勇者パーティーの広報担当

勇者伝記

『世に魔王が現れてから十余年。

 北の大地は暗雲の中に閉ざされ、大陸は今や魔王の手に落ちようとしていた。

 夥しい数の魔王の軍勢を我らベーリング国王軍が北方砦で食い止めているものの、突破されるのは時間の問題――


 そんな時、神より天啓が下される。


『西の大地に聖剣在り。それを引き抜きし少年こそが、魔王の暗雲を払う人類の希望である』


 そして現れた勇者こそが、我らが英雄『ルイ・ベクターリア』!

 彼が聖剣引き抜きし時、雲は霧散し大地に光が降り注いだ――そして神は勇者の下に降臨し、この世界に希望を与えた。


『さあ勇者よ! 悪辣なる魔王を討ち果たし、この世界を闇に沈めんとする暗雲を打ち払うのだ!』


 そうして勇者の旅は始まった――』



 ◇



「……へ? 修正? え、なんでなんすか。これ結構いい感じですよね? ね?」


 聖王歴242年豊穣期。

 気候的なトラブルは一切存在しない晴模様の下、上司に突き返された広報文を手に、私はわなわなと震えていた。


「ちょ、ちょっと待って! ほらここ、こことかよくできてるでしょ! 勇者の登場を神が祝福してくれてるんですよ! これにはもう民衆のハートもノックアウト間違いなし! 神様のお墨付きを得て、最強勇者様の大爆誕じゃないですか!」


 改めて、私は自分の書いた広報文を読み上げる。魔王の到来から始まり、暗雲立ち込めた世界に勇者という希望の光が現れたことが一読でわかる素敵極まりない仕上がりだ。特にこの神様の部分が素晴らしい。民衆の信仰心を勇者への期待に変えて、がっちりと心を鷲掴みにすること間違いなし。


 こんなにもいい文章なのに、いったい何がいけないのか。

 上司は言った。


「神様の言葉は教会がうるさいんだよ。勝手にこっちが代弁したら、いったいどれだけ使用料がとられることやら」

「神様の言葉って使用料かかるんですか!?」

「そりゃ教会が伝えるありがたいお言葉だからなぁ。まあ、とにかく神様の言葉を消して、良い感じに勇者の登場を書いてね」


 そう言って、話は終わり。


「……あぁぁぁ……神様が登場しない勇者譚とか、どうやったらいいんですかぁ……」


 はてさてこんなところで自己紹介をひとつまみ。

 私の名前はオルフェ・ハートベル。女。仕事は、見ての通り。

 北の魔王を打倒すべく旅立った勇者の活躍を宣伝する、広報担当だ。


「なんでこんなことにぃ……」


 そして今は、勇者の到来を国中に伝える宣伝記事の、都合七度目となる修正のお知らせを受け取ったところだったりする。


 果たしてどうしてこうなってしまったのか。


「貴族の紹介も神様の言葉も王様の宣言もダメとか、じゃあどうやったらいいっていうのよぉ……!」


 すべては、この国を取り巻く魔王と勇者のせいだ。

 勇者、というのは現在絶賛この国を悩ませている北方の魔王を打倒すために立ち上がった英雄だけれど、結局のところは十六歳の少年で、しかも前身は羊飼いだったこともあって、その程度の肩書だけじゃ誰も勇者を英雄扱いしない。


 けれどその実力だけは本物なので、国王様は勇者を魔王打破の旗印とするべく、民に勇者を持ち上げるプロパガンダを画策した。

 勇者礼賛を世界に発信し、魔王討伐の希望を持たせることで、うまいこと民衆を操作しようとしたけれど。


 問題は、誰が勇者の活躍を伝え広めるのか。


 勇者は若い。しかも、これは国王様主導の国家プロジェクトで、責任は重大。下手な宣伝をして、勇者の株を下げるようなことを言ってしまったら最後、国王様の手で処刑されてもおかしくない。


 そんな責任は負いたくない。けど、この計画の成功に導いた立役者となれば出世できると考えた人間が、都合よく尻尾きりで切る新人を活躍を広める広報担当として抜擢しようと考えた。


 そうして白羽の矢が立ったのが私。

 私、オルフェ・ハートベルなのだ。


 私が前世に何をしでかしてしまったのかは知らないけれど、そうしてこうして失敗したら処刑されてしまうような大役を押し付けられてしまった。


 しかも、勇者喧伝の一番最初となる勇者の登場を伝える宣伝記事から躓きまくりな私である。


 もうめっちゃこの先が不安で仕方がない!

 しかも上司は『民衆が勇者をめちゃくちゃ支持するように、派手な宣伝記事を頼むよ』だなんてこと言うしさ! 


 まだ西から勇者旅立ったばかりなんでしょ!? 魔王の軍隊と接敵してるわけでもなし、書くことなんて旅路で出会ったごはんの食レポしかないでしょこんなの!


 あーもうどうしたらいいの!


「……とりあえず、記事の修正しよ」


 不眠ポーションを一口飲んだ私は、腕をまくって筆を執った。

 先の不安はその時になったら考える。そんな未来任せな精神で、私は仕事に取り掛かるのだ。


 ◇


「うん、まあいいね。採用で」

「お、終わった……」


 それから丸一日かけて、修正を繰り返して、ようやく上司の満足のいく記事を書き上げた私は、ようやく終わったと肩の力を抜いた。


 ちなみに完成品は、『かつて没落した貴族の末裔の少年が、先祖様の霊の言葉に従って森の中にある聖剣を引き抜き、魔王討伐の使命を感じ旅立つ』といった感じの宣伝だ。


 現存する貴族家の名前は使えず、王様も勇者の人間性をまだ見定めている段階なので下手な御触れは出せなくて、尚且つ神様は権利関係の問題で使用禁止、とそんな三重苦の中、何とか知恵を振り絞って出した私の結論が採用されて一安心。


 これで突き返されようものなら、もう私が魔王になってこの世界を破壊していたところだった。ふぅー、あぶねぇー。


「んで、次の仕事なんだけど」

「……はい?」

「次の仕事。『勇者伝記』は週刊チラシってことで各町の掲示板に貼ることになってるから、それに間に合うように次の宣伝記事を書いてね」


 上司から告げられた更なる仕事の言葉に、私は大きくため息を履いてから思う。


 あー、世界ぶち壊してやろうかな。


「は……い……わ、かりました……」


 けれど私もいっぱしの大人。無理を呑み込んで、仕事の話を快く呑み込むのだ。


 心の中の魔王は、もう暴走寸前だけれど。



 ◇



 さて、次の広報を考えないといけない私は、まず急いで荷物をまとめて西の地に旅立った。なにせ勇者は西の地でゆっくりと旅をしているのだ。


 広報といえど、嘘はよくない。せめて本当にあったことを脚色して伝えなければ、信憑性は無いし、それがバレた時に信用が地に落ちてしまう。


 だからその脚色のタネはないものかと、勇者の活動を確認するために私は西の地に訪れた。

 そしてさっそく、勇者一行の姿を拝見。

 実を言えば初めて見る勇者の顔の印象は――なんというかどこにでもいる十六歳だなんて感想だった。


 西の地特有の赤い髪に、黄色い目。ちょっと背が高いのがいい所だ。広報ポイントを上げよう。ただ、彼は常にへらへらと笑みを浮かべていて、危機感というものに欠けていた。


 傍らには幼馴染らしい男の子と女の子が一人ずつ。女の子の方は勇者と同じ赤い髪に黄色い目をしているけれど、男の子の方は西の地の生まれではなさそうな暗い灰色の髪をしている。


 男の子の方の名前はカイン君。女の子の方はセラスちゃんと言うようだ。


 彼らはちょうど街道の道すがら、一晩の宿を探していたらしく、昼も終わりかけたこの時間に西の地一番に大きな町であるフォレストリアという場所に訪れていた。


「わー、おっきな町」


 と勇者ルイ。

 見上げた先にあるのは赤い屋根がひしめく町の目抜き通り。三階建ての建物も珍しくない町並みだけれど、比較的田舎な西の地では、このフォレストリアはかなり発展した町だ。


「あ、服屋! 私、服みたい!」

「まったく、セラスは服ばっかりだな……」

「そういうカインはお酒にギャンブル! もうちょっとお金の使い道を考えてよね」

「まあまあ二人とも、もうすぐ日も暮れることだし、早く今晩の宿を探そう。お楽しみは明日になってからだよ」

「「はーい」」


 勇者がリーダーになって、幼馴染二人をまとめる様子を見て、私は思わずこんな言葉を零してしまった。


「……平和ね」


 勇者の珍道中は平和そのものだった。

 まあ勇者は元羊飼い。争い知らぬ平民で、積極的に盗賊を狩りに行くような義憤の塊でもなければ、訪れた街でトラブルを探すような目立ちたがりでもないのは当然のことだった。


 そんな彼らは、街道を歩いて町から町へ。道中で路銀を稼いでは、酒場で飲み食いをして旅を楽しんでいる様子。その姿からは、記事になるようなアクシデントの気配はみじんも感じられなかった。


 どうしよう。

 書くことないんだけど……。


『勇者一行珍道中! 西の地一番の街「フォレストリア」に訪れた勇者は、ご当地グルメ「フォレストリアカバ」の肉団子スープに舌鼓を打つ。ああ、なんと美味しいスープだろうか。護衛の仕事で疲れた体にしみわたるうまみは絶品の一言。絶妙な塩加減が眠気を覚まし、肉汁あふれ出る肉団子が全身に活力を与えてくれる――!! 旅の際には是非、フォレストリアへ』


 うん、今ちょっと頭の中で記事を考えてみたけど、私の心の中の上司が言ってる。――『修正してね』と。


 ってかこれじゃあ勇者の宣伝じゃなくてフォレストリアの宣伝じゃん!

 勇者の宣伝、勇者の宣伝……やっべ書くことがねぇ!!


「と、とりあえず出直して……いやでも、時間的に往復はきついか……」


 勇者伝記を発行する広報事務所から西の地まで、早馬を使って約二日。往復を考えると、出直して話題を集めるには時間がない。なにせ次のチラシ発行は一週間後――厳密には、既に二日経過してあと五日しか時間がない。


 是が非でも、私はここで宣伝に使える脚色のタネを手に入れて、帰って記事を書き上げなければいけないのだ。


「勇者の宣伝……」


 王様は魔王討伐の旗印としての勇者を求めている。

 つまり私が書くべきは勇者の強さ。

 迫りくる魔王軍を討ち果たす活躍の記録だ。


 それは襲い掛かる敵を倒し、強さを示す英雄譚でなければならない。けど、そんなちょうどいい敵が、国内に簡単に現れてくれるはずがなくて、結局私は書くことがないと呆然と立ち尽くすしかない。


 どうしよ。もういっそのこと嘘でも書こうかな。

 でも下手なこと書いて、その土地の貴族を怒らせたらそれこそ大問題なんだよなー。勇者を大英雄に仕立て上げたいなら、そういう問題は国王様が解決してくれたらいいのに……けれど残念、国王様はこの件に一切関与しないらしい。


 これで勇者が活躍したら、ほくほく顔で勇者を抱き込むんでしょ? ずる過ぎない? もっと現場であくせく働いてる人のこと考えてよね!! あー、だめだ。考えれば考えるほどやる気が失せていく……。


 ……まあ、処刑が掛かってる以上、私も全力で頑張らないといけないんだけど。

 まだ死にたくないもん。私、まだ20歳だし。


 とりあえず勇者一行を尾行する私。既に勇者の後をつけて一日が経とうとしていて、夜空は真っ暗になってしまっていた。けれど私は尾行をやめない! 死にたくないから!


 しっかしどうしたもんかなー。次の宣伝チラシ、本当に書くことないんだよなー……ん?


「あ、ちょっと酒場に忘れ物したわルイ。行ってきていいか?」

「もう、カインはおっちょこちょいなんだから」

「大丈夫だよカイン。僕たちは宿の方で待ってるから、ゆっくり取ってきて」

「……チャンスだぜセラス。せっかくの二人っきりなんだから、今が攻め時だ」

「ッ……!! もう、おせっかいよカイン! 忘れ物取り行くならさっさと行ったら!?」

「うわぁ、おっかねぇ! それじゃあ、行ってきまーす!」

「……?」


 悩む私が、とりあえず勇者一行の後をつけていたところ――ふと彼ら三人パーティから一人ふらふらと離れていったのが見えた。

 離れたのはカイン君。灰色の髪の幼馴染。

 ただ、気になるのは彼が歩いて行って方に宿はない。では果たして彼はどこに向かったのか。私は気になって後をつけてみた。


 すると――


「……だ、だ、だ、大スクープ!?」


 すると町の路地裏で、カイン君が怪しげなフードを被った何者かと密会をしている現場に遭遇してしまった。


 しかもあのフードから飛び出た角は……魔族!

 魔族といえば魔王の配下! まさかこの町に、魔王の軍勢が潜んでいただなんて!


 とりあえず私は屋根に上って、路地裏の密会に盗み聞く。


「――勇者はどうだ?」

「特に問題はない……ただ、変に勘が鋭いから暗殺は難しい」

「あんなへらへらしたガキだってのにか!? いや、本当はお前がビビってるだけなんじゃないのか!?」

「ビビりかどうか、今ここで試してもいいんだぞ? まあ、その瞬間には俺かお前のどちらかが、地面に伏せることになるだろうがな」

「……チッ、わかったよ」


 どうやらカイン君は魔王軍のスパイだったらしく、勇者一行に紛れてその動向を見張っているようだ。となると、勇者の脅威を魔王はもう知っているのか。これ、結構なスクープだよなー……いや、でも美味しい所だけ頂こうとしてる国王様にこれを伝えたところで、何か対策を立ててくれるとは考えづらい。


 うーん、勇者パーティに裏切者が居るだなんて広告を打つと、流石にマイナスイメージが過ぎる。そう、私の心の上司も言ってる。『流石に没だなぁ』、と。


「いやまてよ?」


 密会を見下ろせる屋根の上で、腕を組んで私は考える。

 勇者の賢伝に必要なのは、勇者が打ち倒すべき敵に他ならない。そしてちょうどいいことに、ここには魔王の手勢が居る。

 しかもこの手勢は、勇者に攻撃を加えられないことに不満を覚えているようだ。


「……」


 暗い考えが私の頭を過った。

 いやいやまさか、魔王の手先を勇者にけしかけて、それを打倒してもらおうだなんてそんなそんな――あ、密会が終わったカイン君が勇者の下に戻っていく。


「よし、やるか」


 屋根の上で、私はにやりと笑った。



 ◇



 夜の闇の中、フォレストリアの薄暗い路地裏にその魔族は息を潜めていた。

 私はその後ろからそっと近づき話しかける。


「失礼」

「ッ……何奴!」


 声をかけられた魔族は、その瞬間に懐から短剣を取り出して私を斬りつけてきたけれど、大きく体を逸らしてその斬撃を私は避けた。


 ふふふ……生き汚い私の回避能力を舐めるなよ……数少ない私の取り柄なんだからね、これ!


 さて、とっさの攻撃をよけられた魔族だけれど、よほどその攻撃に自信があったのか、彼は目を丸くして驚いていた。そして、震えた声で言う。


「お、俺の攻撃を見切っただと……」

「私を誰だと思っている?」


 ばさりと私は夜の闇の中、月明かりのスポットライトが当たるように移動して、その姿をこれ見よがしにアピールした。


 頭から足先までをすっぽりと覆い隠すような黒いフード付きの外套。フードは目深にかぶり、更には真っ白な仮面をつけて完全な不審者として現れた私の姿を見た魔族は、ごくりと唾を呑み込んで言った。


「ま、まさか幹部様……それもそのローブは、第四位のヘルダイン様では……!」


 誰だヘルダイン。

 まあいいや、ちょうどいいし使わせてもらおう。


「そう、私こそが魔王軍が幹部第四位のヘルダインである!」

「し、失礼しました! 先ほどの攻撃、どうか……どうかご慈悲を……!!」


 威圧的に声を低くして喋ってみれば、面白いように魔族さんがひれ伏した。


「いや、でも声が少し高いような……」

「私を疑うか無礼者!」

「ひぃ! す、すいません!」


 バレそうになってちょっと焦った私は、更に声を低くして喋る。……ちょっと喉痛い。


「まあいい。貴様にはやってもらうことがあるからな。だが次はないと思え」

「はいぃ……あ、ありがとうございます!」


 うーん、面白いぐらいに怖がってくれるなこの魔族さん。

 でもこの人で遊ぶのもほどほどにして、正体がバレる前にさっさと用件を済ませておこう。


「魔王様からの指令を伝えに来た」

「ま、魔王様直々の指令ですか!?」

「ああ、そうだ」


 真っ赤な嘘だけど。


「勇者を抹殺せよ。指令は以上だ」

「なっ……しかし、魔王様は以前、勇者に下手に刺激を与えてると、力をつけかねないと……」

「私にもわからん。だが、魔王様も考えがあってのことだろう。それこそ勇者は我々の脅威に違いないのだから、消す分には困らないだろう?」

「た、確かに……!」


 私の一言一言に怯えながらも大仰なリアクションを取ってくれる魔族さん。私もノリノリでヘルダインの振りをしてしまってる節があるけれど、とりあえずことはうまく運べているようで一安心。


「さあ、そろそろ勇者が宿で寝静まる頃合いだ。貴様の実力を見せて来い!」

「はっ! 魔王様の仰せのままに!」


 そう言って、魔族さんは早速、勇者を殺しにどこかへ行ってしまった。

 それを私は見送って、ふぅと息を吐く。


「よし、大スクープだ!」


 それから仮面と外套を脱ぎ捨てて、事件現場へと急ぐのだった――



 ◇



『●暗殺者大撃退! 勇者の剣が闇を裂く!!

 

 聖王歴242年、豊穣期の暖かな夜にその事件は起こった。

 舞台は真夜中のフォレストリア。西の地を発った勇者たちが旅の小休止として訪れた宿に、魔王軍の手先が忍び寄る――


 魔王の手先が手に持った短剣を引き抜くと同時に、宿の窓ガラスをたたき割って中へと押し入り、眠る勇者の首筋に切っ先を突きつける!


『さあ勇者よ覚悟しろ! 魔王様が第一の刺客がやって来たぞ! 泣こうが喚こうがここが貴様の墓場成! さあ、我が刃がお前の首を掻き切るぞ!』


 夜の闇の中、魔王の手先が高らかにそう宣言するや否や、宿のベッドごと短剣の刃は勇者を切り裂く――かに思えたが、しかしその短剣が勇者の首に到達することはなかった。


 なぜならそこに、勇者はいなかったのだから。


『寝床を襲うとは、魔王の底も知れたものだ。勇者はここだ魔王の手先! 俺の首が欲しいなら、正面から挑んで来い!』


 勇者の姿は魔王の手先のその後ろにあった。

 勇者の手には聖剣シルバード。古来より伝わりし神聖な力が刃先に迸るその時、聖剣は闇を照らす光を得る。


 眩き光を前にして、魔王の手先は叫んだ。


『おのれ勇者、かくなるうえは真正面から切り伏せてやろう!』


 短剣を握る魔王の手先は、愚かにも勇者に正面から挑んでしまった。

 決着は一瞬。

 聖剣が流星の如く動いたかと思えば、闇の中に魔王の手先の首が落ちた。


『卑劣なる魔王よ! 俺は必ずや、貴様をこの聖剣で叩き斬ってやる!』


 戦いが終わり、割れた窓から北の大地へ勇者は叫んだ。

 彼の戦いは、まだ始まったばかりである――』



 ◇



「ほう、いいじゃないか。採用」

「ッしゃオラッ!!」


 上司に提出した宣伝記事が採用されてガッツポーズ。

 そんな私の姿を相変わらず冷めた目で見る上司は、次なる仕事を――来週の記事を私に期待する視線を向けてきた。


 けれど、今度の私はそれを笑顔で受け止める。

 それはなぜかって? 決まってる。


「今度は随分と余裕そうだねオルフェ。何か秘策でもあるのかな?」

「秘策? そりゃもちろんありますよ」


 そう、私は気づいたんだ。

 多少の脚色はともかく、勇者の活躍を伝えるうえで嘘をつくのはよくないことだ。


 だけど、そう簡単に宣伝するに足る事件が起きるわけじゃない。

 しかし、だ。


 私が事件を起こすとなれば話は別。


 フォレストリアに潜んでいたぐらいだ。魔王軍はきっとどの町にも潜伏しているだろう。なら、それを利用しない手はない。


 暗躍する魔王軍の、更にその裏で私が暗躍して、勇者の活躍を創り出す。

 私が用意した敵を勇者が倒して、その活躍を私が記事にして宣伝する。


 そうすれば、勇者の知名度はうなぎ登り。

 私も処刑を免れるどころか、勇者の知名度を上げた立役者として昇進も夢じゃない。


 そう、これはすべてこの国のためだ。


 勇者の活躍を伝え広め、北方の魔王を打倒する旗印とする作戦のため。


「それじゃ、ネタ集めに行ってきまーす」


 私は暗躍する。



 

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