第6話「続く苦難」
ハンナは続けて、アルの過去を話していた。エレナもじっと、ソファーに座って聞き入っている。
「……あの夜から9年。アルが17歳になった年だな。年月が経っても、彼の心に巣食った復讐心は収まらなかった」
「いつも吸血鬼を恨むような言動を見せて、協会の活動方針にも疑問の声を上げるようになった……」
「それでも、彼がシンビオーゼから離れなかったのは、両親への想いと私たちの願いが通じたからじゃないかな」
ハンナは棚に置いてある写真に目をやった。そこには少し冷たげに、カメラに免許証を見せつけて振り返るアルの姿が飾られていた。
「17歳というのは、人間がヴァンパイアハンターの免許が取れる最低年齢だ。昔は20歳からだったんだけど、被害増加の影響で引き下げになってな」
ハンナの言葉に、エレナは小さく首をかしげた。
人間がヴァンパイアハンターになれる――その言い方が、まるで人間以外もいるように聞こえたからだ。
「ハンナさん。まさかとは思うけど……吸血鬼がハンターになったりはできないよね?」
「いや、普通にいるぞ? 体力も力も人間より強いしな」
「え? そうなの……?」
「ああ、純粋なヴァンパイアのハンターは多くないが存在する。どちらかというと、人との混血……『ダンピール』のハンターが多いがな」
「でもそこまでこと細かく説明するのは難しいし、また後で話してあげるよ」
エレナは納得した様子で頷いた。確かに吸血鬼同士で戦えば、互角の戦いになるのは想像に容易かった。
「もちろん、彼はすぐに試験を受験した。そして……筆記、実技をすべてトッブクラスで通過して、彼は晴れてヴァンパイアハンターになった」
「ただ、ヴァンパイアハンターになれたからといって、すぐに自立するのはあまりにも危険すぎる。だから私は、彼を『事務所』で修行させることにした」
「事務所……?」
「ヴァンパイアハンターたちの集まりのことさ。会社ようなものと言えばいいかな? 実際、ハンターの仕事は個人よりも事務所が依頼を受けることが多いからね」
それを聞いたエレナは、アルの特異性に気がついた。おそらく個人などのワンオペは、強いハンターがやるのだろう。それなのに、まだ若いアルはひとりで依頼を受けている。
きっと、相当の実力者なんだろう。そう思った。
「エレナちゃん。お茶どーぞ」
「ありがとう、ジェレミさん」
話の途中、ジェレミが紅茶とお菓子を出してれた。エレナはクッキーをつまみながら、紅茶を喉に流した。思わず彼女の顔から笑みがこぼれた。
「おいしい……!」
「エレナちゃんは甘いの好き?」
「うん、血よりも好きかな」
エレナの何気ない一言に、周りは少しビックリした様子だった。血よりもお菓子が好きなんて、本当に吸血鬼が言うことなのだろうか。
少しだけ場が和んだところで、ハンナは再び話を戻した。
「それで、私はアルを『レーラー事務所』という所に入れさせた。私の弟子『ルドルフ・シュミット』というハンターが営んでいた事務所だよ」
「レーラー事務所は、地方都市にある中規模の事務所でな。真面目で実直なハンターが多いんだ」
「アルはそこで、彼から吸血鬼退治に関するイロハを学んだ。アルはルドルフを師匠と慕っていたそうだ。ルドルフもまた、アルを弟子と言って可愛がっていた」
「……しかし、どうしてだろうな。彼の身には、不幸が続いて起きるらしい」
またしてもハンナは声を小さくして、語った。
「今から3年前か……アルが19歳になった年。またしても事件は起きてしまった。アルとルドルフが、仕事でとある吸血鬼を追っていた時のことだ」
「彼らはいつものように、潜伏先と思われる場所をシラミ潰しで回っていた。ドイツを出てヨーロッパを飛び回ることだって珍しくなかったからな……その時はフランスにいたはずだ」
「……真夜中に、アルから電話がかかってきたんだ。珍しいなと思って、私はどうしたのか尋ねた。そしたら彼はとんでもなく焦った様子で、こう喋ったんだ」
「……『師匠がやられて、連れ去られた』と」
エレナは不意に、嫌な予感がした。今までの話を聞くに、吸血鬼に捕まってろくなことがないと思ったからだ。ルドルフは死んでしまったのだろうか。
「私はすぐに、協会所属の事務所へ片っ端から連絡して捜索に向かわせた。そうして数日後……奇跡的にルドルフは見つかった。私と帰っていたアルはホッとした気分だったよ」
「……でも、神の与えた運命は残酷だった。彼は吸血鬼に血を流し込まれ、眷属にされていたんだ」
「吸血鬼に、なっちゃったの……?」
「ああ……本来すぐにニンニク注射を行えば、助かるものなのだが……監禁された間に、完全に成り果ててしまったようだ。彼は吸血鬼になってしまったことを恥だと捉えて、私たちに介助を頼んできた。当然断った、シンビオーゼは吸血鬼だからという理由で殺したりしないからな」
「……アルも、その時は彼に生きてほしいと言っていた。いくら吸血鬼嫌いの彼でも、無理矢理吸血鬼にされた師匠を哀れと思ったみたいだ」
ハンナはジェレミが淹れてくれた紅茶のティーカップを見つめながら、そう語った。彼の中にあった良心を、今でも彼女は信じているのだろう。
「ところが……その後、彼は消息を絶った。私たちに置き手紙を残してな。やはり、私たちに向ける顔がなかったらしい。アルはショックのあまり、しばらく放心状態になってしまった」
「……その後は、察しの通りさ。彼の恨みはさらに強まった。片っ端から街中の吸血鬼を殺し回っていった。君くらいの歳の子でも、お構い無しにね」
「本当に、無念だ……もっとアルの側に居てやれたら、こんなことにはならなかったはずなのに」
ハンナの後悔が、思わず溢れた。ハンナにとってアルは、家族同然だった。彼に対する罪悪感が、少なからずあるらしい。
「これが、今までのアルの全てだ。聞いていて、苦しくなかったかい?」
「うん……でも、私。アルのこと知れたから大丈夫。……ホントひどいよね。私、吸血鬼に生まれて嫌な気分だよ……」
「エレナちゃん。自分を責めちゃいけないよ。生まれること、生きることに罪はない。人間だろうと、吸血鬼だろうとね」
スミロの言葉に、エレナは少しだけ気持ちを落ち着かせた。一気に甘い紅茶を飲み干した彼女は、今度はこちらの番と言わんばかりに口を開いた。
「そうだ、私のことも話さないと……あんまり覚えてないんだけど、大丈夫……かな?」
「ああ、問題ない。君の知っていることを、教えられる範囲で話してくれ」
エレナは少しだけ緊張しつつも、記憶を辿って話し始めた。
「……私は、数週間前までハンガリーにいたの。お母さんとふたりで暮らしてて……」
「でも、突然知らない人たちに襲われるようになったの。お母さんは、他の吸血鬼が私たちを狙ってるって言って警戒してた……」
「吸血鬼が、他の吸血鬼を……!?」
その言葉を聞いた3人が、顔色を変えた。何か思い当たる節があったようだ。
「うん……あんまりにも多く来るから、私も不安になってて……そしたら、お母さんが私を連れてドイツに行くって言い出して、それでついてきたの」
「そしたら突然、お母さんが私を街中に置いていっちゃって……どっか行っちゃったの……ぐすっ……」
「すぐ戻るって言ってたけど来なくて……お腹も空いたけど、人を襲うなんてできなかったし……逃げながら路地裏で過ごしてさ……」
「そして、アルに捕まって今ここにいるの……」
事情を聞いた3人は神妙な面持ちで、小声話し合っていた。その様子を、エレナは不思議そうに見つめている。
その時、ドアノブが無造作に回る音がした。
静かな部屋に、重い足音が響く。アルが戻ってきたのだ。
「……何してんだお前ら」
「アル。少し頭が冷えたか?」
「頭どころか体の芯まで冷えた。ったく……他の協会やガバメントハンターから圧力かけられてるのに、なんでこんな姿勢を貫けるんだろうな?」
「その答えは、初代会長にでも聞いてくれ。もう四半世紀以上も前に亡くなったがな。それより、この子の今後について話したい。ちょっと来なさい」
「なんだよ……めんどくせぇ」
アルは不機嫌ながらも、ハンナに連れられて少し離れた場所で話し始めた。
エレナは残された紅茶を見つめながら、胸の奥でざらつくような不安を覚えていた。
――これが、彼女に訪れる“数奇な日々”の始まりだった。
次の更新予定
2025年12月12日 12:22
銀と紅のセレナーデ CuriouSky(キュリアスカイ) @CuriousSky0804
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。銀と紅のセレナーデの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます