アイシーエイエヌ

葉月氷菓

アイシーエイエヌ


 似ても似つかんウチの双子の弟、ショウタ。二卵性双生児やから顔が似てへんのは当たり前。一応ウチの方が先にお母さんのお腹からひょっこりと頭を出したから姉ってことになってるけど、弟はなんとなくそれが不満なんやろうな。事あるごとにウチに対抗心を燃やしてきた。

 小四の頃ウチが庭で宿題の縄跳びをしてたら、ぽけっと間抜けに口を開けて弟がこっちを見てた。うわー始まった。次のセリフはもう分かってる。


「そんくらいぼくにもできそうやわ」


 そう言って弟はウチから縄跳びをぶんどってぴょんぴょんやり始めた。ウチがやってたのはハヤブサで、クラスで跳べるのは今のところウチだけなんやけど、コイツあっさりと跳んで見せやがった。弟のクラスはまだ縄跳びカード貰ってないはずやから、正真正銘いまのがはじめて。ウチかて運動神経は割といい方やって自負してるんやけど、目の前でこんなんされたらそらムカつく。

 ついにはハヤブサだけじゃなくてツバメまで跳び始めたからもう我慢できんくなって、ウチは弟の不格好な猫背を馬鹿にすることで精神的勝利を得ることにした。


「お前跳んでるときめっちゃ猫背やん。だっさ!」


 弟はかっと顔を赤くして、縄跳びを投げ捨てて腕振り回して殴り掛かって来たけど、ウチは「あほ! ぼけ!」とか言いながら頭をバシバシしばき返して返り討ちにした。ちなみにウチの方がちょっと背が高い。そしたらぴーぴー泣き出して、お母さんにチクりに行きよった。後で怒られるやろうけど、ウチは弟に勝利したことにとりあえず満足を得た。

 いっつもこんな感じ。近所のフジちゃんとバドミントンしてたら「そんなんぼくにもできるわ~」と割り込んできて、誰より上手くやってのける。フジちゃんの前やから生意気な弟をしばく訳にもいかず、ウチはぎりりと歯を食いしばった。運動もそう。勉強もそんな感じで、いっつもウチのやってることを覗き込んでは真似っこしてウチを上回っていく。その度にしばいて泣かしてやったけどな。

 そんなことを繰り返してるうちに、弟は自分の器用さに気付いたんやろな。ウチの猿真似だけじゃなくて、いろいろ趣味を広げていっとった。お父さんの模型雑誌を借りて、ぽかっと間抜け顔でそれを眺めとった。何となくわかってきたんやけど、このぽかっとした間抜け面をしてる時、弟の脳みそはフル回転していて、自分の能力と照らし合わせてたぶんシミュレーション的な? ことをしてるんやと思う。決して無鉄砲に「できる」と言い張ってるわけじゃなくて、ちゃんと緻密な計算がそこにあるんやろうな。そんでなんかアニメのロボットだか人造人間なんとかマンみたいなプラモデルを買ってもらって器用に作ってた。庭に出て缶スプレーで綺麗に色を塗っとった。真剣なときは、いつもぐねーっとした猫背になる。プラモデルは別にウチの趣味やプライドに干渉してるわけじゃなかったけど、缶スプレーのシンナーが臭かったので「くっさ!」と苦情を入れておいた。「うっさいわ」と返事があった。

 中学に入ったら弟はもう、ウチの猿真似はしなくなった。というかウチなんか多分もう相手にならんって悟ったんやろうな。体験入部でいろんな部活を覗いては、そこそこいい感じにやってのけるから人気者でひっぱりだこらしい。ウチはバド部に入りたかったから、「バド部には来んなよ」って脅したら「わかった」って言いよった。


「俺バスケ部にするわ」


 何日か後に、嬉しそうにそう言っとった。その頃はもうウチよりだいぶ背も高くて、バレー部かバスケ部は欲しがるかもなーと思ってたら案の定。まあいいんちゃう?


「俺バスケ部やめるわ」


 半年くらい経って、顔じゅう痣と傷だらけで弟は言った。


「あほちゃう。ボールやらユニフォームやら買ってもらったのに、もったいな」


 弟は「うん」しか言わんかった。


「お前、もしかして先輩らに『俺にもできるわ~』とか調子乗って言ったんちゃうん? そんなんキレさすに決まってるやん」


 当て推量みたいな言い方したけど、これは実は噂で聞こえてきた話やった。そして三年の先輩たちを1on1ワンオンワンでけちょんけちょんにしたら、体育館裏に呼び出されてボコボコにされたんやって。


「そんなんムカつかれて当たり前やろ。ウチに言ってる分には許してやってたけどさ……世間では通用しーひんねん、あほ」


 まあウチもブチギレてたからそれはちょっと盛ったけどさ。


「うっさいな」


 生意気に言い返してきたのでノートでバシバシしばいたら、ぴーぴー泣き出した。殴り返してはこんかった。

 それから弟は特に何かに情熱を燃やすこともなく、対抗心を燃やすこともなく地味に慎ましく生きていた。いつのまにか背筋がまっすぐしゃんとして、謙虚で、生意気はどっかに置いてきたような顔してた。ウチはちょっと後悔した。ウチが余計な事言ったせいで、弟を何のチャレンジも出来ひん男にしてもーたんかなって。ほんまにコイツは天才やのに。何かひとつのことに取り組んだら国体でもオリンピックでも制覇できるはずやったんちゃうかなって。「俺でもできるわー」って生意気を言わせ続けた方が、いい未来があったんかなって。


 それもまあ昔の話で、ウチも弟もまあ普通に大学に行かせてもらって、それから就職して三年ほど経った。弟は実家から通勤してて、ウチは独り暮らしやねんけどワケあって今実家に帰省してた。やから、久々の四人の食卓。

 テレビリポーターがわーわー言ってて騒がしい。


「日本海沖から巨大怪獣が姿を現しました!」


 出よった。何年か前から世界中にちょこちょこ姿を見せては、滅茶苦茶に都市を破壊していくドでかい怪獣。アメリカに初めて出た時はマジか、って世界中パニックやったけど、今はもう当たり前の災害として付き合っていくしかなくなっていた。けどついに日本近海に出現して、それでウチは今怪獣疎開で帰省してるんやけど、いろいろと覚悟せんとあかんかった。

 ローンあるけど、もっと南に引っ越すか。いや、どこも一緒やって。両親が話している。テレビでは、怪獣と戦うために戦闘機に乗った防衛隊員の顔写真が公開されて名前が読み上げられていた。死亡したって。何人も何人も。

 ぱっと画面が変わって、コマーシャルみたいなのが入った。「防衛隊員募集!」って。なんか嫌な予感がして弟の顔を見たら、ぽけっと口を開いて間抜け面しながらコマーシャルに見入ってた。

 あほ。ぼけ。何をシミュレーションしとんねん。別にお前が行かんでいいねん。頑張って戦ってはる防衛隊の人らには悪いけど、ウチは平々凡々な一家で、怪獣から逃げ惑う一般市民のままでいさせてほしいねん。その代わり、助からへんなら文句言わずに一家そろってぺしゃんこになります。やから、お前も黙って家にいとけや。お父さんもお母さんも、さすが親子やわ。弟から何か変な空気を感じたっぽくて、慌ててリモコンを操作してる。


「父さんネトフリ入ってんけど、あのテレビで見るやり方教えてや。テザリングやっけ」

「ミラーリングな」


 ウチが突っ込むとあーそれそれ、とお父さんが笑う。お母さんも笑う。ウチも笑う。わははうふふあはは。おい、お前も笑えや。「ぼく怪獣に勝てそ~」とか言おうもんならしばくで。口開いた瞬間ボコボコに殴ってぴーぴー泣かしたるわ。平凡な家族でいようや。


「姉ちゃんさ」


 びくっと身体が跳ねた。「なに?」って聞き返したけど、ちょっと声が震えてもうた。


「中学の時、俺がバスケ部の先輩らにボコられたことあったやんか。あの後、姉ちゃんが先生にチクってくれたんやろ? 先輩ら、生活指導の先生にめちゃくちゃシメられとったわ。フジちゃんから聞いてん」

「は? いつの話やねん」


 悪態ついてあしらおうとしても、弟はめげずに続けた。


「俺アホやから、思った事ぜんぶ口に出してまうねん。姉ちゃんに言われて治ったけどな。やから、姉ちゃんみたいに人知れず、黙って誰かの為に何かするみたいなん、めっちゃ格好いいと思うわ」

 ウチは「は?」「なんやねん」みたいに誤魔化すけど、なんか涙声になってしまって、それ以降は喋れんかった。弟もそれきり、何も言わんかった。


 朝起きてスマホ見たら、なんかニュースがすごいことになってた。怪獣がもう一匹増えとった。けど、どうも怪獣同士が喧嘩してるとかなんとか。リビングに降りたら、お父さんとお母さんが食い入るようにテレビ中継を観てた。画面の中には昨日、日本海沖から現れた巨大怪獣と、なんか怪獣並みにデカい人間みたいなのが取っ組み合ってた。なんとかマンみたいな? 人造人間なんとか的な? わからんけど……よくわからんけど胸が熱くなって、ダッシュで二階の弟の部屋に向かった。中に入るまでもなかった。ドアには赤紫色の缶スプレーでこう書いてあった。


ICANぼくならできる


 ウチはうわあああって叫びながらまたリビングに降りてテレビに齧りついた。怪獣の口元が光って、火かビームかなんか知らんけど今にも吐き出しそうなヤバい雰囲気やった。やばい、がんばれ! しばいたれーっ!

 なんとかマンは勇敢に立ち向かう。その後ろ姿は、ぐねーっと不格好な猫背やった。






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