ。

 琴美さんの病名は子宮頸がんであった。

 私は母さんに連れられて、何度か琴美さんのお見舞いに行った。

 行くたびに琴美さんが目に見えてやつれていくのがわかった。健康なときでも細かったのに、末期には言い方は良くないが骨と皮だけになっていた。

 健康なときがとびっきりの美人だっただけに、私は正直見ていられなかった。

 賢一君は学校を休んで、ずっと琴美さんの側にいた。

「琴美ちゃんかわいそうにね」

 そう言う母さんの言葉が忘れられない。 

 そして六月の梅雨のあるの日こと、琴美さんがこの世をさった。

 琴美さんと会った最後の日、私に彼女は言った。

「賢一君のことをよろしくね」

「わかったわ」

 私は琴美さんの骨ばった手を握って、そう答えた。


 琴美さんを失って、賢一君は学校に来なくなった。近所に住んでいた私は彼の家にプリントなんかを届けによく行った。

 無理やり賢一君を家から連れ出して、母さんの料理を食べさせた。

 賢一君は母さんの唐揚げだけはよく食べた。

 その唐揚げのレシピは実は琴美さんが考案したものだった。生姜のよくきいたご飯の進むレシピであった。

 夏休みが終わったころには賢一君は学校に来るようになった。

 賢一君は元気を取り戻したようだ。

「学校来れるようになったんだ」

 私は賢一君にいった。

 その頃から賢一君は眼鏡をかけだしていた。

 眼鏡の奥の澄んだ瞳を見て、私は心臓が百メートルを走るよりもどきどきするのを覚えた。

 明確に賢一君のことを好きになった瞬間だと思う。

「うん、これを見つけたんだ」

 賢一くんは学生鞄から一冊のライトノベルを取り出した。

 男の子のまわりを何人かの可愛らしい女の子が取り囲んでいるイラストのライトノベルだった。

 賢一君はペラペラとページをめくる。

「ほら見てよ、この子。すごく可愛いよね」

 賢一君がライトノベルの挿し絵を指さす。

 そこにはセーラー服の胸元が現実ではありえないほどぱつんぱつんに膨らませた金髪女子が描かれていた。

 賢一君はフィクションに触れて、現実の嫌なことを忘れたようだ。

 これは私の完全な推測というか妄想みたいなものだが、賢一君がぽっちゃり好きになった理由がイラストを見てわかった気がした。

 琴美さんはほっそりとした美人であった。

 賢一君はそんな優しくて美人の琴美さんが大好きだった。

 そんな琴美さんは病気で痩せ細って、此の世を去った。

 つまり細いといことは否応なく賢一君に死をイメージさせた。逆にぽっちゃりはいわゆる生の象徴なのだ。

 細い女子はどうしても死をイメージめさせる。

 大好きな母親を失った悲しみを思い出させてしまう。

 でもぽっちゃり女子ならばそのイメージの真逆の存在なので、死という言葉を遠ざけてくれる。

 だから賢一君はぽっちゃり女子が好きになったのだ。


 私は賢一君のタイプの女子ではない。

 それは人に言われなくてもわかっている。

 だから私はぽっちゃり女子を目指して今日も今日とて揚げ物を食べるのだ。



 いつものように私は授業の合間の休憩時間に菓子パンを食べていた。

 前の席に美穂が座り、これまたいつものようにスマートフォンをいじっている。

「ねえホソイヨ知ってる? あのホルスタインってKカップあるんだってさ」

 美穂の言うホルスタインとはあの豊岡京華のことだろう。それにしても美穂は口が悪いな。

 京華だからKカップなのかしら。

 ちなみに私は、いやそれは言うまいて。

 Kカップもあったら靴紐結ぶのがたいへんだろうな。

 私なんかすんなりと靴紐を結ぶ事ができる。

「そ、そうなんだ」

 意識してないのに声が裏返る。

 私はチーズ蒸しパンをいちごオレで流し込む。

「ホルスタインがなんか電車で酔っぱらいに絡まれていたら、宅間君が助けたんだってさ」

 クラスのゴシップマイスターである美穂が私にそのような情報をもたらす。

 なんかはるか昔にそんな様な映画があったようななかったような。

 ちらりと窓際の賢一君を見るとあろうことかあのKカップ京華とラインのIDを交換していた。

 二つ目の焼きそばパンの味はまったくしなかった。

 

 

 

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それでも私はぽっちゃりになりたい!! 白鷺雨月 @sirasagiugethu

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