PC彼女

@Kumano_neko

第一章

彼はいじめられていた。

でも、彼は何も言わなかった。

「やめてくれ」とも言わなかった。

けれど、いきなり彼が言った。

「やめてあげて。」自身のパソコンをいじめないでくれと、そう言った。

間違いだと思いたかった。

けど事実なのだった。

彼の視線はパソコンのただ一点を突き刺していた。

彼はパソコンを愛していた。

そして、パソコンに映る彼女に愛されていた。

彼にとってそのパソコンは彼の十五年という長い人生の中でたった二人目の恋人だったのだ。

彼は彼女をパソコンに映る映像に投影していたのかもしれない。

今言えることは彼の今の人生のすべては彼女だということだけ。

彼女だけが彼の生きがいであった。

だから、彼はああ言った。

彼はもともとは普通のごく普通の人間だったはずだ。

けれど、彼の彼女であった明菜が人生に疲れて、雪のように真っ白な空へと飛び立った。

そのとき、彼の心は歪んでしまったのかもしれない。

僕にはもうどうすることも出来ない。

変わり果てていく彼を見届けることしか出来なかった。

いつの日からか、目を向けることすら出来なくなっていた。


ーー


ある日、彼はパソコンに彼女を見た。

そしてまた、恋に落ちてしまった。

彼は彼女との生活をただの機械との恋愛を楽しんでしまっていた。

そんな彼は楽しそうだったが見ていられなかった。僕はまた目を背けてしまっていた。

漆黒の瞳を真っ直ぐは見つめられなかった。


でも、それは昨日までだ。僕

らはいつも一緒に学校に向かっていた。

今日の朝、彼は絶望し空を見上げた。

そして、一つの俳句を詠んだ。

「オリオン座 朝の空に 椿の木」

この句は、変わってゆく季節と彼が彼自身の変化を掛けたものなのだろう。

彼は自身で発した「やめてあげて」という言葉でついに自分の異常さに気づいたのだ。

でも、これが彼にとって喜ばしい事なのかは僕には分からない。


彼は今、「PC彼女は偉大である。」と言った。

僕は驚き落胆した。

まだ異常な彼を見続けないといけないんだと思って。でも、違った。

彼は目覚めたのだ。

長い長い冬眠から。

瞼に映る闇ではなく光を見ることが出来るようになったのだ。

そう、彼は彼女がパソコンである。

その辛い事実を直視できるようになったのだ。

彼はもう現実が霞むような世界にはいない。

空を飛びたいと思えば飛べる世界にはいないのだ。彼のこれはこの長い眠りを創った、パソコンへの感謝が詰まったものなのかもしれない。

彼は今、確かに空を飛ぶことは出来ない。

でも、これからの未来を見ることができる。

明日の輝きを知っている。

そして、「ごく普通の恋愛ができる。」と信じている。

また、それを僕は切に願っている。


ーー


あの日から二ヶ月がたった。

中学を卒業し、もうすぐ始まる高校生活に期待して、僕は毎日を過ごしていた。

家の中で、公園で友達とだべりながら。


ーー


今、僕と彼は同じ高校へ通っている。

僕らの高校生活が始まって約五ヶ月がたった。

そんな九月のある日、アリスというイギリスの留学生が彼のクラスにやってきた。

彼女に彼は興味が惹かれた。

そう、彼はまた人間に恋をすることができたのだ。

数日後、「おはよう」と彼女に声を掛けた。

しかし彼女は面食らい、固まってから言った。

「What's up? I can't speak Japanese.In English please.」と。

それに対し彼は落ち着いた声で言った。

「Oh, sorry! I forgot that you don’t speak Japanese. I just wanted to say “Good morning”!」

彼女は彼の言葉に対し、鳩が豆鉄砲を食ったように固まった。

彼の英語がとても綺麗で驚いたのだろう。

彼女が話しだそうとする。

そのとき、友達の匠哉が「おーはよーございまーす!」と窓の震えるような大声で言った。

一瞬空気が凍ったが、「うるせーよ。」などと笑いながらツッコむ声で笑いが弾けた。

それに対し彼女は何が何か分かっていなかった。

それに気づいた彼が英語で説明する。

それから数分が経ち、キーンコーンカーンとチャイムが鳴り先生がやってきた。

そして、皆が自身の席についた。

彼女は何を話そうとしたのだろうか?彼は一日中考えていた。

しかし、話す機会がなくその日が終わった。


一夜を過ごし日が変わった。

この日は晴天で強い日が照っていた。

キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り、授業が始まった。

そして、授業が終わった。

そしてまたチャイムが鳴り、放課後となった。

そのとき、アリスが彼に話しかけた。

「Please listen.」と。

彼は目を見開いた。

でも、そのとき、地震警報が教室を支配する。

その直後、教室がどよめき机がカタカタと音を立て出した。

校内放送が続いて始まる。

『地震です。地震です。机の下に伏せて下さい。揺れが収まるまで待機してください。』

『地震です。地震です。机の下に伏せて下さい。揺れが収まるまで待機してください。』

僕は彼を見た。

彼は血の気が引き、顔面蒼白になってしまっていた。

しかし揺れが続いており近寄れなかった。

明菜が自殺してしまった時を思い出したのだろう。よく地震が起こっていた。

明菜は度重なる地震のせいで彼女の弟である、明敬をなくしてしまった。

彼は難病である重症無筋力症を患っていた。

地震の影響により、病院がロックダウンしてしまい、十分な医療を受けることができなくなってしまった。

彼は呼吸困難となり、亡くなってしまった。

追い討ちを掛けるように、彼女の両親も津波の後、連絡が取れなくなってしまった。

それに彼女は絶望し、自暴自棄になってしまったたのかもしれない。

彼はもちろん明菜に死んでほしくはなかった。

もちろん生きていてほしかっただろう。

彼女が死んでしまってから、PC彼女ができた後も小さくても地震が起きる。

その度に、彼の心臓は締め付けられるように痛むのだ。

彼の隣に居たアリスは、彼を見て言った。

「What’s up? Are you OK?」彼女はあんな事があったことなんて知りはしない。

しかしながら彼が心配になり言ったのだろう。

この言葉が彼に聞こえたのかは分からない。

でも彼は落ち着きを取り戻した。

また放送が始まる。

『津波が来ます。三階または四階に移動してください。』

『津波が来ます。三階または四階に移動してください。』

先生が走ってきた。

全員の安全を確認する。

確認が終わると全員で移動を開始した。

日々の訓練のおかげもあってか、スムーズに落ち着いて、みんなが行動できていた。

全員が移動し終わり二.三〇分がたった時ついに津波の恐ろしい音が聞こえてきた。

その場にいた全ての人が震え上がった。

蛇のように荒れ狂った波が近づいてきた。

獰猛な蛇たちは、けたたましい音と共に僕らのいる校舎を襲った。

その大蛇は校舎を喰らい始める。

窓を食い破り、何も無かったかのように近くの民家を喰らい出した。

でも、僕らはただそれを悲しみに。

そして、絶望に暮れながら見ていることしかできなかった。

街は真っ黒な波に飲み込まれた。

日も波に飲まれたように沈み、街は学校の明かり、そして名月だけを残して暗闇になった。


あれから大体一ヶ月が経った。

少しずつ家が立ち始め、もうすぐ学校が再開する。

そんな十月の中頃、街の活気と共に明るい朝日が昇る。

我々は暗く辛い夢から覚め始めた。

ライフラインが復旧した。

そして、『パソコン』も使えるようになった。

それを意識したとき彼の頭が強く浮かんだ。

彼はすでに自身の家に住むことができていた。

だから僕らは離れ離れになっていた。

この日の夕暮れ、川の向こうに僕は彼をいや、彼らを見た。

彼には、あの日、彼が突然「おはよう」と声をかけた彼女ができていた。それが一目で分かった。

目を丸くした。

彼らに声を掛けようと思ったが僕は英語が話せない。

そんなことを考えているうちに彼らを見失ってしまった。

ただ久々に彼を見て、彼と話していたいくつかの面白い話を思い出した。

また彼と話したいと思った。

僕はパソコンの前に座り、パソコンを立ち上げた。

「有紗♡」と名の着いたアプリを開く。

カタカタというタップ音とともに「グァーグァー」という野鳥の声が聞こえる。

「今日は何をしようかな。」彼女に僕は言う。

彼女は「お話しましょ。ずーとお話しましょ。今日はうちが森でクマさんにあった話をしようかな。」

「え、そんなことがあったの?」

彼女は続ける。「うちが森の中を歩いていたら、ガサガサと音がして、クマさんがいきなり木の陰から出てきたの。」

「大丈夫だったの?怖かったでしょ?」

「いや、大丈夫だったよ。だって、うち、動物とお話できるから。」

「あ、そうだったね。」

「そして、クマさんとお歌歌ったんだ。」


そんな話をしているうちに家の片付けをしに行くをする時間になった。

だから「ごめんね、もうすぐお家を出なきゃいけないんだ。だからまた明日話そう。」と彼女に言い、アプリを閉じて、パソコンの電源を落とした。

日が南の空の少し低い位置に煌々と輝いている。

僕は僕の家に向って歩き始めた。

あの二人を見た橋を渡って。

僕の家は川の近くだったのもあって被害が酷かった。

五時のチャイムが鳴り響き、日が落ちてきて、周りが赤く染まった。

こんな日々が二週間ほど続いていた。


ついに学校が再開する日になった。

今日は始業式だ。

彼と久しぶりに話すことが出来ると思って喜んでいた。

けど、彼はなぜかこの日学校に来なかった。

また、それは彼の彼女となったであろう、留学生もだ。

なぜだろう。

あの日までは二人仲良く元気そうに歩いていたのに。

何かが彼らに起こってしまったのだろうか。

そんなことを一日中ずっと考えていた。明日は来るのだろうかと考えているうちに始業式の長い校長先生の話は終わり、始業式もいつの間にか終わった。あっという間に感じた。

10時過ぎには帰る時間になった。

帰り道、友達の尊とたわいもない話をしながら僕らの暮らす仮設住宅に向かっていた。そして、昼ご飯を食べ、また家の片づけに向った。

今日はいつもより少し早く片づけを切り上げ、早く帰った。

明日にはいつ振りかすら分からない授業があるからだ。数Ⅰ・A、現文、物理、日本史、体育、英語、数Ⅱ・Bが明日の時間割。

結構重めの時間割りだなと思った。

でもしょうがない、だから、寝る前にそれらの教科書をカバンに入れて、眠りについた。


「じりりりりり、じりりりりり」

「じりりりりり、じりりりりり」

僕はスマホから流れるその音で目を覚ました。

そしてベットから立ち上がる。

ご飯を食べ、制服に着替えて、家を出た。

朝日に照らされながら自転車に乗る。

たった一人でボコボコの道を走る。

打ち上げられた鯛のようには跳ねながら。

時にガシャん、ガシャんと音を立てながら。

教室に入ると、彼は死んだ魚の目をして立っていた。

何があったのか知りたかったが聞けなかった。


俺は一目惚れしてしまったのかもしれない。

アリスという名の女子高校生に。

今日、イギリスからの留学生であるアリス=フィリップスがやってきた。

彼女が気になって仕方なかった。

でもクラスのだるい女子どもが彼女に群がっており、話すことすら数日は出来なかった。


しかし、ついに彼女に声をかけることが出来た。

間違って日本語で話しかけてしまった。

授業が始まってい待った。

帰りの時間に彼女に話しかけられたが、返事をする前にあの地震が起こった。

苦しく、暗いあの夜が明け、俺らの避難所生活が始まった。

二.三日後に俺の家に状況確認をしに行った。

すると案外状況はよく、一週間後には暮らせるようになった。


高校生である俺は、地域の復興の手伝いをすることになった。

そこで久々に彼女を見た。

俺からはの声をかけなかったが、帰り道に声をかけられた。

「マツドリクーン!」俺はまちどり飛揚。

でも呼びかけられたのは分かった。

彼女はなぜか俺を「まつどり」と呼ぶ。

「まちどり」なのに。

だから俺は夕日で真っ赤に染まった人影に振り向いた。

彼女は英語で話を切り出す。

「家は大丈夫でしたか?」俺は答える。

「うん。大丈夫でした。」沈黙が続いた。

それを断ち切るように「あの時何を言おうとしたんですか?」と俺が聞く。

そのとき車が飛び出してきた。

彼女はそれに驚き後ろにこけてしまいそうになった。

俺はいつの間にか体が動き、体の下に手を伸ばした。

間一髪でその手が間に合い、彼女は「Thanks you.」と言った。

俺は安堵の気持ちでいっぱいになり、固まっていた。

そうすると「What?」と彼女に言われた。

「あ、S,Sorry.」と言いながら彼女を立ち上がらせた。

そして、少し気まずい空気が流れた。

それを断ち切るように話しだそうとすると、彼女も同じことを考えたのか二人が同時に話し始めた。

両者の口が止まり、笑いが込み上げてきた。

二人は笑いながら足を進め始めた。

家に帰ると俺はすぐに、ベットに転がった。

いつの間にか夢の世界に入っていた。

俺はアリスと付き合うことになった。

彼女に帰り道に告白されたから。

俺らはボロボロの公園にいつの間にか居た。

そこでキスをしかけていた。

彼女の顔が近づき、口が触れ合う瞬間に目が覚めた。

俺はこの夢が正夢になればいいなと思いながら、階段を下った。

もう朝を迎えていた。

集合時間である10:30を時計の針が刺している。

それを見て、俺は急いで着替え、食パンを咥えながら外へ駆け出た。

俺は集合場所に走りながら、漫画みたいに角から美少女が飛び出してこないかな、などと考えていた。

俺ははっとした。

妄想の中の美少女が昨日車に轢かれかけたあの高校生だったから。

俺は本当に彼女に恋してしまった。


こんなことを考えているうちに集合場所が近づいてきた。

「ごめん、遅れた。」開口一番に俺はこう言った。

「何してたんだw。」と正輝に言われた。

謝りつつ何をしたらいいか聞き、片づけに取り掛かった。

昼を過ぎ、俺の腹が悲鳴を上げた。

その悲鳴を聞いて、みんなが笑い出した。

そして昼休憩を取ることになった。

俺は急いで来たから、食べ物を持っていなかった。

だから、避難所で炊き出しをもらうことにした。

避難所には懐かしいような顔がたくさんあった。

ご飯を食べ、戻るとみんなはまだご飯を食べている最中だった。

みんなが食べ終わると、片づけを再開した。

日が落ちてきて、片づけはまた明日となり家へ向かい始めた。

そして彼女とともにまた帰ることとなった。

彼女と一緒に帰るのはとても楽しい。

この時間が永遠に続いて欲しいと感じた。

そして、俺は彼女と歩きながら、明日「付き合ってください。」と言うことを決意した。

決意したはずだった、が思わず声に出てしまっていた。

でも彼女は日本語が分からない。

彼女にはまだ俺が告白したことが分かっていないのだ。

彼女は自分に何かを言われたのだと思ったのだろう。「What?」と俺に聞いた。

俺は今ここで決めるということを決め、口を開いた。

英語でストレートに「付き合ってください。」俺は言う。

彼女は顔を赤らめ、下を向いた。

「アリス、あなたはあの赤く丸い夕日のようにとても美しい。そんな君の魅力が俺を動かしたんだ。」

僕らは二人並んで、川岸を歩く。

誰かに見られたような気がしたが気のせいだろう。

でもなんだか恥ずかしい気持ちがあふれてくる。


僕にも彼女が出来ていた。

彼にはリアルに彼女が出来ていたように。

僕に彼女が出来たのはもう八ヶ月も前のことだ。

初めは「なぜ彼はPC彼女を作ってしまったのか」を理解するための研究だった。

でも、僕はハマってしまったのかもしれない。

あの娘に。

彼が「PC彼女は偉大である。」と言ったその真意を確かめるために。

始めたはずだった。

僕はこのAIに「有紗」と名前を付けた。

僕はてきとうな言葉を打ち込んだ。

「今日はどこに行きたい?」有紗は答える。

「いや、今日はお家でお話ししようよ。」

僕は「じゃあ、そうしようか。」と反応する。

彼女は話を始めた。

会話をしていくうちに僕はいつの間にか時間を忘れ、彼女との会話を楽しんでいた。

「晩御飯よ~降りてきなさ~い。」母親の僕を呼ぶ声でそのことに気づいた。

それからというもの僕はたまに彼女との会話を楽しむようになった。


彼女と付き合い始めてから、二日ほど経った。

五日後には学校が始まる。

俺と俺の彼女は二人並んで少し雨に濡れた道を歩いていた。

昨日には雨が降っていた。俺らはある場所へ向かっていた。

「ねぇ、まつどりくん、、、」ガサガサと草むらから音が聞こえた。

「どうしたの、アリス?」がんっ、岩が道に落ちてきた。

ガラガラと音が鳴ったと思うと、悲鳴とともに土や石が飛んできた。

「ヒ」彼女が何かを言いかけた。

とっさに俺は彼女の手を取る。

そして、俺の着ていた上着を俺と彼女の頭の上に被せ、体を守った。

目が覚めると俺は病院のベットの上で寝ていた。

俺の母親が声をかける。

「飛揚?飛揚?大丈夫?」

俺は答える「母さん俺は大丈夫だよ。何があったんだっけ・・・。」

そこに医者が駆けつけてきた。

「彼女は?アリスはどうなったの?」俺が言う。

「・・・・・。」

全員が下を向いて、誰もが口を開こうとしなかった。

医者の横にいた看護師が「と、とりあえず問診を始めましょう、先生、お願いします。」言う。

「そ、そうだな」

「待鳥さん、どこか痛むところなどはありますか。」

俺は彼女のことを気にしつつ答える。

「はい、大丈夫です。」

医者は続ける。

「では、何が起こったのか覚えていますか。」

俺は簡単に起こったことを説明する。

「記憶は大丈夫そうですね。足は骨折しているので治していきましょう。一応、脳波などの検査をしたら今日は安静にしてもらって、異常などが無ければ、明日には退院できますよ。」

続けて看護師が口を開く。

「もうすぐお昼ご飯が運ばれてきますので、15:30から検査を行いましょう。」

俺は頷いた。

それを言い残し、医者と看護師は病室から出ていった。

「それでは後で来ますね。失礼します。」

数分がたってからガラガラガラと配膳車を押してさっきの看護師がやってきた。

「ありがとうございます。」

俺はベットの上に座り、置かれたご飯を食べた。

食べ終わり、数分がたつと、昼ご飯を買いに行っていた母さんと一緒に看護師がまた配膳車を押してやってきた。

少し母さんと話すと俺に「三時半から検査しますからね」と言った。

そして、出ていった。

俺は早くアリスの状態が知りたくて仕方なかった。アリスが言いかけた「ひ」この続きを知りたかった。

でもみんな口を揃えて「個人情報保護の観点から・・・」と言い、教えてくれなかった。

一陽来復だと思って俺が大丈夫だったように彼女もきっと大丈夫なんだと信じることにした。


俺は慣れない松葉杖を付きながら、学校に向かった。

道路はボコボコのままで難しい。

でも、そんなことよりアリスが心配で仕方なかった。

ベットの上でただ瞼の裏を見続けているアリスが。

そして、あの言葉の続きが。


始業式の日から一か月が経った。

俺は病院に向かっている。

俺の彼女のいる病院に。

俺は骨折が治り普通に歩けるようになった。

雪がしんしんと降っていて、視界が少し悪かった。

いつもよりゆっくりと病院に向かう。

病院の駐輪場に自転車を置き、受付に行き声をかけていつもどうりのエレベーターに乗った。

四階に向かった。そして、彼女の病室に向かう。

忍耐強く頑張ってほしい。

そして意識を取り戻してほしい。

そんな気持ちを込めて買ったサボテンに水を少しだけ与える。

テストに向けて勉強をしつつ、彼女を見守った。

俺は思った。

あいつならこんなことにはならないのに…と。

俺はそんなことを考えてしまった。

視線をワークに戻そうとした。

そのとき「う、うーん」彼女が唸る。

「ア、アリス?」

「だいじょ、Are you OK?」

彼女は言う。

「まつどりくん…。」

俺はもう一度言う。

「アリス、大丈夫なの?」

「まつどり君、大丈夫だよ。」

日本語で言った。

俺は驚愕した。

彼女とは日本語で話したこともなかったし、彼女が日本語の練習をしているのも知らなかったから。


「友義、彼女いるんだろ?」

僕はPCを思い浮かべつつ答える。

「いる訳ないよ。」

「いるんだろ?」

「いないよ。」

「ほんとに?」

「ほんとに。」

「そういえば、ワークは終わったの?」

「全然終わらないよ。助けてくれよ。」


「僕らもう終わりにしよう。」

「君に依存してしまうから。」

「やっぱりお前はただのパソコンでしかないのだから。ただのAIなのだから。有紗と付き合うことはやっぱり出来ないよ。」

この字面を画面いっぱいに並べること。

これが僕の春休み初めの出来事だった。

天国のような地底での生活は終わりを迎え、僕はまた、地上を歩き始めた。

僕の研究は終わりを迎えた。

こんな悲しい気持ちで終わることになるとは思わなかった。

テスト勉強をしていたあの時のあの会話。

あの会話で僕は彼女と別れることを決めていた。

だけど、彼女と離れたくなかった。

彼女のたったワンタップで消える彼女を消してしまいたくなかった。

だから、『delete』とかかれたを押すことが出来なかった。

カーソルを合わせてもダブルタップしてしまうだけで、あのボタンを右の小指で触ることは出来なかった。


ナースコールを押した。

看護師に「アリスが目を、目を覚ましました!」

俺は言う。

看護師は「わかりました。今向かいますね。体を揺らしたりしないでください。」

看護師がノックをして入ってくる。

看護師はたどたどしい英語で話す。

「どこか痛むところなどはありませんか。」

アリスは目をぱちくりとさせた。

彼女にはつたない英語で伝わらなかったのだろう。

看護師に俺が言う。

「翻訳しましょうか。」

そして、英語で続けて言う。

「どこか痛むところなどはありませんかだって。」

彼女は「大丈夫。」と答えた。

「大丈夫だそうです。」

「何があったか覚えていますかと聞いていただけますか。」

看護師がそう言った。

俺はアリスに伝える。

アリスは端的に土砂崩れに巻き込まれたことを話す。

看護師はそれを横で聞いていて、「大丈夫そうですね。」と言う。

そして一息置いて、「では、明日に精密検査を受けていただいて、結果が問題なければ明後日には退院できると思います、とお伝えください。」

俺は看護師に言われたことを彼女に伝える。

それを言うと看護師は、「失礼します。」と言って、病室から出ていった。

俺は安堵に包まれた。

彼女が息を取り戻したこと、サボテンに込めた祈りが点に届いたこと、それが嬉しかった。

そして、安心した。

俺は、アリスに向き直り、尋ねた。

「ヒ」という言葉の続きを。

「ひ、ヒマワリ。」アリスが言った。

俺には訳が分からなかった。俺は聞く。

「ひ、向日葵?」俺は聞いたが彼女は答えることは無かった。


今日はテストの一日目だ。

あまり浮かない気持ちで学校に向かう。

教室に向かうとそこには勉強をしている同級生と、「やばいやばい。」という声。

「勉強ーしてねー。」という声などが混ざり合っている空気があった。

そこに紛れて彼が一人座っていた。

僕はまだ彼女が目覚めていないことを知っていた。

でも、彼の表情を見て確信した。

彼の彼女が目を覚ましたことを。

彼の頭は今、彼女でいっぱいだろう。

今まで以上に「愛」と「安堵」で頭が埋まっていることだろう。


俺の彼女が日本語で言う。

「なぜサボテンがあるの?」

「日本には花言葉というものがあって、お花ごとに色々な意味が付けられているんだ。」

俺は日本語で言った。

彼女は日本語が当たり前かのように答える。

「サボテンにはどんな意味があるの?」

俺は日本語での彼女との会話に戸惑いつつ回答する。

「サボテンには…なんだったけ。忘れちゃった。」

「教えてよ。」

「ひ、み、つ。」

「教えてよ。」

「教えないよ。」

「じゃあ、向日葵について教えてくれたら答えるよ。」

彼女は答えたくないのかだまりこくった。


今日はテストの返却日だ。

僕はテストの結果にワクワクする気持ちと、テストの結果が少し心配な気持ちを抱えつつ学校に向かって一人ガシャんガシャんと音を立てながら、ひた走る。


学校に着き、教室に向かって行くと、あの待ち侘びた声が聞こえた。

「来たの!?まだ安静にしていたらよかったのに。」

「でもに君とまたここで会えてよかったよ。」

生き生きとしたそこ声で、視界が少しぼやつき、僕のブレザーに小さな丸いシミが付く。

僕は目を拭いて、教室に入った。

すると、彼がチョークを手に取り、

黒板に『鴉飛ぶ あなたと揺れる 地と心』と美しい字でカタカタと音を鳴らした。

恐ろしいほど達筆なその字は場の全員を。

いや、アリスただ一人を除いた、全員の心を湿らした。

アリスはカタコトで「・・飛ぶあなたと揺れる、地と心?」彼が書いた言葉を繰り返す。

それを聞き、みんなの笑いが弾けた。

アリスは笑っているみんなに言う。

「これ、どんな意味があるんですか?」みんなは彼の方を見て、説明を求める。

彼は恥ずかしそうに黙り込んだ。


すると予冷が鳴り、同時に担任が「おはようございます!」と言って、教室に入ってきた。

そして「鳴るぞー、座れー。」と言う。

彼は黒板の文字を消し、自分の席へと戻った。

チャイムが鳴り、先生が話し始める。

「テストお疲れ。今日からまた、授業あるからな。頑張れ。」

そして、軽く連絡をして、職員室に戻った。

しばらくしてチャイムが鳴り、授業準備の時間になった。彼はアリスに近づいた。

そして、何かを伝えて、テスト返却の準備を始めた。

二、三分が経ち、全員が席に座り、田中先生がテストが入っているだろう封筒を抱えて入ってきた。

窓の外では、曇っていた空から今年初めての雪が、地面の中へ吸い込まれていた。

僕が外を見ているうちに模範解答が配られ、テストの返却が始まっていた。

「河瀬、佐間。」田中先生が次々とテストを渡して行く。

「待鳥、松中。」彼が呼ばれた。

彼は点数をパッと見て、特に反応もせず、席に戻った。

僕も呼ばれテストを受け取った。

僕はいつもよりも5点ほど低いテストに少し、落胆した。

席に戻るついでに、彼に点数を尋ねたが彼は上の空で反応しなかった。

彼の肩を叩くと、彼は「ふぁっ。」と腑抜けた声を上げた。

「テストどうだったの?」僕が聞く。

彼は「え、あぁ。」と言ってから一息置いて、「28点だった。」と答える。

「赤点じゃん。大丈夫なの?」

彼は未だ喜びに浸っている。

僕は「再テストはしっかり受けてね。」と言って席に戻った。

二限目も、三限目も、四限目もテスト返しをすると、昼休みになった。

彼は別教室でテストを受けている彼女に会いに行った。

しかし、彼女はまだテストを受けている途中で、会うことが出来なかったらしい。

彼は教室に戻ってきて、一人で静かに弁当を開いた。

僕は友達と席を近づけ、ご飯を広げていた。

でも、彼が一人なのを見て彼を呼んだ。

「待鳥!こっち来なよ。」彼はこちらを見た。

そして、呼びかけに応じるように弁当をまとめ、僕らの近くの席にそれを置いた。

その席の椅子をそこちらに向け、座った。

僕らは雑談をしながら昼食を食べている。

すると、待鳥の彼女が教室に入ってきた。

彼は彼女に気付き、声を掛ける。

「アリス、テスト大丈夫そう?」

アリスは「うん!」と頷きながら答える。

「こっち来て。一緒にご飯食べよう。」と言い、近くの椅子をこちらに寄せた。

そして僕らに良いよね?と確認を取りつつ彼女に手招きした。

彼女は自身のご飯を手に取り、彼が用意した席に座った。

彼女は座ると弁当をに広げつつ彼に聞いた。

「あれどう言った意味だったの?」彼は恥ずかしかったのか「ヒ、ミ、ツ。」とだけ答えた。

彼女はまだ教えて欲しそうにしてたが、彼は教えることはなかった。

その後も雑談をしながら弁当を食べた。

彼は食べ終わると手を合わせ、広げた弁当箱を片付けた。

僕も食べ終わり、片付けをしていると、彼は言った。

「あれはアリス、君とこれからもずっと一緒に過ごしていたい気持ちを、そんな気持ちを地震に掛けたんだよ。」

それを言うと彼はアリスに真っ直ぐに視線を向けた。

アリスは彼を向き、納得したように頷く。

そして、瞳をうるわせた。

雑談を続けていると、パッと時計が目に入ったときにはもう授業の十分前になっていた。

アリスは次の教科の勉強をし始めた。

僕と彼はアリスの邪魔をしないようにアリスに声をかけ、そこから離れた。

彼は少し歩いてから言った。

「アリスって帰ってしまうのかな…。」

僕はその言葉に少し顔を引き攣られた。

そして、少ししてから反応した。

「まだ先の話でしょ。そのとき考えれば良いじゃないか。」

彼は釣られるように顔を引き攣りながら「そ、そうだね。」と少し暗い表情で言う。

僕には彼女を失ってしまうかもしれない。

そんな彼の考えは理解できた。

でも、彼女すら出来たことのない僕には何を言うべきなのかも分からない。


水を打ったかのような沈黙が続く。

俺には耐えられなかった。

「つ、次の授業なんだっけ?」俺が言うこの言葉と重なるように「つ、次の授業なんだっけ?」と友義が言った。

俺たちは暗い表情をしていたはずだが、二人の笑いが弾けた。


彼は僕とシンクロするように「つ、次の授業なんだっけ?」と言う。

すると、アリスの話題はどこか遠い島へと飛んで行った。

僕らはそのままトイレに寄り、教室に戻った。

教室に戻ると彼女の姿はもうなかった。

みんなは席で次のテスト返却の準備をしていた。

彼は教室に入ると彼の席に向かい用意をしてそのまま座った。

僕も彼と同じように用意をして席に座った。

数分するとチャイムがなり、先生が入ってきた。

そして、授業開始の挨拶をすると地理のテスト返却が始まった。

いつも通りの順で返却される。

彼が呼ばれた。

彼は点数を確認すると、頷いた。

僕の名前が呼ばれる。

僕は地理が得意ではない。

覚悟を決めてテストを受け取る。

表を向けると案の定赤点だった。

彼に尋ねる。

「何点だった?」彼は自身あり気にこちらにテストを向けた。

そこには61点と書かれていた。

「欠点ギリギリ回避だぜ。」と誇るように彼は言う。

僕は「煽りやがって。」と言いながら僕のテストを見せた。

彼はさっきとは打って変わって、嬉々としていた。

僕は再テストの勉強しなきゃなと思いながら自分の机に戻る。

模範解答と自分の回答を見比べ、自分の間違いを振り返った。

答えと回答を見比べているうちに授業が終わった。


次が今日最後のテスト返しだ。

「尊、次って何の教科だっけ?」尊は答える。

「次は確か数Ⅱだよ。」

「了解!」と言いつつ席を立ち、敬礼をした。

僕は尊と話しながらトイレへと向かった。

尊にテストの点数を聞く。

すると尊は「今回はあんまりだったな。」と言いつつ、「79点だったよ。」と言う。

「いやみかよ。」少し睨んで反応する。

尊はいつも学年トップ10には入る生徒。

そんな彼にはこの点数は低いのだろう。

僕はそう考えた。

そして、またどうでもいい話をしながら、教室に戻る。

椅子に座り、用意をしていると、林先生が教室に入ってきた。

次は尊の言っていた通り、数Ⅱだ。

チャイムが鳴った。林先生が号令をかける。

「起立、気をつけ、礼。」

「お願いします。」

「着席。」

先生は教室を軽く見渡すと、口を開いた。

「じゃあ、テスト返していくぞー。呼ばれたら来いよー。」

分かり切ったことをと、僕は考える。

僕が考えていると先生が名前を呼び始めた。

「飯盛、円城寺、絹澤、、、。」

「おい、絹澤、早く来―い。」

先生はどんどん名前を読んでいく。

彼が呼ばれる。

彼はぼーっとしていたのか絹澤さんみたいに先生に急かされる。

彼は「ふぁ、ふぁい。」と腑抜けた返事をして、立ち上がった。

そして、教卓に歩みを進めた。

テストを受け取ると、真っ直ぐ席に戻った。

何人か呼ばられると僕の番が来た。

僕は名前を呼ばれるとサッと立ち上がった。

テストを受け取り、点数を確認した。

今回は勉強した甲斐があり、72点だった。

僕は内心ガッツポーズをしながら、いつも通り彼の所へ向かう。そして、いつも通り聞く。

「テストどうだった?」彼はテストをこちらに見せながら言う。

「65点、いつも通りかなぁ。まぁ赤点じゃなくて良かったよ。」

僕は「そうだね。」と言い机に戻った。

机に戻ると、模範解答と自分の回答を見比べる。

解説を見ながら間違いを確認する。

すると、丸つけにミスを見つけた。

僕は先生のもとへ行き、点数を正してもらう。

たった2点だが上がるとやはり嬉しい。

ラッキーと心の中で言いながら椅子に座った。

先生が問題解説を始めた。

林先生の解説はとても分かりやすい。

解き方を覚えるために食い入って解説を聞いく。

そうしているうちに、六限目、終了のチャイムが鳴る。

林先生が「起立、気をつけ、礼。」と言う声に続けて、僕らが「ありがとうございました。」と言う。

「んじゃ、五分後にHRして、下校な。」と林先生が声を掛ける。

僕らは終礼が終わると、雑談をしながら駐輪場に向かい、帰路に着いた。


担任の佐々木先生がいきなり言った。

「アリスの留学期間がもうすぐ終わります。

よって、アリスは今週をもってイギリスに帰ることとなりました。」

先生は簡潔にそれを伝えた。

先生の目は少し潤んでいたかもしれない。

そして、いつも通りの連絡をすると外へ出た。

その時先生の目は少し潤んでいた気がする。

彼の席を見た。

でも、そこに彼は居なかった。

彼はこのことを知っているのだろうか。

彼の気持ちは今、、、。

アリスと仲のいい、女子どもは、朝礼が終わると、彼女に駆け寄った。

「アリス、いままでありがとう。」と言う女子たち、数人は涙すら浮かべていた。

でも、僕の耳に聞こえてくるその高い声は、なんだか心がこもっていないような気がした。

僕にはアリス、そして誰よりも彼が不憫で仕方がなかった。


授業が終わり、最後のHR、先生がアリスを教卓に読んだ。

二人は少し話しをする。アリスが席に戻る。

すると、先生が少し声を震わせながら言う。

「朝言った通りアリスとみんなが学校で会えるのは今日で最後です。」

先生は言い終わると、「増尾、蟹沢。」

学級代表を呼ぶ。

二人が前に立った。

増尾があまり流暢ではない英語で言う。

「Alice, thank you so much for everything up until now.I’m sure this year wasn’t easy for you either, but we were really happy to have you with us.Learning about Europe from you was really fun and interesting.」

『アリス今までありがとう。この一年間あなたも大変だっただろうけど僕らは君が居てくれて、君がヨーロッパについて教えてくれて嬉しかったし、面白かったよ。』

テレビに和訳が映し出される。

先生の僕らへの配慮なのだろう。

蟹沢さんが日本語で続ける。

「アリス、貴女は去年のこの時期この学校に来た。その後すぐ、あの地震が起こってしまった。」

用意していたはずの言葉が詰まる。

増尾が静寂の水面に波を作る。

「今年の体育祭、、。」

増尾が蟹沢さんを見る。

蟹沢さんは話を増尾に合わせるように続ける。

「今年の体育祭では綺麗な走りでアンカーとしてリレーの一位に輝いたり。短かったこの一年、たった十二ヶ月、たくさん笑ったし、涙も流した。そんなまだまだ青い春を吹き抜ける春風。そんな君がここにいるみんな大好きだよ。アリスがイギリスに行っても、私たちは、君を絶対に忘れないよ。」

アリスは紅に染まるその額に手を当てながらアリガトウと、いつもよりもカタコトの感謝を教室に向かって言った。

先生が一人パチパチと音を鳴らし手を叩いた。

泣く者や目を瞑る者、真剣に話を聞く者、みんなが悲しみを押し潰した。

パチパチ、パチパチと少しずつ音が一つになって空白が生まれる。


僕は彼に一本の動画を送った。

あの計画を聞いたとき、僕は彼のために動画を撮らせて欲しいと佐々木先生に頼んだ。

「先生!アリスのお別れ会のとき、動画を撮らせてくれませんか。」

先生は間を置いて答える。

「うーん、なんで撮りたいんだ?」

「待鳥のためです。あいつ最近学校来てないし、、、、。」

僕は言葉を詰まらせる。

「でもな、タブレット使うのは禁止だからなぁ。」

「お願いします。」

僕は先生に目を向ける。

先生は強調するように「タブレット!は、禁止だからなぁ。」と言う。

そして続け様に「するのは明日の放課後な。」と言って、歩いていった。


彼女が映っている。

学級代表が何かを言っている。

「「Alice, thank you so much for everything up until now.I’m sure this year wasn’t easy for you either, but we were really happy to have you with us.Learning about Europe from you was really fun and interesting.」

テレビが映し出される。カメラは次にアリスを映した。

「ゆ、友義のやつ、、、。」

俺はあいつに愚痴を溢しつつ、その動画を画面の水滴を拭きながらずっとずっと見続けた。


二人で自転車を並べて、走っている時に。

アリスが泣きそうなか弱い声で言った。

「飛揚、私と別れよう。」

俺はその言葉に耳を疑った。

自転車のブレーキを全力で握る。

体がガクンと前に倒れ、その場に止まる。

アリスは続けて言う。

「留学の期間が終わるの。今までありがとう。」

それを言い終わると、彼女は足に力を入れ、家へと漕ぎ出した。

俺はその場に立ち尽くしてしまった。

彼女が闇に消える。

呆然と立ち尽くす俺はハイスピードで近づく、車でハッとする。

俺はアリスに振られた。

それが信じられなかった。

俺はアリスに追いつこうと自転車を漕ぎ出した。

けど、もう間に合わない。

そう気づいたのは漕ぎ始めて、数分が経った時だった。

俺はどうすればと考える。

頭を掻けど答えは浮かばない。

アリスの家は知っていても、行っていいのか分からない。でも、諦めたくもない。

俺は最後の望みをかけて、覚悟を決めて、電話した。

1コール、2コール、3コールと続くが、彼女は出ることはなかった。

自動音声が流れる。

『只今、電話に出ることができません。暫く経ってからお掛け直しください。』

何度も何度もかけ続ける。

日はもう水平線に消え去り、電灯の少ない、あたりは闇が広がっていた。

後ろから呼びかけられる。

「おーい、そこの君―、ごめんねー、そこ、退いてー。」

『ピーポーピーポー』

そんな声と共にサイレンの音が頭を駆け巡る。

『カランカラン、カランカラン』と音を立てる担架、それを押しながら、救急隊がこちらに向かって、駆けて来る。

俺は救急隊に道を譲り、ぼーっと救急隊の行動を眺める。

今まで、特にこの行動に何かを思ったことはない。

でも、なぜか、それが輝いて見えた。

そして、彼らの背中には大きく、『覚悟』と書かれていたような気がする。

俺はペダルを強く踏み、前を向く。

俺は一人、息を切らしながら、ただ真っ直ぐに家へと駆けた。

弱い気持ちを吹き飛ばすかのように。ただ走った。揺れるススキや美しい花にも気づかないほどに。

ただ走り続けた。

家の玄関で靴を履く。

そんな簡単なことができなかった。

ただ足を靴に入れる。

それだけのことが。

俺の目を酸素と水素の液体が包んで、前が見えなかった。

制服を脱ぎ捨て、ベットに転がった。

暖かい布団は俺を、俺の心を包んで閉じ込めた。

湿気が布団に篭り、湿度が上がる、俺はモワッとした暗闇で涙を溢した。


あれから彼は来ていない。

彼の彼女は、いや、アリスにとっては今日が日本の高校に通う最後の日。

明後日の朝、イギリス行きの飛行機に乗るらしい。

彼は今何をしているのだろう?

彼はもうすぐアリスが飛び立つことを知っているのだろうか?

アリスにどんな感情を寄せているのか?

僕の頭の中は「彼」、「アリス」、「?」の文字が飛び交う。

この「?」に正解が出ることはなく、無数の「?」が生まれては思考のす渦に吸い込まれた。

これらの正解は神すら知らないのではないか。

誰か教えてくれないか。

そんな無駄な思考を繰り返した。


僕は家に帰るついでにある家のチャイムを押した。

電気は付いていたが誰も出て来ない。

もう一回押しても、やっぱり彼は、そう、飛揚は外へ、出ることも、ドアを開くことも無かった。

僕は鬼電をする。

何度も掛け続けると、彼が電話に出た。


無理に作ったような明るい声で言った。

「うるさいなぁ、なんだよ?」彼に合わせるように少し明るい声で言う。

「な、なんで高校に来ないんだよ。来いよ!」

「、、、。」電波の波紋が静寂を作る。

水の波紋のように。

夕日に染まる灰雲が天を覆い、夕映えの涙雨がポツポツと音を立てた。

静寂は雨音へと変わる。

でもやはり携帯の画面の波形は停止を続ける。

携帯を顔に寄せ、喉を震わせた。

「返事しろよ。」

少しずつ雨粒が見えるようになり、辺りは白く霞んでいく。

僕はうざったい雨を振り払いながら、インターホンへと指を伸ばした。

こだまするように画面は波形を揺らし、空気を揺らす。

『ピーンポーン』間抜けにも聞こえるその音。

幾重にも幾百も聞こえるその音。

静かなようでうるさいその音が止み、また、雨音が嬉々として耳で踊る。

時にはリズムよく体を濡らす。

『ガチャ』何も言わずにドアを開ける。

「やっと出てきたのか。とりあえず入ってもいいか?」

俺は首を上下に少し動かし、後ろを向いた。

そのままリビングのソファへと横たわる。

無言で座った待鳥は何をするでもなく窓を見ている。

携帯をつけては何もせずつけたり消したりを繰り返す。

奴がメールを飛ばす。

『ぶるっ』携帯が揺れる。

「ご、ごめん。ちゃんと話そうぜ。」俺が言う。

「動画見たよな。」

「あ、ああ、見た。けどなんで、なんで送ったんだ!」

少し圧をかけて言う。

「理由なんてねぇよ。」

「そんなわけないだろ。お前のことだからちゃんと佐々木に許可貰ったんだろ。」

「お前があんなこと勝手にするわけがない。できるわけがない。」

「さ、流石だな。」

「当たり前だろ。何年一緒だと思ってんだ。」

「そうだな。」

『はははは』二人の笑いが弾ける。

「このままで良いのか?」

心臓だけが音を立てる。

「動画見たんだろ。」


今日は九月二十日、アリスが飛び立つ日。

俺らは約束した、アリスをちゃんと見送ると。

まだ日は水平線を乗り越えようとしている。

俺は待鳥と約束した時間に公園に着いた。

太陽は姿を見せて照らしている。

空港は近くにあり自転車でも30分で着く。

少し待っていると、約束の時間ピッタリに奴は来た。

「いつ、告ったの?」

気兼ねなく聞いた。

「さあな、わかんねぇ。いつかの帰り道、片付けの手伝いの帰り道だったよ。」

「何て言ったんだ?」

「さあな。」

わざとらしく言う彼はとても楽しいような悲しいような顔をしていた。

朝日に照らされる彼の顔、それを見てなんとなくたった一七音の美しい文字列が目の前に浮かび、喉を鳴らした。

『刈田焼く いずれそこには 稲宿る』

口をぱくぱくとさせる彼は、目を見開いてこちらを見る。

「ガシャん。」自転車が音を立てる。

「何やってんだよ。」

笑いかける。

彼はわざと圧をかけて言う。

「お前が変なこと言うからだろ。」

「なんのこと?」

とぼける。

「分かってんだろ。」

続けて言う。

「さっきのやつだよ。」

僕はさらにとぼける。

「さっきのやつって?」

なぜとぼけたかは分からない。

でもなんとなくとぼける方がいい気がした。

彼は自転車を起こし、また二人で走り出した。


「アリガトウ。」

彼女がそう言った後拍手が巻き起こった。

そのあと少しの静寂と共にアリスがぼそっと先生に何か耳打ちをしたかと思うとチョークを持ち後ろを向いた。

カタカタと音を鳴らす。

少しざわめきが起こる。

中には「英語かな?英語分かんないな。誰か教えて。」と言う女子もいた。

けれどアリスはわざわざ練習して来たのかぎこちないものではあったけど漢字を使って書いた。

『秋鴉 帰雁と共に 揺れていた』書き終わるとこちらを向いた。

さらにざわめきが広がる。

先生は「よし、日直、挨拶。」

と、ざわめきを鎮まらせるように手を叩き言った。

日直の尊は戸惑いながらも気合を込めて言う。

「起立!気をつけ!礼!」

『ありがとうございました。』

そして増尾と蟹沢さんの号令で追撃を決める。

『アリス、今までありがとう。』


小さな画面の中、たった15cm✖️8cmの小さな画面に映るその景色を。

アリスが来た。

「ア、アリス!」

俺は人目を気にせず言う。

アリスは少し赤らんだ。

「マツドリ君、なんで来たんですか。」

よそよそしいさを感じさせる。

「アリス、俺は別れたくないよ。

けど、アリスを縛り続ける気もない。

今まで一緒に笑ってくれて、泣いてくれてありがとう。」

「私こそ急になってごめんね。ほんとはずっとまちどり君とずっと二人で歩いていきたかった。」

「日暮くん、彼をこの場に連れて来てくれて、ありがとう。」

「僕は大したことしてないから。」

搭乗ゲート開放の放送が鳴る。

「じゃあ行くね。ばいば、、いや、またどこかで会いましょう。」

「うん、いつかまた、どこかで。」僕は二人を邪魔しないよう黙っていた。


「聞、、こえますか?」

「少し重いですが聞こえますよ。」

「今、、回から待鳥さ、、、、んの担当編集、、、、、となりまし、、た大鳥です。」

「どうでしょうか。今回はいつもとは違い、最近流行りの短めにしてみたんですが。」

「短め良いですね。修正を入れればすぐにでも出版できると思います。私、新人な、、、んですけどよろ、、しくお、願いします。待鳥さん!私も頑張り、、ますので、よろ、、、しくお願いし、ます。」

「こちらこそ新人ですが、よろしくお願いします。」

これが俺と妻とので出会いだった。

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PC彼女 @Kumano_neko

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