第5話 初めての毒魔術
「この世界の交通手段も車なんですね」
マントにフードが正装になっている私たちは誰にも見られないように俯きがちになりながら歩く。今犯罪者として見られているわけではないが、後々バレた時に証拠は少ない方が良いのだろう。
「クルマって? ムービング・アイロン・ブロックのこと? 俺らは隠しておく場所もないから歩いていくしかない」
動く・鉄の・塊、やっぱり車だ。
「ここだね」
数十分歩き続けてようやくついた。途中無言で気まずい時間もあったが、意外にもヴィリーさんは面倒見が良く、色々とこの街のことや昔のファーガスさんについて教えてくれた。
とはいえ、その話の大半が、自分がファーガスさんから褒められて嬉しかったから大好きだという内容だったが。たった数年でどうやってこの人をここまで手懐けたのだろう。
「時間帯もそろそろかな。中入って待とう」
扉を引いて先に中に入れてくれる。
「ヴィリーさんの毒ってどういうことが出来るんですか?」
「俺の? 意識をかく乱させたり激痛を走らせるのがモデルだから、自白させたり昏睡状態にしたりとか」
上手く使えば人を傷つけないで済む、と言ってその手を握りしめた。激痛も限度を越せば気絶に繋がるという解釈をしておこう。
「パーティーも楽しみですね。私家族以外とやったことない!」
「……それは、どっちの家族? 転生前の家族ってこと?」
そういえば、この人は私の転生についても信じてくれていて、興味を持って聞いてくれる。ただそういうジャンルが好きなだけかもしれないが、疑われて嘘つき呼ばわりされるよりも全然いい。
「転生前です」
言われたことさえやれば褒められる。自由も幸せも少ないかもしれないけど、不安もない。素晴らしい人生だったのかもしれない。
「ふーん。仲良しだったんだ」
「あの、なんでヴィリーさんは自分のこと能無しって言うんですか? デバイスとか検査のシステム作れるくらい頭良いですよね? それに、カッコいいじゃないですか。私が好きなのはファーガスさんですけど」
頭はもちろん、ファーガスさんが絶賛してることから、この世界においても褒められる容姿をしているはずだ。
「は? ファーは俺の王様だが。てか、俺は能無しであることに意味があるから。あなたがマニュアル通りに生きるのに意味を見出してるのといっしょ」
「なるほど……?」
ちょっと違う気もするが、やっぱり仲間ということだろう。
「先に言っとくと、毒魔術を使うときは時は相手が近くにいるところで声に出した方が叶いやすいよ」
皮肉だべ、と笑っている。願いを叶えるには目標に近いところで声に出した方が叶うということだろうか。確かに皮肉だ。
「叶わないものは、ないんですか?」
「ほとんどないけど、瞬発的に大量の魔力を使うと副作用で死ぬことがある。人の命に関わる力が強いほど副作用はデカいかな。そうそうないから安心して」
そのままエレベーターのような乗り物で上の階まで移動する。
「あ、ニクティさん来た。行きます」
ニクティさんがVIPルームに入っていくのを見届けてからあとを追いかける。
「はい、おやすみなさーい」
ドアを開けるのと同時に、緑色の光で包まれる。ヴィリーさんの仕業だと理解するまで時間がかかった。
しかし、その眩しさに目が慣れてきたタイミングであたりを見回すと、VIPルームの中にいる定員らしき人が二人、ニクティさんの防壁のようなものに守られている。
机にはミシンやいくつかの道具と生地が広がっている。テーブルを眺めていたらしいニクティさんも、こちらを見て睨んでいる。しかし、その頭には耳が映えているし、どう見ても体格が男の人だった。
「獣人!? ってか、男!?」
「防がれた!!」
唖然としているヴィリーさんに瞬時に蹴りを入れてくる。しかし、それを腕で防いで横に受け流す。
「流石、特殊部隊」
「あの、ぼくに何か用事ですか。誰にも教えてないのに……!」
周りの人間を心配している様子を見せつつも、青ざめた顔で唇を震わせている。
「あ! あなた方は私が守るのでご安心を」
すぐに体勢を立て直して、後ろにいる店員たちを庇っている。
「ば、バケモノ!!」
しかし、その片方がニクティさんを見て震えている。もしかして、毒魔術を使うと変身してしまうのか?
「リオナさん、幻覚使える? あの子を真っ白な部屋に。俺らと三人だけで。驚くのと同時にもう一回、昏睡の魔術を使う」
ニクティさんには聞こえない声量でマニュアルをくれる。
「よっし。マニュアルチャーンス!!! 幻覚!!」
掌から赤色の光が広がって、目が眩む。
「……あれ、ここは?」
先ほどと何も変わらない部屋だが、ちゃんと別の空間に見えているのだろう。同時に使った昏睡の魔術も上手くいったらしく、二人の店員は床に伏している。
「ウチの魔王様が、あなたにも協力して欲しいと言っています。どうか、お力添えいただけませんか」
「……おっしゃる通り、ぼくは毒魔術師という名の変革者です。しかし検査も通院もしていますので、お力添えいただくことなど何もございません。速やかにお帰り下さい。そして、この事はご内密にしていただきたいです」
「もしかして、毒魔術使うと男になるってこと? でも、好きなんだろ服作んの。ウチに来れば、こんなにコソコソしなくたって好きなことが出来る。あなたの好きなことをすべき。ぜひ、前向きにご検討を。これは歓迎パーティーの招待状です。来てくれる前提で用意しとく」
ヴィリーさんから促されて、取り出した招待状をニクティさんに渡す。意外だった。入ってくれないなら秘密をバラすと言えば一発だし、それくらいやりかねない見た目をしている。人は見た目で判断するものではない。
「……本当に、好きなことが出来るの?」
たった一枚の封筒を受け取って、それをじっと見つめている。その口調はのんびりとしている。本当に同一人物なのだろうか。
「もちろん。それはニクティさんが作ったの?」
その視線を辿ると、パーテーションで仕切られた奥の部屋にはいくつもの奇抜な服がマネキンに着せて飾られている。他にはぬいぐるみや着ぐるみもあった。
「それ、ビヴァピの楽団衣装だよね?」
「知ってるの!?」
「知ってるも何も、俺ずっと前からファンだよ」
明らかにテンションが上がった様子で二人で話始める。どうやらこの世界では有名なバンドのことらしい。
「マネキンいっぱいだ。すごい」
「これはマネキンじゃなくてトルソーって言う」
ぼんやり呟くと、褒められて嬉しかったのか照れくさそうに笑っている。間違いは即否定されたけど。髪型や顔立ちは割とそのまま残っている。
「リオナさん、帰ろ。今回ここを突き止めたのはスズメさんの助言のおかげだから。感謝しないとね」
振り向きざま、捨て台詞のごとくそう言い残した。その言葉にニクティさんは目を見開く。
「スズメ、ちゃん……? ちょっと待って、詳しく!!」
しかし、その動揺を見ないふりをして出口に進む。私にも、着いて来るように指示してくれた。無視するのは心苦しかったが、これで興味を持ってきてくれる可能性が上がるならそれに越したことは無い。
「解除。起きて」
次の更新予定
アンデット毒魔術師!~転生したら究極のマニュアル人間でも役に立てるのか!?~ 藤生 音桜(フジュウ ネオ) @fu10
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