第4話 フラフィルケーキ

「ってことはさ、こっちでの身元も分かってないってことだよね。どうしよっか」


 招待状はマントの内ポケットにしっかりしまった。


 二人が家に帰った後、行く当てのない私は基地に残っている。一通り契約書のようなものにサインを書いたが他にやることがない。


「僕もここに寝泊まりしてたんだけど……他に当てがあるから、君にここを貸し出そうかな。嫌じゃない?」


「え!? そんなことしたらバレた時に大変なんじゃ……」


 流石に申し訳ないので、そんなことはさせられない。出て行くなら自分の方だと思う。


「異世界から来た女の子なんて、セキュリティ高いところの方が安心でしょ? それに、いざという時は僕も毒魔術使うから大丈夫」


 そういってにっこり微笑んでくれた。基地の中を一緒に散策する。この基地は案外広く、ダイニングキッチンとリビングのようなところと他に三部屋、つまり三LDKだ。その上、リビングがとても広い。


 全体的に家具や小物に統一感がある。高級感があり、まさに魔王の根城に相応しい。


 セキュリテが高いなんてもんじゃなかった。


 至る所にトラップが仕掛けられており、その数が多すぎて、明日まで生き残れるか分からない。特定のタイルを踏むと捕獲用ネットが飛び出してきたり、テーブルの上にあったキャンドルの向きを変えると上からシャンデリアが落ちてきたり。


最悪死体は発見してもらうことを目標にする。


「戸締り気を付けてねー!」


 ファーガスさんがいなくなってから、じっと鏡を見つめてみる。


 やっぱり、私じゃない。ハーフアップにしている薄い桃色の髪の毛、釣り目に薄い唇。特に特徴もない。ヒロインになるにはあまりにも地味すぎるし、モブにしては目立ちすぎる装いだ。


 使っていないという来客用の布団を床に敷いて寝ることにした。今日一日だけで色々なことがあった。


 でも、なぜかワクワクしている自分もいる。私はこれから自由になれるんだ。


***


 そのせいで、一睡もできなかった。


 当たり前と言えば当たり前なのだが、疲れている身体に対して、脳内で小さな自分たちがせわしく動き回って会議を始めたせいで寝付けなかった。


「あ、起きてる?」


 布団を片付けて、朝ご飯にしては遅く昼ご飯にしては早い時間帯にトーストを食べているとファーガスさんがやってきた。


 やって来たというよりは帰って来たという表現の方が適切なのかもしれないが。


「良く寝られ……てなさそうだね。その顔は」


 余程顔に出ていたのか、最後まで言い切る前に断定された。


「寝心地悪かった?」


「いや、寝たら元の世界に戻ってないかなーって考え始めたらどんどん別のこと考えちゃってダメでした。寝られないです!!」


「そりゃそうか。布団もう片付けちゃったよね? こっちおいで」


 ファーガスさんは自分が座っているソファの隣をポンポンと叩いた。大人しくそこに座る。もし危なかったら私だって毒を使えばいい。


「テルちゃんもヴィリーもまだ仕事だからここに来るまで時間がある。もう一回起こしに来るから、それまで寝てなよ」


 この世界は朝が早い分、仕事が夕方に終わる。そのため、元の世界でいう十八時から二十一時だと全員で集まれる時間帯ということになる。


「いや、だから寝れなく、て……」


 さっきまで目が冴えていたのが嘘かのように瞼が溶けていく。段々呼吸が苦しくなってくる。


「おやすみ」


 頭上から聞こえた声は甘くて優しい、落ち着いた声だった。次に起きる時にも、まだいて欲しいと思った。


 そういえば、どうしてファーガスさんはこの時間にここにいるのだろう。まあ、いっか。


***


「そろそろ起きなさい!」


 バシッと叩かれた感触で目を覚ます。瞼を開けるとそこにはタオルケットをはぎ取ったテルさんがいた。


「ごめん、リオナ。加減ミスっちゃったみたい」


 寝かせてくれたのは嬉しいが、三人がいるところで爆睡していたとなると話が違う。


「何で起こしてくれなかったんですか?!」


「いや、起こした! 起こしたの!! 起こしたんだけど起きなかったの!!」


 怒っている私に対して、必死に弁明してくる。


「そういう時は叩き起こしてくださいよ!?」

 

 そんなことしたらセクハラで訴えられるだの、パワハラがどうだの反論してくる。意識が高いことは良いことなので何も言えなくなる。


「はいはい。フラフィルケーキ食べる?」


「食べるわ!」


 一通り今日の話合いは終わったのか、ヴィリーさんがキッチンでフラフィルケーキとやらを焼いている。あれは絶対にパンケーキだ。


 外は既に真っ暗だった。逆に言えば、こんな無防備に図々しく寝ていても殺されなかった時点でこの人達を少しは信用していいということだろう。


 せめて皿やフォークの準備は手伝って、盛り付けるのを見守る。ふわふわな仕上がりに食べていないのに笑みがこぼれた。


「美味しそぉー!!」


「ヴィリー、料理も出来るんだよ。出来ないこと言えばダンスと絵を」


「言わなくていいから」


 調子に乗って語り出そうとしたファーガスさんを全力で止める。大声に驚いたのか、テルさんは肩を震わせた。


「いただきまーす」

 

 席について手を合わせる。ほんのり甘くてふわふわでとても美味しい。シロップとの相性も抜群だ。


「嫌じゃなければでいいんだけど、あなたは元の世界ではどんな感じだったの? 年齢は見た感じ同じくらいよね。それとも、こっちに来て若くなってるだけ?」

 

「多分、年齢は一緒だと思います。大学生……じゃなくて、カレッジ生の三年生だったから二十一歳かな」


 相変わらず、言語は通じているというのに時々単語が違ったり通じなかったりするのは何なのだろう。バグなのか。


「それなら結構離れてんのか。俺が二十六でテルさんが二十五。ファーは二十八歳だから」


 確かに。慣れていない外見だからか、自分よりもずっと年上に見えたし、鏡で見た自分ですらずっと年上に見える。だだ―—。


「二十八!? その見た目で!! 二十八ですか? はぁ?!」


 絶対にそれは嘘だ。私が言っている「ずっと年上に見える」は感覚的な話であって、同級生に大人っぽいねというのと同義だ。本当に年上として見てるわけじゃない。


「え、なに。もっと年上に見えるって事!? ショックなんだけど。そんなに老けてるかな」


 若干気にしたような素振りをして狼狽えている。だが安心して欲しい、その逆だ。


「とりあえず使っている化粧品を一通り教えてください……」


「別にちゃんと洗顔すれば大丈夫じゃない?」


「はぁ!?」


「分かるよ。一旦殴って良いと思う」


 一人で発狂する私に同情の視線を向けたヴィリーさんは無表情のまま頷いた。正直この人も二十六に見えないから逆効果なのだが、本人の努力もありそうだ。


「そんなことよりさ、マニュアルがないと動けないっていうのは元の世界の時からなの?」


「……そうですね」


 三人は理解できないというような顔をしながらも否定せずに聞いてくれた。私にだって分からないし、どうしようもないから半ば諦めていることだ。仕方がない。


「これから毒魔術師と本格的に戦うこともあるかもしれない。自分でしたいことを決められないのは苦しいよ」


 ヴィリーさんの意見は最もだし、私のために言ってくれているというのも分かるので何も言えない。


「それは分かってるんですけど、」


「分かってるならいいじゃないの。今日はここまでにして、くだらない話した方がいいわ。リオナ、あんたは付き合って一年の恋人からの誕生日プレゼントが五百円だったら許せる? ちなみに、自分がしたプレゼントの予算は二万円だったわ」


 話題を変えたテルさんは興味津々に聞いてくる。付き合って一年の恋人でもいるのだろうか。そこは素直におめでたいと思う。


「恋人いるんですか? 年齢にもよりますけど、一年で誕生日に五百円はちょっと」


「そうよね」


 悩むような素振りを見せている。恋バナをしたかったのだろうか。怪しくて誰よりも近寄りがたいが、案外可愛らしい人なのかもしれない。


「……恋人いないでしょ、あなた」


「嘘なの!?」


 ヴィリーさんが指摘している。折角助けてくれたいい人だと思ったのに、やはり嘘つきは本当らしい。


「嘘なんてついてなんぼなんだから、いっぱいついたもん勝ちよ」


 見た目は怖いし愛想もないけど、この中で一番まともなのはヴィリーさんなのかもしれないと悟った。

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